特別なまなざし
テネシー・ウィリアムズと彼の実姉ローズ・ウィリアムズ。
二人の関係に関心を持ったのは『ガラスの動物園』冒頭を読んだ時だった。
照明に関する注意書きの中で、主人公トムの姉ローラに対してのみ、名指しで指定がある。明確に“他の人物とは異なり”と書かれている。何より私が違和感を覚えたのは“聖女や聖母を描いた初期の宗教画に見られるような、独特な素朴な明るさ”という部分だった。
本戯曲では、登場人物の一人「トム」がストーリーテラーの役割を果たしており、ト書きにも彼の主観が強く表れている。つまり、前述の照明に関する注意書きにおいて、トムは姉ローラについて、“聖女や聖母を描いた初期の宗教画に見られるような”照明をあてるよう指示しているのである。
『ガラスの動物園』は、筆者の自伝的な要素を強く含んだ戯曲としてよく知られる。
テネシー・ウィリアムズ(本名をトマス・ラニア・ウィリアムズ)のあだ名がトムだったことや、彼の実生活と劇中の設定に重なる部分が多いことなどから、主人公のトムには筆者の考えや記憶が強く反映されていると考えられてきた。また、ローラのキャラクターは、実姉のローズから着想を得たと言われている。
“自伝的”と聞くと、劇中の人物や出来事を筆者と繋ぎ合わせ、真実を見失いそうになるが、実際のところ、彼は姉のローラをどんな存在として捉えていたのだろう。
テネシー・ウィリアムズ本人が執筆し、1978年に出版した『テネシー・ウィリアムズ回想録』をあたった。セントルイスでの青春時代について書かれた章に、“ローズ ”の名前が初めて登場している。
前後に書かれたエピソードから、これはただのジョークではなく、彼にとってローズが、狭苦しいアパートでの暮らしで沈み込んだ気持ちをパッと明るくしてくれる大切な存在だったことがわかる。ただし、彼が姉に対して抱く感情が、いわゆる家族愛や兄弟愛であるかは曖昧に思えた。
ヘーゼルは、テネシー・ウィリアムズが結婚を申し込んだこともある、彼が唯一長く付き合った幼馴染の女性だ。その彼女よりも実の姉ローズと過ごした時間の方が長く、さらに、大学生にもなったウィリアムズがローズの部屋に入りびたっていたのだとすると、二人の関係をただ仲が良い姉弟とするには度を越しているのではないだろうか。
また、テネシー・ウィリアムズは『回想録』の中で、ローズとの間に起きた忘れられない出来事についても触れている。1937年、ローズの精神分裂症が徐々に悪化していった頃のことだ。当時ウィリアムズが仲良くしていたやんちゃな友人たちを両親のいない間に家に呼び、それをローズが母親に告げ口したことに対して、彼は強い言葉をぶつけ、八つ当たりした。ローズは何も言い返さず、立ちすくんでいたそうだ。この出来事について彼は、
と書き記している。ただの兄弟喧嘩とも読めるが、これほどまでに長い間、姉を傷つけてしまった自らの発言を悔やみ続けることがあるものだろうか。
二人が互いをどう思っていたのかは定かではないが、少なくともウィリアムズからローズに対して抱いているのは、シスター・コンプレックスのような、執着心に近い感情ではないだろうか。
ゲイであることを公言していたウィリアムズだが、1940年ごろに自らがゲイだと確信するまでは女性とも幾度か関係を持っていたし、前述の通り、初めて婚姻関係を結ぼうとした相手も女性である。とすれば、姉であるローズが、幼少期の彼の初恋の対象だった可能性は考えられないだろうか。
残念ながら、この仮説を証明することは難しい。テネシー・ウィリアムズが自身の性的指向を自覚した時期は定かではないし、恋愛感情を示す確実な証拠があるわけでもない。あるのは、『ガラスの動物園』でトムがローラに向けた特別なまなざしだけである。
約400ページにわたって過去のさまざまな思い出や出来事が綴られ、友人や恋人、仕事仲間まで、テネシー・ウィリアムズと交友のあったありとあらゆる人物が登場する『回想録』だが、最後のエピソードに登場する人物、それはやはりローズである。
彼は、ふと思い出したかのようにローズと過ごした直近のクリスマスの話を始める。他愛のない話をつらつらと綴ったあと、最後に彼はこう締め括る。
バラの花は繊細で、病気にかかりやすく、ちょっとしたことですぐに枯れてしまう。だが、手がかかるからこそバラは高貴で美しい。
長い間一番近くで見つめ、大切に守ってきた一本のバラに、彼は今も変わらず永遠の憧れを抱いている。