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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─ Chapter5-6
前回までの「ひみつく」は
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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなしていた。
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第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter5
財務大臣の応援演説に伴う警護という大仕事から一転し、マサカズが次に担ったのはスケールが小さく、それでいて命に関わる重大な職務だった。創業以来なにかと縁がある廃棄物処理業者の保司から回されてきたその仕事の概要説明書類の冒頭には、『幼稚園バス降車見守り』という名目が記されていた。事務所で書類を目に通したマサカズは、伊達に向かってその業務内容をあらためて確認した。
「一時間以内に五件の幼稚園を回って、送迎バスに残された子供がいないかを確認するんですよね」
「ああ、時間的には自転車でギリギリなんとか回れるはずだ」
「あれ、でも確かなんかブザーとか、安全確認装置でしたっけ、バスへの取り付けが義務づけされたんじゃないですか? 前にニュースで見ましたけど」
「現実には間に合ってない」
「うわ、やっぱりそーなっちゃってるんですね」
「児童回りの類はなにもかもがそうだよ。理想と現実の食い違いが顕著だ」
「段取りとしてはこうですね。バスの鍵を幼稚園で受け取って、バスを確認して、子供が居残ってたら園の人に報告する。居残ってなくても報告する。そして鍵を返却する」
「ああ、それでいい」
伊達の素っ気ない返事に、マサカズは下唇を突き出し、あからさまに顔を顰めた。
「なんか、外部に依頼する仕事じゃないような気がするんですけど」
疑問を口にしたマサカズに、木村が席を立った。
「安全装置の不備に対して、我々のような外部業者の手を借りることで急場の対策を取り、親御さんたちを安心させる意図があるのだと思いますよ」
「うーん、木村さんの言ってることもわかりますけど、ならとっとと安全装置付けた方がいいと思うんだけどなぁ。だって義務づけなんでしょ?」
「その場しのぎには、しょーもねぇ事情があるんですよ社長。取り付け業者や安全基準を確認する役所のスケジュールが空いてねぇとか、急な施策でそもそも物品自体が不足してるとか。けど子供の命ってこたぁ、優先順位ってもんが高い。だからこんなわけわかめなお仕事も発生しちまう」
マサカズの疑問に答えたのは浜口だった。充分すぎる内容に、マサカズは納得するしかなかった。
「伊達さん、最後に質問なんですけど」
「なんだ?」
「なんで廃棄物業者の保司さんが、このお仕事紹介してくれたんです? なんだか関係がえらく遠いって感じですけど」
「知らないよ。それに気にする必要もない。あの人は顔が広いからな」
想像もできない人間の関わり合いというものがある。これまでの人生で自分が知りうる範囲は実に狭く、単純なものだ。それは自覚していたのだが、やはり廃棄物処理業者と幼稚園では接点が思いつかない。古くなったバスの廃棄絡みだろうか、それともたまたま呑み屋で知り合った縁なのか、はたまた親類づきあいか。マサカズは考えを巡らせてみたが、どれもが正解で、どれもが不正解のような気がしたため、やがてどうでもよくなってしまった。
十月最後の金曜日の朝、マサカズは自転車で五件目となる最後の幼稚園に辿り着くと、職員からバスの鍵を受け取った。足立区の住宅街の中にあり、外から見る施設からは幼児たちの気配は感じられなかった。最近では近隣住人の苦情も多いため、できるだけ大人しくさせているとの話も事務所の老人たちから聞いていた。自分のころなどは田舎ということもあり、幼稚園ではよく大騒ぎをしていたものだ。そう言えば、新実葉月も同じ幼稚園に通っていたはずだが、クラスが異なってたのだろうか思い出がない。そのようなことを考えながら、マサカズは幼稚園に隣接する駐車場に向かい、停めてあったバスに乗り込んだ。
取り残された園児はここにもいなかった。今日これまでに巡った四件も全てにおいてがそうだった。なにも問題がなく、平穏無事という結果だ。
それにしてもだ、遂に鍵の力がまったく関係しない仕事まで請け負うようになったのか。マサカズはそう思うと苦笑いを浮かべてしまった。財務大臣警護においては最悪の事態が発生した際には、アンロックして暴漢に立ち向かうつもりだったが、この仕事の場合、有事においては園のスタッフに報告するのが最善であり、怪力や跳躍はまったく役立てない。これからはこういった内容も増えていくのだろうか。少々物足りなくも思えるが、それはそれで秘密の漏洩といった不安もなく精神的な負担もない。浜松で知り合った田宮の鋭利な視線を思い出しながら、マサカズは幼稚園に向かった。
「問題なしです」
幼稚園の入り口でマサカズがそう報告すると、幼稚園の従業員であるエプロン姿の若い女性が笑みを浮かべた。
「助かりますぅ。来週もお願いしますね」
礼を言うと、女性は書類を貼り付けたバインダーをマサカズに手渡した。園内からは児童たちの元気な声が響き渡り、それは普段子供とは縁の遠いマサカズにとって新鮮な音色だった。外から察することができなかったのは、おそらくだが防音がしっかりと機能しているからだろう。マサカズは渡された安全確認の書類に、認め印を捺印した。
「あの、なんですけど」
どうしても聞いておきたかった質問を、マサカズは口にした。
「園児の降り残し、そちらの方でも確認してるんですよね」
その問いに、女性の笑みは苦いものへと変化した。
「はいぃ……やってます」
「いや、僕の仕事がムダとか、そういったことを言っているわけじゃないんですけど。その一応、だよなーって思ってしまいまして」
「ええ、やっぱりどうしても外部の方の確認がないと、ご家族の納得というものが得にくくって。だから、本当に助かります!」
納得と安心を作る仕事というものを、マサカズはこれまでに経験したことがなかった。物品を販売。顧客の質問やクレームへの対応。そして建築物の破壊と運搬。財務大臣の警護。最近では遂行する内容の幅こそ広がっていたが、この幼稚園バスの見守りという名のアリバイ作りのような職務はなんとも腑に落ちない。これにかかる費用を、たとえば目の前で恐縮する彼女や従業員たちの給与に充てれば、よりよい教育環境を整えられるのではないのだろうか。そこまで考えたマサカズだったが、さすがに出しゃばりが過ぎると感じため、気持ちを切り換えて幼稚園を後にした。
東京の中心地からの方角として、この足立区は現在住んでいる江戸川区と同じ東側に位置していたが、マサカズはこの西新井という土地を訪れたのは今日が初めてだった。そろそろ飲食店が開店する時刻であり、事務所に出社する前に昼食を済ませたいと思った彼は、レンタルしていた自転車を駅前で返却すると、めぼしい店舗を物色した。すると、“白いカレー”なるものを提供する飲食店があったので、マサカズは物珍しさからそこで昼食を摂ることにした。
カレーの香ばしさが漂う狭い店内はカウンターしかなく、コックスーツ姿の中年男性がひとりで接客と調理を担当していた。マサカズはカウンターに着くとカレーを注文し、スマートフォンを取り出した。そう、財務大臣の警護を行った浜松町選挙の結果をまだ確認していなかった。不倫騒動のあった元アナウンサーではあるが、どうせなら当選して欲しい。そんな願いから検索してみたところ、僅差での落選だった。ため息を漏らしたマサカズは、先ほど漏れ聞こえてきた園児たちの陽気な喧噪を思い出した。
自分も来月の十日には二十九歳になる。いわゆるアラサーというやつだ。同窓会ではあの園児たちぐらいの子供がいる同窓生もいたが、さて自分はどうなのだろう。いずれは誰かと巡り会い、結ばれ、子供が作れるのだろうか。これまでは狭い世界で生きてきたのだが、この会社を始めてからは様々な人たちと出会う機会が増えている。そのような環境で、意中の人が現れる可能性もある。だが、それは同時に鍵の秘密をどう取り扱うのかにも繋がる。まさか伊達は自分が異性と付き合うことを反対することはないだろうが、秘密については共に頭を悩ませることになるだろう。
そうか、それは伊達にしても同様だ。彼が今後誰かと愛し合うことになれば、自分と同じ心配を抱えることになる。マサカズは何度か頷くと、なにやらそわそわとした気持ちになった。
目の前に、カレーが差し出された。それは確かに白く、これまでに見たことがないカレーだった。一見するとシチューの様でもある。スプーンでひと口運んでみる。辛さはそれほどでもないのだが、なにやら味が薄く形容し難い違和感がある。食べ進めれば感想も変化してくるのだろうか。そのような期待を抱きつつ、マサカズは幾度もカレーを口にした。
料金を支払い、マサカズは小さな店舗を後にした。いつか彼女ができてデートすることになってもこの店を利用することはないだろう。そのようなことを思いながら、彼は駅に向かい歩き始めた。
第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter6
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