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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter5-6
前回までの「ひみつく」は
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▼"鍵"の予期せぬ使い方と急展開の事件が描かれる「第2話」はこちらから
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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業。まるで秘密結社のような会社"ナッシングゼロ"へ3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとして最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズであったが、伊達は「奥の手」を使い、有力なツテを得ることに成功した。
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第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter5
“ホウム”省官僚を紹介された。文部科学省や防衛省ならどのような役割を担っているのか、ぼんやりではあるもののわかっているつもりだが、ホウム省だと想像力が届かない。そもそも“ホウム”とはなにを意味するのかがわからない。それに付け加え、役人にも“課長”という役職が存在するとは知らなかった。マサカズはこれまでの知識の外にある庭石課長について、具体的なイメージがまったく浮かばなかった。その価値は伊達の興奮から推し量るしかない。おそらくだが“カンリョウ”の課長を紹介されたのは大それたことなのだろう。とても偉く、以前の自分であれば一生関わり合いをもつことがなかった存在だろう。しかもその接触の扉を開くのに、自分の立ち回りが大きく貢献したらしい。日曜日の夕暮れ、伊達と一緒に高田馬場の神田川を望む公園までやってきたマサカズは、何がどうしたことでよい結果をもたらしたのかわからいままだった。
「にゃーん」
ハンチング帽を被り、左手を招き猫のように構えた猫矢が、陽気さを漂わせながら公園にやってきた。伊達の説明によると、これは情報を買うための接触である。数日前、井沢たちのような非合法とは今後距離を置こうと言っていたのに、なぜ再び彼と落ち合うことになったのか。マサカズはそれを伊達に問うたが、彼は接触後に説明する、とだけしか答えてくれなかった。
「猫矢さん、お疲れ様」
マサカズが軽く挨拶をすると、猫矢は人差し指を立て、眉を顰めた。
「えっとですね、“さん”づけはカンベンかなぁ? 俺、まだ十九ですし。春平でいいですよ」
「あ、じゃあ“猫矢くん”でいい?」
「折衷案ですね。いいですよ」
猫矢はたすき掛けに提げた鞄からA4大の封筒を取り出すと、それを伊達に手渡した。
「概要説明、いります?」
「いや、今回はいい。内容の度合いだけ教えてくれ」
伊達にそう言われた猫矢は、右の掌を前に出し、それをわなわなと震わせた。
「かなりのものです。特級クラスですね。おやっさんの手柄ですけど。ぶっちゃけ伊達さんたちは相当運がいいって言ってましたよ」
「そうか……わかった。ごくろうさま」
その謝礼には別れの合図も含まれていた。猫矢は伊達の意図を察したのか、「料金はいつもの通りの段取りで」と告げると、手を振りながら公園を駆け出していった。
「えっと、伊達さん。僕たちの何がラッキーなんです?」
マサカズの問いに答えず、伊達はベンチに腰を下ろし、封筒の中から書類を取りだした。
「伊達さん?」
伊達の隣に腰掛けたマサカズは、書類をのぞき見した。“調査報告書”と記されたそれには、庭石陽菜という名をした女性の覚醒剤購入についての詳細が記されていた。
「庭石って、あの庭石さん? “ホウム”省の課長さんの?」
「ひとり娘と書いてある。去年の十二月、今年の四月、八月と三回に亘って覚醒剤を購入している。つまりは使用しているってことだ」
「逮捕されたりしたんですか?」
「いいや、まだ発覚していない事案だ。現在、これを知っているのは彼女自身と売人、そして井沢さんたちと俺たちだけだ」
「じゃあ、通報しましょうよ。違法薬物は絶対にダメですし」
「いいや。しない」
「いやいやいや、そんな悪いのを見逃すなんて、伊達さん弁護士だったんだし、よくないですよ。それに僕たちの目標は社会貢献なんですよ」
「このネタは、確かにあるひとりの女の違法行為を意味している。が、同時に知りうる者の立場によっては、大きな武器になる」
説明している内容が伊達にしては珍しく、よくわからない内容だったので、マサカズは呻り、腕を組み、首を傾げた。
「すまない。わかりづらかったな。いいかマサカズ、このネタを知っている者の中に、ある人物が含まれていないことに気づかないか?」
「えっと、僕たちと、井沢さんたちと、当人と売人ですよね……」
考えを巡らせたマサカズは、すぐにひとつの解答に辿り着いた。
「お父さんですね」
「そうだ。庭石課長は娘の悪事を知り得ていない。いや、仮に知っていたとしてもだ、これから交渉を進める俺たちにとって、このネタは大きな、とてつもなく強力な武器になる」
「まさか、課長さんを脅迫するってことですか?」
「有り体に言えばそうなる」
「いやいやいや、ダメですって! それって悪い連中のすることですよ」
伊達は書類を封筒に戻すと、それを鞄に入れ、マサカズに鋭い眼光を向けた。
「ここからは俺の読みになるけど、法務官僚の課長が俺たちレベルの相手とビジネスの話をしてくれるわけがない。俺は創業前から庭石よりずっと下のランクの役人とも交渉したけど、どれもが空振りだし門前払いだってあった。今回はオヤジのツテで仕方なく会食程度なら付き合ってはくれるだろうけど、そこが天井だ」
マサカズは反論したかったが、いまは伊達の説明を最後まで聞くことにした。二人の間には秋を感じさせる涼しげな風が流れ、乾いた空気が漂っていた。
「今度俺たちは庭石と会食をする。そこでビジネスの話に発展しなかった場合、この爆弾を突きつけ交渉する。もし発展した場合は……やはりこの爆弾は庭石に手渡す形になる。娘をどうするかは彼の判断に任せる」
二人の間にしばらくの沈黙が続いた。それが説明の終了だと判断したマサカズは口を開いた。
「えっと、娘さんの犯罪を知っている僕たちに対して、庭石課長が毅然とした態度を……つまり、通報したけりゃすればいい、なんて感じだった場合はどうするんです?」
「九十九パーセントそれはあり得ない。ただし、このネタを庭石自身が通報して、なおかつ俺たちの要求を突っぱねるって可能性はある。しかしそれはそれで仕方がない。もちろん、そうさせないように俺は努力するつもりだ」
「努力って?」
「刑事弁護人としての経験から、知識から、庭石に警告できる内容は山のようにある」
伊達の師匠に官僚を紹介してもらい、あとはまともな手立てで仕事の交渉になるのだろうと考えていたマサカズは、伊達の絡め手にうんざりしてしまった。しかし、そもそもが鍵の力を秘密にしたまま国からの仕事を請け負うこと自体が真っ当な段取りになるはずもなく、仕方がないようにも思えてきた。しかも官僚という人物像も皆目見当もつかず、このような飛び道具を用意する必要があるのかどうかもわからない。少なくとも、自分より伊達は今度戦う相手のパラメーターや繰り出してくる技や防御テクニックを知っている様であり、そうなると交渉の手段は彼に任せるしかない。マサカズは少しずつ細かく納得を重ねようとしていた。
マサカズから強く確かな納得は得られない。伊達は肩を落とす彼を見ながらその確信をあらためて得ていた。自分の経験を考慮した場合、庭石への営業は徒手空拳では成立しない。たとえマサカズの力を見せたとしても理解されず、かえって関わりを持ちたくないと拒絶されるだろう。だから、もう頼るはずのなかった井沢に調査を依頼した。当然のことながら、空振りに終わる方に天秤は大きく傾いていたのだが、まさかこれほどの武器が手入るとは望外のことである。巨大な幸運への興奮をマサカズと共に分かち合いたかったが、この様子ではそれも叶わないだろう。伊達はニコチンを強く求めたが、ここではそれを堪えるしかなかった。
「マサカズ、気安めにしかならないけど、庭石がおおらかで、こちらの営業に前向きに対応してくれるか、さもなくば飛び道具をはね除ける、残り一パーセントの毅然さを示してくれる可能性だって残っている」
「ムチャクチャ後ろ向きな期待なんじゃないですか? それって。言ってる伊達さんが一番あり得ないと思ってる。だって、つまり庭石って人は僕たちが戦うにはずっとレベルの高い敵ってことなんですよね。ゲーム風に言えば」
「そうそうそう、レベル十とかで竜王と戦う様なものだ」
「たとえがよくわかりませんけど、なんとなく想像はつきます」
「だからさ、武器が必要だったんだよ。相手を確実に状態異常に持ち込める武器が。いや、俺にしたってせいぜい収賄か浮気の発覚レベルだと思ってたんだよ。それどころか空振りに終わるって覚悟もしてたし、そっちの可能性が遙かに高いと予想していた。しかしフタを開けてみりゃ、なんだよこれ。チートレベルのアイテムじゃないかって、いまそんな感じだ」
“チートレベル”がなにを意味しているのかはわからないが、早口でまくし立てる伊達はその結果に満足している様でもある。マサカズは立ち上がると、すうっと息を吸い込んだ。
「伊達さん、こないだ行ったアジフライの店、行きません? ハッキリ言って、ムチャクチャ美味かったです」
マサカズの誘いに、伊達は子供の様にニッコリと笑みを浮かべ、大きく頷いた。
第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter6
伊達が庭石との会食に選んだ店は、品川の割烹料理店だった。九月最後の水曜日の夜、伊達と共に店を訪れたマサカズは、いつものTシャツではなくダンガリーシャツにジャケット姿だった。
「この格好で、いいんですかね? 伊達さんみたくスーツじゃなくて?」
「ジャケットにシャツだったら問題ない。新進気鋭の社長っぽいと思うぞ」
「あー、そう言えばそうかも」
暖簾をくぐり木製の引き戸を開けると、マサカズはほのかな香りを感じた。たまに利用する居酒屋やバーとは違い、雅にもてなす気持ちが感じられる香りだ。やはり高級な店というものは、細かな気遣いというものが行き届いているのだろう。そのようなことを考えながら、マサカズは店員に案内され、伊達と共に奥の個室までやってきた。スニーカーを脱ぐように促されたそこは十畳ほどの和室であり、床の間には川のような風景が描かれた掛け軸が据えられていた。いわゆる、政治家や官僚、大企業の幹部を接待するような場所だ。マサカズは座椅子に腰掛け、店員から熱いおしぼりを受け取った。これも香りがついている。額の汗を拭いながら、マサカズは緊張を高めていった。
「マサカズ、落ち着け。ここは言うほど高級じゃない」
「嘘でしょ?」
「本当だ。オヤジと庭石が昔よく使っていたらしい。もちろん個室じゃなくってテーブル席だけど。だからここを選んだんだ」
世の中にはまだ上のランクというものがあるのか。マサカズはおしぼりで顔を拭くとため息を漏らした。
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