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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter1-2
鬼才・遠藤正二朗氏による完全新作連載小説、後半戦の第8話が開始!
「魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」など、独特の世界観で手にした人の心に深い想いを刻んできた鬼才・遠藤正二朗氏。
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主人公の山田正一は、ある時『鍵』という形で具現化された強大な力を手に入れる。その力を有効活用するため、主人公のマサカズと弁護士(伊達隼斗)は数奇な運命を歩むことに。底辺にいた2人が人生の大逆転を目指す物語をぜひご覧ください!
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前回までの「ひみつく」は
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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。
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第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter1
事務所の血だまりの中、へたり込み、茫然自失となってしまった。かけがえのない存在を失ってしまったからだ。その翌日、マサカズは昨日に引き続き、代々木警察署の取り調べ室で、捜査官から事情聴取を受けていた。本来ならこの日は、朝から南多摩で幼稚園バスの見守りをするはずだったが、昨晩の時点で保司に事情を電話で説明し、キャンセルを申し入れた。電話越しの保司は伊達の殺害報道にひどくうろたえた様子で、しきりにマサカズの身を心配してきた。マサカズは、見守りのキャンセルだけではなく、中目黒の半グレグループを無力化する件について、保司に説明をしなければならなかった。ホッパーはグループの全員を殺害してしまい、依頼内容に対してやりすぎてしまったからである。マサカズは釈明をするつもりだったのだが、その話を切り出した途端、保司は「山田ちゃん、そっちはいいから。依頼主にはこっちで上手く処理しておくから、いまは自分の心配して」と、制されてしまった。
昨日とは異なり、今日の担当は戸山という若い刑事だった。戸山はスーツ姿でネクタイはしておらず、シルバーフレームのメガネを着用し、髪は七三に分けていた。マサカズは戸山の外見と最初の軽いやりとりで、彼が大人しそうな人物である、との印象を受けた。ライダースジャケット姿のマサカズは戸山を睨みつける様に見据え、机の上で両指を組んでいた。
昨晩はサウナからカラオケボックスへ逃げ込んだものの、結局、日付が変わる前の深夜には自宅アパートへ帰宅した。ホッパーの襲撃も考えられうるので、一睡もできないだろうと覚悟していたが、気がつけば敷きっぱなしの布団の上で、スマートフォンを握りしめたまま朝まで寝落ちしてしまった。代々木警察署からの電話で目を覚ましたマサカズは、事情聴取の要請に応じ、昼前には代々木駅までやってきたのだが、そこに至るまでホッパーとの遭遇はなかった。携帯電話にも応答はなく、自宅の住所は知っているので、その気になればこちらから訪ねるといった選択もできるが、マサカズはどうするべきかまだ考えあぐねていた。
「当日、事務所に出勤していたのは、被害者と、パートタイマーの木村さん、浜口さんの三名ということで、よろしいですか?」
「はい。ただ、木村と浜口の両名は、事件があった当時、新宿まで買い出しに出かけています。二人が事務所に戻ってきたのは伊達さんが搬送されたあとです」
「ええ、昨日の聴取でもそう言ってましたね。諒解です。問題ありません」
第一発見者で伊達の雇用主ということもあり、人間関係の近さから、マサカズは自分に殺害の嫌疑がかけられる可能性もあるのではないだろうかと用心していた。しかし昨日の聴取でマサカズは、犯行時刻に自分は代々木駅まで電車で移動中だった、嘘のないアリバイを供述し、警察も何らかの手段でその裏付けを終えているらしい。どうやら自分に疑いの目は向けられてはいない様だ。戸山刑事の質問は昨日の供述の再確認が大半だったため、確証こそ持てないままだったがマサカズはなんとなくそう感じていた。
「残りの二人、草津、寺西の両名についても山田さんの供述通り、犯行当時に草津さんは眼科、寺西さんは整形外科にそれぞれ通院していたことがわかっています」
「大前提ですけど、伊達さんは木村さんたちから慕われていました」
「あー、そういった意味ではないです。犯行当時、現場にいても違和感のない人物たちの、当日の足取りを知る必要があるのです。我々は」
それはつまり、犯行時刻に現地にいてもおかしくなく、その上でアリバイが不確かなら、現場か現場付近で、犯人に繋がる何らかの異変を目撃していた、といった可能性が発生する。警察としては、そこを捜査の糸口にしたい、ということなのだろうか。マサカズは推察してみたが、明確な回答まで辿りつけなかった。
「あとは……学生のアルバイトを雇っていますね」
とうとうその存在が刑事の口から出てしまった。昨日の事情聴取では質問されなかった、昨日あの現場にいたはずの、最後の一人だ。ホッパー剛は、まさしく殺害の実行犯そのものだ。
昨日の段階で、マサカズは彼について、ある方針を決めていた。まずホッパーの逮捕は、すなわち鍵の秘密が国家に知られることに繋がる。今回の件でも中目黒の半グレグループ“サマーリバー中目黒”の殺害事件も捜査が進めば、ホッパーの犯行にあの鍵が使われたことはすぐに判明する。そうなれば鍵の提供者である自分にも警察の手が伸びるのは間違いなく、これまで伊達と積み重ねてきた努力は水泡に帰す。中目黒の件ではホッパーの姿は防犯カメラに映っていて、おそらくは今回も街中のカメラに彼の姿は記録されているだろう。それに指紋や頭髪といった物的証拠も意に介せず残し放題だったこともあり得るので、こうなると逮捕は時間の問題だと思われる。
鍵の秘密を守るには、二つしか方法がない。ホッパーを殺害する、あるいは説得による口封じだ。思いついたものの、いずれもが実現は難しく、現時点では不可能と言っていい。まず前者についてだが、マサカズは自分がホッパーを殺せるとは到底思えず、それは人殺しをしたくないといった心情的な拒絶が原因だった。そして殺すにしても説得するにしても、大前提として連絡のつかない者の居場所を特定することが困難だと思えた。井沢の力を頼れば、吉田のときの様に足取りを掴めるかもしれないが、昨日の今日だったため、まだ連絡はできていない。もし、ホッパーともまだ交渉の余地があるのなら、その可能性の目を摘むのは得策ではないため、依頼自体はしておくべきでだとマサカズは考えていた。
伊達の命を奪った者と交渉する。以前の自分なら、そのような高度な判断はできなかっただろう。感情的に怒りをぶつけ、戦いに勝ったとしても殺しきれずに途方に暮れるのが関の山だ。しかし今は違う。伊達は鍵の秘密をそれこそ命がけで死守せんとした。鍵の秘密は自分にとって何よりも優先される。この前提によって、判断は下されるべきだ。だからこそ、眼前でボールペンを起用に手で回すこの若い刑事にもホッパーの犯行を口にすることはできなかった。
「ホッパー剛ですね」
「はい、彼は事件当時、どこに?」
「わかりません。出勤時刻は過ぎていたので、事務所にいたはずですが、僕が着いたとき、彼の姿は見えませんでした」
「タイムカードは?」
「はい、きのうについては記録がありませんでした。ですので急な休みだったってこともあり得ます。とにかく、僕はその日、直行で南多摩だったんで、当日の状況は全然把握できていないんです」
そのあと、刑事はホッパーと伊達の人間関係について質問してきた。アリバイがない唯一の従業員であり、施錠されていた事務所に合鍵で侵入できる唯一の存在であるホッパーに、殺人犯の嫌疑がかけられているのはマサカズも察することができた。だからこそホッパーについては終始曖昧な供述に徹し、“よくわからない”を連発するしかなかった。
「被害者の携帯電話ですが、初期化されていました。メールもサーバーからデータが削除されていたようなのですが、なにか心当たりはありますか?」
伊達は仕事用のスマートフォンで、全てのやりとりを行っていた。データが残っていたら井沢や保司との、表沙汰にするには憚られるやりとりや、自分に宛てられた絶命寸前の遺言も当局に知られることになる。最後まで彼は完璧だった。刑事の質問にマサカズは言葉を詰まらせてしまい、うめき声を上げた。
「山田さん?」
「あ、いや、その。わかりません」
最後にマサカズは、戸山刑事に、昨日発覚した夏川たち二十名の殺害事件の捜査状況を、さりげなく不自然が無いよう心がけて尋ねてみた。だが刑事からは「所轄が違うから自分には捜査状況はわからない。仮に知っていたとしても教えられない」と、素っ気ない返答しか得られなかった。
三時間ほど事情聴取を受けたマサカズは代々木警察署を出ると、徒歩で事務所まで向かった。刑事の話によると、ホッパーとは連絡が取れず、自宅の渋谷区代官山のマンションや、江東区豊洲の実家にもおらず、家族もその足取りを把握していないとのことだった。こうなると、警察はホッパーを容疑者の有力候補とみて捜査を進めるだろう。伊達は言っていた。「日本の捜査当局の追跡力はな、人定済みの場合ハンパなく高くなる。そこから身をかわすには裏社会の助力が必須だ」と。そうなると、おそらくはこれまで真っ当な世界で生きてきたホッパーに逃れる術はなく、逮捕は目の前だ。警察より前に自分がホッパーを捕捉できるのだろうか。
不安を抱えたまま、それでも優先順位の高い待ち合わせをしなければならなかったので、マサカズは事務所の前までやってきた。この三階建ての雑居ビルは、先々月に三階のデザイン事務所が、先月に一階の会計事務所がそれぞれ退去していたため、現在は二階のナッシングゼロしかテナントが入っていない。
ビルの前に、灰色のスリーピーススーツを着た、小柄な初老の男性が佇んでいた。男は両手を合わせ、目を瞑っていた。マサカズが深々と頭を下げると、男は合わせていた手を離し、小さく会釈を返した。白髪交じりの短髪、鷲鼻で吊り上がった険しい目付きをしたこの男は、伊達の恩師にあたる柏城所長である。柏城とは今朝、事情聴取が終わりしだい事務所で話をする段取りになっていた。
「俺みたいな第三者は立ち入り禁止なんだよ。そりゃそうだろう。あと二、三日は現場検証が続く。現場保全の観点から、検証が終わるまで、あんた以外はここに踏み入っちゃいけないし、俺だって入りたくはない」
「そ、そうなんですか?」
「そーゆーこった。まぁ、待ち合わせにはちょうどいいから、来ることには来たが。で、どうする?」
事務所で話をするつもりだったが、見込みが甘かったようである。柏城に促されたマサカズは、彼を事務所から五分ほど歩いた表通り沿いの喫茶店まで案内した。広々とした店内だったが、偶然にもホッパーを面接した際のテーブルしか空いておらず、マサカズはなんとなく気まずさを感じながら、柏城に着席を促した。柏城はコーヒーを、マサカズはコーラをそれぞれ注文し、二人は目を合わせた。
「まずは、すみません。こんなことになってしまって」
「犯人に心当たりはあるのかな?」
単刀直入とも言える柏城の問いに、マサカズは喉を詰まらせ咳払いをした。
「わ、わかりかねます」
「山田さん、あなたの事業に特に興味はないが、ひとつ忠告しておきたい」
「はい?」
「今すぐカタギに戻りなさい。破綻は時間の問題だ」
吊り上がった目には、なにか強い意志が乗せられているようでもある。マサカズはそれに応えるつもりで背筋を伸ばした。
「なんで、そう言い切るんです?」
「七浦葵、竹下信玄、そして伊達……たった半年で三件の刑事事件に関わってる山田正一は、警察の縦割りを外しちまえば、極めて異常な存在だって、誰にでもすぐ気づかれる。いくらなんでもだ、偶然でこんなヤツは生まれない。何らかの犯罪に関与していると断定されてもおかしくはない。お前はもう、公安に目を付けられてるかもしれない」
伊達からもされたことのない、恐怖を覚える指摘だった。マサカズは運ばれてきたコーラのグラスを手にすると、ストローでずるずると黒いそれを啜った。
「あの伊達が入れ込んでウチを辞めちまうわけだ。相当、よっぽどってことだろう。庭石を殺したのもそのよっぽどが絡んでるんだろ?」
「あれは、自殺です」
震えた声で、マサカズはそう返した。柏城は皺の寄った手でコーヒーカップを取ると、音を立て褐色のそれを啜った。
「僕は伊達さんの仇を討つつもりです」
「時代じゃないだろ。どうせ犯人はすぐ逮捕される。ここだけの話だけど、指紋も出てるそうじゃねぇか」
「指名手配ってことになるんですか?」
「ガラが辿れないんなら、そうするだろうな」
逮捕されれば鍵の秘密が露見してしまう。凶器の提供者として、すぐに自分も当局に身柄を拘束され、罪を追及されるだろう。マサカズはテーブルに目を落とし、大きくため息をついた。
「ちくしょう……」
柏城はそう漏らした。マサカズが目を向けると、彼はハンカチで目を拭っていた。
「本当に……ごめんなさい」
マサカズは、呻くようにそう呟くしかなかった。そしてこの言葉を伝えることこそが、柏城に来てもらった一番の理由でもあった。
第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter2
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