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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter7-8
前回までの「ひみつく」は
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▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから
【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄される中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーは大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託してしまい、歪んだ暴走の矛先は伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まりつつあった。
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第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter7
久留間たち五人を会社に迎えてから、最初の土曜日になった。マサカズはその夜、夕飯の買い出しのため小岩駅構内のショッピングセンターを訪れていた。十二月も中旬ということもあり、クリスマスにちなんだセールの広告や飾り付けが目につき、すれ違う親子連れやカップルたちから朗らかさが増している様な気がする。そのように思えてしまうのは、自分にはクリスマスの楽しいイベントの予定などが、今のところ入っていないからだけではない。つい数日前まではホッパーの襲来はもうないだろうと高を括っていたのだが、たった一本の浅野からの電話で、死への恐れがぶり返したからだ。
通り過ぎるこの人々の中に、このような不安を抱えている者はいないだろう。だから安穏とした様子で、到来するイベントにうつつを抜かせられる。我ながら、なんとも卑屈で荒んだ考え方だ。昨年までは、このシーズンに抱く感情は、充実した生活に対しての羨望だけだったが、現在はすっかり妬みにねじ曲がっている。
マサカズはセンターの中であることに気付き、足を止めた。そこには書店があった。五ヶ月ほど前、自分はここと同じ場所で書店員としてアルバイト勤務していた。しかし店長が殺害されて以来、その書店は休業となり、結局は撤退をし、いま目の前で営業中の、いつオープンしたのかわからないこの店は、別の系列のチェーン店になっている。
七浦葵にうっかり鍵を盗まれなければ、自分は今ごろ彼女とクリスマスのデートを約束できたかもしれない。してはいけないミスによって、三つの命が失われた。マサカズは背中を丸め、両手をデニムのポケットに突っ込み、ショッピングセンターをあとにした。
結局、夕飯は牛丼店のテイクアウトで済ませることにした。店内で食べてもよかったのだが、自宅アパートの冷蔵庫に賞味期限が切れたばかりのキムチがあり、それを消化してしまいたいための持ち帰りだった。ビニールに入った特盛り牛丼を手に、マサカズは家路に着いた。
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アパート近くの路地までやってきたマサカズは、二つの塊が並んでいるのを目にした。右は入れ墨だらけで、左は黒い短髪で、その二つはマサカズに向かって土下座をしていた。落胆したマサカズは迂回するため背中を向けた。
「ワンチャン、ワンチャンですわコレ!」
「いま自分は腹を切る覚悟でキミに頭を下げているっ!」
背中にぶつけられた言葉を無視して、マサカズは歩き始めた。すると左右の足に、男たちがそれぞれしがみつき、マサカズの歩みを阻止した。
「たのんます! たのんます!!」
「安達部屋には世話になっているのだ! どうかもう一度だけ、頼む!!」
鍵の力を使えば、足にまとわりついてきた瓜原と真山を振りほどくのは容易だ。しかしマサカズは思うところがあり、「逃げませんから離して下さい。あと、土下座も止めてください。人に見られたら通報されるかも知れません」と言った。真山たちはたちまち離れ、腰を上げて直立不動になった。マサカズは振り返ると、二人がひどく緊張した様子なのに気づいた。
「何があったんです?」
「もう一戦だけやって欲しいのだ! たった一度でいい!」
「嫌ですよ。もうアレで最後って言ってたじゃないですか。“チョーブシン”にも負けなかったんですよ? 天井だったんですよね? それとももっと強いのが出てきたとか? なんです、その昔のダメな少年漫画の引き延ばし展開みたいなのは? ふざけんなって感じだ!」
うんざりとはしていた。しかし、ここしばらく抱えていた鬱屈を消沈できる窓口になるような気もする。マサカズはどうすればいいのか惑っていた。
「ごちゃごちゃとうぜぇんだよ!」
そう啖呵を切りながら、路地の角から黒いジャージ姿の、長い髪の青年が現れた。でっぷりとした体型で、スタッフのひとりである流石谷と似通った外見だったが、彼からは感じられない怒気と覇気が漲っている。
「山田正一! てめぇは相撲を侮辱した! 許されんぞ!」
心当たりのない言いがかりだ。それでも彼が自分に対して憤っていることだけはよくわかる。それに対応する術はたったひとつしかない。マサカズはデニムのポケットに右手を突っ込むと「アンロック」と呟いた。
「突っかかるんなら、名乗れよカス」
これまでは常識的な対処を心がけてきた。けれどもマサカズはもうどうでもよくなっていたので、今回は相手に合わせて礼儀の段階を下げてみることにした。なにやらとても気楽でストレスがない。おそらく久留間たち五人たちもそのような心がけで、荒みきった世界を渡っているのだろう。マサカズは不敵な笑みを浮かべ、長髪の巨体と向き合った。青年は髪をかき上げると、パンパンに張った顔を突き出し、人差し指で自分の頬を指さした。
「知らねぇのかモグリヤロウ! テレビにだって出てんだぞ!」
「知らねぇよデブ! 大食いチャンピオンか?」
「ふざけんじゃねぇよバカヤロウ!」
「ふざけてんのはそっちだろクソデブ!」
やりとりを重ねる度に、IQが下がっていくような気がする。しかし切り出した口喧嘩を自分から撤退したくはない。マサカズは周囲に注意を向け、通行人がいないことを確かめた。
「安達部屋の逞竜山だ! 前頭三枚目じゃい!」
「三枚目? 道化のピエロって意味?」
「ふざっけんじゃねぇ! やってやる! やってやるよ! 親方からもOKはもらってんだ!」
「あのさ、さっきあんた、僕が相撲をバカにしたって言っていたけど、それなに?」
「そこのウリっちから聞いた! 相撲は転んだらオシマイの伝統に胡座をかいたしょーもない格闘技ごっこだって!」
逞竜山は自分の顔を指していた指を、マサカズの傍らにいた瓜原に向けた。瓜原は全身をビクリと反応させて驚き、真山を盾にするようにその背中に回った。確か前回、“超武神”とのやりとりの最中、ルールを確認した際、「転んだら負け? 相撲みたいに。」と発言した記憶がある。おそらくそれを瓜原が伝え、誤解が生じてしまったのだろう。マサカズはそのような予想ができてしまうほど余裕があった。
「真山さん、この力士と戦えばいいんですよね。今回は」
「“今回”と言ってくれのか!」
「どーせ僕に決定権はないんでしょ。それに今回は前回の希望通り、闇討ちに近い形になっちゃってますし」
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
マサカズは感謝する真山を軽く睨みつけると、視線を逞竜山に向けた。
「こいよ、チョンマゲも結えないトーシローのふんどし担ぎ! テメーから仕掛けてくれないと、こっちは正当防衛にならねーんだ!」
マサカズの挑発に、逞竜山はジャージを脱ぎ捨て、上半身を師走の冷気に晒すことで応えた。勢い良く突進してきた巨体を、マサカズは牛丼の袋を持ったまま腰を落として受け止め、手加減を加えつつ、彼を押し潰す形で胸からアスファルトに叩きつけた。マサカズはゆっくりと身体を離すと、ちりちり頭を掻いた。
「相撲なら、負けだよね。多分なんだけど僕、横綱とかにも負ける気がしないんで。こーゆーの、二度となしってことで」
路地にうつ伏せになっていた、ぶるぶると震える幕内の背中に、マサカズはそのような言葉を浴びせた。
「こーゆーことですわ。あんさんでもかないまへん。マサカズさんは次元が違う」
突っ伏したままの逞竜山に、瓜原は声をかけた。逞竜山は右手で拳を作ると、それでアスファルトを何度も叩いた。
「なんでコイツ、力士じゃねーんだよ!」
「バカにするつもりはないですけど、僕は相撲取りなんて嫌です。裸でフンドシなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて」
うなり声を上げ、逞竜山がくしゃくしゃに歪んだ顔を上げた。どうやら彼は、信じがたい力の存在を察した様である。気性の激しい彼があさっりと敗北を認め、適わないという結論に至り、戦闘の継続を往生際が悪いと判断しているようだ。マサカズはポケットに手を入れ、南京錠から鍵を引き抜くと、真山に再び鋭い眼光をぶつけた。
「“次”もこんなシチュエーションでしたら受けてもいいですよ。もうあなたの道場に行く手間はかけたくない。これでも僕は社長で多忙なんです」
マサカズの言葉に、真山は深々と頭を垂れ、「押忍!」と答えた。
「幕内、景気づけにキャバでもいこか? ワイのよう知ってる店が、錦糸町にあるんよ」
「お、おう……いいな」
瓜原の誘いに応じた逞竜山は、ようやく身体を起こした。
「山田さん、一緒にいきません? いいコが揃ってる名店ですから。おごりますよ」
“キャバ”とは、おそらくキャバクラのことを指すのだろう。マサカズは首を横に振ると、牛丼の入ったビニール袋を瓜原に突きつけた。
「生憎だけど先約が入ってるんだ。“いいコ”より、今の僕は“こっちのコ”の方が大切だ」
「あ、じゃーこうしません? いまそれをチャチャッと食べて、そんで錦糸町に行く。ワイら待ちますよ」
「あのさ、せっかく僕なりにカッコつけた名台詞っぽいの言ったつもりなんだから、呆気なく打ち消すような対応するなよな!」
マサカズの怒気にあてられた瓜原は直立不動になり、「すんましぇん!」と叫んで上体を屈めた。
全ては鍵の力だ。地下格闘技の王者を一喝できるなど、幕内力士を地面に叩きつけるなど。しかし今夜の出来事で段々とわかってきた。受け入れて、相手のレベルに自分の心持ちを調整してしまえば、違和感や戸惑いは随分と軽減する。それによって失ってしまうものがあるのかも知れないが、そもそもが負け組の生き様だったので、今さら自分らしさなど固執する必要もない。アパートまで帰ってきたマサカズは、ポストに封筒が投函されていたのでそれを取り出した。差出人に伊達の父親の名前が記されていたので、その心はわずかにだがざわついた。
部屋に戻ったマサカズは、キムチを乗せた牛丼を食べながら、封筒を開けた。それには一通の手紙と鍵が入っていた。手紙には「隼斗の使っていた単車の鍵です。山田さんにお譲りします。先日は大変申し訳ありませんでした。まだ遺体は監察ですが、葬儀の日程が決まりましたら電話します」と記されていた。
伊達の乗っていたバイク、SRX-400は今も事務所の前に停められたままとなっている。委ねられたとしても所有者が死亡した場合の手続きなどわからず、そもそも自分には免許もない。ひとまずこの件は保留にしておくしかない。バイクの鍵を腰のポーチに入れたマサカズは、牛丼を食べながら、伊達の後ろにタンデムしたかつての日々に思いを馳せていた。今の自分は、伊達がいたら反対されるようなことばかりしている。彼は自分などより、よほど“山田正一”という人間を理解してくれていた。しかし、亡き者には頼りようもない。せいぜい伊達隼斗ならどうしたのだろう、と想定をするぐらいしかないのだが、人間としてのレベルが違い過ぎるため、手が届いてくれない。鍵の力と合わせて、伊達と知り合ったのも自分にはあまりにも過ぎた幸運だと言ってもいいだろう。
牛丼を食べ終えたマサカズが、容器を台所まで持っていこうと立ち上がったところ、カラーボックスの上に置いていたスマートフォンが振動した。通知画面には、浅野と記されている。今日は土曜日で事務所には誰もおらず、この自宅アパートの監視も命じていない。一体なにがあったのだろうか。まさか、ホッパーに絡んだ報告だろうか。マサカズは壁に背中を付け、牛丼の容器を床に落としてしまった。深呼吸をし、彼は恐る恐る電話に出た。
「どうした浅野。今どこだ? 家電屋? は? PS5をリモートプレイできるヤツが売ってる? なんだそれ? はぁ? 経費で買えないかだって? バカかお前。却下だ却下。切るぞ」
電話を切ったマサカズは、壁を背にしたままズルズルと腰を落として尻を床に着けた。言っていることもその意図も一切わからない。ただ、無駄なおねだりをしていることだけはわかった。まだ舐められているのか、単なる知性の欠如からくる不可解な行動なのだろうか。
苛立ったマサカズが壁を叩くと、即座に壁越しから「うるせーぞ! ブチ殺すぞ!」と、隣人の男から荒々しい抗議の声が跳ね返ってきた。いつもなら謝ることで事なきを得るマサカズだったが、今回の彼は勢い良く立ち上がるとサンダルを履いて部屋を出て、隣の部屋の扉を蹴った。すると扉が開き、スポーツ刈りの、目付きが悪くジャージ姿の青年が姿を現した。その背後には下着姿の若い女性の姿も見えた。青年は怒気をマサカズに向け大きく首を傾げ「はぁ? なんだテメー」と、酒臭い息で吐き捨てた。
「女がいてカッコつけてんだろーけど、こっちはさっき幕内力士一匹潰してきたばっかりで気が立ってんだ! 舐めてるんならテメーもペシャンコに潰すぞオラ!」
鍵の力を借りず、マサカズは隣人を脅迫した。その気迫に気圧されたのか、青年はか細い声で「静かにしよーよな。互いに」と返してきた。
「静かに? これからテメーらがなにすんのか知らねーけど、せいぜい“静かに”頼みますわ」
下品な笑みを浮かべたマサカズは、ケタケタと笑い声を上げながら自分の部屋に戻った。そして彼は土間で膝を着き、ぐったりとうつ伏せになり、顔をくしゃくしゃに歪めた。
第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter8
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