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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう!─Chapter5-6


前回までの「ひみつく」は

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ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその力の使い方に戸惑とまどいながらも、同じ現場で危機を乗り越えた若き弁護士の伊達隼斗(だてはやと)の助言を得て、つけ込まれていた半グレ集団との縁を断つことに成功する。敵との死闘の際、鍵は一部が壊れてしまったが、その使い道について2人は本格的に考えはじめ、伊達は「秘密結社」についての事業計画書を書き始める。一方、マサカズはアルバイト先の後輩、七浦葵(ななうらあおい)が気になる存在になりつつあったが…。

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第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう! Chapter5

 伊達だてがまったく進まない事業計画書に頭を悩ませていた次の日の夜、小さくせまいもつ焼き屋のカウンターに、マサカズと七浦葵の姿があった。「晩メシどう?」ちょうど仕事の上がりが同時刻だったため、ロッカールームでそのような軽い気持ちでさそったのがきっかけだった。
「かんぱーい」
 レモンサワーのグラスを傾けてきた薄い紫のサマーニット姿の彼女に、マサカズも同じようにビールの中ジョッキを傾けた。ガラスが音を立てたのち、二人はひと口目になるアルコールを含んだ。「ならみにいきません?」軽い誘いに、七浦葵はそう返してきた。マサカズにとってそれは想定外の答えであり、バーでわした伊達の言葉を思い出させる内容だった。この店はロッカールームであわてて“小岩 飲み屋 オススメ”などといった文言で検索をした結果であり、マサカズも初めての来店だった。伊達と呑んだ都道沿いのバーの方が雰囲気も落ち着いていて、後輩との交流には適しているとも考えられたが、あの店は料金もそこそこ高く、そもそも食事向きではない。ここは十四名がけのカウンターに、テーブル席が三つの小規模な飲食店で、店内には豚の内臓や肉、野菜を炭で焼く煙が立ちこめていた。
 駅から歩いて五分もかからない立地だが、ここに辿たどり着くまでの路地で風俗店やガールズバーを何軒か通り過ぎることになり、マサカズはその都度つど気まずさから視線を泳がせてしまった。
 だが、これは当たりだ。串に刺されたカシラと呼ばれている肉を食べてみたところ、しっかりとしたごたえと同時に濃厚なタレの味が広がる。あらためてメニューを見ると一本百五十円と書かれているが、これは料金以上の価値がある。マサカズは軽く興奮してしまった。
「山田さん、さすがです。いいお店知ってるんですね」
 同じようにカシラを頬張ほおばった七浦は笑顔でそう言うと、左のひじでマサカズの腕を軽くつついた。
「違うよ。ついさっき検索して見つけたんだ。僕もここは初めて……というか、あんまりお店じゃ呑まないから。いつもは家でだよ」
「なら今日はいっぱい呑みましょう。ここ、安いです。うん、そうしましょう。あ、もちろんかんですね。おごれなんてセコイのナシですから」
 食べ終えた串を木製の容器に入れた彼女を横目に、マサカズは彼女がこういった店に行き慣れているのだと思った。
 二杯目の中生ビールを注文するためマサカズが店員を探そうとしたところ、まだ夕方にも関わらず店がすっかり満席になっていることに気づいた。
 
 それから三十分ほど、二人は互いの趣味や好物といった他愛たあいのない話をした。喧噪けんそうで聞き取れぬことも多く、何度も同じ事を言ったり聞いたりするうち、マサカズはこの小柄な後輩と互いの距離が縮まろうとしている手応えを感じ始めていた。

「こーゆーのってさ、彼氏にバレたらヤバくない?」
 そう言ってマサカズが視線を右に移すと、彼女の目はすっかり座り、ほおは赤く上気していた。
「なー、られまふねー! 何発もでふねー! アイツ! 腹を!」
 呂律ろれつも回らずそうまくし立てる七浦に、マサカズは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あと山田クン!」
 人差し指を突きつけた七浦は、マサカズをのぞき込むようにかがんで見つめた。
「わたしは“葵”でお願いっス」
「そうなの?」
「ですよ~! もうそのぐらい仲良ひじゃないれすか~わたしたち」
「明日になったら忘れたとか、そーゆーのはナシでお願いね」
「だいじょーぶ!」
 上体を起こした“葵”は、語尾を強くしてそう言い、五杯目となるレモンサワーのグラスを手に取った。
「葵さん、そのぐらいのでストップしない? 明日、朝からシフトでしょ?」
「店長キライ!」
 支離滅裂しりめつれつで会話が成立しない。マサカズは首を大きくらす葵に、どう接すればいいのかわからなくなっていた。
「山田さん、弁護士さんと知り合いなんてすごい」
「あ、伊達さんのこと?」
「うん?」
 葵はレモンサワーをあおるとグラスをカウンターに置いた。
「わたしも弁護士欲しい」
「なんで?」
「法律で守られたい」
「無料相談とかやってるらしいから、調べて行ってみたら?」
「ダテさんがいい。山田さんとおそろい。弁護士ライダーの」
 にんまりとした笑みで、葵はそう言った。
「あの人は高いよ」
「…………」
 笑みを消し、カウンターをじっと見つめた葵は小さく肩をふるわせた。
「いいことなんてちっともない」
 喧噪けんそうの中、そこから二人の間には沈黙ちんもくが続いた。アルバイトも契約解除で彼氏との関係も今ひとつのようでもある。隣でだまり込むこの彼女は、自分のことを不幸であるとうれいをいだいている。このような場合、どう対応すればいいのだろうか。あくまでも職場の先輩という立場を前提として、アルコールで正常ならざる状態となっている彼女に対して。
「まぁ、頑張ってれば、そのうちいいこともあるよ」
 陳腐ちんぷで意外性もなく、なんとも無意味な言葉だ。マサカズがそう自覚していると突然、葵がくずれ落ちた。いが回りすぎたのだろう、そう思ったマサカズはもたれかかってきた葵にあわてて身体からだを向けた。
 抱き止めると、彼女のサマーニットがめくれた。その腹部に見えたのはいくつかの青痣あおあざだった。つい先ほど言っていた。「腹をられる」と。事情など知らない。しかし、重い証拠を見てしまった。そして今夜のこの状況は、このあざを増やしかねない。ニットを下ろし直したマサカズは、店員に会計をげた。

面目めんもくないです」
「そんなの、久しぶりに聞いた言い回しだ」
 マサカズと葵は六畳のワンルームの壁に、背を着けて並んで床に座っていた。飲酒で意識を失った葵を、マサカズは悩んだ末背負せおって自宅アパートまで連れてきた。マサカズは葵にスポーツドリンクのペットボトルを手渡した。
「ありがとうございます」
「葵さんでよかったんだっけ?」
「あ、ああーそこは覚えてます。葵でオッケーです」
「バスだったよね。まだ時間大丈夫?」
 マサカズはそう言うと、カラーボックスの上の時計に目を移した。葵もそれにならうと「まだ、一時間ぐらいは」とらした。
「本当にごめんなさい。わたし、調子に乗ってバカみたいで」
「あのさ、葵さんってプライベートとかで問題かかえてる?」
 しばらくだまり込むと葵はひざを抱え、何度かうなずいた。
やさしいところもあるんですよ。こないだ、優しくないとか言っちゃいましたけど」
 言っている意味を理解するのに、時計の秒針が一回りするまで必要だった。マサカズは天井を見上げ、小さくため息をもらした。
「でも痛いのはダメだと思うな」
 マサカズの言葉に葵は目を見開き、顔を向けた。
「あー、そっか、言っちゃってましたか。わたし」
「どうするかは結局、葵さんしだいってことにはなるけどさ」
「どうしたいんだろ、わたし」
「例えばさ、選択肢を増やすとかって、どうだろう?」
「あー、アリかもです。逃げ場を増やすってことですよね」
「まぁ、せつない言い方だとそうなるかな」
「いえ、いいと思いますよ。ステキです」
 葵はペットボトルに口を付け、小さく微笑ほほえんだ。
「仕事をめさせられるのはキツいけど、考えようによっては環境を変えるいい機会にもなる可能性だってあるわけだし」
 マサカズの言葉に、だが葵は反応せず前を向いたままだまり込んでいた。
「引越とかさ、いっそ実家に一度戻るとかってのもアリかも。僕も一度真剣に検討したんだけど、おかげで確かに退路があるって安心感をあらためて認識したと言うか……」
 返事がなかったため、マサカズは語彙ごいけずり込まれるほど語ってしまった。すると、葵は勢い良く立ち上がり、マサカズにペットボトルを返した。
「ありがとうございました。帰りますね」
 しっかりとした足取りで玄関に向かう葵の背中を、マサカズは追った。葵はドアを開け廊下に出ると、向き合うマサカズを見上げた。
「山田さん」
「なに?」
 葵の目がなにやら輝いているように思えた。マサカズはそれを受け止められず、思わず視線をはずしてしまった。
「山田さんはわたしの選択肢になってもらえますか?」
 そうげると、葵は返答を待たずにけ出していった。ざされた扉の前でマサカズは言葉の意味を考えた。最も容易よういな答えは導き出せたが、そこにひそむ危険もさっしてしまい、彼はぶるっとふるえた。

第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう! Chapter6

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