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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第11話 ─新しい軍団を結成しよう!─Chapter9-10


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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑むが惨敗。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは雷轟流らいごうりゅう道場で短期間の修行をし、ある秘策をもってホッパーを撃退する。逃避行の旅に出た先でマサカズはある男と出会った後、自らの地元に降り立ち、いまだ自首をしない幼なじみの葉月にあるものを託す。その先にたどり着いた北海道の地でマサカズは異常事態に巻き込まれるが、マスクマンの格好で救出劇を遂げ、今度は南の地、那覇へと降り立ち、そこでマサカズは新たな決意を固め、新たな秘密結社を立ち上げたが、次々と問題が噴出。ついには脱走者も出てしまい、食糧も大半が火の不始末で燃えてしまう…。

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第11話 ─新しい軍団を結成しよう!─Chapter9

 ダイナマイト漁によって、食料はひとまず確保できた。それから三日が過ぎ、毎食が魚だったもののアイアンシェフの発案で焼け残ったカップ麺のスープで煮付けにしたり、食材のコンディションによっては刺身にしたりと、マンネリにならないように心がけたため、不満を言い出す者はいなかった。

 四月二十九日、帰還まで残り六日となった。この間、時折だが通信圏内と表示されたスマートフォンで救助を訴えようと試みたが、電話は一度たりともつながらず、メンバーの間では安定した食料調達もあってか、期日まで島に滞在してもいい、といった落ち着いた空気感が醸造じょうぞうされていた。
 よく晴れた朝、マサカズは顔を見せないフリーダムを心配し、彼のテントをのぞき込んだ。すると、フリーダムは小さい身体からだを寝袋の中でちぢこまらせ、苦しそうにうめき声を上げていた。
「大丈夫? どうしたフリーダム?」
 問いかけに、しかしフリーダムは応じず、ただただうめくばかりだった。マサカズはテントの中に入ると、しゃがみ込んでフリーダムの様子をうかがった。
「なぁ、フリーダム、どうしたんだ?」
「う、うう……腹が……熱が……」
 しぼり出すような声で、フリーダムはそう答えた。マサカズはテントから出ると、皆にフリーダムの窮状きゅうじょうを説明した。

「ひとまず薬を与えましょう。幸い、薬は無事ですし」
 アイアンシェフはそう提案してきたのだったが、フリーダムの訴える不調が“腹が”と“熱が”だったので、どういった薬を与えればいいのか誰にもわからなかった。マサカズはあらためて素人集団の欠点をやみながらも取りあえず胃薬を飲ませることにした。

 薬を与えられたフリーダムは夜になるとようやくテントから出て、食事をすることができた。だが体調はかんばしくなく、彼はカップラーメンの容器に入れられた魚のスープを、青色吐息あおいろといきで三十分をかけ半分だけ食べると、足を引きずり再びテントへ戻って行った。アウトドア生活においてフリーダムは何かとしくじることが多く、戦力としてはほとんど機能していなかった。従って、彼への看病や気遣いといった新たな負荷はあったものの、マサカズたちはこの件について大きなトラブルだとは考えていなかった。

 フリーダムの体調不良から四日がった。彼は相変わらず復調できず、一日の大半をテントで寝て過ごし、夕飯だけを食べ、それも皆の半分だけの分量といった有様ありさまだった。一昨日は深夜に嘔吐おうとしてしまい、マサカズはその背中をさすって介抱かいほうした。
 曇天どんてんこそあったものの、恵まれていた天候が急変したのはこの日の朝だった。風の音で目を覚ましたマサカズがテントを出ると、時刻は朝にも関わらず真っ暗な中、周辺の木々が大きくれ、海を見れば波が大きくうねりを上げていた。フリーダムを除いたメンバーたちもテントから出て集合し、到来した嵐に皆が不安の表情を浮かべていた。
「ボス、どうします? このままってわけにはいかないと思いますが」
 真っ先に指示を仰いできたのはアイアンシェフだった。これから嵐が勢いを増せば、このキャンプ地にも被害が及ぶことが想定できる。気象災害に対して無知なマサカズにもそれは容易に想像ができた。雨が降り始めれば事態はより悪化する。風雨を凌げる設備を即席で用意しなければならない。縮れ毛を強風でなびかせつつ、マサカズは考えをめぐらせた。
「僕は木材を調達する。アイアンシェフたちはここを守ってくれ」
 その命令に異をとなえる者はおらず、マサカズはただちにキャンプ地を出た。

 大木を正拳突きや前蹴まえげりで折り、倒木から枝をむしり取り丸太にする。暴風のなか大木を処理しているマサカズだったが、実のところこの素材でいかなる防風設備を作れるのか考えが及んでいなかった。フリーダムの手当にしてもそうであり、ここのところつくづく準備不足が思い知らされる。しかしそれでも、たとえ足掻あがいてでも何か手を打つしかない。
 キャンプ地を後にして一時間ほどかけ、四本の丸太を両肩に抱えたマサカズは、その場からひとびした。ついに雨が降り始めてきた。鍵の加護のため視覚でしかそれはとらえられなかったが、風量も増し、気象状況がより悪化していることはよくわかる。空中にあってマサカズは不安をつのらせていた。
 そして、不安は現実となって目の前に姿を現した。キャンプ地に着地し、丸太を地面に下ろしたマサカズは、テントがたったひとつしかないことに気づいた。き火は消え、チェアは倒れている。アイアンシェフとゲバラは段ボール箱におおかぶさり、アウトローとデスサイズはあわてふためいて散り散りに右往左往している。プロフェッサーは呆然ぼうぜんと地面に座り込み、このキャンプ地で何らかのトラブルが発生したことは明らかだった。
「突風でね、テント飛ばされちゃったの。ホラ、ボスが用意したのって、ペグを打たない簡易版でしょ? あんなのイチコロだよ。中の寝袋ごと、どっかいっちゃったよ」
 プロフェッサーは呑気のんきな口調でトラブルをそう説明した。マサカズはしばらく考え込むと、ひとつの結論に至り、それを行動に移すことにした。彼は丸太を一本両腕で縦にかかえると、土の地面に向けそれを強く打ち付けた。丸太はくいのように地面に突き刺さり、残り三本も四角形になる形で杭打ちした。
「アウトロー、デスサイズ、手伝ってくれ! ビニールシートとロープをありったけ持ってきてくれ!」
 マサカズの指示に、二人はうなずいて従った。丸太を柱として、テープでり合わせたビニールシートがそれをおおい、ロープで固定された。ビニールシートの表面積が足りていないため、立方体はその半分の高さまでしかおおえなかったが、急造の避難所は三十分ほどかけ一応は完成した。この短時間で急ごしらえができたのは鍵の力が大きく、マサカズは風雨の中にあってそれをものともせず、またたにビニールシートで柱をおおうことができた。
 段ボール箱の荷物は中に移され、中身はすべて取り出し、箱自体は足りていない防御壁の代わりとしてビニールシートにぎ足され、四面あるうちの三面は完全に遮蔽しゃへいすることができた。唯一残っていたテントにいたフリーダムも含め、七名はこの簡易避難小屋かんいひなんごやに逃げ込むことになった。雨足は強さを増し、ビニールシートの天井を激しく打ち付けていた。
「やっぱりね、あんなちゃちなテントじゃダメなんですよボス」
 体育座りをしたプロフェッサーが、小言でマサカズを責めた。
「だけじゃねぇよ。なんだよこの準備不足は。雨が降るとか予想しなかったのかよ」
 タオルで茶髪をきながら、アウトローも続いた。ゲバラはぐったりとデスサイズにもたれかかり、アイアンシェフは腹を抱えてうずくまり、全身をふるわせていた。
「アイアンシェフ?」
 マサカズが近寄ると、アイアンシェフは「腹が……熱も……」と、数日前のフリーダムと同じ様に不調を訴えてきた。薬を求めたマサカズだったが、彼自身も急激なき気に見舞われ、その場にくずれ落ちてしまった。

 嵐から二日が過ぎ、明日には帰還の船が到着する予定になっていた。荒天こうてんは昨日の夕方まで続き、この日の朝は快晴で波もおだやかだった。しかし外の平安な様子とは正反対に、避難小屋の中では陰惨いんさんな光景が広がっていた。七名の誰もがもがき苦しみ、うめき声が合唱され、周囲には吐瀉物としゃぶつ臭気しゅうきもっていた。
 マサカズはこの二日間、朦朧もうろうとする意識の中で怨嗟おんさの言葉を何度も耳にした。誰の発言かはわからず、聞き取るのも困難だったが、「準備不足」「無計画」「考えなし」「バカ」「能なし」などといった単語の前後には必ずと言っていいほど「ボス」という名称が付与されていた。マサカズは言い訳も反論も、そもそも言葉を発すること自体が困難なコンディションだった。丸二日何も口にはできず、全員が重病をわずらっていたため、手当や看病ができる者もいなかった。
 マサカズが意識を取り戻したのは倒れてから三時間後のことだったが、そのころには全員が現在の様にダウンし、小屋の中ではなげきとうめき声が交錯こうさくする阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図がり広げられていた。
 一体自分たちの身に何が起きたのだろう。心当たりがあるとすればダイナマイト漁で調達した魚だが、食あたりを起こすには時間がかかりすぎている。二日もの時間があったのにも関わらず、マサカズが考えられたのはその程度の内容だった。発汗はっかんもひどく、高熱を出している自覚はあったがようやくき気と腹痛がおさまったマサカズは、スマートフォンを手にした。確認してみたところ、あの嵐で何か環境に影響があったのだろうか、通信状態は久しぶりに回復していた。マサカズはふるえる指で119番通報をし、救助を求めた。

 アジトのために整地した土地が、まさかドクターヘリの着陸場になるとは皮肉ひにくな話だとマサカズは思った。到着した救急隊員によって、真っ先に担架たんかへと乗せられたマサカズは、着陸していたヘリコプターに運び込まれた。どういった段取りをて、ヘリコプターはここに着陸できたのだろう、そのような違和感を強く覚えながら、彼は人生で初めてとなるヘリコプターの離陸を経験した。
 小さくなっていく島など見えない。いまの目の前に広がる光景は、救急隊員たちの顔とヘリコプターの天井だけだった。

 長崎の救急病院に搬送されたマサカズは診断を受け、点滴てんてきつながれ投薬治療をほどこされることになった。仲間たちが同じように救助されたのか、医師や看護師に聞いてみても「わからない」といった答えしか得られなかった。スマートフォンにメンバーから連絡が入ることもなく、マサカズは車椅子で個室に運ばれた。病院のベッドは久しぶりに柔らかい寝床だったおかげで、三週間ぶりに彼は完璧なる安眠あんみんむかえた。

 翌日、病室で目を覚ましたマサカズは体調も少しだけ回復していたので、朝食を持ってきた看護師に、我が身を襲った病についてたずねてみたところ、まだ検査中ではあるものの、おそらくは感染症の一種ではないかとのことだった。そうなると、考えられるのはフリーダムが発症し、強い感染力で残りの六人にも猛威もういふるったといったことになる。看護師はあくまでも私見との前提で、桜葉島おうようじまでは以前も同様の発症例があり、風土病のようなものではないかと説明してくれた。
 それからマサカズはスマートフォンを何度も確認してみたが、やはり連絡はひとつも入っておらず、病院の関係者に質問してみたところ、桜葉島の救助活動については知るよしもなく、少なくともこの病院であの島からの救急患者は、マサカズひとりしか受け入れていないとのことだった。こうなると正攻法では情報を得られない。そう判断したマサカズは猫矢にメールを送った。すると翌日の夜には返事が返ってきた。
 ドクターヘリのあと、救急ていが島に到着し、仲間たちはそこから熊本の病院に搬送されたとのことだった。なぜ自分だけヘリで優先的に移送されたのかについてと、そもそもなぜヘリコプターが離発着できる場所が新たに作られていたことを通報先が知っていたのかについては、こうしるされていた。
「まず、マサカズさんが通報した直後、消防庁の担当部署に法務省からドクターヘリでの緊急出動が要請されたそうです。あの島はそもそもヘリの離発着はできないから担当者も当初は断ったようですが、さらなる説明があったため、ヘリの出動を決定したそうです。つまり、ニャンとも納得なのですが、マサカズさんの島での行動は監視されてて、マサカズさんに風土病で死なれたら困るから、ヘリ飛ばさせたんじゃないでしょうか」
 ベッドでメールに目を通したマサカズは、深いため息をらした。こうなるとおそらく、携帯電話の電波状況が改善したのも監視者の仕業しわざである可能性が高い。すべては見られていた。醜悪しゅうあくな分裂騒動もなごやかなトランプも、そしてのたうち回る地獄絵図も。マサカズはすっと目を閉ざした。

「何考えてるんですか伊達さん?」
 そう呼ばれた彼は病室の窓際から振り返ると、煙草たばこをふかした。
「いいだろ。どこで吸ったって」
「だってここ病院ですよ。僕たちの社会で一番吸っちゃいけない場所です」
「いいんだよ」
「まぁいいですけど」
「踏んだりったりだったな」
「踏んだり蹴ったりです」
てのひらの上で下手へたくそなダンス大会ってところか」
「頭の良くない表現ですね」
「だって仕方しかたないだろ」
「僕の知っている伊達さんは、もっと鋭いワードセンスの持ち主だったはずです」
「だから仕方ないだろ」
「はい、仕方ないです」
「どーすんだ? 後始末は?」
「メンバーに連絡は……こっちからはしません。あんな終わり方じゃ、思い出したくもない三週間だったでしょうから。で、あとはアジトの資材の処分とか、旅行代理店への違約金とか……何百万円規模での弁償べんしょうをして、この件は終わりです」
「おっ、意外としっかりと考えてるじゃねーか」
「逆に今の僕はこのことぐらいしか、考えることはないですから」
「終わったな」
「はい、作戦は失敗に終わりました。しかもひどいオマケまで付いてきた。もう二度と計画なんて立てません。これからはまともな市民として暮らしていきます」
「ってことは、ここでお別れだな」
「残念です。さびしいです。けど、そうですね」
「あばよ、相棒」
「ええ、さようなら、伊達さん」
 マサカズが目を開けると、五月のすずしげな風が窓から吹き込んできた。彼はあご無精髭ぶしょうひげをひとですると右手を窓に向け小さく振り、再び目を閉ざした。
 銀縁眼鏡めがねの彼は、もう姿を現すことはなかった。

第11話 ─新しい軍団を結成しよう!─Chapter10

 五月も終盤に差し掛かろうとしていた二十五日の午後、おだやかな春の陽気の中、マサカズは市ヶ谷の雷轟らいごう館空手道場を訪れていた。板がき詰められた道場で、マサカズは胴着姿の真山まことやまと向き合っていた。対するマサカズはダンガリーシャツにジーンズといったラフなよそおいで、リュックを背負せおっていた。貫禄かんろくを付ける目的で伸ばしていた無精髭ぶしょうひげはすっかりり、彼は以前の容姿を取り戻していた。
「遠くでの仕事は失敗に終わってしまいました。今日から東京に戻ってやり直しです」
「そうか、気の毒だが、俺はうれしいぞ。道場にも戻って来れそうか?」
「ええ、明日からってわけにはいきませんけど、六月からは復帰してもいいでしょうか?」
 マサカズの申し入れに、真山は分厚い胸を張り、笑みを向けた。
「ああ、もちろんだ! 俺も道場も君を歓迎する!」
「ありがとうございます!」
 マサカズが道場に目を向けると、胴着を着た大勢の会員たちが、ストレッチの準備運動や突きやりといった稽古けいこ銘々めいめいに積んでいた。その中に 春山瞬はるやま しゅんの姿を見つけたマサカズは、無人島に出発する前に彼女とわされた支離滅裂しりめつれつなやりとりを思い出し、ずかしそうにちりちり頭をいた。
 師範の号令で休憩きゅうけいげられると、回しりの稽古を終えた春山は猛禽類もうきんるいのような速さと勢いでマサカズの前まで飛んできた。
押忍おす!」
 両手を交差して挨拶あいさつをしてきた春山に、マサカズは同じように返した。
「こっちに戻ってきたんですね?」
 東京への帰還は事前に真山へ伝えていたので、どうやら彼女は情報を共有しているようである。マサカズはそう納得すると、タオルでひたいの汗をぬぐう少女に笑みを浮かべた。
「うん、仕事も大失敗でさ、実はついさっきまで長崎の病院に入院してた」
「入院!? どーしたんです?」
「ウイルス性の感染病だって。ちょっと不摂生ふせっせいしちゃってね」
「言ってくれたらお見舞いに行ったのに……」
 四月の半ば、この道場で別れをげた際には、いつわりの前向き、といった怪物のような思い込みに取りかれていたため、この春山からはすっかり不気味ぶきみがられてしまい、ぎくしゃくとしたやりとりに終始してしまった。しかし彼女はそれをまったく引きずっていない様子であり、マサカズはそれが素直にうれしかった。
「バンド、やってるの?」
「はい、始めたばっかりですけど、頑張ってます!」
「うん」
 春山瞬が疑いなく努力を重ねられるのは当たり前だと思う。なぜなら彼女は自分が決めた行動に対して常に真剣で、おそらくだが決定の前に熟慮じゅくりょを重ね、正解を導き出している。自分が見本とするべきなのは、もしかするとこういった若く恵まれた環境にいる者なのかもしれない。胴着姿の少女にまぶしさを覚えたマサカズは、苦い笑みを浮かべた。
「ちなみに、山田さんってお昼は?」
「あー、アテにしちゃってて、まだだよ」
 マサカズの返答に春山は小さい目を輝かせ、「お弁当、持ってきますね!」と叫んでロッカーに向かって軽やかな足取りで駆けていった。
「春山さん、いい子ですね。本当に」
 真山まことやまにそう告げたマサカズは、ちりちり頭をいた。
「育ちが人格に出る、いい例だと言えるな」
「育ち? あ、そうですよね。白いブレザーの制服でしたもんね。ちょっと珍しいですし」
 道場の板材である針葉樹の香りをあらためて感じたマサカズは、ようやく自分が本来いるべき場所に戻ってきたのだと思い至った。

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