遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─Chapter5-6
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第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter5
マサカズにとって、千代田区の飯田橋とは捉え所が難しい地域だった。新宿や渋谷、池袋といった山手線の主要駅と比較して著名なランドマークがなかったため、山手線の内側の都心ではあったもののこれまで訪れる機会もなく、理解度は極めて浅い。栃木の工業団地出身の彼にとって、夕日に照らされた首都高が通るこの街に対しては、名もなき都会といった印象しか抱けなかった。裁判所は霞ヶ関にあったはずであり、所属先の法律事務所は高田馬場だったので、交通の利便性からここに伊達は住んでいるのだろう。そのような薄い認識のまま、マサカズはSRXのタンデムシートからマンションの地下にあった駐車場に降り、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。
Tシャツにデニム姿の彼が背負っている安物のリュックには、三日分の着替えと歯ブラシやタオルといった生活用品が詰められていた。
ビル火災での救助から三日が経った午後、アパートまでやってきた伊達は、強く、速い語調で反論を与える余地も与えない命令のような要求をしてきた。
「今から俺のマンションにきてくれ」
「何日か泊まり込みになるから準備をするんだ」
「飯田橋の駅からまぁまぁ近いから、不足分の補充はできる」
「現在、いくらの現金があるのか数えてくれ。もちろん、金庫の中や吉田から受け取ったぶんも含めてだ」
バイクに乗せられ、この高層マンションまでマサカズは連れてこられた。二人乗りにも少しは慣れてきたが、単気筒の振動に胃と腸を刺激されたマサカズは、伊達に続いて乗り込んだエレベーターの中で便意をもよおすのを感じていた。
伊達が住むマンションの、ヤニの臭いが充満したトイレは、自分が住むアパートのそれと設備としてはあまり違いは感じなかった。広さは負けるものの掃除は自分の方が行き届いている。床の汚れを見つめながら、便器に座ってたマサカズは頬杖をついた。
それでもやはり、思い知らされてしまった。各中央省庁の庁舎からも近い立地、首都高を望む二十階建ての立派な建物、オートロックを用いた玄関や、高級そうな建材だと思われる暗い色をしたエントランスの床や壁など、自分の住まう小岩の古ぼけたアパートとは格というものが違う。2LDKの間取りはまだリビングしか見ていないが、広々としていて、家賃もそれなりの金額であることだろう。伊達はここに住めるべき実績をもった弁護士であるはずだから、やはり自分のような底辺のアラサーとはかけ離れた存在である。マサカズはそれをあたらためて自覚しながら、トイレから出た。
「忙しくなるぞマサカズ」
いつもの仏頂面ではなく笑顔でそう言うと、伊達はマサカズをリビングのソファに促した。マサカズが腰を下ろすと、伊達は忙しない様子で迷ったのち、隣の部屋から椅子を持ち出し、マサカズの斜め向かいに座った。
「どうしたんです伊達さん。なんか、唐突過ぎて驚いているんですけど」
「すまん。そりゃそうだろう。まずはな、三千万円を資金洗浄する。本来なら五千万円まるごとが理想なんだけど、井沢さんは一度の機会だと三千万円が限界らしい。残りの二千万円は後日ってことになる。ただ、当面の資金については俺が用意する。四百万円だ」
興奮がちにそう言っている伊達の言葉がまったく理解できなかったマサカズは、ちりちり頭をかき、頭をぐるぐると回した。
「この当座資金で事務所を借りる。そこから実印と定款を作って公証役場で認証だ。取引先銀行に資本金を入れ、法務局に登記申請、これで俺たちの第一歩だ」
やはり何を言っているのかわからない。マサカズは座り心地のいいソファに身体を埋め、大きくあくびをかいた。
「マサカズ、お前が代表取締役で、俺も取締役になる。副社長ってポストでいいだろう。社名はお前が決めてくれ」
マサカズは身体を横に倒し、痒くもない首をポリポリとかいた。
「マサカズ? マサカズ?」
伊達は横になっていたマサカズを覗き込んだ。
「伊達さん、意味不明です。なんなんです、さっきから。伊達さん大暴走って感じ」
その呆れきった態度に伊達はうめき声を漏らし、全身を震わせた。
「あ、ああ、前提をすっ飛ばしていたか」
「そーですよ。急にウチにきて、三日分の着替え持ってバイクに乗れって、ここまではまぁまだいいですよ。いや、ヘンですけど。で、ここに連れてこられて、さっきからテーカンとかわけわかんないこと口走って、病気ですか?」
「すまん、すまん。興奮しちまって、大前提を忘れてた。あー、まずどこから説明していいのか……」
伊達は立ち上がると、ソファの周囲をぐるぐると歩き回った。
「僕の予測ですけど、例の“エズ”ってのができたんですよね」
マサカズの言葉に伊達は足を止め、彼の背後から嬉しそうに身を乗り出した。
「そうそうご名答。鍵の力の有効活用のため、会社組織を発足するって提案だ。それにお前が同意した場合、少なくとも一週間、俺たちは密接に行動を共にする必要がある。だから着替えを持参してもらっての泊まり込みが必要なんだ」
マサカズは浅く上体を起こすと、ソファの背後にいた伊達の鋭い顎を見上げた。
「えーと、僕が社長で、伊達さんが副社長ってことです?」
「そうそう」
「会社設立ってのも衝撃ですけど、役目が逆じゃないですか? 僕に社長なんて務まりませんよ」
「ああ、このままじゃ務まらない。だけどそこは俺がフォローする。この会社において最も重要なのは鍵の力だ。そしてそれを行使できるのはお前だ。従って、最終的な責任者はお前以外には考えられない。だから……」
言いながら、伊達はテーブルの上のノートパソコンを開いた。
「そうだ、これを読んでもらうのが先だったな」
そう促されたマサカズは身体をしっかりと起こし、ノートパソコンの画面に目を向けた。カブトムシの壁紙を背景にしたそこには、“事業計画書”と記されたプレゼン資料が映し出されていた。
「これ、僕にわかる内容になってます?」
「大丈夫だ。事業計画書ってやつは、中学生程度の学力でもわかるようにしなくちゃいけない」
そう言われたマサカズは、資料に目を通した。新たに会社を設立し、革新的な新技術を用いて、人命救助、危機対応、紛争解決を破格で行う。代表、山田正一。読み進めると具体的な業務内容が記されていて、そのどれもが鍵の力を用いなければ不可能なスピードと規模となっていた。確かに内容は理解できる。だが、マサカズにはいくつもの疑問が湧いてしまっていた。
「伊達さん、ヤバいですよこれ」
マサカズの感想に、伊達はにんまりと笑みを浮かべた。
「ヤバいだろ?」
「あ、勘違いしてる。僕が言ってるヤバいって、この計画、それこそ大前提がヤバいです」
「どの点がだよ」
「事業を成り立たせるための革新的な新技術って、つまりは鍵の力でしょ? それを取引相手に教えるんですか?」
「まさか。そこは秘密だよ。そう、今後雇用していく従業員に対しても、鍵については基本的に秘密としておく」
「そんなの、可能なんですか?」
「やるしかないだろ?」
いつもの伊達とは違う。その言葉から彼の知性が低下していると感じたマサカズだったが、現在の自分はやるべきことがなにもなかったため、ひとまず話を続けることにした。
「じゃあこの計画を進めるとして、何から手を着けるんです?」
「事業所を決める。どこでもいいけど、できるだけ都心がいいだろう。それと、会社名を考えてくれ」
「えっと、お金ですけど、あのお金、使うんですか?」
「人助けのための事業資金だけど、嫌か?」
「いえ、ようやく使い道が決まったって感じなので、気持ちの踏ん切りはつけますけど」
「でだ、あのカネ、五千万円だったよな。アレは違法な手段で手に入れたものだから、資金洗浄する必要がある」
「よくドラマとかで聞きますけど、それってなんなんです?」
「出所が違法なカネを合法化してしまうことだ。井沢さんに依頼してひとまず三千万円を洗う。もちろん、時間はある程度かかるから、当面の資金は俺が四百万円用意する」
「なんだかよくわかんないですけど、ヤミ金にお金借りてた伊達さんが、四百万円も持ち出せるのが疑問です」
「十年間コツコツ貯めてきた、とっておきだ」
「なら、少しは借金返済に充てるべきでしたよ」
「まぁ、そりゃそうなんだが……」
あまりの正論に、伊達は答えに窮した。
「なんか、色々とおかしくないですか? 鍵は秘密のままだったり、強盗したお金を資金にしたり。会社設立って言いますけど、これじゃまるで悪の秘密結社だ」
「まぁ、ぶっちゃけ秘密結社だな」
「嫌ですよ、そんなのの社長なんて」
「“悪の”が付くからだろ? 俺たちが設立するのは、恵まれない人たちを救う、悪じゃない秘密結社だ」
「聞いたことがないですよ、そんなの」
「それはお前の知識不足だ。世に在る秘密結社のすべてが、自分たちが悪だとは考えていない」
「うわー」
声を上げたマサカズは、再びソファに倒れ込んだ。これはおそらく屁理屈だ。しかしそれを指摘できるほど、マサカズは豊富な言葉を持っていなかった。自分はどうするべきか、結論がでないマサカズだったが、ひとつの大きな疑問が湧いてきたので、仰向けになって伊達を見上げた。
「伊達さん」
「なんだ、マサカズ」
「伊達さん副社長って言ってましたけど、弁護士はどうするんです?」
「事務所には今朝、辞表を出してきた」
その言葉に、マサカズは身体を起こそうとしたが誤ってバランスを崩し、床に転げ落ちてしまった。
第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter6
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