遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第2話 完結─可哀想な女の子を救ってあげよう!─Chapter9-10
前回までの「ひみつく」は
▼主人公マサカズと伊達の出会いを描く「第1話」を最初から読む人はこちらから【※各回冒頭の一章分を無料公開中!】
▼"鍵"の予期せぬ使い方と急展開の事件が描かれる「第2話」はこちらから【※こちらも各回冒頭の一章分を無料公開中!】
※本記事はこちらから最後まで読むことができます(※下の「2023年間購読版」もかなりお得でオススメです)
◆お得な「年間購読版」でも読むことができます!
※『Beep21』が初めてという方は、こちらの『Beep21』2021〜2022年分 超全部入りお得パックがオススメです!(※ご購入いただくと2021〜2022年に刊行された創刊1号・2号・3号・メガドライブミニ2臨時増刊号すべての記事を読むことができます!)
※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し記事パック」を一緒にご覧ください!
第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう! Chapter9
その観覧車は東京湾を望む葛西臨海公園の名物だった。マサカズは夜景をただひとり、ぼんやりと見つめていた。アドレスを交換した葵からメッセンジャーで連絡があったのだが、“夜七時、この観覧車にひとりで乗り込んで欲しい”といった内容だった。奇妙に感じながらも何かの意図があるのだろうと思ったマサカズは、素直に従うことにした。
こうやって高い場所から夜景を眺めるのも何年ぶりのことだろうか。
このあと、葵さんがやってくるとして、またどこかに呑みに行く流れになるのだろうか。
あれは東京スカイツリーだ。
伊達さんのお薦めのゲームは正直言ってあまり面白くなかったけど、しかめっ面で何も言わずゲームセンターを出て行ってしまったのは、さすがに悪かったかもしれない。
葵さんはどんな姿で現れるのだろうか。
どうやら雨が降ってきたようだ。傘がない。
葵さんは彼氏と別れたと言っていた。なら、今夜自分たちの仲は何らかの進展があるのかもしれない。
迷子の手を引く葵さんが、たまらなく好きだと感じてしまった。これは、たぶん恋だ。
それにしても腹が減った。
ゴンドラの中で一人、とりとめもなく、ばらついた思いをそのままに巡らしていると、ゴンドラの扉が開かれ、突風が吹き渡った。係員が鍵をかけ忘れたのだろうか。既に地上から数十メートルは離れているので危険極まりない。マサカズは腰を浮かせた。
「どーです山田さん。なかなかの登場でしょ?」
目の前に突如として現れたのは、茜色のジャージを着た葵だった。
「こういうののドアって、外からしか開けられないんですよね」
彼女はどこからどうやってここに現れたのか。中腰のまま、マサカズは異常事態を懸命に理解しようとしていた。ゴンドラに乗り込んできた葵は微笑み、手を後ろに回し、マサカズに向かって屈み込んだ。
「デートなのにこんなダサい格好でごめんなさい。けど、動きやすくって。これ、高校のころのジャージなんです」
言い終えると、葵は最後にペロっと舌を小さく出した。
「手短に説明しますね。先週の水曜日なんですけど、わたし、山田さんのロッカーを漁ったんです。鍵かかってなかったので。なんでかって言いますと、何か山田さんの秘密とか知れれば、もっとわたしのことちゃんと相手にしてくれるかなって思ったんですよ。そしたら、ポーチに同じようなロッカーの鍵がいっぱい入ってるじゃないですか。あれれ、もしかしてこれってみんなのロッカーの合鍵を勝手に作って泥棒でもするつもりだったのかな? 山田さんって意外と悪い人だなぁ、なんて思って、そのうちの一本を試してみたんですよ。そしたら……です。ごめんなさい、手短じゃなくって」
ロッカーの鍵をかけ忘れたときのことか。ポーチに例の鍵があったのは確かめたが、本数までは数えていなかった。ポーチの中には八本入れていて、そのうちの一本を彼女は試し、自分と同じ経験をしてしまったということか。マサカズは情報を整理したが、これからどうなるかの予想はまったくできなかった。
「かっこいいですよね。いわゆる近接パワータイプって感じ? わたし、少年漫画もすっごく読むんですよ。バトルモノなんかも大好物です」
葵は両手で眼鏡をかけ直した。
「けど、視力とか聴力はそのまんまなんですよね。ちょっとそこが残念ですけど……もちろんマサカズさんは鍵についてもう把握済みですよね」
「あ、ああ……」
「やったぁ! でしたら一緒に組みましょう。わたしと二人でバディです。あ、なんならわたしがサイドキックでもいいですよ」
「なにを……言ってるんだ?」
「えー、だって正義でしょ。こーゆーパワーの使い道って。世直しということです」
「僕もそれは考えてみたけど、具体的にどうするか思いつかなかった」
「悪いのを撃破していけばいいんですよ」
「どこにその悪いヤツがいる?」
「いますよ。いくらでも」
「見つからないだろ」
マサカズの反論に葵は俯き目を落とし、彼の対面に座った。
「この力はある意味危険なんだ。遊び感覚やノリだけで使っていいモノじゃない。僕はもう散々な目に遭ってきた。葵さんに同じ失敗はさせたくない。鍵はいったん返してくれ」
そう告げたマサカズだったが、葵は返事をしなかった。
「葵さん、頼むから……」
葵は膝の上で指を組み、マサカズをじっと見つめた。
「わたしは本気だし、引き返せません」
「引き返せない?」
「あのクソヤロウをブッ殺しました」
「誰!?」
「クソヤロウです! 山田さんと呑んだのがバレて、蹴られて蹴られて、ロクに働きもしねーのに、風俗行けとか言い出すし、今度は顔を殴られそうで、反撃したら……」
葵は顔をくしゃくしゃに歪め、それでも口元には笑みを浮かべていた。ゴンドラは頂点を超え、下降を始めていた。
「首がぐるんって一回転。DVヤロウの悪党を一撃です」
「僕も……似たようなことをした。僕の場合、ヤミ金の連中だったけど」
言いながら、マサカズは先日の朝のニュースを思い出していた。確か、殺害現場は路地だったはずである。
「たぶん、警察は近いうちに君まで辿り着くと思う」
「あー、ですけどこの力があれば、警察なんて敵じゃないですし。ですから、大丈夫です」
倫理観に障害が生じている。おそらく、あのデタラメな力のせいだろう。自分の場合、それに対する恐れの方が勝っていたが、彼女は常に理不尽な暴力に晒されていたため、手に入れてしまった力の行使に躊躇がない。マサカズはそう分析をしつつ、この事態の解決方法にまでは至れなかった。
「山田さん、個人的な怒りってやつだって、まだそう思ってるでしょ。でしたらでしたら、昨日の夜のこともお話ししましょう!」
更なる告白にマサカズは口を開け、手を震わせた。
「残業になって居残りしてたら、小坂のヤローに事務室まで呼び出されて、契約延長してやってもいいけど、ヤらせろって。山田さんの家に連れ込まれるような尻軽なんだろって。ふざけんじゃねーよって、だっておかしいですよね? 尻軽なんて言葉、久しぶりに聞きましたよ。昭和か? って」
「だからって、殺すことはないだろ」
「いいえ、アレは女の敵、ヴィランと言ってしまってもいいでしょう」
「違う、今の君は力に振り回されて暴走している。これまでの鬱屈とかもあるんだろうけど……とにかく鍵を返してくれ!」
マサカズはそう言いながら、デニムのポケットに手を突っ込み、南京錠で鍵の力を発動させた。
「嫌です。もしかして山田さん、わたしの敵になるってことですか?」
「僕は葵さんの味方だ。好意だってあるし。というか、好きだ! だから、いったん元に戻ろう」
「けどムリですよ。わたしだってバカじゃありません。このままじゃ二件の殺人で逮捕でしょ。死刑もあるかも。そんなのあんまりです。わたしの人生、なんにもない!」
強い口調で葵は反論した。彼女は立ち上がり、ゴンドラが小さく揺れた。
「だいたい、ズルくないですか? 山田さんは正社員なのにわたしはクビだし、わたしから鍵を取り返そうなんて、いくらなんでもあんまりです!」
正規雇用の話は白紙となり、年内での契約解除になった件について、葵には話したはずだった。しかし、興奮を強めている彼女にそれをあらためて説明したところで、聞く耳持たずにしかならないだろう。マサカズは腰を浮かせ、葵をどうやって無力化するのか考えあぐねていた。
「好きって言ってくれたのは嬉しいですけど、敵になっちゃうんですね! あーあ、ガッカリです! なら、戦うだけです! 覚悟のない山田さんからすべての鍵を取り上げます! あなたにその力は相応しくない!」
そう叫び、葵はマサカズに掴みかかろうとしてきた。すると彼女は不自然によろめき、横に倒れ込むような形で肩を扉に強くぶつけた。鍵の力になれていない最初のころは、バランスを崩してしまうことが度々あった。マサカズは葵の変調を経験からそう察した。
解錠されたままの扉は衝突により呆気なく開かれ、放り出されてしまった葵は雨の虚空に落ちていった。マサカズは咄嗟に手を伸ばしたが、彼女はほどなく五十メートル下の地面に全身を打ち付けた。これまでの経験上、鍵の力があればこの高度なら無傷であるはずだ。だが、七浦葵は雨と血が混ざり合う泥濘の中ピクリとも動かず、その元には施設の係員が駆け付けようとしていた。
ゴンドラが地面に達した。係員がドアを解錠しようとやってきたが、マサカズは内側から扉を開くと力ない足取りで観覧車から離れた。背中から係員が慌てた様子で「お客様!」と声をかけてきたが、彼はそれを無視して雨の中駆け出した。
第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう! Chapter10
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?