「金メダルを掴んだまっすぐ力」入江聖奈は今も変わらず“カッコいい”を追求し続ける
2021年夏。鳥取県史上初となる快挙が生まれました。
ーー東京オリンピック金メダル獲得。
高らかに昇っていった日の丸は、一人の国民として、一人の鳥取県民として、今も克明に心に刻まれています。
そんな偉業を成し遂げたのが米子市出身の入江聖奈(いりえせな)さんです。
入江さんは、小学2年でボクシングを始めると、中学3年までに全国大会を5連覇。米子西高3年時には全日本選手権で優勝するなど順調にキャリアを積み重ね、21年の東京五輪、ボクシング女子フェザー級に日本代表として出場し、日本女子ボクシング界初、鳥取県勢としても初の金メダルを獲得しました。
一方でオリンピック後にはテレビをはじめ様々なメディアに連日登場。
まっすぐなトークと屈託のない笑顔で人気を博し、現在は大学院でカエルの研究に明け暮れ「カエルのために生きる」とカエル愛を爆発させるなど、誰からも愛される人柄も入江さんの魅力です。
鳥取県のことを“親友”と語る入江さんは、鳥取県でどのように育ち、なぜ鳥取県から世界を獲ることができたのか。
入江さんの鳥取のルーツに迫りました。
Be:comeとは
『鳥取を上機嫌に』をテーマに鳥取の最新情報をお届けするローカルメディア「鳥取マガジン」が送る鳥取から大きく羽ばたいた先輩たちと、鳥取出身だからこそできる夢の叶え方を見つける鳥取マガジンの新規連載企画。
その名も「Be:come」。
アーティストから実業家に至るまで、鳥取出身だからこそできる夢の叶え方を見つけていきます。
入江聖奈さんプロフィール
入江 聖奈(いりえ せな)。鳥取県米子市出身。小学2年時にボクシング漫画『がんばれ元気』に影響を受けボクシングを始める。中学校では陸上部に所属し、1年時に800mで全国中学駅伝に出場。ボクシングでは中学3年までに全国大会5連覇を果たす。米子西高校に進学すると、2、3年時に全日本女子選手権を連覇。2018年の世界ユース選手権でも銅メダルを獲得する。2019年に日本体育大学に入学。東京五輪アジア・オセアニア予選で準優勝を果たしオリンピック日本代表に内定すると21年の東京五輪は女子フェザー級で優勝し鳥取県勢として初の金メダルを獲得する。同年には鳥取県民栄誉賞、県スポーツ最高英観賞、米子市民栄光賞を受賞。22年の全日本選手権で2連覇を達成し競技を引退。現在は東京農工大大学院にてカエルの研究に勤しんでいる。
きっかけは“カッコいい”。素直な感情に導びかれたボクシング生活
ーーオリンピックから2年経ちますが、金メダルを獲って以降、鳥取県のことはよく聞かれるんじゃないでしょうか
そうなんですよ。
よく聞かれるんですけど、鳥取って自分にとって何かって言われると困っちゃうんですよね…。
ーーというと…?
いきなり申し訳ないんですけど、地元ってそんなたいそうな場所じゃないですか。
もちろん鳥取めっちゃ好きなんですよ!
好きなんだけど、なんて言ったらいいんですかね…。
ああ、このままだとアンチが生まれてしまう…(笑)。
(一同笑い)
鳥取は帰る場所だから安心する。
銀座とか表参道みたいなキラキラした場所ではないけれど、素敵な友達も、素敵な家族も、素敵な先生もいるちょっと外れたいい場所なんですよ。
住んだことのある人だったら分かるはずだから…“住めば都”ってことですね!
ーー入江さんは高校までを鳥取で過ごされていますが、鳥取で過ごす幼少期に一番最初にハマったものはなんだったんでしょう
ポケモンですね。
4歳くらいから始めているのでボクシングより歴は長いです(笑)。
ーーボクシングを始めたのはいつ頃からだったんですか
小学校2年生の時に『がんばれ元気』という漫画を読んで、ボクシングってカッコいいな、やってみたいなって思い両親に相談して始めました。
ーー始める時に迷いはなかったんですか
小2だから迷うこともなかったんですよね。
変に大きくなってからだと迷っちゃうかもしれないけど、気づけばボクシングをやりたいって気持ちを親に伝えていて、ジムも近くにあったラッキー!っていう感覚でスタートすることができました。
ーーワクワクのまま実際にボクシングを始めてみるとどうだったんでしょう
最初の頃は全然楽しくなかったんですよ。
ただ、スパーリングできるようになってからは楽しくて、小学校5、6年生の頃は毎日ジムに行ってた記憶があります。
ーー毎日ジムに行くほどボクシングにのめり込んでいたんですね
記憶が定かではないので真相はわかりませんが、おそらく自分の意志でジムに通っていました(笑)。
でも、周りの子たちも向上心があって、みんなが強くなりたいって思いを持って毎日ジムに通っていたので、その空気に乗っかった部分もあります。
好きなゲームも練習が終わってからできていたので充実していましたね。
ーー先ほどスパーリングからボクシングが楽しくなったというお話しがありましたが、ボクシングのどういったところに惹かれていったんでしょうか
初めての試合でボコボコにされたんです。
それが悔しくて次は絶対に倒してやろうとか、練習したことができるようになっていくこととか、夢中になっている中でコーチに褒められたりとか、色んなことが積み重なってボクシングを楽しめたんだと思います。
ーーエピソードにパンチが効いてる…。ボクシングに夢中になっていった小学校の時はどんな目標を掲げられていたんでしょう
小学校の時から全国で勝つことを目標にしていました。
ボクシング人口が少ないことや、他の選手に比べて体格がよかったのもあって中学生までは成績上無敗で終えてます。
ーー無敗…ですか…?
全然大したことではないです。
シュガーナックルの伊田会長がビシバシ鍛えてくれたんで、結果に現れたのかなって思います。
ーーカッコ良すぎる…。小学校から勝ち続けてきたボクシング人生の中で夢が生まれたのはいつだったんでしょう
小学校6年生の時に東京オリンピックが決まって、その時から自然とオリンピックを意識するようになっていたのかなって思います。
ーーオリンピックほどの大会になると実力があっても一人だけで目指していけるものではないと思います。入江さんの周囲にもオリンピック出場のような志を持っていた方はいらっしゃったんですか
シュガーナックルのジュニアの子たちはみんな日本一を目指してやっていたんですよ。
だから人口の少ない鳥取県でボクシングをやっているとかは関係なかったですね。
たまたまそういった性格を持った子たちが集まったのかな。
ーー周囲の環境も相まって小学校の時からオリンピック出場は絶対に叶えたい夢だったんですね
いや、小学校の卒業式の時は将来薬剤師になりたいって言って卒業して普通の女の子だったんですよ(笑)。
小学校や中学校の時は、オリンピックに出れたら出たいなって思うくらいのものでした。
ーー薬剤師!?では、オリンピックへの思いが強くなっていったのはどの辺りから…?
高校生になって、世界大会に出場したり、シニアの部で優勝できたりとキャリアが順調に積み上がってきたことでオリンピックが現実的になってきました。
それに地元のメディアの方々が「入江オリンピック期待!」みたいに取り上げてくださったので、オリンピックへの思いは強くなりました。
ーー周囲の声援の力も大きかったんですね
周りの方々に助けられましたね。
「人と同じことをしていても同じ結果しか得られない」 金メダリストの才能を開眼させた師からの教え
ーーオリンピックが視野に入ってきたことで練習や心境など変わったことはありましたか
シュガーナックルの伊田会長は終始厳しかったですね。
(伊田会長は)とにかく人と違う練習を思いついてくるので、オリンピックに出るためには人と同じことをしていてもダメなんだろうなって思うようになりました。
ーーご自身の礎にもなっている伊田会長からの教えはあるのでしょうか
今でも役に立っているのは、「人と同じことをしていても同じ結果しか得られない」という教えです。
人と違うことを積み重ねていかないと人と違う結果を得られないし、違うことをしていても満足してしまうとありきたりな成績しか残せないっていうのは体に染み込んでいます。
ーーこれは個人的な解釈ですが、伊田会長の「人と同じことをしない」という考え方と、カエルの研究で重要視していると仰っていた「カエルだけが持つ生き様を届けたい」という考え方には、一人一人の独自性を肯定するというような共通点があるようにも思ったのですが...
それはないですね(笑)。
特にカエルについては、カエルが頑張っているのを客観的に示したいなって思っているだけなので。
ただ、カエルもボクシングで真似してきた選手もカッコいいなって思ったことは共通してます。
カッコいいものに惹かれて行動しているんじゃないですかね。
ーー確かにお話を伺ってきた中でも、幼少期から自分がカッコいいと思ったことにまっすぐに突き進んでいる印象を受けました
確かにそうですね。
好きとか自分の直感を信じ続けてきましたね。
ーーボクシングのカッコいいなって感じたところはどういうところなのでしょうか
『がんばれ元気』に描かれていたことにもなるんですけど、試合に向けた減量とか試合前の怖さに耐えて勝利を掴むっていうところにカッコよさを感じました。
ーー試合中の攻防というよりも、試合のために苦労し逆境を乗り越えていくところだったんですね
何かを得るために苦労するのって当たり前じゃないですか。
試合前に恐怖に襲われるところに人間らしさを感じましたし、その恐怖に抗って世界チャンピオンになるっていうストーリーがカッコいいなって思ったんですよね。
ーー『がんばれ元気』の主人公、元気君も世界チャンピオンになってボクシングを辞めていますし、漫画で描かれていた元気君の生き様はご自身の心に未だ残っているんでしょうか
初めて読んだボクシング漫画が『がんばれ元気』なので、「有終の美」っていう価値観はいつの間にか自分の美学になっていましたね。
ーー今研究しているカエルのカッコいいなって思うところはどこにあるんでしょう
ビジュアルと都会でも強く生きているところです。
ーー都会でもというと...?
コンクリートやアスファルトといった生活環境が悪い中でもたくましく生きているところです。
そういうところがカッコいいなって思います。
ーーなるほど、意識はしていなかったけど逆境での生き様は確かにカッコいい…
カエルを観察していたら、繁殖期に片腕のないヒキガエルの雄が堂々とやってきたんですよ。
そのカエルはすごいハンデを負っているにも関わらず「これが僕なんですけど何か?」って感じで堂々としているんです。
ヒキガエルからすると、自分が可哀想とかって感じることはないと思うんですけど、堂々としている姿がカッコいいなって思いました。
ーー自分の中のカッコいいを求めることが入江さんの生き様を形作っていっているんですね
ボクシングにしても、ボクシング自体が好きで上手くなっていったというより、漫画やYoutubeのカッコいいと思ったものを見て、これを試してみたいなって思ったことを積み重ねていた気がします。
ーー好きなものをどんどん取り入れていったんですね
高校まではずっと好きを求め続けていましたね。
言わば真似っこのボクシングだったなとも思います。
ーーボクシングへの考え方が変わっていったタイミングはあったんですか
大学に入ってからですね。
勝つためには自分の好きじゃないボクシングをしないといけないので、このボクシングはそんなに楽しくないなって思っても、それが勝つためのボクシングだったらしょうがないんです。
その点では高校までとは違う感情でボクシングに取り組みました。
ーー戦略的なボクシングに変わっていったんですね
そうですね。
自分で勝つために必要なことを考えましたし、もちろん間違えることもあったので、そういう時には伊田会長や大学の監督にアドバイスをもらって自分のスタイルを作り上げていきましたね。
ーー勝利を求めるためには、実力だけでなく精神面も必要になってくるのではと思うのですが、精神面での変化はありましたか
んー…ずっと変わらないと思いますよ?
練習がハードになるにつれて楽しくないなって感じることはあるんですけど、何かを続けていたら楽しくない日も出てくると思うんですよ。
オリンピックに出るために苦労するのは普通のことだと思っていたので悩みはなかったですね。
人間素朴が一番!?鳥取の友人から学ぶ人としての豊かさ
ーー大学入学は鳥取から東京に生活拠点を移すことにもなりますが、心境にも大きな変化があったのでは
すっごい楽しかった(笑)。
思い出すだけでも笑顔になるくらい大学4年間ずっと楽しかったですね。
ーーどういうところに楽しさを感じたんですか
やっぱり女の子の友達が増えたのが大きかったです。
高校まではりん※しかいなかったので。
練習中もみんなで励まし合い、プライベートもみんなで楽しい時間を過ごせました。
※木下鈴花さん(米子市出身で入江さんの幼馴染、日本人女子初のアジア選手権金メダルを獲得したボクシング選手)
ーー高校時代はボクシング一色だったんですもんね
私、高校時代に青春をした記憶が一切ないんですよ(笑)。
基本的にシュガーナックルにいた記憶しかない(笑)。
ーー鳥取のボクシング以外の思い出を挙げるとするなら何を挙げますか
コロナ禍に帰ってきた時に、友達と淀江から大山まで夜通し歩いて行ったんですよ。
星が見たいって歩いたんですけど見れなくて…。
次は山頂で朝日を見ようって歩いたんですけど、結局2合目あたりで見ることになりました。
5合目でリタイアしたっていうのが思い出ですね。
キツかった〜(笑)。
今風に言うならエモい思い出です(笑)。
ーーそんな鳥取にいた頃に描いていた理想の自分に今の自分はなれているなって思いますか
真反対の道にいっちゃいましたね。
鳥取の頃は就職しようと思っていたのに、今はカエルの研究してるなんて予想もしなかったので。
金メダル獲得は思い描いていた自分ですけど、それ以降の自分はどうなるか自分でも分からないです。
ーー今後はどういった未来を思い描いているんですか
カエルのために生きて死ぬ。
以上です(笑)。
ーーやっぱりカエルなんだ…(笑)
研究を続けるかは分からないですけど、カエルに関わり続けるってことはブレないと思っています。
ーーカエルに感じたカッコよさは当時から変わらずなんですね
むしろ強くなっていますね。
たくさん知れば知るほど分からなくなって、すごくロマンを感じています。
ーー熱量がどんどん高まっていってる…
研究の面白いところなんですよね。
これはボクシングや何にでもも当てはまると思うんですけど、やればやるほど分からなくなりますし、それが性分にあっているんだと思います。
ーー極めることに夢中になっていたのは鳥取にいた頃からですか
親が一つのことを最後までやり遂げなさいって人だったので、その教えが今でも自分にも響いているんだと思います。
自分が満足したらカエルの研究もやめるかもしれませんし(笑)。
ーーこれまでのご経験の中で、鳥取出身だからこそ良かったなって感じられたことってあったりしますか
人間素朴が一番だなって感じたことですね。
ーー素朴が一番...?
なんででしょうね、鳥取の人って素朴でいいなって思うんですよ。
周りの友達見てて、素直だから愛されるんだろうし、色んな道が切り開かれていってるし、地元の友達から教わることは多いです。
鳥取県に生まれて、素朴な人たちに囲まれていたから私も素朴に育っているんじゃないかなって思います。
自分で素朴っていうのもおかしいですけど(笑)。
ーー入江さんのまっすぐな性格の背景には鳥取のご友人の存在があったんですね
なんで鳥取県の人ってあんなに面白いんですかね。
地元の友達を見ていて思うんですよ。
素直で面白くて最強です!
ーー鳥取県民の人柄をこんなにストレートに伝えられる方もなかなかいないと思います(笑)
住んでる場所は決してキラキラしてないけど、鳥取の人たちはみんな屈託のないキラキラした笑顔をしてるんです。
みんなそれぞれの道に進んでいってますけど、根っこの部分は純粋で変わらない。
そんな人たちに出会えたのは鳥取県のお陰ですね。
ーー素敵なお話しありがとうございました!最後に高校生に一言メッセージをお願いします
極める極めないは別にして自分の好きなことを大切にしていって欲しいなって思います。
好きなことを頑張ろうって思ったら色んなこと頑張らないといけない。
だからこそ自分の好きから自分の可能性が広がるような気がしているので。
そういう意味でも好きを大切にして欲しいなって思いますね。
ーー編集後記ーー
入江さんが挙げた「素朴で愛されて面白い」という鳥取県民の特徴。
その鳥取県民はまさに入江さんでは!?と思うほど、入江さんのまっすぐで温かい独特な世界観の虜になりました。
飾らない笑顔と裏腹に時折覗かせる芯の通った強い視線。
子供のように純粋に自分の好きを追い求めながら、一度やり切ると決めたものは必ずやり切る思いの強さが、金メダルの根底を支えた精神性なのではと感じました。
自分のカッコいいと思ったものに正直でいいんだ、入江さんの言葉にハッと気付かされるのはむしろ大人なのではないでしょうか。
お話を通して自分の原点に立ち返ることができ、なおかつカエルについての興味が強くなった時間でした。
エンドウレイ
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インタビュー・編集:エンドウレイ
デザイン:KENPI
写真撮影:橋口 遼太郎
写真提供:入江 聖奈さん
協力:アスリート・マーケティング株式会社
運営:鳥取マガジン
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