
遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter1-2
鬼才・遠藤正二朗氏による完全新作連載小説、第9話が開始!
「魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」など、独特の世界観で手にした人の心に深い想いを刻んできた鬼才・遠藤正二朗氏。

▼遠藤正二朗氏の近況も含めたロングインタビューはこちらから
『Beep21』では遠藤正二朗氏の完全新作小説を毎週月曜に配信中!
主人公の山田正一は、ある時『鍵』という形で具現化された強大な力を手に入れる。その力を有効活用するため、主人公のマサカズと弁護士(伊達隼斗)は数奇な運命を歩むことに。底辺にいた男が人生の逆転を目指す物語をぜひご覧ください!
前回までの「ひみつく」は
▼第1話〜順次無料公開中!!
▼新たな挑戦者とミッションが描かれる「第6話」はこちらから
▼衝撃の展開が描かれる「第7話」はこちらから
▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから
【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まり、ホッパーを迎え撃つ体制ができつつあった中、クリスマスの夜にその日がついにやってきた!
※本記事はこちらから見ることができます(※下の「2024年間購読版」はかなりお得でオススメです)
◆「2024年間購読版」にはサブスク版にはない特典の付録も用意していますのでぜひどうぞ!
※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し10記事パック」を一緒にご覧ください!
第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter1
玄関の扉は、ほんの一瞬で凹んだ鉄塊となり、冷蔵庫の前に崩れ落ちた。眼前に立ち塞がる青い瞳には鋭い光が宿り、眉間には深い皺が寄せられ、頬はときおり波打つように強ばっていた。黒尽くめの彼が、殺気と怒気を何の疑いもないまま強く激しく発しているのが、マサカズにはよくわかった。それはまるで、沸騰して蓋が震えるヤカンの様でもあった。
「相変わらずの悪行三昧というわけだな」
その指摘に心当たりはある。そしてそれに対する糾弾がこのタイミングになると思っていなかったのは、単なる油断に過ぎない。マサカズは起きている状況に対して、まず何から手を着けるべきなのか考えていた。この事務所で、ホッパー剛の襲撃に遭う。そもそも想定していた事態で、だからこそ周囲にいる久留間たちも雇い入れた。レザースーツにプロテクター、しかもマントという出で立ちは予想の外だったが、それは瑣末事に過ぎない。
彼が出現した際、取るべき対応は鍵の秘密を厳守させることと、二本の鍵を返却させることにある。それには説得、交渉という手立てが最も穏当なのだが、対峙するホッパーはおよそ言葉が通じる様な相手ではない。それはこの荒々しい出現でよくわかる。ならば交戦し、制圧し、腕力で脅迫し、鍵の奪還を果たすしかない。自分にそれができるのだろうか。七浦葵が転落死したことで、同じ鍵でも使用者によって、その力の増幅範囲が変化することはわかっている。それが身体能力に依るもののなら、自分とアマチュア格闘技王者であるホッパーとの差はあまりにも大きい。しかもホッパーは鍵を使った者同士の戦闘を、一度ではあるが、おそらく経験しているので、自分の知らない鍵の特性を掴んでいる可能性もある。それでもマサカズは、この事態の解決手段は暴力での衝突しかないという結論に至ろうとしていた。
「結菜は貴様らの凶行を録音し、自分にそれを送信してきた。貴様らは我が聖域を侵した! これは命を以て償うほかない!!」
ホッパーが突きつけてきた事実に、マサカズの傍らにいた佐々木が舌打ちをした。彼はホッパーの妹、ホッパー結菜の拉致の実行を担当していたため、密かに録音されてしまった事実に対して憤りを感じている様だが、マサカズはそれに共感したくなかった。
「互いに名前を呼ばん巧妙さはあっぱれと言ったところだが、自分にはお前の声が明確に認識できたぞ、山田正一! 秘密結社ナッシングゼロの首魁にして、エボリューションキーを独占せんとするエゴイスト!!」
指を差し、ホッパーは力強くそう言い放った。“エボリューションキー”とは、おそらくこの“鍵”のことだろう。格好と言動からこの三週間ほどで、彼を取り巻く状況に変化が生じているのはわかる。忽然と姿を消し、猫矢の追跡も完全にかわせたのは独力によるものではない。
「ホッパー、伊達さんを殺したのか」
尋ねるべきことは山積していたが、マサカズが最初に問うたのはそれだった。
「屠った。ヤツもエボリューションキーを使うとは、まさかの予想外だったが、こちらに遠く及ばん非力さだった」
「殺したんだな」
「ああ、亡き者にした。ヤツの鍵も回収し、保管させてもらった。そうだな、あの日はそもそも貴様を粛清するのが第一目標だった」
“殺す”という言葉を避けているホッパーに、マサカズは強く憤った。この男はどこまでも幼稚だ。力を手に入れ、ダークヒーローの様な身なりをし、言葉も時代がかって何やら以前の彼より浮き足立っている様子だ。伊達が嫌うタイプの一種だと思える。しかし、そのきっかけを与えてしまったのは自分だ。だから後始末はこの手でしなければ。マサカズは真山と対した道場での状況を思い返し、この幼稚で横暴で、圧倒的な力を持つであろう襲撃者を、どう制圧するのか思索した。
「この力は、公益のために用いるべきなのだ。自分はその信念に基づき、東京地検の門を叩いた。正面から、正々堂々と。地検は自分の力を認め、今では特別捜査官の地位を手に入れ、この装備も提供させた!」
「信じがたいな。僕も似たような考えには思い至ったことがあるけど、実行できなかった。それにあれからまだ三週間程度だ。あまりにも展開が早すぎる」
「面白い人物がいてな。彼の理解は早かった。ある事情があってな、公安はかねてから、異常な力を有する傷害犯の存在に注目していたそうだ。この力は……」
ホッパーは言い淀むと言葉を止めた。
「で、お前は何をしにきた」
マサカズの問いに、ホッパーは「秘密結社の殲滅だ」と答えた。
「さっきからテメー、なにふかしてんだオラ!」
そう怒鳴り散らしたのは川崎だった。彼がホッパーの胸ぐらを掴むと、浅野もそれに続き駆け出した。咄嗟に割って入ろうとしたマサカズだったが、その刹那、ホッパーは右の手の甲で川崎の頬を張り、左膝で浅野の腹を突き上げた。二人はソフトビニール製人形の様に軽々と弾き飛ばされ、マサカズの足元に落着した。川崎はうつ伏せにも関わらず顔が逆さまの正面を向いていて、浅野は顔と両膝を支点に、床へ”く”の字を作り、その腹部からは内臓と思しき臓物がおびただしい量の鮮血と共にこぼれ落ちていた。久留間はその場にへたり込み、佐々木は鞄をまさぐり、流石谷は二つの遺体に縋り寄った。
「我が妹という聖域を侵した貴様らに情けは無用。この聖夜で全ては無と還る!」
二人の命を意図して奪ったのにも関わらず、ホッパーは平然とそう宣告した。このままでは全滅する。そう判断したマサカズは、勝算のないままホッパーに向かって突き進んだ。射程距離を確信したマサカズはスポーツジムで教わった、うろ覚えの右ストレートを放った。それに対してホッパーは身体を反らすことで呆気なく回避し、マサカズの背中を軽く叩くと事務所の中へと踏み入った。
一本のジャックナイフが、ホッパーの頬に命中した。本来なら彼の命を奪えるはずだったそれは、力なく落ち、倒れていた川崎の背中に突き刺さった。片膝を着き、腕を振り抜いた姿勢の佐々木はその結果に驚愕した様であり、歯をガチガチと鳴らせていた。マサカズが追撃のため振り返ると、ホッパーは背中を向けたまま左手を高々と突き上げた。
「Judgment・Shoot」
ネイティブな発音でホッパーはそう呟くと、突き上げた左拳を、弧を描くように力強く振り下ろした。すると久留間、佐々木、流石谷は、頭から足までの全身から破れたホースの様に細かく血を噴き流し、ぐったりと崩れ落ちた。それだけではない、デスクやパソコン、テレビにも細かな穴が空き、ホッパーが左手から散弾のような何かを放ったのは明らかだった。マサカズはすっかり恐ろしくなり、扉を失った玄関から階段に向けて駆け出した。
蜂の巣にされた久留間たちも恐らくだが絶命した。今ごろは肩を並べて、クリスマスの街を焼き肉店に向かって歩いていたはずの仲間たちが、瞬く間に亡き者にされてしまった。千駄ヶ谷の国立競技場の白い屋根に着地したマサカズは、ホッパーのあまりにも一方的な殺戮に対し、仲間の冥福を祈る暇もなく、ただ困惑するしかなかった。どう考えても選択を誤ってしまった。言葉を交わす余裕があったのだから、伊達の殺害について質すのではなく、久留間たちの脱出を最優先し、体当たりなりして動きを封じるべきだった。いや、あるいはそれも容易に捌かれ、結局はあのショットガンの様な一撃で全滅していただけなのかもしれない。
マサカズは考えるほど、正解がわからなくなってしまっていた。ホッパーの出現、襲撃はかねてから想定してはいた。しかしあのように完全装備で、初対面の久留間たちを容赦なく殺害するとは予想外だった。見込み違いで追い詰められるのは、これで何度目のことだろう。この先があったとしても自分は常にこの、“想定内だが予想外”に苛まれていくのだろう。せっかく、そうなっても対応できるように準備をしようとしていたのに、完全に粉砕されてしまった。
どうすればいいのかすっかりわからなくなっていたマサカズは、周囲を見渡した。すると、ひとつの黒い影が十メートルほど離れた、競技場の屋根に降り立つのが目に入った。ホッパーだ。なぜここに逃げたのがわかったのだろう。政府の力を得ているから、何らかの追跡システムを用いたのだろうか。それともこの建物があまりにも分かり易いランドマークなので、適当に目星をつけてきたのだろうか。どうでもいい、今は生存を優先するだけだ。
マサカズはその場から跳躍し、次の着地場所を求めた。
マサカズが次に降りたのは、原宿の繁華街だった。この選択は失敗だと思えた。繁華街は犯罪も多いといった事情から、防犯カメラの設置間隔が狭く、守備範囲が広い、以前、伊達はそう言っていた。ホッパーが公安や警察と連携しているのなら、こういった人混みはできるだけ避けて逃亡しなければならない。人々の喧騒とクリスマスソングを耳にしながら、二メートルほどあるツリーの前で、マサカズは逡巡していた。長期戦に備えるため、ファーストフード店でハンバーガーを二個、コーラをひとつ、テイクアウトで購入したマサカズは、この五分間でなにやら奇妙な感覚を覚えたのだが、その正体はわからなかった。
ひと気のない夜の明治神宮まで辿り着いたマサカズは、池の畔でハンバーガーを食べるため包装紙を剥がそうとした。その途端、背中から脳天にかけ、鋭い痛みを感じた。マサカズが迷いなくその場から跳ぶと、降下してくる黒い影とすれ違った。手にしていたハンバーガーに目を移すと、それにはパチンコ玉のような金属球がめり込んでいた。久留間たちの命を奪ったその正体を知ったマサカズは、それを躊躇なく使うホッパーに更なる恐れを抱いた。そして同時に、再び違和感を覚えてしまった。
マサカズは、ひとまず代々木の事務所に戻った。ここまでの逃走でわかったことは、追跡者が逃走者の現在地を突き止めるのに、いくらかの時間を要するということだった。
もう日も暮れているので、跳躍した逃走者の逃げ先を目視するのは困難だからだろう。今のところよほど拓けた場所でなければ、ひとまず逃げることだけなら継続ができそうだと思われる。
血まみれの事務所に入り、五人の亡骸を見渡したマサカズは「ごめん」と呟いた。生存というわずかな可能性を確かめるためだったが、それは一見しただけで皆無であることがわかってしまった。おびただしい数の死体を目の当たりにすることなど、普段なら吐き戻し、正気を保つのも難しいはずだ。しかし、能力により嗅覚を遮断していたので、本来襲われるはずの死臭も感じられなかった。なによりも直近まで迫っている死の危険が、そうしたまともな感覚を上書きしてしまっていた。すると、階段を上ってくる足音を耳にしたので、マサカズは窓を開けると夜空に向かって跳ねた。
戦えるはずがない。そう、これまで人殺しや怪我を負わせることはあったが、あれは“戦い”ではなくただの暴力を行使した結果に過ぎない。しかし現在の相手はあの容赦のない、己の正義に微塵の疑いもない男だ。ハンバーガーを食べている相手の頭上に、弾丸級の殺傷能力を込めた鉄の弾を撃つような非情の権化だ。それにしてもこのままどうする。鍵の力は有限であり、跳ぶだけとは言ってもやがて限界は訪れる。
聖夜を、マサカズはすぐ近くの未来図も描けぬまま、あてもなく跳ぶしかなかった。
第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter2
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?