「未来」の作り方:創作における未来の表現とその仕掛け

※この文章は昨年制作したzine「リミナル」に掲載したものを微修正したものです。

 言うまでもなく、我々にとって未来は未知の出来事であり、誰もその本当の姿を見たことがない。ゆえに、未来を表現しようとすれば、それが嘘になる可能性を孕む。
 しかし、そうだとするならば、我々はなぜ未来を表現できるのか。さまざまな創作に目を向けてみると、未来が描かれた作品は枚挙にいとまがない。私達は、その描かれた未来を、嘘ではなく、さもありうる本当のものとして問題なく理解することができる。よって、創作において作者は、記述した世界を、ほかならぬ未来として適切に理解させるための仕掛けを用意しているはずである。本論では、この未来の表現可能性を成立させる仕掛けについて考察する。

ゲーム「クロノ・トリガー」における未来とその表現可能性

   未来について表現しようとするとき、私たちは同一性と差異のジレンマに遭遇することになる。この点について、主人公たちの未来が舞台となる名作ゲーム「クロノトリガー」を例に考えてみよう。
 クロノ・トリガーは、1995年に発売された、いわゆるタイムトラベルもののRPGゲームだ。主人公のクロノたちは、ひょんなことからタイムゲートをくぐり、自分たちの未来にたどり着く。しかし、到着後の眼前に広がったのは、おおよそ人の住む場所とは思えないような荒廃する世界だった。到着当初、クロノたちは、そこが自分たちの未来だと信じようとしない。その証拠に、仲間の1人であるマールは「まるで別の星に来ちゃったみたいだね。」と発言する。しかし、廃墟の中の記録施設において、到着した未来から約300年前に生じた未曾有の厄災の映像を目の当たりにし、現在訪れている土地が紛れもなく自分たちの未来であることを知る。「じゃあ、やっぱりここは私達の未来なの!?」。悲観に暮れるマールだが、自分たちが過去を変えた経験をもとに、未来の改変を企てるーー。
 さて、ゲームの続きは各自で楽しんでもらうことにして、ここで考えたいのが、マール、ひいてはクロノたちがこの世界を未来だと信じようとしなかった理由、すなわちこの場所がほかならぬ自分たちの未来であるという想像力を持てなかった理由である。極めて当たり前の事実だが、この不信の理由は、たどり着いた未来が、自分たちが普段住む世界とあまりに異なっていたからだろう。しかし、この当然の事実から、実は、すでにいくつかのことが分析できる。順に見ていこう。

同一性と差異のジレンマ

 分析できることの一つ目は、未来と現在には、同一性が必要だということだ。あなたがタイムマシンを使って未来の世界に降り立ったときのことを想像してほしい。その場所が、現在の世界と全く違う姿であったならば、あなたはどう感じるだろうか。想像力次第ではあるが、一つのあり得る理解は、「タイムマシンが故障して、違う場所に飛ばされてしまった」というものだ。クロノ・トリガーにおいてマールが当初信じようとしたのは、この可能性だといえる。こうした想像力を持つことができるのは、我々が、未来と現在がひと繋ぎの世界であること=同一性があることを素朴に前提としているためである。完全に現在との同一性が損なわれた場所は、自分たちの現在とは全く関係のない別世界として認識されうる。同一性を前提とすることで、初めてその世界が他ならぬ私たちの未来として認識可能になるのである。
 しかし、到着した世界が自分たちの未来であることを確信するためには、実は同一性だけでは足りない。この点について、再度タイムマシンの例を考えてみよう。今度は、現在の自宅から、数時間先の未来の自宅へと向かったときのことを想像してほしい。このとき、あなたが降り立った場所が、現在の自宅となんら変わらなかったとしたら、どう感じるだろうか。この場合も想像力次第ではあるが、もしかするとあなたは、現在と変わらない風景を目の当たりにして、「タイムマシンが故障してしまったのかもしれない」と不安に思うかもしれない。このような不安が生まれるのは、我々が通常、現在と未来が異なることを、素朴に前提にしているためである。完全に同一であるならば、わざわざ未来として認識する必要がなく、変わらぬ現在として認識されてしまうのである。
 ある場所を他ならぬ自分たちの未来だと認識するためには、同一性が必要である。その一方、完全に同一であるならば、その場所は現在として認識可能となり、未来としての地位を失ってしまう。完全な同一性は差異を否定し、完全な差異は同一性を否定する。同一性と差異はジレンマの関係にあるのだ。このジレンマがうまく対処されなければ、未来は認識できない。
 なお、ここまで、私達が未来を認識するための要素について分析してきたが、これらの事柄は、未来を表現する上でも重要になる。創作においては、主体(登場人物)が未来であると認識していることが、第三者である受け手(読者や視聴者、プレイヤー)にとっても理解可能でなければならないからだ。よって、創作においても、記述された対象が未来だと認識するためには、ジレンマにうまく対処した形で、すなわち同一性と差異の両方を担保する形で、世界を記述しなければならない。この対処のやり方について考えていこう。

ジレンマへの対処①:接続デバイス

 まず、同一性の担保について。クロノトリガーの未来の場合、クロノたちが目にした土地は、普段過ごしている世界と似ても似つかない程に荒れ果てていた。つまり、同一性が損なわれた状態であった。この状態の対象を未来として記述するためには、どうすればよいだろう。創作では、こうした状況を未来として示すために、同一性を補うためのいくつかの仕掛けが用いられることがある。こうした仕掛けのことを、ここでは「接続デバイス connecting device」と呼ぼう。クロノ・トリガーの場合、接続デバイスの一つとして、厄災の存在を示す映像がある。クロノたちが荒廃した土地をまさに自分たちの未来であると理解できたのは、厄災の映像を通して荒廃の原因を知ったからである。マールは、上述したセリフにおいて「やっぱり」と、うっすら気づいていたことが確信に変わった様子を記述する語を用いていた。この発話は、マールが、映像を通して荒廃の原因を知り、現在と未来の接続を理解したことを示している。ほかにも、タイムゲートの存在それ自体が接続デバイスの役割を果たしていたともいえる。実は、クロノたちは、未来のシーンの一つ前のエピソードにおいて、タイムゲートを通して自分たちの過去へとタイムトリップしていた。未来に旅立ったのは過去に向かったのとは異なる場所にあったタイムゲートだが、同じ形状のタイムゲートを使ったのなら、過去と同じように、自分たちの過去か未来へと飛んだと容易に理解可能だろう。その他、俯瞰的にみたフィールドの形や建物の配置なども、接続デバイスになりうる※1。
 このように、接続デバイスは、同一性が損なわれていた場合においてその原因を示したり、未来においても現在と同一の対象が存在することを示したりすることで、当該の場所が他ならぬ自分たちの未来であることを示す機能を持つ。

ジレンマへの対処②:切断デバイス

 次に、差異の担保について。クロノ・トリガーの場合、差異は同一性に比較してわかりやすい。未来に到着して最初にクロノたちが目にしたものは、現在と全く異なる荒廃した土地であった。この荒廃した土地それ自体が、現在との差異を示している。このように、現在との差異を表現するための仕掛けのことを、本論では「切断デバイス separating device」と呼ぶ。未来に到着直後に目に入る、いかにも近未来的な研究施設の存在も、切断デバイスといって良いだろう。その証拠に、登場人物の一人であるルッカが、未来に到着した直後、「ずいぶんと文明は発達してるみたいだけど……」と発言している。これは、少なくともルッカは、現在目にしている研究施設を、現在とは異なるものであると認識していることを示している。また、タイムゲートは、接続デバイスでありつつ、切断デバイスであるともいえる。なぜなら、タイムゲートをくぐることは、「(現在と異なる時点に)タイムトリップをすること」を必然的に含意するからだ。タイムゲートをくぐったという事実そのものが、到着した先を未来だと認識するための仕掛けとなるのである。
 なお、クロノ・トリガー内には存在しないが、上述したような数時間先の全く同じ部屋にタイムトリップした際に、その部屋を他ならぬ未来として表現したい場合もあるだろう。このとき、いくつかやり方はありうるだろうが、一つのやり方は、日照を表現するというものがある。全く同じ部屋にタイムトリップしたとしても、到着した先が明るい昼から暗い夜に変わっていれば、未来の夜に到着したことがわかるというわけだ※2。その他、到着した先の時計の針が現在のそれよりも進んでいることや、流れているラジオやテレビのニュースにおいて言及される日時なども、切断デバイスになりうる。
 このように切断デバイスは、同一性が示されている中で、未来と現在の差異を示すことにより、自分たちの現在とは異なるものとして未来を示す機能を持つ。

デバイスの配分と記述される未来の質感

 以上を踏まえると、未来を表現するためには、1)現在と未来の同一性と差異の両方を担保する必要があり、2)それらを担保する仕掛けとして、接続デバイスと切断デバイスがあるといえよう。
 さて、接続デバイスと切断デバイスは、同一性と差異の両方を担保するといった観点から、基本的には同時に用いられる。接続/切断デバイスが同時に用いられることによる、上記のジレンマを解消し、理解可能な形で未来を表現しているのである。
 さらに、この接続デバイスと切断デバイスの配分により、表現される未来の質感が変わってくる可能性も指摘しておきたい。例えば、切断デバイスよりも接続デバイスの量が増えれば、現在の日常との同一性を感じやすくなり、時間的に近接した未来として認識される可能性が高まると思われる。未来ではなく過去にはなるが、クロノ・トリガーでは現在から400年前の中世も描かれている。中世は、現代と同じお城があり、街並みも似ている。橋などの地形も基本的には現代と変わらない。このことは、中世を、未来や原始時代よりも現代に近い時点として位置づけることに一役買っている。
 逆に、接続デバイスよりも切断デバイスの量が増えれば、その未来は、現在から遠く離れたものとして認識されるだろう。再度過去の話にはなってしまうが、クロノ・トリガーでは、原始時代のシーンも描かれている。そして原始時代には、狩猟採集によって生計を立てている民族が出てきたり、恐竜が出てくるなど、切断デバイスが大量に配置されている。切断デバイスが多ければ、そうした大きな切断があるほど時間的に離れた時点にやってきたと認識されるかもしれない※3。また、接続デバイスを最小限にすることで、できるだけ遠く離れた時点であることを強調できるかもしれない※4。

まとめと課題
 本論では、創作における未来の表現を支える仕掛けについて考察を行った。具体的には、同一性と差異を担保する仕掛けとして、接続デバイスと切断デバイスがあることを示した。上記でも何度か過去の事例を示したように、この2つのデバイスは、基本的には過去表現でも利用可能であるといえる。ただし、過去表現に固有の切断や接続のあり方があると思われる。この点については、クロノ・トリガーの過去シーンを分析するなど、今後の課題としたい。
 また、物語の質感にもう一歩踏み込むことも可能だと思われる。例えば、注3にて若干論じたように、切断の面を強調すれば、物語に緊張感が生まれるかもしれない。また、切断されつつ接続されている状態を示すことで、ある種のノスタルジアも表現可能だろう。すべてが変わってしまった世界で、ただ一つ持続するものが示される...といった具合だ。本論が示したデバイスの使用は、時間に関わる作品が惹起する感情と深い関わりがあると考えられる。
 最後に、本論の議論と関連して、接続/切断デバイスの他の利用可能性も指摘しておきたい。第一に、切断デバイスをうまく利用すれば、全くの異世界を表現することも可能になるかもしれない。例えば、飛ばされた先の異世界にモンスターが存在することを記述すれば、過去や未来ではなく、現在で自分が所属してきた世界とは全く異なる世界に来てしまったことを表現できると思われる※5。また、接続デバイスをうまく利用すれば、時間の停止も表現できるかもしれない。例えば登場人物の動きが表現されているにも関わらず、過去と現在の接続デバイスが完璧に記述され続ける場合、それは時間が停止していることと同義となる。しかし、これらの点は利用可能性の指摘にとどまる。実際の創作事例での検証は、今後の課題としたい。

注釈
※1:しかし、このフィールドの形や俯瞰的な建物の配置などは、プレイヤー視点からのみ利用可能な接続デバイスである。クロノやマールなどの登場人物にとって、こうした俯瞰的な情報は接続デバイスになりえない。少なくとも、マールの「まるで別の星に来ちゃったみたいだね。」というセリフからは、マールが俯瞰的な情報を接続デバイスとして利用し、現在見ている土地が自分たちの未来であると信じているようにはみえない。このように、プレイヤーは未来であることに気が付きつつも、登場人物は未来であることを認識していないといった、二重化された事態が生じうる。このことは、物語にある種の焦燥感を与えるかもしれない。

※2:厳密に言えば、夜になっているだけでは、そこが未来なのかわからない。前日の夜、すなわち過去にタイムトリップした可能性もあるからだ。よってこの場合、他の切断デバイスと併用する必要がある。

※3:大きな変化は、時間的に離れることのみならず、事件や事故など、不可逆的なイベントによっても生じうる。よって、未来における切断デバイスの標示が、事件や事故の存在を仄めかす。このように、物語に緊張感を与える仕掛けとして、切断デバイスが使われることがあるのかもしれない。

※4:ただし、単純にデバイスの量によって現代からの距離が変わるわけではないのかもしれない。例えば、上記と同様、現代から未来の同じ部屋へとタイムトリップしたことを想像しよう。このとき、現代で飲みかけで置いておいたペットボトルが、同じ位置にあったとしたら、それだけで時間的な近接性が保たれるように思われる。この点は、物体の移動可能性が関わっていると思われる。ペットボトルは持ち運ぶことができ、移動可能性が高い。一方で家具はペットボトルに比べて相対的に移動可能性が低い。建物などはさらに低い。移動可能性が高いものが接続デバイスとして使用されれば、単一の物体でも現代との近接性が高まるのかもしれない。また、移動可能性以外の要素もありうるだろう。

※5:クロノ・トリガーにはパラレルワールドを描いたクロノ・クロスという続編が存在している。重要な分析対象だ。

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