遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第1話 ─変身!正義のヒーローになろう!─Chapter1-2
いよいよ始まる遠藤正二朗氏の完全新作連載小説!
「魔法の少女シルキーリップ」
「Aランクサンダー」
「マリカ 真実の世界」
「ひみつ戦隊メタモルV」
など、独特の世界観で手にした人の
心に深い想いを刻んだ鬼才
遠藤正二朗氏のロングインタビュー。
4.7万文字で語られたその壮絶な足跡には
圧倒されるばかりでしたが、今回から
いよいよその遠藤正二朗氏が
『Beep21』で毎週連載小説をスタートします。
底辺にいる二人が人生の大逆転を目指す物語
主人公の山田正一は
ある時、『鍵』という具現化された
大きな力を手に入れます。
それを有効活用するために主人公が取る行動に
『Beep21』世代の読者の皆さんが
いろんな部分で何かを感じることになる
と思います。
遠藤正二朗氏の父親であり
「塀の中の懲りない面々」でも有名な
安部譲二氏譲りのエッジな小説を
ぜひ堪能してください。
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第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter1
エプロンが波を打つ。小さく、時には大きく。それはそうだと納得できるほど、彼は落ち着きを取り戻そうとしていた。つい先ほどまで震えるほど怯え、落涙し、ショックで漏らしてしまうほどだったというのに。
建物の屋上で助走をつけ、走り幅跳びの要領で灯りの海を跳ぶ。すると、身に付けていた血まみれのエプロンが波を打つ。
段々とわかってきた。踏み込む力に対する跳躍の距離というものが。青年は、貴金属買い取り店の看板が設置された七階建ての屋上に降り立った。跳躍の頂点は10メートルほどで、本来なら無事では済まない落差である。しかし息は荒いものの、その身体はなにひとつ損傷を負っていなかった。
看板は四方を板で囲んだがらんどうであり、その中に降りてしまった青年はすっかり視界を塞がれてしまった。
天然パーマのちりちり頭を右手でひとかきした彼は、途方に暮れていた。周囲を見渡しても看板の裏側だ。こういった様式の看板の屋上に跳ぶのは避けなければ。彼は、かつて誰もしたことない禁止事項を自らに科した。
青年の左手には金庫が抱えられていた。大きさは1立方メートル足らずの金属製、それを片手で抱えられるほど身長170センチ足らずの彼は屈強な体格ではなかった。それでも自身の体重の数倍はあるはずの金庫を抱えたまま、彼は垂直に軽く跳ね、右手で看板の縁を掴むと次の屋上へと水平に跳んだ。
ここまではすぐ隣の屋上を目的地としていたが、強く踏み込めばもっと遠くへ跳ぶことができるはずだ。ならば、次は全力でやってみよう。幾度かの経験で、青年はそのような手応えを得ていた。このまま総武線沿いに東へと跳んでいけばいいはずだが、安心できる場所はまだまだ遠い。体力が持つのか不安だったが、そもそもこの奇妙な力の限界というものがわからない。だから彼は、ただ次の着地先を探すしかなかった。
奥平隆昌、二十三歳の彼は七人の同僚と共に、歓楽街である東京都新宿区歌舞伎町の街明かりに照らされていた。幹事を務めた五月の呑み会も無事に終えることができた。まだまだ呑み足りないこの七人と共に、二次会の店を探していた彼は適当な看板を求めて顔を上げた。
我が目を疑う。そんなことは大人になってからは経験したことがない。エプロン姿の青年が、大きく黒い塊を抱えて宙を舞っている。ああいったのはパルクールとかいう競技だったっだろうか。それにしてもおかしい。人はあんなに軽々と跳べるはずがない。見たままを自分の知っている理には当てはめられない。アルコールの影響で何かを見間違えたのだろうか。「奥平〜! 酔っ払ったんか?」わずか先を行く同僚たちがそう叫んできた。今夜は酒に強いところを見せてやる。そんな啖呵を切っていた彼だったから、慌てて七人の元に向けて駆け出した。目撃してしまった異常は頭の隅に追いやってしまおう。あれはどうでもいい、二軒目探しが大切だ。そのような結論に至った奥平隆昌だった。
夜の歌舞伎町で金庫を抱えたエプロン姿の青年が跳ぶ姿は、ゲームクリエイターとして新たな開発会社に転職したばかりだった町谷良子の目にも飛び込んできた。リビングのノートパソコンで彼女が見ていたのは動画配信サイトの、歌舞伎町の様子を定点カメラで映すライブカメラの映像だった。五月二十二日の午後十一時過ぎのことであった。巻き戻しができない動画だったため、もう一度確かめる術はなかったが、確かにカメラの対面にあるビルの屋上を跳ぶ何者かを見た。ゲームの中ならあり得るが、現実では辿りつけない跳躍距離である。既にカメラのフレームから消えてしまったのでその姿を追うことは叶わなかったが、配信動画の視聴者の中に同じ異常事態を目撃した者はいないだろうか、そう考えSNSで検索をしてみたところ、期待していた結果は得られなかった。そもそもこの動画自体、同時視聴者が六十人しかいなかったので、それなら自分が書き込もうかとも考えた。しかし本名のアカウントしかない上に証明しようのない目撃談を投稿したところで、明日にはスタジオのスタッフたちからからかわれるだけだ。それよりも優先するべきは、締め切りが迫っている新しい企画のプレゼン資料の仕上げである。モヤモヤとした気分のまま、町谷良子はブラウザを閉じた。
金庫を抱えた青年がこの夜スタート地点として跳んだのは、歌舞伎町にある五階建ての細長い雑居ビルだった。全ての階がひとつのフロアしかなく、最上階は『カルルス金融』という金融業社が賃貸契約を結んでいた。
入り口近く、そこから最も遠くの壁の傍、そして『社長』と書かれた札が置かれた机の下、そのそれぞれに男が倒れていた。いずれもが血の池の主となっていて、息をすることもなく彼らの時は永遠に止まっていた。
三揃いの灰色のスーツを着た青年が、ハンカチで壁を拭いていた。革手袋をした人差し指でときどき眼鏡を直しながら、机や床も熱心に、念入りに拭いていた。途中、倒れていた屍のひとつを跨ぐこともあったが別段気に留めることもなく、拭くことを続けた。
ここまで平然としていられるとは。血の臭気にも慣れてしまうとは。頬を赤く腫らした眼鏡の青年は、右手を熱心に動かしながらも自身の順応性の高さに感心してしまっていた。
これは彼にとって極めて重要な清掃だった。根こそぎ証拠を隠滅しなければ、今夜以上の絶望が訪れるだけである。ここで起きた凄惨な事案について、決して容疑の目を向けさせてはならない。三人の被害者の身元から考えると、当局の目はおそらくこいつらの同業他社か、自分もよく知る類似した稼業に向けられるとは思うが、手を抜くことは許されない。
最後に、床にあった血混じりの足あとを拭き取り、青年は作業を完了させた。ポケットからバイクのキーを取り出した彼は、それをじっと見つめた。「ヤマダ、マサカズといったな。アイツ、なんなんだ、一体」そう呟いたその口元は、ごくわずだが緩んでいた。
東京都の東の端、江戸川区の小岩駅から徒歩で東に二十分ほどの江戸川近くの住宅街の路地裏に、金庫を抱えた青年が舞い降りた。日付はとっくに変わってしまった深夜である。この不思議な力はここまで持ってくれた。そう安心した彼は『江戸リバーサイドハイツ』という三階建てのアパートの外付け階段を上っていった。三階の角の部屋に入り、抱えていた金庫を床に下ろすと、青年は敷きっぱなしだった布団に倒れ込んだ。すると、カチャリ、という小さな金属音が六畳のワンルームに鳴った。
「もうダメ。活動限界ってやつか。限界になると、鍵、勝手に外れんだ」
そう言うと、彼はデニムパンツのポケットからひとつの鍵を取り出した。それは、ロッカーなどで使われている様な小さくありふれたものだった。
「あのダテ先生って人、あのあとどうしたんだろう」
最後にそう呟くと、青年は鍵を握りしめたまま深い眠りに落ちた。
青年、山田正一にとって、この鍵こそが今夜の地獄から脱出できた唯一の手段であった。
第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter2
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