遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう!─Chapter5-6
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第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう! Chapter5
伊達がまったく進まない事業計画書に頭を悩ませていた次の日の夜、小さく狭いもつ焼き屋のカウンターに、マサカズと七浦葵の姿があった。「晩メシどう?」ちょうど仕事の上がりが同時刻だったため、ロッカールームでそのような軽い気持ちで誘ったのがきっかけだった。
「かんぱーい」
レモンサワーのグラスを傾けてきた薄い紫のサマーニット姿の彼女に、マサカズも同じようにビールの中ジョッキを傾けた。ガラスが音を立てたのち、二人はひと口目になるアルコールを含んだ。「なら呑みにいきません?」軽い誘いに、七浦葵はそう返してきた。マサカズにとってそれは想定外の答えであり、バーで交わした伊達の言葉を思い出させる内容だった。この店はロッカールームで慌てて“小岩 飲み屋 オススメ”などといった文言で検索をした結果であり、マサカズも初めての来店だった。伊達と呑んだ都道沿いのバーの方が雰囲気も落ち着いていて、後輩との交流には適しているとも考えられたが、あの店は料金もそこそこ高く、そもそも食事向きではない。ここは十四名がけのカウンターに、テーブル席が三つの小規模な飲食店で、店内には豚の内臓や肉、野菜を炭で焼く煙が立ちこめていた。
駅から歩いて五分もかからない立地だが、ここに辿り着くまでの路地で風俗店やガールズバーを何軒か通り過ぎることになり、マサカズはその都度気まずさから視線を泳がせてしまった。
だが、これは当たりだ。串に刺されたカシラと呼ばれている肉を食べてみたところ、しっかりとした噛み応えと同時に濃厚なタレの味が広がる。あらためてメニューを見ると一本百五十円と書かれているが、これは料金以上の価値がある。マサカズは軽く興奮してしまった。
「山田さん、さすがです。いいお店知ってるんですね」
同じようにカシラを頬張った七浦は笑顔でそう言うと、左の肘でマサカズの腕を軽くつついた。
「違うよ。ついさっき検索して見つけたんだ。僕もここは初めて……というか、あんまりお店じゃ呑まないから。いつもは家でだよ」
「なら今日はいっぱい呑みましょう。ここ、安いです。うん、そうしましょう。あ、もちろん割り勘ですね。おごれなんてセコイのナシですから」
食べ終えた串を木製の容器に入れた彼女を横目に、マサカズは彼女がこういった店に行き慣れているのだと思った。
二杯目の中生ビールを注文するためマサカズが店員を探そうとしたところ、まだ夕方にも関わらず店がすっかり満席になっていることに気づいた。
それから三十分ほど、二人は互いの趣味や好物といった他愛のない話をした。喧噪で聞き取れぬことも多く、何度も同じ事を言ったり聞いたりするうち、マサカズはこの小柄な後輩と互いの距離が縮まろうとしている手応えを感じ始めていた。
「こーゆーのってさ、彼氏にバレたらヤバくない?」
そう言ってマサカズが視線を右に移すと、彼女の目はすっかり座り、頬は赤く上気していた。
「なー、蹴られまふねー! 何発もでふねー! アイツ! 腹を!」
呂律も回らずそうまくし立てる七浦に、マサカズは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あと山田クン!」
人差し指を突きつけた七浦は、マサカズを覗き込むように屈んで見つめた。
「わたしは“葵”でお願いっス」
「そうなの?」
「ですよ~! もうそのぐらい仲良ひじゃないれすか~わたしたち」
「明日になったら忘れたとか、そーゆーのはナシでお願いね」
「だいじょーぶ!」
上体を起こした“葵”は、語尾を強くしてそう言い、五杯目となるレモンサワーのグラスを手に取った。
「葵さん、そのぐらいのでストップしない? 明日、朝からシフトでしょ?」
「店長キライ!」
支離滅裂で会話が成立しない。マサカズは首を大きく揺らす葵に、どう接すればいいのかわからなくなっていた。
「山田さん、弁護士さんと知り合いなんてすごい」
「あ、伊達さんのこと?」
「うん?」
葵はレモンサワーをあおるとグラスをカウンターに置いた。
「わたしも弁護士欲しい」
「なんで?」
「法律で守られたい」
「無料相談とかやってるらしいから、調べて行ってみたら?」
「ダテさんがいい。山田さんとおそろい。弁護士ライダーの」
にんまりとした笑みで、葵はそう言った。
「あの人は高いよ」
「…………」
笑みを消し、カウンターをじっと見つめた葵は小さく肩を震わせた。
「いいことなんてちっともない」
喧噪の中、そこから二人の間には沈黙が続いた。アルバイトも契約解除で彼氏との関係も今ひとつのようでもある。隣で黙り込むこの彼女は、自分のことを不幸であると憂いを抱いている。このような場合、どう対応すればいいのだろうか。あくまでも職場の先輩という立場を前提として、アルコールで正常ならざる状態となっている彼女に対して。
「まぁ、頑張ってれば、そのうちいいこともあるよ」
陳腐で意外性もなく、なんとも無意味な言葉だ。マサカズがそう自覚していると突然、葵が崩れ落ちた。酔いが回りすぎたのだろう、そう思ったマサカズはもたれかかってきた葵に慌てて身体を向けた。
抱き止めると、彼女のサマーニットがめくれた。その腹部に見えたのはいくつかの青痣だった。つい先ほど言っていた。「腹を蹴られる」と。事情など知らない。しかし、重い証拠を見てしまった。そして今夜のこの状況は、この痣を増やしかねない。ニットを下ろし直したマサカズは、店員に会計を告げた。
「面目ないです」
「そんなの、久しぶりに聞いた言い回しだ」
マサカズと葵は六畳のワンルームの壁に、背を着けて並んで床に座っていた。飲酒で意識を失った葵を、マサカズは悩んだ末背負って自宅アパートまで連れてきた。マサカズは葵にスポーツドリンクのペットボトルを手渡した。
「ありがとうございます」
「葵さんでよかったんだっけ?」
「あ、ああーそこは覚えてます。葵でオッケーです」
「バスだったよね。まだ時間大丈夫?」
マサカズはそう言うと、カラーボックスの上の時計に目を移した。葵もそれに倣うと「まだ、一時間ぐらいは」と漏らした。
「本当にごめんなさい。わたし、調子に乗ってバカみたいで」
「あのさ、葵さんってプライベートとかで問題抱えてる?」
しばらく黙り込むと葵は膝を抱え、何度かうなずいた。
「優しいところもあるんですよ。こないだ、優しくないとか言っちゃいましたけど」
言っている意味を理解するのに、時計の秒針が一回りするまで必要だった。マサカズは天井を見上げ、小さくため息をもらした。
「でも痛いのはダメだと思うな」
マサカズの言葉に葵は目を見開き、顔を向けた。
「あー、そっか、言っちゃってましたか。わたし」
「どうするかは結局、葵さんしだいってことにはなるけどさ」
「どうしたいんだろ、わたし」
「例えばさ、選択肢を増やすとかって、どうだろう?」
「あー、アリかもです。逃げ場を増やすってことですよね」
「まぁ、切ない言い方だとそうなるかな」
「いえ、いいと思いますよ。ステキです」
葵はペットボトルに口を付け、小さく微笑んだ。
「仕事を辞めさせられるのはキツいけど、考えようによっては環境を変えるいい機会にもなる可能性だってあるわけだし」
マサカズの言葉に、だが葵は反応せず前を向いたまま黙り込んでいた。
「引越とかさ、いっそ実家に一度戻るとかってのもアリかも。僕も一度真剣に検討したんだけど、おかげで確かに退路があるって安心感をあらためて認識したと言うか……」
返事がなかったため、マサカズは語彙を削り込まれるほど語ってしまった。すると、葵は勢い良く立ち上がり、マサカズにペットボトルを返した。
「ありがとうございました。帰りますね」
しっかりとした足取りで玄関に向かう葵の背中を、マサカズは追った。葵はドアを開け廊下に出ると、向き合うマサカズを見上げた。
「山田さん」
「なに?」
葵の目がなにやら輝いているように思えた。マサカズはそれを受け止められず、思わず視線を外してしまった。
「山田さんはわたしの選択肢になってもらえますか?」
そう告げると、葵は返答を待たずに駆け出していった。閉ざされた扉の前でマサカズは言葉の意味を考えた。最も容易な答えは導き出せたが、そこに潜む危険も察してしまい、彼はぶるっと奮えた。
第2話 ─可哀想な女の子を救ってあげよう! Chapter6
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