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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第3話完結 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─Chapter9-10


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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中で、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、事業計画として起業をすることに。伊達の描いたその絵図えず「まるで秘密結社だ…」と思わせる内容だった。会社を立ち上げ、見込み顧客へ売り込みを始めた伊達は、なかなか成果が上がらないでいたが、最後は一番信頼を置く井沢に相談に行くことにした…。

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第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter9

 不安は杞憂きゆうに過ぎなかった。八月四日の夜九時、マサカズは伊達のバイクで群馬県嬬恋村つまごいむらの人里離れた山間の国道までやってきた。国道と言っても二車線しかなく車の姿や人気ひとけは全くない。そこから枝分かれした小道を進むとあかりも届かなくなり、伊達は持参した懐中電灯かいちゅうでんとうで足元を照らした。梅雨つゆもとうに明け、今夜も三十度近い熱帯夜だったが、緑が豊富なここは涼しい風が通っていた。周辺ではふくろうが鳴いていたのだが、二人は生でそれを耳にするのは初めてだった。
 少し進んで行くとその先に、三階建ての木造建築物が現れた。それは二十年前に廃業した旅館であり、営業を停止してからは、壁材などに使われていたアスベストの処理工事が行われた以外、誰の手も入らず、経年けいねんによって建物は腐敗ふはいち果てていて、その姿は正に廃墟としか形容しようがなかった。傾いた看板は最初の“縁”と最後の“温泉”という文字が読み取れたものの、どうしても二文字目は識字できなかった。
「こりゃ、肝試きもだめしスポットですね」
「実際そうだ。動画配信者とか、よく来るらしい。俺はそいつらの警戒に当たる」
 暗闇のなか、物言わぬ廃墟にマサカズは言い知れぬ圧迫感をいだいていた。宿泊施設としては小規模な建物だったが、これまでの自分であれば、これからたったひとりで対するには手に余る巨大さであり、得体えたいの知れぬ怪物の様にも思えた。
 二人にとってここは、業務開始から八日目にして受注できた、初仕事の現場だった。
「マサカズ、どうだ、できそうか?」
「なんとか……」
 答えながらマサカズは、リュックから黄色いヘルメットを取り出した。ひたいの部分に電灯が取り付けられていたそれはトンネル工事などに用いられる作業用であり、今夜の仕事のため会社で用意したものだった。
 依頼内容はこの廃墟の基礎的な解体だった。権利問題や費用負担などの押し付け合いで二十年も放置されていたのだが、先月ようやく解決の運びとなり、ここには新たに旅館が建つらしい。依頼主はその経営母体であったのだが、解体費用をできるだけおさえようとしたため、業者の選定に難航していたとのことである。井沢の情報網はその困窮こんきゅうとらえ、伊達の元に今回の仲介となった。報酬はあくまでも依頼内容を成立させた場合にのみ支払われ、保証のたぐいは一切ない。そのかわり、法に触れない限りどのような方法をとっても構わず、それについての詮索せんさくはしないという条件も取り付けられた。
「破片の長さは最大で二メートル。幅は……」
「二トントラックの荷台に積み込める大きさ、ですよね」
「そうだ。俺は群馬県って初めてなんだが、やっぱり対立あおりとかってあるのか? 栃木とちぎとは隣同士だろ?」
「ありませんって。あんなのテレビとかで言ってるだけですよ。僕にも群馬のツレだっていますし、なんなら結婚したヤツだっていますよ」
「そうか」
「それよりもさすがは伊達さんだ。一週間ぐらいでこんな大きな仕事を持ってくるなんて」
「奥の手を使ったんだ。井沢さんっていうな。だから実際はってる」
「いやー、にしても井沢さんってすごい人なんですね。何でも屋さんだ」
「すべては人脈だよ。あの人は元刑事だ」
「かっこいい……そんな人と知り合いなんですね」
「元はオヤジのツテだよ。俺なんて大したもんじゃない」
「またまた……」
「そう、前もって言っておくけど、今からやる仕事は完全に合法じゃない。こういった解体には免許が必要だけど俺たちにはそれがない」
「そこは引っかかりますけど、僕たちがやらないと次の旅館が建たないんですよね」
「ああ、どの業者も条件が合わなくて及び腰どころか無視を決め込んでる。俺たちしかこの仕事はできない」
「誰かが助かるんなら、やりますよ。じゃあ、ぼちぼち始めますね」
 マサカズはヘルメットをかぶり、ベルトのバックルにゴム紐でくくりつけていた南京錠なんきんじょうに、力のみなもとを差し込み「アンロック」つぶやいた。
「周辺に人は住んでいないし朝まではパトロールもこないはずだけど、騒音そうおんに反応する動きもあり得る。できるだけ手早くたのんだ」
「はい!」
 気合いを入れる意味も含めてマサカズは元気よく返事をすると、その場から宿の屋根にび、りを入れてそのまま内部へと突入した。その光景を見た伊達は、ふるえる手で煙草たばこに火をつけた。鍵の力が発動するのを目の当たりにしたのはこれで三度目になるが、やはりどうあっても平静ではいられない。二十メートルもの高さを一度の跳躍ちょうやくで到達できる生物など、この世にはいないはずだ。
 非現実的なそれは、理由もわからない興奮を呼ぶ。あるいはこれを感じたくて、自分は無謀で無計画な起業をしてしまったのかもしれない。だが、今は考えをめぐらせるより先に自分の仕事をしなければならない。伊達はマサカズに背を向け、懐中電灯を手に周囲に人がいないか見回った。すると草むらに何かが動く影あった。電灯の灯りを定めると、そこにはタヌキの親子がいた。けたたましい破壊の音に、親子は走り去っていった。そして、木々にまっていたふくろうたちも一斉いっせいに夜空へ飛び立っていった。マサカズの作業がどうやら本格的に始まったようだ。伊達は事態をそうみ込むと、警戒を再開した。

 手刀、回し蹴り、ひじ打ち。格闘技の素人しろうとではあったが、マサカズの生み出す破壊力は生物としては地上最強であった。屋根瓦やねがわら煎餅せんべいのようにくだけ、柱はバナナのごとくへし折れ、床板は障子しょうじさながらに踏み抜かれた。この力を破壊に、それも気兼きがねなく使ったのは初めてであり、マサカズ自身、その威力に対して戦慄せんりつ高揚感こうようかんを同時にいだいていた。思った以上にストレスなく、やりたい放題が可能である。これは、まるで漫画やアニメに登場する能力者の力だ。作業を始める前は怪物だと感じていたこの旅館も、今では蹂躙じゅうりんし放題の遊び場のようである。
 解体についても初心者だったので、できるだけ上階からの破壊を心がけていた。これなら途中で意図せぬ崩落ほうらくが起きる心配もない。伊達と知識のない者同士で立てた計画だったのだが、どうやら正解だったようだ。それにしてもこの旅館はなぜ廃業に至ったのだろう。足元にある破れた掛け軸を見下ろし、マサカズはそんな疑問を抱いた。

 開始して三十分ほどで三階建てだった廃墟はいきょを二階建てにしたマサカズは、周辺を警邏けいらする伊達の背中を見下ろした。この仕事が成功すれば、前例となって次にもつながる。モグリという点がはばかられはするが、そのあたりはあの敏腕弁護士がなんとか丸め込んでくれることだろう。伊達を信頼していたマサカズは、法に触れるようなことは二度としないと決めてはいたのだが、先行きが不安な現状だったので、その遵法意識は棚上たなあげするしかなかった。うれいが強くなる前に、この仕事に集中し、達成し、喜びと充実感ですべてをおおってしまおう。そう決めたマサカズは、二階部分の解体に取りかかった。彼の上空では、梟たちが宿やどり木を求めて旋回をり返していた。

 日付が変わるころ、およそ三時間かけ、マサカズは旅館を粉々にしてしまった。報告しようと林道まで出ると、伊達はある中年の男と話をしていた。
「その人が保司ほしさんですか?」
 マサカズがそうたずねると、パナマ帽をかぶったジャンプスーツ姿のせた男は「ども、保司ほしです」と挨拶あいさつを返してきた。
 保司の後ろには、大型のトラックが三台ほどまっていた。今夜解体した破片は、井沢から紹介された廃棄物処理業者である、この保司という男が運び出して処理をする段取りになっていた。
「伊達さん、解体は終わりました」
「マジで? ほんとマジで?」
 保司は目を丸くすると、マサカズたちを指さした。
「見てもらえばわかるでしょう」
 そう言うと、伊達は保司を解体現場まで案内した。

「いや確かに……これを三時間で?」
 懐中電灯に照らされた、木材などの瓦礫がれきの山を前に保司は身体からだふるわせていた。伊達はマサカズの肩を軽く叩き、その仕事ぶりをねぎらった。ふくろうたちもマサカズの仕事を待っていたかのように再び木に戻ると、合唱を再開していた。
「まぁ、どうやったのかは聞かない約束だったわけで、でもなぁ……ちょっとすごくない?」
 顎髭あごひげでつけ、保司は首をかしげた。マサカズは瓦礫がれきの山に向かうと、大黒柱だった長さ二メートルほどの木片をかつぎ上げた。
「なにするんだい? えっと……」
「山田です。これ、あのトラックにみ込めばいいんでしょ?」
「いや、搬出と整地はオレっちの担当だから」
「あ、サービスです。朝までまだ時間ありますから、デカブツだけは僕が運び出しますね」
「あ、あんがと……」
 パナマ帽をいだ保司は、軽々と破片を持っていくマサカズを見送ると、伊達に目を向けた。
「なんなの? あの山田って力持ち。彼が解体したの?」
「それは秘密です」
 伊達は返事をしつつ、今すぐ高らかに笑い声を上げたい欲求にかられていた。
「あーそうだな。オレっちらしくもねぇってヤツだ」
「山田……マサカズを見たら、みんなそうなりますよ」
「うん。でな、ここまで上手うまくいくとは思ってなかったよ。アンタのとこ、スケジュールとかぎっしりなんじゃね?」
「いえ、これが初仕事だし、当面の予定は白紙です」
「よし、だったらオレっちからもさ、なんかあったらお願いしてもいいか? 手口を詮索せんさくしてこねぇヤツなんて、いくらでもいるからよ」
 その申し出に、伊達は目を輝かせ「ぜひとも!」と強い語調で返した。

 初めての仕事を終えた二人は保司にあとを任せると、国道沿いのサウナに向かった。カラフルな館内着の二人は飲食スペースのたたみの上で、ビールジョッキを鳴らせた。
「初仕事、おめでとう! やったなマサカズ」
「おめでとーう! けどまぁ明日はお休みですね。たぶん僕、ここで一泊どころか明日も動けないと思います」
「付き合うよ。どうせ土曜で寺西さんたちもお休みだし」
 伊達は生ビールをごくごくとあおった。マサカズもそれにならい、二人は笑顔を向け合った。
 保司という廃棄物処理業者の人も喜んでくれ、今後は仕事を回してくれるかもしれないという話だ。会社の老人たちとも楽しく仕事やゲームもでき、あとは私生活さえたされれば言うこともないのだが、まだそれは先のことだ。冷たいのどごしを満喫まんきつしながら、マサカズは幸福というものを感じていた。
「別れ際の保司さん、すっごく喜んでましたよね」
「お前の搬出サービスが決め手だったな」
「そうなんですか?」
「木の廃材はささくれ立っていて、ある程度下処理をしないと搬出が難しいって、なのにお前、ものともせずかついでいっただろ?」
「力のおかげですよ。チクチクもしませんでしたし、ほんと、ちょっとした重さしか感じないんです」
「今日のはモグリだったけど、今後は違法性がない仕事でかせいでいこう」
 伊達はマサカズに気をつかい、そうげた。
「別にいいんじゃないですか?」
「え?」
 その発言が意外だった伊達は、ジョッキを机に置いた。マサカズはポテトフライを鷲掴わしづかみにすると、それを口に放り込んだ。
「だって、あのままじゃ次の旅館が建てられなかったんですよ。それに、普通だったら養生ようじょうや足場の設置から始まって何ヶ月もかかる工事をたったひと晩で、しかも料金も向こうからの提示額から下げた形で受注したんですよね? なんて言うのか、誰か迷惑した人って、います?」
 むしゃむしゃとげたいもを食べながら、マサカズは伊達に目を合わせずそう言った。法律家である伊達には、いくらでも反論できる破綻はたんした内容ではあったが、彼は言葉を胸の内にしまい込んだまま、ビールジョッキを再び手に取った。

第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter10

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