
遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter3-4
前回までの「ひみつく」は
▼第1話〜順次無料公開中!!
▼新たな挑戦者とミッションが描かれる「第6話」はこちらから
▼衝撃の展開が描かれる「第7話」はこちらから
【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーは大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、ホッパーの行方を追うものの、その足取りはいっこうにつかめないでいた。
※本記事はこちらから見ることができます(※下の「2024年間購読版」はかなりお得でオススメです)
◆「2024年間購読版」にはサブスク版にはない特典の付録も用意していますのでぜひどうぞ!
※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し10記事パック」を一緒にご覧ください!
第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter3
秋葉原から総武線に乗り込んだマサカズは、午後四時過ぎには代々木に到着し、事務所までやってきた。ビルの前には鑑識と思われる制服姿の男性捜査官が二人、そしてモスグレーのパンツスーツを着た中年女性が既に到着しており、マサカズを出迎えた。捜査官たちは会釈をすると、マサカズはそれを返した。
「初めまして。私、巻鳥と申します」
ふわりとした柔らかそうなショートカットの女性はそう挨拶をすると、名刺を差し出した。マサカズもポーチから名刺を取り出し、二人はそれぞれの名刺を交換した。それには『犯罪心理リサーチ 中田ラボ 主任研究員 巻鳥公子』と記されていた。マサカズはそれを見て、なぜ民間企業の人間が刑事事件の捜査に加わっているのか小さな違和感を抱いたので、すぐさまそれを言葉にした。
「民間さんですか?」
「ええ、検察へのコンサルをやってます。今日も東京地検からの依頼できました」
マサカズはその返答に頷くと、三人を二階の事務所に案内した。
二人の捜査官は手袋をすると、速やかな手際で血痕が残る床や、ロッカーの調査を始めた。スーツの女性は、自分は何をするわけでもなく二人の作業を見守っていた。
「昨日、刑事さんが言ってた、メンタリストでしたっけ?」
「ええ、犯罪心理学を専門にしています。事件現場を検証し、犯人像を絞り込むのが私の役割です」
艶のある声で、巻鳥はそう説明した。
「いくつか質問、よろしくって?」
「はい……あ、座ってください」
マサカズが適当な椅子を促すと、巻鳥はそれに腰を下ろし、足を組んだ。マサカズも倒れていた椅子を起こし、対するような形で座った。
「あなたもこれから現場の調査をやるんですか?」
「あら? 質問かしら?」
「あ、ごめんなさい」
「いいわ。あのね、私は特にやらないのよ」
では何をしに来たのか。言葉の意味を素直に受け止められなかったマサカズは首を傾げ、顎をひと撫でした。
「具体的な捜査は、あの二人にやってもらうわ。知っておきたいポイントはもう伝え済みってこと。そして私は彼らが用意してくれる資料に基づいて、容疑者の絞り込みを行うってわけ。で、今日ここに来たのはね、この現地で山田さんからお話を聞きたかったからなの」
「そうですか……実は犯人の目星とか、もうついちゃったりしてるとか?」
「また質問? 私のターンは一体いつくるのやら」
「す、すみません!」
マサカズはちりちり頭を掻くと、巻鳥に大きく頭を下げた。巻鳥は細く長い人差し指を紅い唇に当てると、柔らかく微笑んだ。
「いいわ。そうね、目星はついてるかも」
「誰……? あ、ごめんなさい」
頭を上げたものの、うっかり三度目の質問をしかけたので、マサカズは視線を床に落とした。
「ぼちぼち、こちらの質問に入ってもいいかしら?」
「ど、どーぞ」
「おたくのアルバイト従業員についてよ。ホッパー剛さん。ここで働いていたのよね」
つけている“目星”とは彼のことか。マサカズは唾液を呑み込み、行きがけに飲み物を買ってこなかったことを悔やんだ。
「はい。そうです」
「彼の働きぶりは、どうでした?」
「真面目です。それに優秀でした。事務や雑務もそつなくこなしてましたし、警護の仕事では大手柄も立てています」
ありのままの事実をマサカズは語った。バッグからメモを取り出していた巻鳥は、万年筆で書き込みを始めていたが、その目はマサカズをじっと見つめていた。
「性格は? 特に気になった点は?」
「真面目……えっと、それと……カタブツって感じですが、柔軟性がないってわけじゃなくって、自分の非はすぐ認めますね」
他人の性格を語るなど、ほとんど経験がなかったため、マサカズは言葉を探しながらそう証言した。
「被害者の伊達さんとは、どのような関係でした?」
刑事からされると思っていた質問だった。それが、この民間のコンサルタントからされるとは思っていなかった。マサカズは視線を注いでくる巻鳥から目を逸らし、膝の上で両指を組んだ。
「あなたは、ホッパーが犯人だって見込んでるんですか?」
だがその質問に、巻鳥からの返答はなかった。そのかわり「伊達さんとホッパーは?」と再び尋ねてきた。マサカズは観念し、ゆっくりと掌を合わせた。
「特に何も。僕とホッパーはプライベートでも買い物や映画に行く関係でしたけど、伊達さんとホッパーとはほとんど接点がありません。従って、二人について特に語るべき点はございません」
事実であり、真実ではない。だが、自分はホッパーが伊達を殺害する現場には居合わせていない。従って彼がどのような様子でいかなる言葉と感情を伊達にぶつけたのかは想像するしかなく、その意味を見いだせなかったので、マサカズは考えを巡らせること自体、ほとんどしてこなかった。
「ありがとうございます」
そう告げると、巻鳥はメモと万年筆をバッグに戻し、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、これから二時間ほど、私は検証に立ち会っていきますね。ときどき、質問させていただくこともありますけど、そのときはよろしくね」
巻鳥はマサカズに一礼すると、二人の捜査員に次の指示を出していった。椅子に取り残されたマサカズは、事務所の隅に鎮座している金庫に目を向けた。あの中に残りのスペアキーが無事残されているのは、一昨日の時点で確認を済ませていた。六本の鍵はリュックに詰め込み持ち帰り、今では自宅の金庫に移してある。捜査の対象になるとは思えない、平凡な見た目のロッカーキーだが、自分と伊達にとって最大の秘密である。それを検証の現場から早々に回収できたのは、今となっては数少なくなってしまった安心材料のひとつだった。マサカズは欠伸をかみ殺し、三人の仕事ぶりをぼんやりと見つめていた。
巻鳥が告げた通り、二時間後、三人は事務所から出て行った。帰り際に巻鳥から、明日からまだ数回は現場検証があり、マサカズはそのすべてに立ち会う必要があると説明された。こうなると仕事など手が着けられるはずもない。それよりもあのコンサルタントの女性の質問から考えると、捜査当局は容疑者をホッパーに絞り込んでいるはずだ。早ければ明日にも指名手配され、猫矢たちとは比べものにならない規模での捜査が行われ、ほどなくしてホッパーは逮捕され、鍵の秘密と自分の違法行為も明らかになる。
終わりはもう目の前まで迫っている可能性は極めて高い。しかし、伊達の死を無駄にしないためにもその瞬間まで足掻くことを止めたくはなかった。力も資金もまだ残されている。それらを最大限に活用し、自分にできることはやり遂げてみせる。誰もいなくなった事務所を眺めたマサカズは、次の目的地に向かうため腰を上げた。
「この度はこのようなことになってしまい、大変申し訳ございませんでした!」
顔が映り込むほど磨かれた土間に額をこすりつけ、マサカズは土下座をしたままそう謝罪をした。それを見下ろす形で、廊下には一組の夫妻がいた。夫は両拳を握りしめ、頬は痙攣し、妻はエプロンの前で手を重ね、眉間に皺を寄せていた。どちらもが初老に差し掛かる年代だった。
本日最後になる用事を果たすべく、マサカズは恵比寿の住宅街にある伊達の生家を訪れていた。
「頭を上げてください」
伊達の母が穏やかな口調で、マサカズの背中にそう言った。だが、彼はそのままだった。伊達の父は一歩前に出ると、土間に素足を落とし、式台に座り込み、身を屈めた。伊達家の廊下は大人が横になってもなお余裕のある幅の広さだったので、父とマサカズは並んで向き合うことができた。
「隼斗の遺体は殺人事件ということもあって、検視にはそれなりの時間を要します。従って葬儀の日程は未定です。決まりしだい連絡しますので、今日のところはお引き取りください」
父は淡々と、抑揚に乏しい口調で、マサカズにそう告げた。しかしマサカズはいま、何をどうするべきなのか、正解がかわからなくなっていた。今夜の訪問は事前に連絡はしていたものの、伊達の両親にどう詫びればいいのかについては行き当たりばったりだった。
「山田さん、謝罪の気持ちはわかります。しかしながら我々の気持ちもご理解していただきたい。私はね、隼斗にあなたとの事業から手を引くように勧めました。なぜなら、これ以上は隼斗の心が持たないと思ったからです。わかります。どうせ隼斗から持ち込んだ話だったのでしょう。ですが、あなたとの事業の結果、隼斗は命を落とした。強盗の類ではないので怨恨であることはわかります。いずれは、なにもかもが明白になることでしょう。だからね」
父はマサカズの背中に右の掌を乗せた。少しばかり呻くと、彼の声にようやく起伏が生じた。
「あなたの存在は、できうる限り遠ざけたいのです。隼斗の死を思い返すきっかけにしかならない」
廊下から、伊達の母の啜り泣く声が聞こえてきた。マサカズは更に額を土間に強く擦りつけた。
「葬式は呼びます。そして、我々とあなたが会うのはそれで最後です。二度と、金輪際、我々の前に姿を現さないでいただきたい」
震えてはいたが、しっかりとした強い言葉だった。マサカズは父の助力の手伝いで力なく立ち上がると、「ごめんなさい」と呟き、背中を向けた。
最悪の形での初対面になる。こうなることはわかっていたはずだ。弁護士だけに、乱暴な言葉をぶつけられることはなかったが、それだけに丁寧に、しっかりとした拒絶だった。手紙での謝罪という手段もあった。それを選ばなかったのは、もしかするとタスクを手早く処理するような気持ちだったからなのかも知れない。そうだとすれば、原因は直前に迫った終焉に対してだろう。
刑務所に入れば、二度と直接の謝罪はできなくなる。昔、父方の祖父がこう言っていた「とにかく焦るな。焦っちゃおしまいだ。なんもかんも間違えちまう。落ち着け」と。これは果たして焦りの末、間違ってしまった結果なのだろうか。
恵比寿の閑静な住宅街を歩きながら、マサカズは腰のポーチからスマートフォンを取り出した。ニュースアプリを確かめてみたところ、今夜もホッパーについての報道はなかった。事件から、まだ二日目である。もう二日も経っている。落ち着かない気持ちに苛まれていたマサカズの目に、ひとつのニュースが飛び込んできた。
『栃木で女子高校生が行方不明 警察が捜査を開始する』
このような見出しであり、内容は極めて簡潔だった。十月二十日以来、栃木県宇都宮市に住む女子高校生、永野かりん十八歳が自宅から姿を消し、行方がわからなくなっているとのことだった。このニュースは間違いなく、幼なじみの三条葉月が夫ともに遺体を山に埋めた事件についてだ。
あの二人もまた、終わりが目の前までやってきているということなのだろうか。追うべき報道がひとつ増えた。マサカズは突然吹いてきた寒風に身を縮こまらせ、背を丸めて駅まで歩いていった。
第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter4
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?