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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─ Chapter7-8
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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る…。
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第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter7
結論を先送りにしてしまった。伊達は涙を流し、すっかり闘志を失っていた。マサカズにとって、庭石の自死からは実のところ、心にダメージはあまり受けておらず、ましてや伊達のように加害者などといった自覚も希薄だった。だからこそ、伊達の撤退に対して効果的な説得ができるはずもなく、せめてその罪悪感を薄め、ひとまず現状を維持することしかできなかった。ただし、このままではいけない。現在の伊達はあまりにも脆く、きっかけひとつですぐに逃げ出してしまう。起業以来、ようやくここまでこれたのに。モグリの解体業、省庁からの仕事、そして格闘家との対戦に籠城事件の解決。本屋でアルバイトをしていた数ヶ月前からは想像もつかないほど、多様な経験を積むことができた。そして、今後それは更に広がっていくはずだ。伊達の心を揺さぶらないように、何を心がければいいのだろうか。そして彼の焦燥をどうにかして取り除き、以前のような野心家に戻ってもらうにはどうしたらいいのか。レモンサワーのグラスを手に、マサカズは考えを巡らせていた。
「今日はありがとうございました! せっかくのお休みだというのに、お付き合いしていただけて!」
テーブルを挟んで座っていたのは、テイラードのジャケットを着たホッパーだった。ここは上野の、スペイン料理を提供するいわゆる、バルと俗称される形式の洋風居酒屋であり、マサカズとホッパーは映画を観終えたのち、午後五時に開店したばかりのこの店で盃を交わしていた。
「あ、僕も見たかった映画だったから、ちょうどよかったよ。でもなんで僕なんかを誘ったの? 大学の友だちとかは?」
「ぜひ、社長の感想を聞きたかったのです。実を言いますと、自分はアレについては先週の封切り日に一度観ていたのです」
十二月最初の土曜日となる今日、ホッパーに誘われて一緒に観たのは、インド産のアクション映画だった。ストーリーは単純明快な勧善懲悪ものであり、植民地時代のインドを舞台に、ヒーローが圧政を敷く政府に対して叛乱を起こし、局所的ではあるものの勝利する、といった内容だった。
「面白かったよ。アクションがすごいよね。ハリウッドとかとはまたちょっと違うって言うか。あと、オッサンがかっこいい。アレは邦画にはない要素だよ」
「ま、まぁ、それはそうではあるのですが」
ウーロン茶の入ったグラスを手にしたホッパーは目を逸らし、どこか不満げな様子だった。
「それと、音楽がいいよね。インド映画って初めてだったけど、異文化って感じがすごくした」
そう言いながら、我ながら凡庸な感想だとマサカズは思った。しかし筋立ても単純で、おそらく制作者側も難しいことを考えず、娯楽作として楽しんで欲しいと思い製作された映画のはずなので、感想も相応にシンプルにしかならない。ホッパーは尚も感想に対して満足していない。逸らされ続けた目からそう察したマサカズは、仕方なくレモンサワーをひと口呑んだ。
「なんか、マニアックなポイントとかあったの? 役者さんの過去作との比較とか、ロケ地の歴史背景とか。けど、インドのことなんて、まぁアメリカとか日本もそうだけどさ、僕は無知でなんにも知らない」
その言葉に、ホッパーはようやく視線をマサカズに戻した。
「ち、違います。自分が聞きたかったのは、そういうことではなくて。その、敵側のイギリスの統治と支配のあり方について、どのような感想を抱かれたのかと」
「えっと、村の娘をさらって、お母さんを殺して、主人公を不当逮捕して拷問して、最後はボスがやっつけられて……うーん、ムチャクチャシンプルに悪い連中だったな」
「事実、のちにインドは傀儡政権を打倒し独立を果たしました」
「えっと、ガンジーだっけ」
「はい。独立の重要人物のひとりです」
「よかったじゃん。悪い政権が倒されたってことでしょ?」
「しかしその結果、インドとパキスタンは分裂し、カシミール紛争などといった悲劇がこんにちまで繰り返されているのです」
「ゴメン、歴史にはあんまり……全然詳しくない」
「自分はあの映画から、そうした近代におけるインドの社会的問題を予見させるような視点が欠けていることが、大いに不満だと感じたのです。質のいいアクション映画であるが故、それは余計に問題だと思いました。現実はかように“めでたしめでたし”ではないのです!」
ホッパーのプチ演説に、マサカズはすっかり意気消沈してしまった。世間の評判からして、極めて娯楽作に徹したとされているあの映画を、彼は社会派の見地が不足していると熱弁している。それはまるで、アイスクリームにカレーの辛さを求めるような、的外れで見当違いな指摘である。しかし、それを注意したり、議論を広げたりする気力は今夜のマサカズにはなかった。実のところ映画を観ている間も上の空であり、考えていたのは伊達に対して今後どう接していけばいいのか、といった結論の出ない難問だった。そのため、映画を巡る鑑賞論などといった面倒なやりとりをする気にはなれなかった。
「す、すみません! 自分、どうやら悪い癖が出てしまったようです!」
何かを察したのか、ホッパーは突然頭を下げた。
「いや、いいんだけど、ちょっと議論するのはムリかな。特に今日は」
「どうしたのですか社長? さきほどからなにやら調子が悪いように見受けられるのですが」
真剣な眼差しをホッパーは向けてきた。そこから、自分に対しての心配より不信感を察したマサカズは、この優秀な若者にはできるだけ安心して働いて欲しいと思い、彼に気持ちを向け直した。
「あ、いや、風邪かな? もう十二月に入ったし、寒くなってきたしね。調子悪いのはそうだけど、月曜日には治してくるよ」
「それならばいいのですが。では、そろそろお開きにしますか?」
「うん、そうだね。ただ、最後にひとつ話を聞いて欲しい」
「はい! なんなりと!」
「今の会社の状況を、君には知っておいてもらいたい」
「はい! ぜひとも共有させてください!」
「庭石さんの自殺は、当然のことだけど僕たちにとって想定外だった。あの人からは演説の警護だけじゃなくって、運搬の仕事なんかも紹介してもらっていた。けど、今後はそれもなくなる。保司さんから新規で幼稚園バスの見守りの仕事も入っているけど、単価も安いし、なによりもバスに警報が付けられればいずれはなくなる仕事だ。つまり、今のウチは新しい案件の成立に向けて頑張らないといけないんだ」
「頑張りましょう! 自分も全力で協力します!」
なぜだろう。胸を叩いて前向きな意思表明をしてくるこの屈強な青年の言葉が、まったく心に響いてこない。伊達が万全のコンディションなら、ホッパーの優れた力も効果的に活用できるはずだが、自分には彼に適切な指示や指導ができる自信がない。だからこそ、彼の底抜けに迷いのない宣言を嬉しいとも鬱陶しいとも感じられなかった。マサカズは目の前にあった大皿のパエリアを小皿に移したが、それを食べる気にはなれなかった。
「会社の状況ということでしたら、自分、ひとつとても不思議に感じていることがあるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい? なんでも答えるってわけにはいかないけど」
「寺西氏のお孫さん、つまり自分の知人ですが、彼から山田社長には信じられない力があって、それを使って破格の結果を生み出しているとお聞きしました」
四人のパートタイマーたちは、鍵の秘密を知っておらず、それについてはあえて興味を示そうとしていない。だが、自分の雇用主が数字上不可思議としか言いようのない利益を上げているのは、なにか秘密があるからであるとの推察にまでは至っている、いわゆる暗黙の了解というものであり、それによって四人との関係は成立していた。だからこそ、この程度の漏洩はマサカズにとって想定済みだった。
「あるとしようか。でさ、ホッパー君はなにを知りたい?」
「自分は化学を学び、全ては理こそが支配すると信じていました。しかし山田社長にそれを逸した力があるというのなら、いち研究者として非常に強い興味があるのです! いいえ、それだけではありません。人知を超えた力があるのでしたら、それはこの社会を蝕む不正を挫くために用いるべきであり、社長がそうお考え、いや、既にそのような正義に対しての活動をしているのでしたら、自分はぜひともそれにも参加させていただきたく思っているしだいであります!」
「僕は磐田駅で君なんかよりもずっと鈍感で、テロリストを見抜けなかったんだ。凡人だよ」
「アレは大変申し訳ありませんでした。言いつけを忘れ、思わず行動に出てしまった己の未熟さを、ただ恥じ入るばかりであります!」
どうにも会話が噛み合ってくれない。それとも誤魔化し方を間違えてしまったのだろうか。マサカズは小皿に移したパエリアをようやくスプーンで口に運んだ。
「ホッパー君、見立ての通り、ウチには従業員に秘密としていることがある。そして寺西さんたちは、それはそうだって受け止めてくれている。当面は、君もそうしてくれると嬉しい」
「まだ自分は、それを知るレベルには達していないということですか」
「ホッパー君はさ、伊達さんってどう思う」
マサカズはあえて唐突な質問をしてみた。そこには深い意図はなく、閉じつつある伊達との関係性への突破口を少しでも見い出したいといった思いから発した問いかけだった。ホッパーはラム肉のソテーをフォークでむしゃむしゃと食べると、分厚い胸筋を上下させた。
「自分には、あの人はまったくわかりません」
収穫は皆無ということか。そう結論づけたマサカズはすっかり諦めてしまった。
「ただ……失礼を承知で言わせてもらいますが、自分には伊達副社長が何をしているのかわかりかねています。来週月曜日からの幼稚園バスの見守りについても具体的な段取りは寺西氏や社長が進めているように見えます。つまり、伊達副社長はいなくても同じであるという人材だと思っています」
ホッパーがやってきてからの伊達は、庭石の自殺による自責の念から、新規営業を提案するといった積極性や、現状を改善する行動力を失い、その働きぶりは精彩を欠いていた。ホッパーの評価は辛辣だが、否定できるものではない。マサカズは反論をすることなくホッパーに向け、静かにグラス傾けた。
マサカズはホッパーと店を出た後、JR上野駅に向かって歩いていた。すぐ先には防音パネルで囲まれた工事現場があり、マサカズは道路を挟んで対面に建つ、シネコンの入った商業ビルに目を移した。
ひげ面の好漢が大活躍するインド映画の内容は、頭からすっかり消えていた。庭石の死によってここまで複雑な迷路に追い込まれるとは思っていなかったが、よくよく考えてみればその見込み自体がそもそもおかしいものだった。一人の人間が命を断ち、人生の可能性を失ったのだから、その原因だと思っている伊達は落とし所のつけ方をすっかり見失うのも当然のことだ。そして、ホッパーは呪いにかけられてからの伊達の印象が強く、精力的で強引な彼を知らない。なにか頼りの一縷にでもなるかと思った映画鑑賞と会食だったが、マサカズは自分の考えの浅さを思い知るだけだった。
そして突然、轟音が鳴り響いた。金属がコンクリートを砕く、重く鈍く、ひどく唐突に日常を壊す音だった。激しい振動により、二人は僅かだがアスファルトから宙に浮いた。マサカズはこれが異常事態だとわかったので、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ。傍らではなんとか体勢を保っていたホッパーが、機敏な動作で周囲を窺っていた。
「ホッパー君、どう!?」
「目の前の建設現場、工事のクレーン車が転倒したと思われます! 悲鳴がします! 極めて危険な状況です!」
立ちこめる噴煙はコンクリートが粉砕されたものだ。臭いと粒子の密度からなんとなくそう察したマサカズは、男たちの呻き苦しむ声を耳にした。次の瞬間「アンロック」と叫んだマサカズは、埃が立ちこめる眼前の工事現場に跳び込んだ。
工事用の照明は全てなぎ倒されていたため、現場は灯りもなく状況を詳しく把握するのは難しかった。優先するべきは悲鳴の主たちの救助であり、マサカズはその情報を集めることに全力を注いだ。目の前には、おそらくクレーン車のアーム部分だと思われる全長二十メートルほどの鉄塊が横たわり、二人の作業着姿の男たちがその下敷きになっていた。ひとりは左足を、もうひとりは下半身を鉄塊に押し潰されている。「痛い痛い痛い!」「誰か! 助けて!」単純すぎる救済の訴えに、マサカズは鉄塊に両手を滑り込ませ、逆手でそれを掴んだ。鍵の力があるにも関わらずそれは重く、どうやら破砕したコンクリートが重なっているせいで、想像していたよりも撤去には複雑な工程を要すると思われる。しかしここは視界も悪く、そもそも素人の自分に最適な対応を検討する余裕はない。そう判断したマサカズは、力任せにアームを持ち上げた。それは勢いよく地面から離れ、被さっていたコンクリートは音を立てて砕けた。アームを作業員たちの身体に触れないように、ずらすような形で地面に下ろしたマサカズは、腰のポーチからスマートフォンを取り出し、119番通報をした。
「ごめんなさい。救急車の代わりはちょっとムリです。ほんと、ごめんなさい。僕はここまでです」
通報したのち、マサカズは倒れていた血まみれの作業員たちにそう言うと、頭を下げた。彼らはこのままだと、もしかすれば命を失うかもしれない。見たこともない方向に折れ曲がっていた足と、おびただしい出血からそう予想したマサカズは心を苛んでいた。
「社長! ご無事で!?」
工事現場を囲む仮囲いを越え、やってきたホッパーは背後からそう叫んだ。力がないころの自分なら、この凄惨な事故現場に踏み入ることなどできない。補欠選挙の聴衆の様にスマートフォンを掲げ、ニュースで“視聴者提供”と記された動画を録ることがせいぜいだ。だが、この逞しい青年は躊躇のひと欠片もなく、起きてしまった危機に対して何かできるのでないかという確固とした意思を示している。
「それにしても凄い、あれだけの質量を持ち上げるとは!」
マサカズは振り返ると「これは、秘密なんだ」と呟き、ネオンの灯る街へ跳び上がった。
第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter8
命を救うため、己が育んできた骨格や筋力ではなく、知らぬうちに授かった得体の知れない力で十トン近い重さの鉄塊を撤去した。運動量としては、山奥での建造物解体や資材の運搬よりずっと労力は少ないはずだった。しかし小岩の自宅アパートまで帰ってきたマサカズは、敷きっぱなしの布団に倒れ込み、眠るというよりは意識を失う様に身体から魂が離れてしまった。質量のない闇の中にあった彼の意識がワンルームの狭い日常に還ってきたのは、日付けも変わった日曜日の昼前のことだった。意識を巡るこの不思議な感覚は、おそらく鍵の力が影響しているのだろう。
疲れがまるで抜けておらず、身体中に重苦しささを感じながら、マサカズはナッシングゼロの代表として最低限の職務を果たすことにした。こういった状況で、情報の全てが手元で管理できるスマートフォンはとても重宝する。これまでアルバイト先へのシフトの確認や、漫画の閲覧にしか使ってこなかったこの利器を、彼は最近では連絡や報告、調べ事など、すっかり仕事に活用していた。布団で横になったままマサカズが行おうとしたのは、昨晩の事態に対して伊達への報告だった、しかし伊達からはついさきほど、ショートメッセージで既に連絡が入っていた。バスジャックの籠城犯、竹下信玄の弁護に伴い、本日は拘置所で打ち合わせとのことだった。弁護人の場合、緊急性や必要性が認められれば土日であっても、拘置所で面会ができるということは以前聞いていた。そのあとも今日は証人たちに対しての根回しが何カ所かであるので、連絡は取りづらくなるとの内容だった。
竹下の件について、伊達はできるだけ早く決着をつけると言っていた。だからこそ日曜日の休日を返上した今日の動きなのだろう。“できるだけ早く”という言葉は、会社から退くことに対しても当てはまる。再び布団に仰向けとなったマサカズは、灯油屋の移動販売車から流れる童謡を耳にしながら、伊達にいつ連絡をするのか、そのタイミングを考えていた。
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