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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─ Chapter7-8
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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなしていた。そんな時、マサカズは幼なじみから思わぬ告白を受け、伊達に相談するが…。
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第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter7
幼なじみを胸に抱いてしまった。だが、そこまでだった。そこから先の深みはなかった。彼女は地元の栃木へと帰っていった。上野駅の改札まで見送ったマサカズだったが、ほとんど言葉を交わさず、別れも沈黙のままだった。自分たちでなんとかする。そう言っていたが。あまりにも落ち着いた様子だったため、なにをどうするつもりなのかは尋ねられなかった。
あくる日、事務所でマサカズはネットで検索をしてみた。キーワードは“かりん”“女子高生”“栃木”“行方不明”とした。すると、ひとつのSNSアカウントを見つけた。アカウント主は栃木在住の、永野かりんという高校三年生の少女の父親であり、一週間前から連絡が取れず姿をくらませてしまった娘の情報提供を訴えていた。おそらく、この彼女が三条哲秋と不倫をし、ラブホテルで別れ話を起因にオーバードーズにより死亡し、夫妻によって山中に遺体を遺棄された少女だろう。この事件は今後どのような推移を辿るのだろうか。
自分は父親や捜査機関が現時点で知り得ぬ情報を知ってしまっている。三人も殺害し、それを明らかにしないまま、人には自首を勧めるような度しがたい自分が知ってしまっている。マサカズは増えてしまった秘密にどう向き合えばいいのか、わからぬままだった。
父親がネットで公開した娘の写真を見ると、黒いボブヘアの大人しそうで可愛らしい少女だった。彼女こそが昨晩葉月の言っていた“元凶”で、冷たい土の下に埋められた被害者である。写真に添えられたテキストには、彼女がいかに心優しく親思いで、これまで家出などしたことがない、品行のよい娘であることなどが綴られている。その真偽がわかるはずもないのだが、娘の喪失を嘆く父親の訴えにマサカズは心を抉られ、抱えた秘密はその重みを増していった。
小学五年生の春、下校途中の県道で“それ”を見てしまった。車道に横たわる黒く体操着袋ほどの小さな塊は、血だまりの中にあり、ぴくりとも動かない。
「ヤンマサ、あれ、狸だよ」
共に下校していたのは葉月だった。
「車に轢かれたのかな?」
わかりきったことを、なぜ言ってしまったのか。
「だろうね。かわいそうに」
しかしこういった際、どうすればいいのかのフローチャートは持ち合わせていなかった。だから、ただ通り過ぎるしかないと思っていた。だが、彼女はそうでなかった。車を警戒しながら死骸に歩み寄り、それを抱え上げた。Tシャツとスカートは瞬く間に血まみれとなったが躊躇なく、なんの迷いもなく、彼女の様子は淡々としたものだった。
「新実、なにしてんだよ」
「埋めるの。だって、このままにしてられないでしょ」
それは確かにそうなのだが、自分にできる行為ではない。新実葉月というクラスメイトが不気味とさえ思えてしまったことを、よく思い出せる。
「ヤンマサはいいよ。あとはわたしがやるから。先に帰ってて」
言われるがまま、その場から立ち去ってしまった。亡骸を抱きかかえ、平然とした血まみれの彼女からできるだけ早く距離を置きたかったからだ。翌日、登校してきた葉月は「埋めといたよ。簡単だけど、石でお墓も作った」と言ってきた。
「あのさ、その、新実ってすごいんだな」
「なんで?」
「死んでる狸を抱えて埋めるなんて、それもあんなに普通に。僕にはムリだよ」
「なんでムリなの?」
「だって、怖いよ。血だってドバっだったし」
「わたしだって怖いよ。けど、可哀想じゃない。あのままなんて。轢かれて、ゴミみたく転がって。あんまりだよ。普通になんて言わないでよ。いっぱいいっぱいだったんだから」
今にも泣き出しそうな様子だった。夫と高校生の少女を埋めたとき、彼女はどのような面持ちだったのだろうか。わからないことばかりだ。このような場合は、信頼の置ける人物に相談するしかない。
「じき、庭石から次の仕事がくる。それまでは幼稚園バスの見守りを頼むぞ」
代々木駅前の薄暗い照明をしたバーのテーブル席で、伊達はマサカズにそう言った。
「ええ」
「しかしお前から呑みに誘うなんて珍しいな」
「まぁ、ええ」
信頼できる人物を誘い出したものの、マサカズはなにをどうやって相談したらよいのか、その中身については無策なままだった。彼はハイボールのグラスを手にすると、中の泡をぼんやりと見つめた。
「最終的にはさ、公安関係の業務を取れればなって思っている。対テロリストとか、あの力にうってつけだろ? 危険は増すけど、唯一無二の存在になれる」
「ですね。けど、庭石さんって、大丈夫なんですか?」
「どういう意味だ?」
「僕が会ったのはあの料亭だけですけど、なんて言うかあの人、潰れちゃわないかって」
「またそれか……あいつが弱い人間ってことか?」
「そうは言いませんけど、人があんなにパニックに……」
言いながら、マサカズは自分が散々脅迫し、遂には海外へ逃げ出してしまった吉田を思い出した。そして、登別に返済を迫られ、命の危険に晒された自分や伊達も。「人があんなにパニックに陥ることを見たことがない」そう言いたかったのだが、考えればむしろ見慣れた状況ではあったので、マサカズは黙り込んでしまった。
「ああ、わかったよ。今後は手は緩めていくよ。大前提として、娘の件が発覚すれば庭石は使えなくなるから、できるだけ早くヤツと同等の別ルートを開拓しなけりゃならない。庭石から得た実績を売りに、今度は脅したりせず正攻法でな」
そう言うと、伊達はビールグラスに口を付けた。
「なんか、僕はとても遠いところに来てしまった気がします」
「なんだ? 誘ったのは人生相談か? それなら残念だけど俺は適任じゃない」
「どういうことです?」
「そりゃ、弁護士だから法律についての相談に乗るのは得意だけど、生き方とかはアドバイスできない」
「えっと、どういうことです?」
「人の生き方なんて、責任が持てないからだ。だいたい正解がない」
「でしたら、極めて限られた状況について、解決策の相談はできますか?」
「なんだ?」
伊達は、マサカズの観察を始めた。彼は顎に指を当てると、対座するマサカズの所作や表情、声のトーンに注意を向けた。
「あのですね。今後のことを考えた場合、あり得る状況ってあると思うんですよ」
これは、隠し事についての相談か。伊達はそう判断すると、三杯目のビールをバーテンに注文して会話の間を開けた。
「例えばです。例えばですよ。僕の知り合いが自殺した人の遺体を、やむを得ない事情によってどこかに埋めてしまったとします」
「ああ」
「それを僕が知ってしまったとしたら、僕はいったいどうすればいいのでしょうか?」
「二つにひとつなんじゃないのか?」
「通報するか、しないか、ですか?」
「その通りだ」
「伊達さんならどうします?」
「知り合いが誰か、そして事情による」
「通報しないってのは、どんなケースです?」
「そうだな、知り合いが逮捕されたら、俺が著しく損害を被る……例えばお前とか」
登別たち三人の殺害について、確かに伊達は目撃者にも関わらず通報することはなかった。それは借金をもみ消すため、金庫の持ち出しという犯罪の示唆を自分にした、言わば共犯関係であるから理解できる。しかし葉月のケースはまったくの無関係であり、通報すること自体になんの利害も影響しない。
「あのさ、仮の話って前提だけど、どうせすぐにバレるような事案だし、放っておくって手もある。法治国家の国民としては決していい姿勢ではないけど、友人がこれ以上追い詰められるのに加担する精神的負担からは解放される」
伊達は“仮の話”という前提では話していない。全ては見抜かれている。彼の口調が優しくしっかりとしていたため、マサカズはそれがわかってしまった。
「すみません。伊達さん」
「仕事柄、俺も見て見ぬふりは数え切れないほどやってきた。お前もそうすればいい」
そう言った伊達は、生ビールを勢い良く呑んだ。
「この力、ほんと使い勝手が悪いんですよね」
「世の中の大半が、腕力で解決できないトラブルばっかりだからな」
その通りだ。マサカズはハイボールを飲み干すと、二杯目を頼んだ。
第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter8
伊達とグラスを傾け合った翌る日の朝、マサカズは晴天の住宅街で、レンタルした自転車を漕いでいた。ここ何日か、幼稚園バスの見守りの仕事を続けているのだが、一件としてトラブルには遭遇していない。なにもないことを確かめる仕事は退屈でもあったが、幼稚園の従業員たちは誰もが働きぶりを有り難がり、感謝の態度で接してくれるので、誰もいない真夜中の山奥で解体や運搬をするよりは、ずっと晴れがましい気分ではある。
「自分は意外と子供好きなんだって思いました。ちょっとだけしか見る機会はないんですけどね。なんか、ウキウキしてくるんですよ。あー、元気だよなぁって」
昨晩、バーで向き合っていた伊達にそう言うと、彼は眼鏡を人差し指で直して人の悪い笑みを作った。
「結婚したくなったか?」
「ちょっと短絡的すぎやしません?」
「そうだな。結婚するだけが手段じゃないしな」
その夜五杯目となるビールを飲み干した伊達は、六杯目を注文した。
「そりゃ、いずれは結婚して子供が欲しいって、そんな希望はありますね。伊達さんはどうなんです?」
「俺は……そうだな……」
しばらくの沈黙だった。マサカズはナッツを口にすると、伊達の様子を窺った。彼は運ばれてきたビールグラスを両手で掴んだまま、虚ろな目でテーブルに見つめていた。
「予定だと、三十には結婚するつもりだったんだよ」
ようやくの返答だった。マサカズは大きく頷くと、次のナッツをつまみ上げた。
「一応、相手らしき目星もつけてはいたんだ。同業者でな」
ナッツを囓りながら、マサカズは伊達の声が低く小さくなっていると感じた。
「伊達さん、それって話したい話です?」
「いや、まったく。酔ってるから口に出てしまった」
「呑みすぎなんですよ。いつも思うんですけど、伊達さんって底なしじゃないですか」
「屈折してんだよ。キャバもギャンブルも絶てたけど、こればっかりは依存が治らない」
「まぁけど、あんまり悪酔いしませんし、ほんと、ほどほどにしましょうよ」
「ありがとうな。俺、そんなこと言ってくれるヤツ、お前が初めてだよ」
「いずれは僕たち、それぞれ幸せな家庭ってのを持ちましょうよ。僕と伊達さんの子供、友だちになったりして。あ、それっていいかも」
「悪くない未来だな。夢がある」
ようやく、伊達に笑顔が戻った。二人は今夜三度目になる乾杯をして、そのあとも終電まで二時間ほどバーで他愛のない話題に花を咲かせた。
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