8/1はツイ断ちの日(笑)

日ハムが(まさかの)土壇場での逆転(万波とマルティネスの連続ホームランだ)。しかも苦手のロッテ相手。半分諦めながら見てただけにボルテージは一気に上がる。ついツイッター…いやXを覗きたくなる。同好の士の発言が流れてくるタイムラインや検索のリアルタイム性はやはりどう考えてもあそこが強いのだけど、今日はツイ断ちの日(イーロン・マスクに抗議する意味で8/1にX(こと旧ツイッター)を断つというアメリカのリベラル発祥の運動 #August1stTweetOutDay )だからというわけでもないけど、あそこに軸足を置かないSNS生活みたいなものを試行錯誤していくいい機会なのかなと思ってそっと閉じる。

思えばX(こと旧ツイ)をはじめて多分15年近くになる。なんとなくSNS自体からは離れられないような気はするけど、X(旧ツ)からは出来るだけ距離を置きたいと思ってるし、徐々にそうなりつつある。でも100%きっぱり足を洗うことが出来ないのは店の告知なんかでは他よりリーチするのと、やっぱりあそこのフォロイー、フォロワーとの関わりとかを含めたいままでの蓄積があるから。

X(こと)は本当に良いツールだったなと思うけど、もうあの頃には戻れない感じになってきているのだなぁ、と思わされることも起こってきたりして。ともかくイーロンの買収以降、人それぞれSNSとの関わり方が変容していくきっかけになるのはもう避けられない感じかなぁという。15年よくもぼんやりどうでも良いことを書いてきたものだ。


こちらの津田大介氏のインタビューで私が頷いたのは「ツイッターの面白さは、"あらゆる情報が公私混同される場所"だという点」というところでした。

まさに私も店の告知やら個人的なことも公私混同しながらいろいろ書いてきたのですが、私の店を認知してもらうきっかけになったりしました(大半良い意味で)。人となりを少しでも知ることで店に行ってみようかなと思うきっかけになるのは、私も客の立場では何度もそうさせてもらったので理解するところ。

でもその自分をさらけ出すことは減っていくのだろうな、少なくとも自分は。

X(こ)が一気に無くなることはないんじゃないかな。急にサービス終了して、焦った人たちが一気に大移動するとは考えにくい。でもこの船は底に穴が空いてて早晩沈むのだろうという漠然とした共通認識は徐々に広がっているのだと思う。みんなが別のどこかにすぐ移動するわけじゃないけれど、少しずつ繋がってた人が途切れること、絡んでなかったけど好きだったツイートしてた人がタイムラインに現れなくなること。いままでのようなSNSではもうなくなるんだなという実感が徐々に増えていくんだろうね。

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