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カナルカフェ日記 その3

7月にはいってから連日のある意味で日本の夏らしい天気はその月の下旬になっても勢いはとどまらなかった。今年は年始からの世界的に猛威を振るっている感染症のためマスクをしないといけない。ただでさえ、朝から蒸し風呂のような気候なのにマスクなんてしたら家を出てから1分もしないうちに化粧が落ちかねない。

M子は革製品で有名な某ラグジュアリーブランドに勤める35歳。世間でいう婚活真っ盛りである。
1年ほど前に世界で1位の売り上げを誇る某百貨店内にある売り場から銀座店に異動してから、時間に余裕ができて仕事は順調、しかしちょうど異動のタイミングで彼氏と別れていた。

まさか春から感染症真っ盛りで人と出会うのがこんなに難しくなるとは!
こんな事態になるなんて想像もしていなかった。
当初は6月頃には正常化する、という見通しが大勢を占めていたので割りと楽観視していたのだが、6月を迎えても沈静化する気配は感じられなかった。

そんな状況で始めたのが出会い系アプリである。

数年前だったならば、手を出すことなんて微塵も考えていなかった出会い系アプリ…。
自宅待機が解除され6月から店頭に再び立ち始めたときに、通勤電車でそのアプリの広告を見た。
不思議と以前抱いていた胡散臭い印象とどこから来るのかその源流が分からなかった嫌悪感は不思議と湧かず、出社して三日目の昼休みにアプリをダウンロードしていた。

何十人かとマッチし、そのなかで何人かとやりとりがぽつぽつと続き、今日の人と最初にデートすることに至った。

アプリの出会いも楽じゃない。


カフェ巡りが好き、と自分のプロフィールに載せているので割とカフェに行きましょうという誘いのメッセージを受けることが多かったが、少し話が具体的になるとたいてい相手の男性の住んでいる近くのスタバに誘われるというパターンばかりだった。

今日これから会う男性は「飯田橋にあるカナルカフェに行きませんか?」と誘ってきた。

カナルカフェを提案してくるなんて、なかなか好感が持てる!


カフェ好きと言いつつ、本当はスタバ以外ほとんど行ったことがなかったし、カナルカフェは昔テレビの何かの番組で見て気にはなっていたが、そのまま忘れて訪れる機会がなかった。

アプリで出会う男性とのデートが初めてなので、どんな格好をしていけば良いのか、よく分からなかったが結局いつもの感じでサブリナ丈のデニムに白いTシャツに、建物内の冷房に備えてベージュのカーディガンといういで立ちでJR総武線の飯田橋駅西口に降り立った。

特に大きな期待はしてないが、どんな男性が来るのか見てやろう、というつもりで来た。男なんて...と達観したことを言うつもりはないが、趣味が合わない・決断できない男に付き合っている時間は残されていないという焦りも少しずつ芽生えている。カナルカフェを提案してくる男性なら惹かれる部分があるのでは、という期待も少しはあった。

牛込橋を下っていき、交差点を左に曲がったらすぐにカフェの入り口があった。
携帯が振動したので確認してみるとメッセージが来ており、すでに中で席を確保して待っている、とのことだった。

好印象!
今日は期待ができるかも。

時刻はちょうど15時を回ったところだった。


「こんにちは、M子です。遅れてしまってごめんなさい。」
「いえいえ、こっちが勝手に早く来ていただけですから。」

初対面のその彼は、切れ長の目が特徴的な明るさと落ち着きを同時に兼ね備えた表情で、ネイビーのTシャツに同じ色のハーフパンツに赤いサンダルという初めてのデートにしては少しラフ過ぎるとも思える格好で椅子から立ち上がった。

「いやあ、もう1万回言われているとは思いますが、今日も暑いですね。」
冗談なのか本気なのか見分けがつかない微笑をたたえながら話しかけてくる。

「そうですね。これで1万1回目になりました。」
「そういう返し、好きです。」

「席取っておいてくれたんですね。ありがとうございます。列が道路まで凄かったですね。」
「そうなんですよ。春先からテラスのレジのオペレーションが悪くて、すぐに列が道路まで続いちゃうんですよね。テラス席自体はそこまで混んでないんですけどね。」
「よく来るんですか?このカフェ。」
「ええ、まあ。割と近所なので。特に4月5月の頃は他に営業しているカフェも少なかったし、ここなら密にならずに済みますからね。そういえば、アイスラテで良いですか?レジけっこう並ぶんで、先に買っちゃいました。聞けば良かったですけど、思ったよりすぐに自分の順番になってしまって。」
「ああ、ありがとうございます。」

なかなか気が利く男だ。
物怖じもしない感じで、婚活アプリで出会うとイメージしていた男性像とはちょっと違っていた。
余裕感が漂っているといえば聞こえは良いが、ひょっとして遊び人なんじゃないかとも思える。
しかも結局、彼も住んでいるところの近所のカフェを指定してきたのだった。

まあ、数分で結論を出すのは早い。
初対面の印象は決して悪くはなかった。

「カフェ好きって言ってましたけど、カナルは来たことなかったんですね!良かったあ、何回も来てたらどうしようかと思って。」
「うん、初めて。前から気にはなっていたんだけど。」
「ちょうど良いタイミングで誘えたってことですかね。良かった。」
(その4に続く)

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