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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第4話 ─鉄の掟を作ろう!─Chapter3-4


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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業した。まるで秘密結社のような会社"ナッシングゼロ"に、いきなり訪問してきたのは、マサカズの実の兄の山田雄大であった。

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第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter3

 ここ数日、伊達は事務所には戻れず国内をけずり回っていた。本来なら出張は三日間の日程だったのだが、営業先で別の会社や公的機関を紹介されたため、二日の延長となってしまった。世間はお盆休みの真っ最中だったが、正社員が自分とマサカズの役員しかいないということもあり、ナッシングゼロは平日の全てを営業日としていた。老人たちの何人かはお盆のイベントに対応するため休みを取る者もいたが、その穴はマサカズがなんとかめているらしく、業務の進捗しんちょく度合いは普段とそれほど変わらなかった。
 会社をけている間、マサカズとは毎日定時過ぎに電話で連絡を取り、情報は共有していた。だからこそ、この異常とも言える光景も驚きなく受け入れられてしまう。ヘルメットをかかえ事務所にやってきた彼は、アロハシャツの大柄な男に注目した。

「寺西さん、まだこれからでも育毛はできますよ!」
「そうかなぁ。雄大ゆうだいくん、なんかいい育毛剤、知ってる?」
「探してみますね。うまくいきゃあ、寺西さんモテモテっスよ」

「浜口さ~ん! これ、ジャイアンツ原のサインボール。手に入れましたよ」
「うわっ! すごい! ハラタツじゃ~ん! くれるのこれ!?」
「もちろんです。お宝ってのはファンのもとにあるべきです」

「草津さん、お孫さんのチャンネル、登録しときましたよ。あと高評価も入れときました。いやぁ、いいチャンネルだわ!」
うれしいなぁ。孫も喜ぶよ」
「今度、お孫さんにいい動画の作り方とか教えてもらおーかな?」

「木村さん、玄関からの導線ですけど、あのタイムカードの位置をずらすだけで、宅配業者さんとかの対応がずっと効率よくなると思うんですが」
「なるほどね。確かにそうかもしれないな」
たなの寸法が問題になりますけど、もうひとサイズ小さいのに交換するという手もありますね」

 あの山田雄大やまだゆうだいという男は、すっかり四人の高齢者との距離をめている。しかもそれぞれの個性に対して、実に的確な対応の使い分けをしている。時にはやさしく、時にはおどけて、時には真面目まじめに。役者のように自身の個性を調整し、使い分けている。
 マサカズとの電話のやりとりで、先週月曜日に初めての訪問があって以来、あの男は土日をはさんで一週間後の今日にいたるまで毎日この事務所にやってきていることを伊達だては知っていた。マサカズも兄に抗議こうぎをしているそうだが、毎日一時間から二時間程度の滞在であり、しかも先週マサカズは水曜日から金曜日まで、ある資格を所得するため事務所をけていたため、実のところ兄の訪問についてマサカズが把握できているのは火曜日しかなかった。全ては間隙かんげきうように、なんとなくじわじわと山田雄大は事務所の空気の一部になろうとしている。そしてこの事態を最も憂慮ゆうりょしているはずのマサカズと言えば、如才じょさいなく老人たちに取り入る兄の姿を、苦々にがにがにらみつけているだけだった。
「あなたが伊達だて副社長!?」
 伊達の出勤に気づいた雄大は、両手を広げて近づいていった。
「山田さん、今日は何の用事で?」
「いやぁ、浜口さんがジャイアンツの原監督のファンって聞いて、水道橋のスポーツショップで掘り出し物をゲットしたんですよ。それを渡しにね」
うれしいよ~ハラタツはね、昔は歌も出してたんだよ」
 浜口はすっかり上機嫌じょうきげんで、にぎりしめたサインボールを伊達に向けた。マサカズの話では、どうやら雄大はここに来るたび、次の訪問理由を作ってくるらしい。野球殿堂で表彰されるほどの名選手のサインボールが容易よういに手に入るはずもなく、誰のサインなのかは自明じめいである。おそらく、明日は寺西におすすめの育毛剤でも持参してくるのだろう。中身がなにかはわからないが。
 こいつは典型的な詐欺師さぎしだ。しかもこれまでに弁護してきた顧客こきゃくと比べても有能な等級に属するといってもいいだろう。伊達は人差し指で眼鏡めがねを直し、あふれ出てきた闘争心に口の端をり上げた。
「ではさらにおたずねしたいのですが、よろしいかな?」
 伊達の言葉に雄大は戸惑とまどい「い、いいですよ」と詰まった声で答えた。マサカズはデスクから兄の背中を見つつ、奇妙きみょう違和感いわかんを覚えていた。なにやら、目の前にいるのは自分の知らない兄のように思えてしまうのだが、それはなぜなのか、その理由はまだわからなかった。
「雄大さん、あなたは私のデスクを見ましたか?」
「そりゃこんなせまいオフィスだし、全部の机は見えるから……」
「見たんですね?」
「ああ」
「どのぐらいまで近づきましたか?」
「はぁ? な、なにそれ」
「あなたが私のデスクにどの程度まで近づいたかと質問しているんです」
 これが伊達隼斗だてはやとなのか。兄に対する滔々とうとうとした問いかけに、彼はあらためて弁護士という仕事を生業なりわいにしているのだと思い、マサカズは軽い興奮を覚えた。兄がなかなか答えないと、寺西が手を上げた。
「副社長、雄大さんは、机のすぐかたわらまできましたよ。僕、それでダメだって注意したんです」
「そうなんですか? 雄大さん」
 念を押された雄大は、伊達から目をらし、「ま、まぁ……」と言いよどんだ。
「マサカズ! ちょっと話がある。出られるか?」
 マサカズは席を立ち、ポーチを手に出口に向かった。途中、兄を背中から追い越す形になったので横目で見たところ、彼はあごを引きらせ、エアコンがいているのにもかかわらずひたいは汗ばみ、うなり声をらしていた。

 マサカズと伊達は駅近くの喫茶店きっさてんまでやってきた。今日は気温が三十五度を超える酷暑日こくしょびであり、事務所から徒歩で十分圏内だったのにも関わらず、二人は額や首筋から汗をらしていた。
兄貴あにきのやつ、なんか伊達さんにビビってるって感じでした」
 うれしそうにマサカズはそう言ったが、アイスティーのグラスを手にした伊達は仏頂面ぶっちょうづらくずさぬまま、足を組んだ。
「三年、会ってなかったんだっけ。その前は?」
「えっと、兄貴は高校出てから家も出て、そこからは年イチで会うぐらいでしたね。動画配信チャンネル始めるって時期は頻度ひんどは上がりましたけど。なんだかんだで……十年以上は疎遠そえんって感じかな」
「そうか……なら、お兄さんに対しての認識は少々アップデートした方がいいな」
 広々とした店内ではバロック音楽が流れていて、布張りの椅子いすすわっていたTシャツ姿のマサカズは、居心地いごこちの悪さを漠然ばくぜんと感じていた。
「なんとなくだけど、わかります。って言っても先週の月曜日と火曜日しか見てませんけど、なんて言うか、あんなテキパキとしたヤツじゃなかった。もっとなまけ者で、ぐうたらした感じでしたよ」
「十年間の積み重ねだろうな。あいつは大したタマだよ」
「でも伊達さん、さっきは兄貴を追い詰めてたって感じですけど」
「俺みたいなのに慣れてないだけだ。すぐにアップデートしてくるよ」
「そうなんですか……」
 マサカズにとって、兄の成長はあまり歓迎かんげいしたいものではなかった。なぜなのか、これもまた理由がわからなかったのだが、すぐにもいくつかの感情が結びつき、彼は「おおー」と声を上げた。
「兄貴、すっかり悪党になってしまったんですね」
「そりゃ言い過ぎだ。ただ、なかなかの詐欺師さぎしだとは評価できる」
 伊達がそう評価するのであれば、疑問をはさむ余地はない。マサカズは顔をくもらせ、絨毯じゅうたんに目をろした。
「どーすりゃいいんだよ。アイツ、じいさんたちとも仲良くなってて、すっかり馴染なじんでて」
「彼の目的はなんだと思う?」
「ウチを利用して自分だけもうけようとしている。もちろん、僕たちへの迷惑付きで」
「親族のお前に対しては言いづらいが、つまり、彼は敵と言うことだな」
「敵です。それに兄貴面あにきづらするやつと一緒に仕事なんて、いやです」
「提案がある」
 伊達の提案は大抵たいていの場合正しい。マサカズはそう思っていたので、次の言葉を待った。
「山田雄大を内側に置く。正社員ではなく、契約はしない。そこは俺がうまいことはぐらかす」
 予想していなかった言葉に、マサカズは飛び出すように身を乗り出した。
「ダメです! 絶対にそれはダメです!!」
 大声に、周囲の客や店員が二人を注目した。伊達はストローでアイスティーをすすると、一度だけうなずいた。
「そりゃそうだろう。しかし、それしか手がない。事務所を移転したところでホームページの情報は追える。住所記載をしないと取引先から不審ふしんがられるし、ごまかしようもない。部外者の立ち入りは社則で禁止されているって注意したところで、彼は口八丁手八丁くちはっちょうてはっちょうでそれを受け流す。そうなると不法侵入で警察に通報するってことになるが、これはやったが最後、彼の自尊心じそんしんいちじしく傷つけ、肩書きが詐欺師から別の犯罪者に変化させることになるだろう。そしておそらくだが、彼は既にウチの嬬恋村つまごいむらの仕事を数字だけでも把握している」
 情報量があまりにも多かったので、マサカズはひとつずつ指を折りながら内容を整理していた。
「そんなに、兄貴はすぐれているんですか」
「俺の携帯番号をラーニングしてる。机に残した小さなメモからな。大したものだよ」
「どういうことなんです?」
「仕事用の携帯電話の番号を浜口さんから聞いたとき、一緒にもらったメモに番号と“DT”と記されていたんだ。彼はそれをチラ見して。“DT”を“ダテ”と判断したんだろう」
兄貴あにきが?」
 自分の知っている兄は注意散漫さんまんで、伊達のデスクを見たところで、せいぜい机や椅子いすのグレードを値踏ねぶみするぐらいしかできず、メモなど気にもめない。父から「お前の目はどこについてんだ。その機械のランプが赤の時は近づくなって言ったろ」などとよく、注意力のなさをしかられていた。
納得なっとくしてくれたか?」
 保司ほしのアドバイスを思い出した伊達は、マサカズの顔をのぞき込んだ。
「たぶん」
 納得の強要きょうようなどといった愚策ぐさくは取れない。伊達は今日のところはこれ以上マサカズに求めることをあきらめた。
「それにしてもさっきの伊達さん、カッコ良かったなぁ。さすがは弁護士ですね!」
 無邪気むじゃき称賛しょうさんに伊達はれ、顔をそむけて「そのアイスコーヒー、飲めよ」とうながした。
「飲みますけど、そのセリフっておごる場合ですよ。これ、経費でしょ?」
 マサカズの正論に、伊達は「そうだな」と静かに返した。

 その日の夜、アパートまで帰ってきたマサカズは、栃木とちぎの実家に電話を入れた。出たのは母だった。
「もしもし、俺マサカズ」
「もう電話あったかも……ああ、あったのね。そうそう兄貴、ウチで仕事することになったんだよ」
「雑用かな? 伊達さんと相談して考えるよ」
「兄貴? うん、元気そうだよ」
 話の中心は兄についてであり、母は彼の今後をひどく心配しているようだった。電話を切ったマサカズは、きっぱなしの布団に身を投げ出した。伊達に今回の件での納得を求められた。確かに彼が言うように厄介者やっかいものは内側に取り込んでごろしにしてしまうのが得策だとは思う。しかし、あの兄なのである。自分の心が果たして持つのだろうか。兄のおどけてふざけた顔が浮かんだマサカズは、それを打ち消すため、後輩だった小さな彼女を思い出すことで、おだやかなねむりに落ちた。

第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter4

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