遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─Chapter7-8
前回までの「ひみつく」は
▼第1話を最初から読む人はこちらから
(Chapter01-02)【※各回一章分を無料公開中!】
▼"鍵"の予期せぬ使い方と急展開の事件が描かれる「第2話」はこちらから【※2話も各回冒頭の一章分を無料公開中!】
▼「第3話」はこちらから【※各回冒頭の一章分を無料公開中!】
※本記事はこちらから最後まで読むことができます(※下の「2023年間購読版」もかなりお得でオススメです)
◆お得な「年間購読版」でも読むことができます!
※『Beep21』が初めてという方は、こちらの『Beep21』2021〜2022年分 超全部入りお得パックがオススメです!(※ご購入いただくと2021〜2022年に刊行された創刊1号・2号・3号・メガドライブミニ2臨時増刊号すべての記事を読むことができます!)
※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し記事パック」を一緒にご覧ください!
第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter7
Tシャツにスウェット姿の伊達は洗面所で歯を磨き、口をすすぐと、リビングに向かい冷蔵庫から小さな紙パックのトマトジュースを取り出した。時刻は朝の七時で出社までは二時間ほどある。ソファに着きトマトジュースをストローで飲み干した伊達は、天井を見上げた。
昨晩、新宿の居酒屋での接待は、己の現在というものを悪い意味で思い知らされた酒席だった。相手は警備会社の代表であり、伊達が提案したのは確保率百パーセントを保証する追跡システムだった。不審者を発見しだい、追跡を開始し確実に身柄を確保する。その実行者はマサカズではある。成功の根拠については企業秘密であり、疑義については無料お試し期間での実績をもってただす、と説明したのだが、経験豊富な老経営者はにこやかなままおちょこで酒を呑むばかりであり、いつまで経っても前向きな話には進んでくれなかった。弁護士としての実績がなければ、おそらく相手はプレゼンを終えた直後に店を後にしていただろうと思われる。別れ際には「会社がんばってね。またなんかいい話があったら連絡ちょーだい。あと、柏城ちゃんによろしく言っといて」と言われてしまった。つまり、今日説明したビジネスプランについては、すべて聞き流されてしまったということになる。
今日は新会社を始動して二日目だが、実のところマサカズが起業に同意した二週間前から、水面下で営業活動は始めていた。これまで十件ほど、会社や関係省庁の会議室や夜の店でプレゼンをしてきたが、結果は昨晩と似たり寄ったりであり、空振りの連続となっていた。弁護士をしていたころは法廷で検察官や証人、裁判官を弁舌で制してきた伊達だったが、商取引となると話は別である。経験を重ねればいずれは結果が伴うはず。当初はそう思い込んでいたのだが、半月近くも同じような営業活動が続くと、敗因の分析も捗ってしまう。根拠の説明が必要だ。考えてみれば当たり前のことだった。それこそ自分のこれまでの仕事とは、それを万人に証明することだったのだから。被告人が犯罪にいたる汲むべき事情の根拠。被告人が再犯をしない根拠。いくつもの“根拠”をかき集め、それをもっともらしく明らかにする。徹底して磨いてきた仕事のテクニックを、今回に至っては全く使えない事態に陥っているのだ。これまでの自分なら、このように簡単な欠陥は事前に気付き、対策なり対応なり施してきたはずだ。背中を押すような焦りから、甘い見積りをしてしまったということになる。昨日はマサカズに待って欲しいと言ったものの、いつまで待たせてしまうのか伊達自身わかってはいなかった。しかし、もう矢は放たれた。退路を断ち、この商売をできるだけ早く軌道に乗せなければならない。資金洗浄が済めば当面の維持費は捻出できるが、元は汚れた金であり、それを投資などではなく運転資金に投入し続ければ、おそらくマサカズは心を病んでいくことだろう。
伊達は洗面所で顔を洗った。洗面台は綺麗に掃除され、これは数日前まで泊まり込みで起業の準備を共にしたマサカズがやってくれていた。これまで二日以上このマンションに人を泊めたことがなかったため、マサカズと生活を共にした十日間は新鮮な体験だった。食事はマサカズが作ってくれることもあった。簡単なパスタやチャーハンなどだったが、これまでほとんど使われることのなかった調理器具や食器が活かされたのは、可笑しくもあった。台所にはあらたに調味料が補充されたのだが、今後自分か誰かがこれを使う機会が訪れることはないだろう。そう判断した伊達は、最終日にそれら全てをマサカズに待ち帰らせた。「自炊しないとお金、もったいないですよ。僕もあんまりやらないですけど」マサカズはそんなことを言いながら、レジ袋に調味料を詰め込んでいた。
ひとつ不満に感じたのは、自分が所持していたビデオゲームを彼がほとんどプレイしてくれなかったことだ。そもそもスマートフォンのパズルゲームぐらいしかゲームはやらず、しかもここにある、いわゆるレトロゲームには関心を示してくれなかった。一度、その理由を尋ねてみたところ、彼は「いや、だって古くさいって言うか、画面が大雑把だし……」と、申し訳なさそうな様子で返答した。ゲームの話自体、ホステスとしかしたことがなく、彼女たちは職務のため勉強をして強い興味を示すふりをしてきたのだが、その会話を楽しみたいがため、ビジネストークであると意識するのは無粋だと心がけていた。なので、古いゲームに対しての興味はマサカズの反応が一般的なものなのだろう。プロレスについても話をしてみたが、やはり申し訳なさそうに彼は「ヤラセ……でしょ?」と呟き興味を示してくれなかった。
唯一、サウナだけは共に楽しむことができた。興味を示してきたので、楽しみ方を教えて共に実践してみたところ、彼はすぐにその素晴らしさに目ざめてくれた。サウナと水風呂、そして外気浴によって温冷刺激を受けることを“セット”という単位でカウントする。目的は“整う”と呼ばれるトランス状態を得ることにあるのだが、通常だと三セットほどを要し、自分もそうだったのだが、マサカズは最初の一度でその領域に達してしまった。湯上がりの飲食スペースで炭酸飲料とイオンウオーターのカクテルジュースのグラスを手にした彼は「今までの人生、損してました! 取り戻さないと!」と、興奮気味に言ってきたので思わず大笑いをしてしまった。
タオルで顔を拭った伊達は、再び今後のことを考えた。どうすれば仕事が取れるのか。これまでとは方法を変える必要があるのだろうか。新たなスタッフを招き入れるのはどうだろうか。しかしいいアイデアなど即席で出るはずもなく、身支度を終えた彼はヘルメットを手にマンションを出た。エレベーターで地下駐車場まで降りた彼は、停めてあったシルバーのSRXのシートを軽く叩き、ため息を漏らした。
マサカズの超能力を見せられれば、これまでに行った十件の営業はどれも成功していたのだろうか。目に見える根拠を示せればよかったのだろうか。しかし、あの不可思議な力を見せられた相手は、如何なる反応を示すのだろうか。これまで現実的な証拠を積み重ねることで、極めて常識的な世界である法廷で実績を積んできた伊達にとって、非常識の開示という未知の領域については想定が全くできなかった。
自分はどうだろう。結束バンドを引きちぎり、巨漢を吹き飛ばし、弾丸にビクともしないあのちりちり頭の彼のことを、自分はどう受け止めたのだろうか。都道をバイクで駆けながら、伊達はあらためて当時の出来事を整理してみたが、すぐにそれが無意味であることがわかってしまった。ヤミ金に拉致され、債務者のひとりが死に、巨漢に胸ぐらを掴まれ脅迫された。あのような状況は平時ではなく異常であり、その中で見せつけられた力だった。あるいは、営業相手を何らかの危機的状況に陥れ、マサカズにそれを解決させるというのはどうだろうか。我ながら愚にも付かない発想だ。交差点で信号待ちをしていた伊達は、うんざりして頭を傾けた。
ここまで行き詰まると、考え方を変える必要がある。営業手法を検討するのではなく、営業先の方向性を変えてしまうのだ。その発想に至った伊達は信号を渡るとバイクを停め、ヘルメットを脱ぎスマートフォンを手にした。
「仕事の斡旋ねぇ」
井沢はハンチング帽を目深に被り直すと、手にしていたあんパンを口にした。伊達と井沢はこの日の正午過ぎ、秋葉原の公園で落ち合っていた。二人はミンミンゼミの大合唱のなか、公園の端のベンチに並んで座り、高いネットを背にしていた。伊達の手にはカレーパンが握られていた。二人の前では低学年の小学生たちがサッカーボールを蹴り合い、幼い歓声が上がっていた。
「ぶっちゃけこの二週間、空振りなんですよ」
「つーかよ、事務所辞めて起業なんて、正気か?」
「このままじゃ正気を保てないと思ったから、マサカズとの起業に至ったんです」
「まぁ、お前は刑事弁護人に向いてるとは思っちゃいなかったけどな」
井沢の指摘に、伊達は呆然となり、顎を落とし、目を見開いた。
「だってよ、お前はおセンチな理想主義のロマンチストだ。自分ではわかっちゃいないかもしれねぇが、決して現実主義や合理主義者には徹せられない」
「いや、それは……」
あまりにも直球の指摘だったため、伊達は反論の言葉が浮かばず、そもそも自分は反論自体したいのかどうかもわからなかったため、ひどく動揺してしまった。
「山田の力が活かせるような仕事。しかもその方法について一切詮索をせず、結果だけを求めるクライアント。それでいいんだよな」
「はい。見つけられそうですか?」
「心当たりはいくつかあるが、条件はないのか?」
「えっと、それって……」
「荒事もあるんだよ。そういった案件は。池ドラのときみたいなヤツだ」
その説明を理解した伊達は、カレーパンを頬張りそれを紙パックの牛乳で流し込んだ。
「暴力系は、ちょっとマサカズの心が持ちませんね」
「もったいないな。いい稼ぎになるんだけどな」
「瓜原みたいな猛者相手だったらそうでもないみたいですけど、一方的な暴力はマサカズにとって精神的に苦痛になってしまいます」
その言葉に、井沢は鼻を鳴らしてため息交じりの笑いをこぼした。
「ならいっそよ、格闘技デビューはどうだ? ボクシングに総合でも最強になれんだろ?」
「強さがデタラメ過ぎて、力の秘密を勘ぐられるだけですよ」
「その力ってやつだけどよ、お前にもわかってないのか?」
「然るべき研究機関に調べてもらえれば、何かが判明する可能性もありますが……すみません、ちょっとあの力は色々と面倒な部分があって、井沢さんにも自分が知っていることを教えられません」
「いいよ。依頼があったら調べるだけだからよ」
つまり、自分たちに興味を持つ者が現れて、そこからマサカズの力の秘密の調査を依頼されれば、この隣に座る凄腕の情報屋は容赦なく調べ上げるということだ。井沢の返事を伊達はそう解釈した。
「それってつまり、こちらが対価を支払ったら、調査はしないってことですか?」
「まさか。カネになるネタなんだ。当然調べる。で、お前が口止め料を支払えば、先方には仕事をしくじったって詫びを入れ、依頼料を全額返金する」
「怖いですね。井沢さんって」
「だからお前のわがままな依頼だって受けられるんだよ。何日か待ってろ。都合のいい案件を仲介してやる」
そう告げると、井沢はあんパンの欠片を口に放り込み、腰を上げた。
「けどよ、伊達先生。お節介だが忠告しておく」
その声はいつになく低くくぐもっていた。伊達は井沢を見上げ、人差し指で眼鏡を直した。
「山田と関わるのはリスキーだ。お前はあの奇妙な力に取り憑かれている。これから、らしくない失敗が続くかもしれねぇ」
「認めます。けどあいつは友だちなんです。おそらく、俺の人生にとって初めての」
「失敗の先に満足があるとは限らねぇぞ」
背中を向けたままの忠告に、だが伊達は返事をせず、ストローをくわえて牛乳を吸い込んだ。すると、彼の足元にサッカーボールが転がってきた。
「すみません」
男子小学生がそう言いながら伊達の元まで駆けてきた。伊達は軽くボールを蹴り戻した。井沢の姿は、もう公園にはなかった。
第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter8
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?