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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第12話 ─そろそろ決着をつけてしまおう!─Chapter3-4
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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露しようとし、最悪の結果を迎えることに。これからは真っ当な道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑むが惨敗。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは雷轟流道場で短期間の修行をし、ある秘策をもってホッパーを撃退する。逃避行の旅に出た先でマサカズはある男と出会った後、自らの地元に降り立ち、いまだ自首をしない幼なじみの葉月にあるものを託す。その先にたどり着いた北海道の地でマサカズは異常事態に巻き込まれるが、マスクマンの格好で救出劇を遂げ、今度は南の地、那覇へと降り立ち、そこでマサカズは新たな決意を固める。新たに立ち上げた秘密結社は次々と問題が噴出。無人島から半ば強制送還的に戻ってきたマサカズは自分の部屋の前に倒れているホッパー剛を匿い、北見とキーレンジャーたちとの戦いを見届けていたが…。
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第12話 ─そろそろ決着をつけてしまおう!─Chapter3
ホッパーと北見たちの境内での戦いを目の当たりにしてから五日が過ぎていった。五月三十日の昼過ぎ、マサカズは昭和通り沿いにある秋葉原のゲームセンターを訪れていた。この五日間、北見からの接触はなく、ホッパーは歌舞伎町に潜伏していることがGPS発信器によってわかっていた。おそらくではあるが、事態は膠着状態に陥っていると言ってもいいのだろう。
電子音が鳴り響く店内を進んだマサカズは、“コミュニティエリア”と記された看板が提げられた休憩場所までやってくると、スタジアムジャンパーを着た猫矢に片手を挙げ、挨拶をした。猫矢はチェック柄のハンチング帽を脱ぎ、軽く会釈をして再び帽子を被り直した。
二人は丸形のテーブルを立ったまま挟み、マサカズはコーラの、猫矢はゴーヤソーダのペットボトルを前にしていた。長身の猫矢は少しだけ猫背で、マサカズと目線を合わせていた。
「これが北見史郎の資料になります」
そう言うと、猫矢は革のトートバッグからファイルを取り出すと、それをマサカズに手渡した。
「経歴、自宅住所や家族構成といった個人情報、現在の立場などが記載されています」
「ありがとう、助かるよ」
礼を言われた猫矢は、店内を軽く見渡した。
「盗聴はないと思いますけど、今もこれって監視されてるんですよね」
「うん、北見さんがそう言ってた」
「そーだ、無人島はどうでした?」
マサカズはその言葉に目を落とし、小さくため息をついた。
「最悪。思い出したくない」
「ご、ごめんなさい!」
「いや、猫ちゃんは一ミリも悪くない。僕が愚かだっただけだ」
コーラを口に含んだマサカズは、あることを思いついた。
「そうだ猫ちゃん、今どうしているのか調べてほしい人たちがいる」
「“人たち”……何人です?」
「七……いや、六人。本名とか一切わからないんだけど、僕と無人島に行ったメンバーだ」
「わかってることってあります?」
「本人たちとは会ったけど、何もわからないんだよ。ビデオチャットの記録なら残ってるけど」
「結構難易度高めっスね。まぁけど他でもないマサカズさんの依頼ですから、なんとかしてみますよ。後でその記録送ってください。あと……そうですね、目星をつけたら顔写真送りますんで、その人かどうか確認してください」
「猫ちゃんは凄いな」
「これでも二十歳になりましたからね」
「あ、そうなんだ」
「そうだ、北見について調べているうち、拾った情報なんですけど、サービスしますね」
「ああ、なんだい?」
「北見は陸自と接触してます。ひと月ぐらい前から」
「“陸自”って、自衛隊?」
「はい、それも特殊作戦群っていう、特殊部隊の幹部です。どうやら北見は陸自の戦力をコントロールできる特権を与えられているっぽいです」
猫矢の見解に、マサカズの中で不安が広がった。彼はコーラを呷ると口元を拭った。
「戦車とか持ち出すのか? ホッパーと戦うのに」
マサカズの言葉に、猫矢は首を傾げた。
「どうでしょう? 特殊部隊ですから、兵隊を確保するんじゃないですか? いや、連中も以前より動きが大きくて、こちらとしても情報集めまくりですよ」
「猫ちゃん、一般論として、機動隊員のエリートと陸自の特殊部隊のエリートだと、どっちが強い?」
「シチュエーションしだいですね。街中での制圧が前提になれば機動隊に分がありますし、野っ原で武器ありだったら圧倒的に陸自だと思います」
言いながら、猫矢はゴーヤソーダを飲み、眉間に皺を寄せた。
「あー、けどどうなんだろう? やっぱり陸自が有利かな? 北見たちの監視能力を加えちゃえば……あ、その質問って、ホッパーと戦うって前提ですよね」
「うん、そうなる」
「ならやっぱり陸自です。市街で銃器を使うことはないにしても連中は刃物のプロですし。機動隊員は戦えと命じられても制圧が基本ですけど、陸自は同じ命令でも殺すのが前提ですし。制圧より殺す方が簡単です」
機動隊員たちキーレンジャーは、金属製の棒でホッパーに効果的な被害を与えていた。あれがナイフだった場合、打撃ではなく斬撃となってホッパーの肉体は切り刻まれることになるだろう。そうなると、鍵の世代差はなくなるとも思える。北見は教育などと言っていたが、ホッパー殺害の用意を別口として進めている。猫矢からの情報をそう理解したマサカズは、胸の内に黒い塊が再び生じているのを感じていた。
「ありがとう猫ちゃん。凄く助かった」
マサカズがそう言って猫矢を見ると、彼は眉を顰めて陰鬱とした雰囲気を漂わせ、テーブルの上で頬杖をついていた。
「マサカズさん、ヤバくないですか? 俺、心配です」
「だからさ、情報を集めてもらってるんだよ。僕にとって猫ちゃんのもってくるネタは、なによりも心強い武器だし防具だ」
笑顔でマサカズが感謝を述べると猫矢は上体を起こし、ハンチング帽を目深に被り直し、凜々しい顔で大きく頷いた。
「ところでさ、そのゴーヤソーダって、どんな味なの?」
「ゲロマズです」
猫矢が苦笑いを浮かべて感想を述べたので、マサカズは釣られて吹き出してしまった。
ゲームセンターで猫矢と対戦格闘ゲームを四試合ほどプレイしたのち、マサカズが移動した先は新宿区歌舞伎町だった。時刻は午後六時で、ゲームセンターの退店後、三時間ほど秋葉原駅で逡巡をした末の決断だった。猫矢が操作するネイティブアメリカンのキャラクターに思わぬ苦戦をしてしまったのは、プレイに集中できなかったからだ。互いのキャラクターがダメージを負う都度、自衛隊の特殊部隊に滅多刺しにされるホッパーの姿が思い浮かんでしまう。動揺は操作のミスを誘発し、キャラクターに意図せぬ挙動をさせてしまった。それでも実力差があったので、一度も負けることはなかった。四連敗となった猫矢は「伊達さんに教わったんですか? このゲーム」と聞いてきた。その言葉がきっかけとなり、事務所でうつ伏せに倒れていた伊達と、ホッパーの屠られた姿が重なってしまい、陰鬱とした何かが胸の内に生じることになってしまった。
自分の中で生まれた黒い塊を取り除くため、やれることを果たすため、GPS発信器が示す歌舞伎町のスーパー銭湯までやってきたマサカズは、休憩処のテレビモニターが据え付けられたソファで横になる、館内着姿のホッパーの傍らで足を止めた。
「そのソファ、座り心地がいいだろ。だから僕は寝落ちしちまった」
声をかけられたホッパーはマサカズに視線を向けると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「山田さん……」
「晩飯がまだなんだ。一緒にどうだ?」
マサカズの提案にホッパーは同意し、二人は食事処に向かった。マサカズは天ぷらそばを、ホッパーはステーキ定食を注文し、座敷席に上がった。机を挟んで向き合った両者は、最近ヒットしているアニメソングが流れる中、黙々と食事をとった。先に食べ終えたマサカズが、水の入ったコップを手にした。
「ホッパー、お前に会いに来たのは、聞きたいことがあるのと、言っておきたいことがあるからだ」
「はい」
「まず、クリスマスから大晦日まで、お前はどうしていた?」
マサカズの問いにホッパーはステーキを頬張ると、しばらく沈黙した。マサカズにとってこの大雑把な質問は、ホッパーと北見たちの関係性を確認する意図が込められていた。猫矢から北見の情報は得ていたが、より具体的な事実を知る必要があると感じていたためである。
「まず、代々木の事務所を襲撃し、大晦日まで山田さんを襲ったのは自分の個人判断で、北見たちには無断でとった行動です」
マサカズはグラスを軽く突き出すことで、説明の継続を促した。
「自分は鍵の秘密を占有したかった。山田さんのご指摘の通りです。北見は自分に全面的な服従を要求してきましたが、それに逆らう形で山田さんを追いました。しかしGPS反応が消失したあと、力の限界を迎えてしまい、休息をとりました」
大晦日までに一時的だが追跡の気配が止んだのは、つまりそういうことだった。マサカズは辻褄が合うことに納得すると、再びグラスを突き出した。
「そして消えたGPS反応が復活したので、あの結果です。倒された自分は北見たちに確保され、三ヶ月の治療を受けたのち、再び全面的な服従を要求されたのです。またその間、鍵の秘密は暴かれ、複製されてしまいました」
「で、今に至ると?」
大晦日までの行動を尋ねたのだが、結果として現在に至るまでの事情を知ってしまった。マサカズは箸でホッパーの皿から付け合わせのポテトをつまむと、それを口に運んだ。
「あのさ、僕のスタンスをここでハッキリと言っておきたいんだけど、僕はお前と北見さんの諍いに首を突っ込む……いや、無関係を貫きたい。正直言って、勝手にやってろってところだ。僕は平穏な日常を送りたい。鍵だって二度と使いたくない。この力を得てから、僕の人生はぐっちゃぐちゃだ。もちろん、全部僕のせいだけど」
言葉で発したものの、この力がなければヤミ金からより悲惨な運命を課せられたことをマサカズは自覚していた。しかし、その事情を知らないホッパーに対して矛盾を語るつもりはなかった。
「言っておきたいこととは、それですか?」
「もうひとつある。これは、僕にとって後味が悪くなる、後悔の種になると思ったから言っておきたい内容だ。北見は陸自ともパイプを作って、兵隊を味方につけようとしている」
「あ、食べてもいいですか?」
ホッパーがそう尋ねてきたので、マサカズは「どうぞ」と返した。ホッパーはナイフとフォークでステーキを切り分け、そのうち二切れを小皿に移し、マサカズに差し出した。
「今のキーレンジャーは機動隊員だけど、おそらくお前との戦いで戦力不足を感じたんだろうな。近いうちにメンバーが変更になるだろう。今度のは、陸自の特殊部隊だ」
マサカズの言葉に、ホッパーの手が止まった。
「鉄のスティックじゃ済まなくなる。市街地で火器を使うのは難しくても軍人なら刃物を発揮できる」
ホッパーは手を震わせながら、ステーキを口に運んだ。
「北見さんはお前を殺すことはないって言ってたけど、今後はルールも変更されるかもな。なにせ、軍人は捕まえることより殺すことに能力や訓練が特化されているはずだ。つまり、北見さんはお前に対して使う武器を変えようとしているんだ」
「大丈夫です。自分は五対一でも対処してきましたから。刃物とて、投げナイフも通じなかったので問題ないです」
声は上ずり、口元は歪みきっていた。ホッパーは冷静さを欠いている。そう判断したマサカズは、お裾分けされた牛肉をひと切れ食べたが、それはひどく冷えて固く感じた。
「大丈夫じゃない。お寺での戦いは見させてもらったけど、お前は防戦一方で逃げるのがせいぜいだった。しかも敵はよりパワーアップをしようとしている。刃物だって佐々木のナイフとは多分レベチだ。つまり、お前の敗北は目前だ」
そう言い切ると、マサカズはコップの水を飲んだ。ホッパーは傷だらけの顔を青ざめさせ、ナイフをテーブルに落としてしまった。
「ところが、この最悪な事態を打開する方法がひとつだけ残っていた。幸いなことにね」
マサカズは着ていたテイラードのジャケットから一枚のメモを取り出すと、テーブルを滑らせそれをホッパーに提示した。メモには手書きで「ここからは盗聴の危険がある」との書き出しで始まっていた。
・お前が奪った伊達さんの鍵を使えば勝利の可能性はある。
・なぜなら鍵はコピーするたびに能力が劣化する。だから僕の正拳突きでお前はダメージを負った。
・お前のは三代目、伊達さんのは二代目だ。
・キーレンジャーは四代目。二代目なら勝算は高い。
このメモは総武線の車内であらかじめ用意したものだった。猫矢から陸自の情報を得て、ホッパーの死を予見したマサカズは、自分の知り得る情報を彼に対して吐き出すことで後悔を避けたかった。胸の奥の黒い塊が小さくなっていくことがよくわかる。この大胆な試みは奏功したと言ってもいいだろう。マサカズがそう確信していると、身を乗り出したホッパーが両手を握りしめてきた。
「ありがとうございます!」
この謝礼は、つまり伊達の鍵をホッパーが保持していることを意味する。マサカズはじっと見つめる碧眼から目をそらし、口先を尖らせた。
「どんなエンディングをお前が望んでいるのかなんて知りたくもない。けど、僕はお前なんかのせいでちょっとでも嫌な気分になりたくないからこうした。僕も北見さんはあんまり好きな人じゃないしな。せいぜいチャンスを活かせよ」
悪態をつきながら、マサカズは目を逸らしたままそう告げた。ホッパーの握力はより強まり、彼は何度も「ありがとうございます!」を繰り返すと身体を引き、座敷席から立ち上がり駆けだしていった。マサカズは、残り一切れになったステーキを箸で取り上げ、それをつまらなそうな顔で頬張った。
第12話 ─そろそろ決着をつけてしまおう!─Chapter4
六月になった。ホッパーに鍵の秘密を明かしてからこの三日間、マサカズは書店の面接で提出する履歴書を作ったり、部屋の掃除をしたりと当たり前の日常生活を送っていた。一度、隣のレオリオから三日前のあの日、何事があったのか、なぜ装甲車がアパートの裏に停まっていたのかなど、外廊下で尋ねられたのだが、マサカズははぐらかすだけだった。あれから、新宿の温浴施設で別れて以来、ホッパーの居場所を確認することもなかった。秘密の暴露をしたせいか彼や北見たちに対してすっかり興味を失い、よく食べよく眠り、格闘ゲームだけでなく古くてシンプルなルールのゲームを愛用の青い携帯ゲーム機にダウンロードして楽しんでいた。
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