見出し画像

遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第1話 ─変身!正義のヒーローになろう!─Chapter3-4


前回までの「ひみつく」は

▼第1話を最初から読む人はこちらから
(Chapter01-02)【※一章無料公開中】

ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一やまだまさかず(28歳)。彼はその能力の限界値を確かめながら、その「力の使い道」を模索し始めるが…。

※本記事はこちらから読むことができます(※下の「2023年間購読版」もかなりお得でオススメです)

◆お得な「年間購読版」でも読むことができます!

※『Beep21』が初めてという方は、こちらの『Beep21』2021〜2022年分 超全部入りお得パックがオススメです!(※ご購入いただくと2021〜2022年に刊行された創刊1号・2号・3号・メガドライブミニ2臨時増刊号すべての記事を読むことができます!)

※初めての方は「無料お試し10記事パック」もぜひご覧ください!

第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter3

 歌舞伎町かぶきちょうでの活躍を断念だんねんして二日った月曜日、マサカズはいつものように書店でのアルバイトにはげんでいた。超人的な力を得ても日銭ひぜにかせがなければ、アパートの家賃も支払えず食っていけない。結局のところ、現状とは偶然拳銃を手に入れたようなものであり、それは使い道に困る力でしかなかった。
 バックヤードで午後の休憩きゅうけいをとっていたマサカズは、店長に呼び出され事務室までやってきた。
「山田君、あんまり待たせるのはね、よくないよね」
 椅子いすに座る店長の小坂は三十代半ばの男性で、マサカズにとっては少々小言こごとの多い苦手な相手だった。休憩中の呼び出しにも関わらず、ひと言目がこちらへの不満というのもいささか腹立たしく思える。マサカズは「はぁ」と力なく返事ともつかない声を上げた。
「あのね、本社からね、秋にね、山田君を正社員にね、むかえるのを検討してるって連絡があったんだ」
 げられた内容に、マサカズは少しばかり驚かされてしまった。
「正社員? 僕が?」
「君のね、あのね、“店員さんのオススメ漫画”の売り上げがいいし、実際そのあと“書店大賞”とか、“このコミックがすごい!”とかにもノミネートされてるし、先見の明? わかんないけどおかげで売り上げいいしね。あとあと、こないだ君が出してくれた、クリーンワーク提案も本社から評価されてね。これで納得?」
 たたみけるような店長の説明に、マサカズは戸惑とまどってしまった。『店員さんのオススメ漫画』とは、マサカズたち店員が推奨すいしょうする漫画を、特設したコーナー配置するというもので、漫画を愛好するマサカズにとってその目利めきき発揮する機会でもあった。そしてクリーンワーク提案とは、このイマオカ書店を経営している本社がアルバイトも含めた従業員たちに募集した、今後の働き方への意見や提案である。マサカズが応募した提案の内容とはパワハラやモラハラの根絶こんぜつ、労働の従事者のメンタルや体調をできるだけ考慮こうりょする、といった実にありふれたものであった。
「今とどう違うんです? 正社員になると」
「あれ? 山田君って過去イチ正規雇用経験なかったっけ?」
「ええ、ですけど、一応」
「雇用期間が無期になるし、月給になるしボーナスも出るし、社会保障ももっと良くなるし、いいことくめだね」
 ようやく驚きや戸惑いが消え去ったマサカズは、深々と頭を下げ、「あ、ありがとうございます」と礼を言った。
「まだ正式決定じゃないけどね、山田君ぼちぼち契約切れるしね。正社員になりたいなら、一応契約継続してくれない?」
「もちろんです!」
 これまでの働きぶりや、積極的な姿勢が認められたということか。推薦すいせん漫画の精度が高いのは最新の漫画に精通せいつうしているからであり、そもそも採用の決め手ではあった。正直なところそれら新作は違法アップロードサイトを通じて読んでいたため、人にほこれるような知識やセンスではない。正社員になって生活が安定してからは正規のルートで漫画を購入してつぐなっていこう。そんな身勝手な贖罪しょくざいをマサカズはちかった。

「山田さん、正社員になるんですって?」
 再び休憩室に戻ったマサカズは、同じく休憩に入っていた後輩の七浦葵ななうらあおいから声をかけられた。
 ソファに腰掛こしかけたマサカズは、テーブルの上にあった梅味のキャンディを手に取ると、それを口にした。
「山田さんのオススメ、的確ですものね。本社からの評価もそりゃそうだ、ですよ」
 マサカズの対面に座る七瀬は、少々興奮気味にそう言った。違法な手段で漫画への知識をたくわえていたマサカズは後ろめたさもあり、「ま、まぁ……そうね」と、歯切れの悪い返事しかできなかった。
「わたしもいつか正社員になれればいいけど、ムリかなー? トロいしミスばっかりだし」
「いやまぁ、そうだね、マジメにコツコツやっていれば、いずれはなれるかも」
「ですかね? わたしも山田さんみたくなれますかね?」
 電灯のあかりで眼鏡を光らせ、期待を込めた笑みを向ける後輩にマサカズはれくささを感じ、チリチリの頭をひとかきし、他愛たあいのないやりとりを続けて間を持たそうと思った。
「七浦さんは、どこ出身だっけ?」
葛西かさいです。あ違った、出身か。実家は千葉の勝浦かつうらってとこです」
 あまり馴染なじみのない地名だったため、マサカズは次の言葉に詰まってしまった。
「山田さんは?」
「あ、僕は栃木の芳賀はがってところ」
「いつこっちに?」
「高校まで地元で、就職で上京って感じ」
「どこにつとめて……あ、ごめんなさい、ぐいぐいし過ぎだ、わたし」
 ぶるぶると小さく頭を振る彼女を、マサカズは可愛かわいらしいと感じた。
「別にいいけど、勤めたのは四ッ谷にある教材販売の会社。超絶ブラックの」
「教材、販売?」
 七浦はキョトンとした表情を浮かべ、小首をかしげた。おそらく業務内容の想像がつかないのだろう。七浦の反応からマサカズはそう思った。
 高校を卒業後、教材販売の会社に営業職の正社員として雇用こようされたマサカズだったが、そこでは販売ノルマ達成のためなら鉄拳制裁まで行われるという、現代においては時代錯誤じだいさくごの指導方針をとっていた。彼がその鉄拳にさらされることはなかったものの、なぐられ、過酷かこくな残業で心身共に傷ついていく同僚を見るに見かね、入社半年後には会社の惨状さんじょうを労働基準監督署に通報した。しかしその行為は被害者であるはずの同僚の密告によって経営側に知られることとなり、マサカズは退社を余儀よぎなくされた。それ以来、若干の人間不信におちいった彼は、非正規職を転々として今ではこの休憩室きゅうけいしつあめをなめている。そのようなこれまでを思い出したマサカズは、暗鬱あんうつとした気持ちになった。
「どーしたんですか?」
 七浦は身を乗り出し、マサカズの顔をのぞき込んだ。距離の近さに戸惑ったマサカズは身を引き、思わずあめみ込んだ。
「あ、いや、アラサーなりの、ブルーな気分、とか?」
「でもでも、これから正社員じゃないですか」
 身体を戻した七浦は、あっけらかんとした笑みをマサカズに向けた。
「あ、そうだね。確かに」
「これからですよ。そう、これから逆転ですって。まぁ、そうですね。山田さんしだいって感じですけど?」
「ああ、ありがとう、うん、逆転だね」
 後輩のおかげでうれいが少しだけ晴れた。マサカズは気持ちを前向きにし、目の前にいる七浦という女性への好意を高めていた。彼女には彼氏がいるらしい。しかし、このやりとりから想定すると今後のワンチャンスがあるかもしれない。そんな期待までいだきつつあった。
 
 その日の勤務は夕方の十七時までだった。書店をあとにしたマサカズは、今日の晩飯をどうしようかと駅のショッピングセンターをぶらついてた。
 あの休憩時間から、七浦葵の姿や声が頭から離れない。心配をしてはげましてくれたのがとてもうれしい。もっと彼女のことが知りたい。いやいやそれよりも正規雇用の件だ。これについては栃木の両親に知らせなければならない。あの悪夢の教材販売会社をなかばクビにされて以来、両親はこちらの暮らし向きを心配している。晩飯のあと、電話でもしておくか。そんな結論に至ったマサカズは、駅前の牛丼店に入り、大盛りの牛丼を注文した。大盛りは贅沢ぜいたくだが、正規雇用へのご褒美ほうびということにしておこう。紅生姜べにしょうがをたっぷり乗せた大盛りの牛丼にありついたマサカズはふと、あの鍵について考えをめぐらせた。
 使い道がない。と言うか。使うことによる秘密の露呈ろていによって、不幸な事態にもおちいりかねない。せっかくの正社員というチャンスを失うこともあり得る。一度はこの力を使って人助けや犯罪阻止といった、言わばスーパーヒーローになるという夢想もしていたが、危機や悪行に対してアクセスする手段などあるはずもなく、現実の壁はどこまでも高かった。
 湯飲みを手にしたマサカズは、今もデニムパンツの尻のポケットに入っているなか厄介者やっかいものとも言うべきこの鍵を、今後は存在自体を無視し、封印することを決めた。
 
 牛丼店を出たマサカズは、アパートに向かって歩き始めた。ここ小岩は駅周辺に飲食店や風俗店が立ち並ぶ、いわゆる歓楽街かんらくがいである。アジア系外国人があふれ、昼から酒を提供する店もあり、時には日中でも小競こぜり合いのめ事やアルコールを起因とした無軌道な振る舞いで警官が出動することも多く、これまでに物騒ぶっそうな光景をマサカズは何度も見てきた。しかし十分ほど歩いてしまえば風景は閑静かんせいな住宅街に移り変わる。家や集合住宅が建ち並ぶ人気ひとけのない通りを、マサカズは歩いていた。
 鍵は、今後万が一でも使うことがあるかも知れないし、さすがに捨ててしまうのはもったいなくもあるので、自室のどこかにしまっておこう。立ち止まり、ふと目を落としたマサカズは、職場のユニフォームであるエプロンを着けたままであることに気づいた。いつもなら退店の際にロッカーに収めておくはずだったのに、今日は考え事で頭がいっぱいでついつい仕事着姿のままの退店となってしまった。どうしよう、店に戻るかこのまま帰宅してしまうか。夕暮れのなか迷っていると、背後から「山田正一さんですか?」と、男の声がした。「はぁ」と返事をして振り返ろうとした次の瞬間、マサカズの目の前は真っ暗になった。何かをかぶせられた。なんで? 誰が? 疑問だらけだったが今度は強引な力で身体ごと引きずられ、横倒しにされ、後手うしろでにされた手首は何かで拘束こうそくされた。この間、わずか数十秒である。考える猶予ゆうよもないまま、マサカズはスライドドアが閉じる音を耳にした。

第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter4

「死んでるわ。コレ」
「おいおいおい、ちょっとカンベンしてくれよ」
「って、オメーがやりすぎたからだろ」
「え? いやだって、まさか」
「いいから内藤さんとこ連絡しろ」
「あい」
 マサカズの耳に飛び込んでくるやりとりは、明瞭めいりょうで単純だったが理解が追いつかず、頭の中にはまるで入ってはくれなかった。ひざまずかされ、後ろに回された手首は結束けっそくバンドで拘束こうそくされ、今の自分はまるでいつかテレビで見た中東のゲリラに拉致らちされたジャーナリストの様でもある。
 マサカズは書店でのアルバイトからアパートに帰宅する途中、突然袋の様なものをかぶせられ、両手の自由を奪われ、車に詰め込まれ、この蛍光灯がともる事務所までさらわれてしまった。ここには彼も含めて六人がおり、それぞれ二つのグループに分類できた。おどす側と、自分たち脅される側だ。脅される側は手の自由を奪われ、一列に並ばされひざまずかされていたのだが、マサカズの右隣にいる中年の男性は少し前、脅す側のひとりに拳銃を突きつけられ、ひざり上げられ仰向あおむけに倒れ、足先がピクピクと痙攣けいれんしたのちピクリとも動かなくなってしまった。
 早く深い呼吸をり返す。マサカズは少しずつだがわかってきた。蹴り上げられたアロハシャツを着た男はおそらく死んでしまった。動かなくなったサンダルのつま先を横目に、いま起きてしまったアクシデントを彼は整理してみた。しかし、死んでしまった者のグループになぜ自分が含まれているのかそもそも心当たりがなく、不可解ふかかいでしかなかった。
「五百万、どーすんだよ」
 マサカズのかたわらに立っていたタンクトップを着た巨漢が、拳銃を手にしたポロシャツ姿の華奢きゃしゃな男をそうしかりつけた。男は「すんません」とびたが、巨漢は「すんませんじゃねーんだよバカヤロウ。ますらお、あとでカタきめるからな」と返し、男を軽く小突こづいた。
 巨漢と華奢、そしてもう一人、先ほどからずっと無言で『社長』と書かれた札の置いてある席に着く、紫のカットソーを着た煙草たばこをふかす小太り。この三人が脅す側に属する男たちだった。いずれもが強面こわもての青年たちで、マサカズにとっては繁華街はんかがいでたまに見かけたり、テレビの警察密着ドキュメンタリーやドラマで目にする、普段は付き合いのないたぐいの者たちだった。
 マサカズはこの状況をあらためて把握はあくしてみることにした。この数十分ほどの出来事でわかったことは、脅す側の三人は金貸かねかし業者であり、となりで死んでしまったかもしれない男は債務者さいむしゃであるということだ。金貸し業といっても拳銃を突きつけ暴力を行使するような連中だ、銀行のようなまともな金融業者ではないのは明らかである。なぜ自分はこんな者たちに拉致らちされてしまったのか。動かなくなったサンダルの彼は本当に死んでしまったのか。人の死に際など五年前の祖父そふ以来であり、殺害現場などもちろん経験がない。マサカズは目の端に入る足先に怯えつつ、ひどく困惑こんわくしてしまった。「いいから借りたものは返せよ」「期限が過ぎてんだよバカヤロウ」「本物だぞ。サバゲとかのじゃねーんだよ」「どうやって返すんだよ。テメーのきたねぇ内臓なんか、誰も買わねーぞ」彼らは要求している内容の全てが物騒ぶっそうなのにも関わらず、言葉や表情に全く起伏が感じられず、ただ淡々たんたんと作業をこなしているだけの様でもあり、それが不気味ぶきみでしかない。
「な、な、なんなんだよ。なんで僕がここに? お金なんて借りた覚えはないぞ」
 恐怖をこたえ、ふるえた口調でマサカズが疑問をぶつけると、“ますらお”と呼ばれた華奢きゃしゃなポロシャツがかがんできた。こいつはアロハシャツに膝蹴ひざげりを見舞わせたやつだ。マサカズは緊張を高め、目を合わせないようにした。
「山田正一だっけ、あんたウチ、カルルス金融に百万円借りてんだよ」
「え?」
「連帯保証人だっつーの。ハンコも押してんだろ? なにすっとぼけてんの」
 ますらおは抑揚よくようのない口調でそう言った。マサカズはようやく心当たりに辿たどり着いた。前のアルバイト先で同僚だったある女性に泣きつかれ、借金の連帯保証人になったことがあった。しかし、確か翌月には完済したと連絡があったし、そもそも金額も五万円で彼女には返済できるアテがあったから契約書に押印したわけである。そう、貸主は確かにカルルス金融という名前だった。風変ふうがわりな名前だったのでおぼえている。
 こういった連中から借りたのか。半年で五万円が二十倍になるような契約だったかは記憶も定かではないが、事実をくつがえすのは容易よういではないだろう。それにしても百万円などという大金があるはずもない。となるとこれから何をされてしまうのか。自分もこの男から膝蹴ひざげりを食らうのだろうか。ぶるぶると小刻みにふるえるマサカズはひたいからとめどなくき出る汗をぬぐいたかったが、両手の自由も奪われそれもかなわなかった。

 しばらくすると事務所に二人の男が入ってきた。いずれもがジャージ姿で屈強くっきょうな体格をしており、マサカズは威圧感いあつかんを覚えた。
「内藤さんには明日振り込むって伝えておいて」
 巨漢がそうげると二人は無言でうなづき、マサカズの右隣に倒れていたアロハシャツの男の足と頭を持ち上げ、それを事務所の外へと運び出していった。これはおそらく、『内藤さん』なるその道のプロに遺体の処理を依頼いらいしたのだろう。そう理解したマサカズはますます恐れおののいた。すぐ隣の他人が呆気あっけなく死んでしまうなど、これは自分の知らない世界だ。たったひと晩を共にした女のせいで異世界に拉致され、結果によっては殺されるかもしれない。どうすればこの悪夢のような事態を切り抜けられるのか、マサカズが必死に考えをめぐらせているとタンクトップの巨漢が、左隣に跪かされていたスーツ姿の青年にしゃがみ込んだ。
「じゃー、次は伊達だて先生な」
 ダテ、と呼ばれた眼鏡をかけた青年はガタガタと強くふるえ、うめき声を上げていた。
「今日で八百万円なんだけどさ。どーすんの?」
「か、か、返します。必ず返します」
「じゃあ返してよ」
「…………」
「なにだまってんだよ!」
 巨漢が怒鳴どなると、眼鏡の青年は顔を背け、き込んでしまった。すると、社長の札の席に座っていた男が初めて口を開いた。
沈黙ちんもくは俺たちの世界じゃイチバンムカつくんよ。だって、なんもならんし。アンタしゃべりのプロなんしょ? ホラ、なんか言えや」
登別のぼりべつ社長、夏にはボーナスが出るんで、それで返済します」
がく、違うんよ。そのころには一千万よ。足りんのよ。差額はどーすんの? あんたも悪質だから、一括返済しかないんよ。あんだけ遊んどいて踏み倒すつもり?」
「そ、それは……」
「そーよ、伊達先生のお父さんも同業よね。勝ち組の」
「いや、ちょっと、父を巻き込むわけには……」
 こいつらは、債務者に返済能力がないと判断した場合は親類にまで取り立ての手を伸ばす。つまり、自分の場合栃木とちぎの父に迷惑が及ぶ。それだけはダメだ。マサカズはうつむき、歯をガタガタと鳴らした。
「さとくん」
 登別社長に“さとくん”、と呼ばれたタンクトップの巨漢が眼鏡の青年のネクタイをつかみ、強引に立ち上げさせた。登別はうっすらと笑みを浮かべた。
「お父さんに電話するんよ。あ、なんならこっちからかけるかぁ?」
「や、やめてください。それだけは」
 涙混じりに懇願こんがんする青年を横目に見ながら、マサカズは最悪な展開を想定していた。隣の彼がどのような結果を迎えるかはわからないが、次は自分がこうなる。一方的な暴力にさらされ、運しだいで殺されてしまう。契約内容もよく確認せずたった五万円だという思いから保証人になったがために、自分が返済能力のない底辺のアルバイターだったために。気がつけば、マサカズはほおを涙でらしていた。
「さとくん、先生に言うこと聞かせてくれるかなぁ?」
 薄笑うすわらいを浮かべたまま登別社長は指示を出した。それを受け、巨漢は青年のほおを強く張った。それは二度、三度と続けられ、かわいた音と共に青年がいた血がマサカズの頬に飛び散り、涙と混じった。
 このままでは、隣の彼は違法な暴力にさらされ続ける。そして次は自分だ。なんとかしてここから逃げ出さなければ。あとのことはそれから考えよう。もう、なんの余裕もない。なら、取るべき手段はたったひとつしかない。ようやく覚悟を決めたマサカズは、後手に拘束された両手をお尻のポケットに突っ込み、鍵を錠に差し込み、それを回した。

ここから先は

2,347字 / 1画像

■サブスク版 毎週Beep21とは 伝説のゲーム誌が21世紀の2021年に奇跡の復活を遂げた『Bee…

サブスク版 毎週Beep21

¥500 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?