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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter5-6
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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーはいきなり大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑む。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは猫矢とコンタクトを取った。
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第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter5
マサカズが猫矢とゲームセンターで落ち合ったのは、代々木警察署での事情聴取から二日経った朝だった。ここはこれまでに何度か待ち合わせで使っている、昭和通りと首都高を望む雑居ビルの二階で営業している店舗だった。
“コミュニティエリア”と書かれた看板が提げられた休憩場所の窓から見える空は、午後から雨ということもあり鉛色で、マサカズは立ったまま缶のアイスコーヒーを飲み、それをぼんやりと眺めていた。
「マッサカズさ〜ん!」
リズミカルに挨拶をしてやってきたのは、笑顔の猫矢だった。彼は自動販売機で飲み物を買うと、立ち飲み用のスタンドにそれを置いた。
「おしるこ?」
マサカズが興味深く缶を覗き込んでそうつぶやくと、猫矢は「好物なんスよ〜」と、甘ったれた調子で答えた。
「それってよく見かけるけど、一度も買ったことないんだよな。コーンスープのはあるけど」
「同じカテゴリにしないでくださいよ。甘酒ならともかく。缶のサイズが一緒なだけでしょ?」
「確かに」
「それよかマサカズさんって、いっつも冷たいヤツですね」
猫矢はマサカズの前に置かれた缶コーヒーに目を落とし、そう言った。
「猫舌なんだよ。たまにはホットも飲むけど、まぁ大抵は冷たいのかな」
他愛のないやりとりをしたのち、チェック柄のハンチング帽を被り直した猫矢の細い目に、冷たい鋭さが宿った。
「マサカズさん、アレからどうしてるんです?」
彼にしては低い声の、大雑把な問いかけだったが、マサカズには猫矢の意図がよくわかっていた。
「ずっとスーパー銭湯だよ。事件からこっち、一度もアパートには帰ってない」
「やっぱり、危険なんですか?」
「ああ、GPSは無効化したから多分大丈夫だとは思うけど、ホッパーの脅威から確実に逃れるには、他人の目が必要なんだ」
マサカズは猫矢に対して、伊達殺害も含めてホッパーが事件の犯人であることや、追跡された方法などを既に伝えていた。猫矢はしるこをひと口含むと、マサカズの目を見た。
「マサカズさん、疲れてるっぽいですね」
「さすがにね。安心して眠れないってキツいかも」
「事情聴取とか、実況検分とかはどうなんです?」
「それが一度きりでさ。伊達さんの時よりずっと被害者が多いのに、なんの呼び出しもない。もちろん、警察から職務質問とかもされないし、事件の前と変わらない状況だよ」
マサカズの言葉に、猫矢はスタンドに視線を落とし、何度も小刻みに頷いた。
「どうしたの猫ちゃん?」
「あ、ごめんなさい、マサカズさん。もう少しここ二日のこと、聞かせてもらえます?」
「うん」
マサカズは二日前、スーパー銭湯で考えた“短期的な計画”について猫矢に説明した。まずは柏城に電話をして、株式会社ナッシングゼロの後始末を依頼した。つまりそれは会社を畳み、廃業するということである。依頼に対して、柏城は丁寧に株式会社の廃業手続きの概要を教えてくれた。事業を停止し、事務所を引き払い、それに伴う登記や決算結了、事務手続きといった一切合切を、柏城は引き受けてくれた。この件については木内という名の女性弁護士が担当となり、即座に見積がメールされてきたので、マサカズは了承し、昨日のうちに実印を彼女に預けた。
「実際、僕がやらなきゃならない細かい事務手続きは残っているけど、ホッパーの件がひと段落するまで後日って感じかな」
「ムチャクチャ速攻じゃないですか」
「結局、僕には社長なんてムリだったんだよ。そう納得してしまった。伊達さんがいたから、これまでなんとかなってたんだよね」
「いやけど、普通いち日二日でそこまで決めきるのって、凄いと思いますよ。食事とかはスーパー銭湯で?」
「そこでも食べるけど、別のとこでも。なんかカツ丼ばっかり食べてる。専門店のより、立ち食い蕎麦屋のが好みっていう発見があったよ」
「カツ丼、好物なんスか?」
「いや……そうそう、戸山って刑事がいるんだけど、伊達さんの二回目と、今回の事情聴取の担当なんだけどさ、今回のヤツがひどいんだよ」
「ひどいって?」
「僕からホッパーの件を進んで証言しても欠伸をされるわ、机に突っ伏すわ、カツ丼勧めてくるわでさ」
猫矢は再び視線を落とすと、尖った顎に指を当てた。マサカズは猫矢の度々のこういった反応に、違和感を覚えつつあった。
「あのさ、猫ちゃん。なんか、“心当たりあり”って感じがするんだけど」
指摘された猫矢は、いささか慌てた様子でマサカズに目を向け、跳ね上がった髪を撫でつけた。
「えっとですね。結論から言いますと、マサカズさん、アパート戻ってもたぶんオーケーっス」
「なんで? ホッパーがどれだけヤバいヤツなのかは、猫ちゃんにも伝えてるはずだけど」
「ええ、あのですね、まずウチのおやっさんなんですけど」
「井沢さんだっけ?」
「ええ、驚いてました。マサカズさんが警察からマークされていないのを」
「ああ、そりゃそうだ。これだけ立て続けに事件の当事者になっているのに、戸山刑事の態度もそうだけど、意図的に無視されてるって感じだ」
「そうです。その話と、集めた情報をガチコンするとですね、今のマサカズさんは、一種の無敵状態だと思うんですよ」
「それって、ゲームとかの?」
「もちろん、マサカズさんが強盗とか、あからさまに犯罪をしちゃったら、そりゃ普通に逮捕されて一連の手順は踏まれますけど、大人しくしているぶんには、安泰でしょうね」
「それって、どういった根拠でなんだ?」
「まずですね、久留間たちの件が未だに一切報じられていない。これってホッパーの犯行を明るみにできないってことだと思うんです。ですので、ホッパーが政府関係者と繋がっているのは間違いありません。けど、ヤツのやった行為自体は上からの指示ではなく、独断の凶行です。これについてはマサカズさんの考えに俺も同意です。これらを考え合わせると、マサカズさんは国からアンタッチャアブルな存在になっていると考えられます」
猫矢の説明をマサカズは懸命に分解し、自分にも理解と納得ができる形に再構築してみた。彼はコーヒーを飲むと、スタンドに両肘をつけた。
「つまりこうか……僕はホッパーの犯罪を知っている。だから国は僕に手を出せない……けど待てよ、だったら僕を掴まえて口封じをすればいい」
「ですから、アチラさんも警戒してるんですよ。マサカズさんの、その、超能力ってヤツですか? それを」
猫矢は鍵の秘密について知らないが、マサカズにひと晩で旅館や工場を瓦礫の山と化したり、地下格闘技王者を一撃で倒せたりする異能があることは承知していた。
「おそらくですが、どこかの段階で、マサカズさんには警察よりもっと上のレイヤーに属する監視がつけられていると思います。例えば公安とか。戸山ってヤツの態度は、警察官としちゃあり得ませんもの。五人もの殺害事件で行われるべき普通の手続きから、ことごとく外れちゃってる。ですけど、俺らのレベルじゃその上のレイヤーってヤツの情報は、現時点の段階だと集めようもないですけどね。もっと派手に動いてくれれば別ですけど」
「そうか……」
「で、ごめんなさい。それと依頼されてた件なんですけど、全部空振りでした。新情報はありません」
猫矢にはあらためてホッパーの所在や、事件の捜査状況の情報収集を依頼していた。マサカズは首を横に振ると小さく微笑んだ。
「いいって。いまの話を聞いただけでも充分だよ。これからどんなムーブをすればいいのか、随分参考になった」
「じゃあ、スーパー銭湯通いも卒業っスね」
「いや、逆にホッパーへの警戒をより強める必要がある。あいつは狂犬じみた怪物だ。今後も飼い主の意向を無視して、僕に噛みついてくる可能性が高い」
そう言うと、マサカズは飲み干した缶を背後のゴミ箱に背中を向けたまま投げ入れた。しかし缶はわずかにだが命中せず、プラスチックに衝突する音で失敗を察したマサカズは、慌てて振り向いた。
猫矢と別れたマサカズは、秋葉原で最大規模を誇る家電量販店のレストラン階に入っているステーキとハンバーグの店で昼食を摂った。猫矢は最後に、自身が紹介した久留間たちの仕事ぶりについて尋ねてきた。「いい仲間だし、いい仕事してくれたよ」マサカズがそう答えると、猫矢は神妙な面持ちとなり静かな様子で、「はい」とだけ返した。
マサカズは三百グラムのチーズハンバーグを平らげたのち、階下のゲーム売り場に足を運んだ。以前、ここには一度だけ伊達と訪れたことがあった。伊達はその際、「テレビゲームはいずれ、ほとんどがダウンロード販売になる。だからこのパッケージが並ぶ売り場も風景が変わるのだろうな」と言っていた。
棚に陳列されたカラフルなパッケージをぼんやりと眺めたマサカズは、未だになぜ伊達がテレビゲームを、しかも昭和から平成にかけての古いものを好むのか、わかってはいなかった。スマートフォンでパズルゲームなどを暇つぶしに嗜むことはあったが、いわゆるゲームの中で操作するキャラクターに対してどうしても感情移入ができず、それがマサカズをしてビデオゲームから距離を置く理由のひとつにもなっていた。これは一人称視点のゲームにおいても同様で、真面目に取り組むほど、なぜ自分が車の運転や、戦場で敵やゾンビを倒すのか、その必然性を求めてしまい、遂には頭が混乱し、途中でプレイを投げ出してしまう始末だった。ホッパーの件になんらかの決着がつけば、ビデオゲームというものになぜ伊達がのめり込んだのか、ゆっくりと考える時間もできるだろう。そう思ったマサカズは、一台の携帯ゲーム機を購入した。
雨の中、秋葉原から総武線で代々木まで移動したマサカズは、コンビニエンスストアでビニール傘を購入し、事務所までやってきた。一度きりの現場検証は終わったものの、床には血がこびりついたままだった。マサカズはバケツに水を入れると、モップで床を掃除した。それを終えるとマサカズはデスクに着き、パソコンで今後必要になる書類の準備を始めた。その作業をしている二時間の間、三度ほど柏城法律事務所の木内弁護士からスマートフォンに電話があり、廃業に向けた打ち合わせや確認を行った。木内は早口で、何度も聞き返すことにはなったものの、ひとまず廃業に向けての準備を進めることができた。
椅子を回し、背後の窓から雨空を見上げたマサカズは、意識せぬうちにホッパーの姿を捜した。GPSという追跡手段を失った彼は、見当としてここと小岩のアパートの二箇所を監視対象とするだろう。死の危険があるはずの場所にいながら、マサカズは戦う覚悟もなく、とはいえ生への執着は捨てることなく、顔を強張らせ、小さく呻いた。
日も沈みかけたころ、マサカズは港区新橋のスーパー銭湯を訪れた。クリスマスの歌舞伎町を皮切りに、二十六日には同じ歌舞伎町の店舗を、そして昨日は港区西麻布の店舗を、宿泊のため利用していた。これで四日連続のスーパー銭湯通いとなるが、一日目を除き熟睡はできず、おそらく今日もそうなってしまうだろう。そろそろ襲撃を止めさせる具体的な方法を考えるべきだが、どこから手を着けていいのかわからないままで、これについては猫矢に相談したとしてもお手上げといったところになるはずだ。
マサカズは館内着に着替え、食事処に向かった。食券機に指を伸ばし、押したボタンには“カツ丼(大)”と記されていた。
第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter6
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