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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter9-10
前回までの「ひみつく」は
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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとして最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズであったが…。
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第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter9
ヘルメットのライトに照らされた、その黒く逞しい獣の胸には、三日月型の白い斑紋が入っていた。それ故、このクマ属はツキノワグマとの学名がつけられていた。雑食であり普段は木の実や果物、動物の死骸などを食糧としており、日本全国の山林に生息し、この埼玉県秩父も例外ではなかった。本来は夜行性であるのだが、最近では食糧を求めて日中に人里に出没し、人間に危害を加える事件も発生している。
身長は成人男性より低い場合が大半なのだが、マサカズが山中で対峙しているその個体は、彼よりもずっと大きく、口からは涎を垂らし、重低音で呻り、敵愾心を剥き出しにしていた。
滑落した。濡れた落ち葉に足を滑らせ、転び、転がった。そういった際、鍵の力をどう使えばわからず、ただただゴロゴロと落ち葉を纏いながら丸太のように斜面を落下していった。途中、二度ほどスマートフォンが振動したのだが、応対することはできなかった。傾斜も緩まり、ようやく転落もおさまり、立ち上がったところ、目の前に“こいつ”がいた。黒い 獣だ。様子を窺う限り、友好的な相手ではない。どうやら自分はクマの縄張りに侵入させられてしまったようだ。
こういった哺乳類との接し方など、テレビで少し聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていない。死んだふり、大きな音を鳴らす、決して背中を見せずゆっくりと後退する。しかしマサカズにとって、対応する手段はもっと別にあった。彼はデニムのポケットに手を突っ込み、南京錠と鍵が繋がったままであることを確かめた。つまり、力の有効期限はまだ切れていない。ならば、この最も有効な対抗手段を用いるだけである。いまにも襲いかからんと身構えているそれは、地下格闘技のチャンピオンや空手の猛者と比べ、どの程度の戦力と、そして防御力を有しているのだろう。殺されも殺したくもなかったマサカズは、ジムで覚えたてだったボクシングの構えを取った。
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臭いを感知しようと意識をしてみると、動物園で嗅いだことのある獣臭を感じる。こいつはいきり立っている。招かれざる客を撃退するべく、懸命に己の戦意を高めている。ならば、こちらもそうしてみよう。マサカズは顎を引き、ツキノワグマを睨みつけた。すると、対する獣は身を屈め、爪で地面を何度か掻き、慌てた様子で背中を向け、木々の中へと駆け出していった。
まさかの撤退だった。おそらく、このまま暴力で衝突した場合、命を失う危険を察したのだろう。縄張りを放棄するほどの脅威を感じ取ったということだ。マサカズは構えを解き、常に生存の値踏みをしている野生動物の方が、勘違いをした格闘家などより身の程というものを知っているのだと理解した。
「おーい、お前の狩り場を荒らすつもりはないから、あとで戻ってきな!」
言葉が通じぬことはわかってはいたが、マサカズは木々の暗闇に向かってそう叫んだ。
法を逸脱した人間たちだけではない、あのように獰猛な動物に対しても恐怖を感じなくなっていた。熊が去った林の中で一時間ほどの休憩をとったマサカズは、山道に戻り下山を始めた。山を転げ落ち、猛る熊と遭遇し、気合いだけでそれを退ける。異常だ。それでいてどこか地味だ。起きた出来事をあらためて整理していたので、下山の足取りも重かった。マサカズは自分が段々と恐怖や脅威に対して鈍感になっていると感じていた。
いま最も恐ろしいのは、悪意を持った存在が鍵を手に入れることである。現在所持しているものと、事務所の堅牢な金庫に収められた六本、そして自宅にある一本が鍵の全てである。ツキノワグマを威嚇だけで退かせるほどであり、銃弾をものともしないこの力は、何としてでも他人の手に渡してはならない。敵対した場合の危険だけではない、七浦葵や兄、雄大の様に、手に入れること自体で命を落とす恐れがあるのだ。そう思えば、確かに自分は変わり者なのかもしれない。葵のように不満を解決するために使わず、兄のように特異性を喧伝して何らかの成果を得ようといった発想には至らない。伊達などに言わせれば普通の人間は、力に応じた欲求を抱くらしいのだが、もしかすると既に三人を殺してしまったのが大きく影響している可能性もある。あれ以来ずっと、罪滅ぼしをしているような気がする。それが的外れな思い込みであることは、よくわかっている。しかし奪ってしまった命に対して弔うため、せめて世の中の役に立てないだろうか。明確にそう考えたことはなかったが、自身の特異性の原因としてはなんとなくだが腑に落ちる。
マサカズが麓の空き地までやってくると、そこにはバイクに跨がった伊達の姿があった。
「マサカズ! なにかあったのか?」
「あ、いや、伊達さん? なんで?」
言いながら、二度の電話の相手が彼であることは履歴から知っていた。だが、都会ではないため電波の状態は不安定であり、あらためて確認することもないままここに至っていた。
「電話しても出ないから、嫌な予感がしてすっ飛ばしてきた。まぁまぁ違反はしたけどな」
ヘルメットを脱ぎ、バイクから降りた伊達はスーツのポケットから煙草とライターを取り出した。
「ああ、山を滑り落ちちゃったんですよ。でもアンロックしてたんで、平気です。で、そのあとクマと遭遇して。でも平気です。気合いで追い返しました」
すらすらと述べるマサカズに、伊達は思わず煙草の箱を地面に落としてしまい、慌ててそれを拾い上げた。
「なんか、なんつーか、メチャクチャだな」
「ですね。一番おかしいのは、自分より大きいクマが目の前にいるのに、ちっとも怖くないんですよ」
「おかしくないだろ。いまのお前はおそらくこの星で、一番強い生物なんだから」
「努力もしないでそんなのなんて、ちょっと気が引けますね」
「だから世の中に役立てて、みんなに還元するんだ。コンテナはあと一個みたいだな」
「ええ、すぐに運び出すんで、伊達さん、心配かけてごめんなさい」
「謝るタイミングが独特だな」
「たぶん、軽く混乱してるんだと思います。僕」
マサカズはそう言うと、最後のひとつとなったコンテナを抱え上げた。伊達はプロレスラーでも見られないその怪力に、あらためて子供じみた興奮を覚えた。
二キロ離れた建設現場まで、マサカズは最後のコンテナを運び込んだ。
「お疲れ様」
そう声をかけてきたのは伊達だった。彼はコンビニのビニール袋からサンドウィッチとおにぎりをひとつずつ取り出し、「どっちにする?」と尋ねた。
コンテナに寄りかかるように座り込んでいたマサカズは鮭のおにぎりを、その隣で伊達はタマゴサンドを、それぞれ頬張っていた。
「腹減ってたんで助かります。これ、どーしたんです?」
「途中で買ってきた。お茶もあるぞ」
「伊達さん」
「なんだ?」
「できれば次の現場、山じゃない方がいいかも」
「検討する……けど、期待はしないでくれ」
「見られたらアウトですもんね」
苦笑いでマサカズはそう返すと、いまは何もない建設予定の更地に目を移した。
「拘置所って、犯人が入れられる施設なんですよね」
「大雑把に言えばそうだけど、正確には刑が確定される前の被告人や死刑囚が収容される施設だ」
伊達の説明に、マサカズは目を丸くして彼の顔を見た。
「あー、刑務所とは違うんですね」
「そうだ」
「あ、サンドウィッチひと口下さい。おにぎり一個とサンドウィッチ三つだとなんかワリが……」
言い終える前に、伊達はタマゴサンドをひとつマサカズに突き出した。
「そっか、死刑囚もここに入れられるんですね」
おにぎりを食べ終えたマサカズは伊達からサンドウィッチを受け取ると、再び更地に目を戻した。
「ああ、懲役刑と違って、死刑は執行時点で刑が完了するからな」
「僕なんかも本来なら死刑なんですよね」
「あれは事故だ。俺なら無罪にだってできる」
それは嘘である。二人の従業員については正当防衛を主張し減刑も望めたが、登別については状況から考えても一方的な暴行殺害であり、監禁と脅迫に抵抗するためという主張をしても実刑は免れず、検察官の技量しだいでは死刑も考えられる。
「罪の意識を持つのは構わないし、もしそれが仕事への原動力になっているのならそれもいい。ただ、自分が犯罪者だと思うのはやめろ。実際そうじゃないし、おまえにそのつもりはなかったのだから」
「すごい……伊達さん、罪悪感が原動力って、ちょうどついさっきそれについて考えてたんですよ。伊達さんってやっぱり超能力者?」
「ずば抜けて人の心を察する力があるだけだ。それに、俺はお前のことを考えるのに結構な時間を使っている」
「照れますね。なんだか」
「俺だって恥ずかしいよ。だからこんなこと、あんまり言わせるな」
マサカズは最後の仕上げとして、完了を証明するコンテナ群の写真をスマートフォンで撮った。それを見届けた伊達は、お椀型のヘルメットをマサカズに差し出した。
「スペアを持ってきた。これからどうする?」
ポケットの中の鍵を外したマサカズはヘルメットを受け取ると、ちりちり頭をひと掻きした。
「うーん、途中で休憩は入れたんですけど、鍵外したら結構な疲れですね。今日はとっとと帰って寝ようかな」
「わかった。なら送っていくよ。サウナとかはいいのか?」
「ビールかぁ……あー、やっぱりやめておきます。伊達さんだって明日は仕事でしょ?」
「俺のことは気にしなくていい。わかった、タンデム中にキツくなったら合図してくれ」
「タンデム?」
「本来なら二頭立ての馬車、いまのはバイクの二人乗りって意味だ」
「へぇ、伊達さんって色んな言葉知ってるんですね」
感心するマサカズに、ジェットタイプのヘルメットを被った伊達は人の悪い笑みを浮かべた。
「羨ましいか?」
「いえ、別に」
マサカズのリアクションがあまりにも素っ気なかったため、伊達は笑みを消し「なら、言うなよ」と呟きながらバイクに跨がった。
第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter10完結
あちらこちらの関節が軋み、全身に力が入らず、なにより意識がぼんやりとしてままならなかった。それでも伊達との“タンデム”は中断することなく、なんとか小岩の自宅アパート前まで保つことができた。伊達の運転は制動が優しく丁寧で、それ故の心地良さに意識が遠のくこともあったが、ときおり声をかけられたので、その都度はっきりと取り戻すことができた。
敷きっぱなしだった布団に大の字になって倒れ込んだマサカズはその日の午後、ようやく目を覚ました。空腹を覚えた彼は、まず何を食べるのか考えた。カップ麺やレトルトカレー、米などの蓄えはある。眠気はないものの疲れは抜けておらず、だるさと鈍さで身体を思うように動かせないため、自炊をする気にはなれなかった。もちろん外出も困難で、いつものコンディションに回復するには、このまま夜まで横になっているしかない。昨晩の仕事はそれほどの運動量ではなかったのに、なぜここまで疲労を感じているのだろうか。マサカズは考えてみたが、その原因は心因的なものしか思い当たらなかった。作業があまりにも単純だったため、少々考え事が過ぎてしまった。つまりこれはストレスというものだ。十年前、初めての仕事である学習教材のセールスをやっていたころもこの様な現象はあった。しかし当時とは違い、この消耗は休養を取れば回復し、そもそも仕事に対しての意欲は減るどころか前のめりでもあるので心配はない。だが、腹が減っている。そう言えば以前、事務所で草津がオンラインのフード注文、配達サービスを利用することもあると言っていた。身体を起こして食事を摂る程度の体力はあるので、マサカズは枕元のスマートフォンを手に取り、その手立てを検索してみようとした。すると、呼び鈴が鳴った。布団からのっそりと起き上がった彼は、玄関の覗き窓に顔を寄せた。瓜原の入れ墨面が見える。その背後にはひと月ほど前に相手をした空手家の姿もある。取るべき選択肢に居留守もあったのだが、二人の様子がなにやら穏やかだったため、マサカズは仕方なく扉を開けた。
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