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どんぐり農家を続けるべきか・・・。#17 数百mに賭ける青春

どんぐり農家を続けるべきか・・・。
続けるべきである!

今、とにかく山が明るい。

公民館に『アイドル様』が居ると思えば、
いつも陰鬱な気持ちにさせられる空を覆う木々も、
『この木々があるから木漏れ日が心地よいのだ』と感じられる。

郡道まで果てしなく続く山道も、
『こんなに短かったっけ?』と感じてしまう。

この感覚は恐らく自分だけではない。

九頭地区の山菜農家の140kgある巨漢の栗太郎などは山道をアホっぽくスキップして降りていた。

「膝壊すぞ!デカ栗が!転がっていけ!」

と心配して声をかけると、いつもいつも

「バカにするなっち!」

と情けなくピーピー泣き喚き、サイのように突進しながら、小枝やら小石を拾って投げつけてくる可愛いヤツなのだ。

しかし『アイドル様』効果なのか、栗太郎はご機嫌な口調で

「それもいいっちかも知れんのう!この都落ち!」

都会で挫折してこの山に戻って来た自分のことを『都落ち』と軽く見て侮辱しやがったのだ!

「待てやぁ!こっちっち来い!も一遍言ってみろっちやぁ!山菜がぁ!」

もう頭に血が上って、ブワーっと涙がこぼれた。

栗太郎を追いかけながら見えなくなるまで小枝やら小石やら拾える物を片っ端から拾って何度も投げつけると、地面にへたり込んで大声をあげて泣いた。

しかしそれさえも仔馬宿公民館に『アイドル様』がいると思いなおせば、
『心地よいデトックスタイム』だったと思えてくるのだ。


仔馬宿公民館に『アイドル様』が来ているか、何時に来るか、完全にランダムなので、毎日山を降りて確かめに行くしかない。

山を降りた誰かが『アイドル様』が来たことを電話か何かで教えてくれれば良いと思うのだが、男衆は誰もそんなことはしてくれない。

逆に考えれば、自分が『アイドル様』に会った時、わざわざ鬱陶しい他の男衆を呼んでやるかと言えば、呼ぶわけがないので当然だ。

そのため毎日の様に山を降りて仔馬宿に行くようになった。

調子乗りの太郎や男前の順也など既婚者勢と一緒に『お食事処 よし美』に行き様子を探ることもある。

しかし、既婚者勢はやはり大っぴらに『アイドル様』を見に来たと言いにくいらしく、それとなく良美や他の客に

「なんぞ公民館に学生さんが来てるみたいっちな?」

と、さして興味もない口ぶりで様子を探るのだが、女将の良美に見透かすように

「碧ちゃん先週、ウチにもランチにきてくれたし、あんたらみたいな輩が連日来るのも含め、えらい経済効果頂いちょってるわ!」

と言われてしまうのだ。


一人の時はいい歳をしたおっさんが『アイドル様』を見に来たとも言いにくく三好商店をウロウロして、時々外に出て公民館の様子を探る。

知っている者に合えば、『たまたまちょうど三好商店に買い物に来た感』を醸し出してしのいでいる。

ただ、厄介なことにアホの幸三が何故か地区の皆に見せびらかして、

「どうっち?インテリ大学生っぽいであろう!街へ出た時に買っちょいたのだ!」

と自慢していた四角い眼鏡をかけて三好商店の前で黒猫の『クロジ』を撫でたり、追いかけたり一日中仔馬宿に居座っている。

その兄の幸次も幸三を探す体なのか、「幸三!幸三!」とすぐに見つかるはずの周辺をウロウロしていので、嫌でも何度も遭遇してしまうのだ。

幸三が眼鏡をかけているから幸次は気付かないという設定なのか?

あの兄弟なりに白々しくならんように振る舞っているつもりなのかもしれないが、あの兄弟の考えることは自分には分からない。

更によくよく見ていると、ナマズみたいな顔をした長太郎が『パチンコ三好』という巣穴から時折出て来て回遊するかのように公民館の方まで歩いてくる。

また、草食系の博文まで首から一眼レフをぶら下げながら、1日4本しか来ないバスの時刻表を一日中、何度も手帳に控え続けていた。

博文もおとなしい顔して『アイドル様』が確実に行き帰りの2回利用するバス停を抑えるという、大胆ながら確実な戦略を編み出したものだ。

そして、団栗地区以外にも、九頭地区、忍沢地区、渋谷地区、川俣地区、辺泥地区と各地区の男衆が用もないのに仔馬宿公民館付近を各々『自分が考える白々しくない待ち方』でウロウロしているのだ。

皆が狙っているのがバス停でバスを降りた碧さんに会うことで、皆、バスの来る時間に合わせてうろつくので、バス停と公民館の間の数百mだけが、異常な人口密度になる。

それでも碧さんは一生懸命、一人一人皆の名前を覚えてくれていて、

「確か・・・○○地区の○○さん!今日は何してるんですかー?」

眩しすぎる笑顔と澄み渡る空の様なソプラノの声でお洒落な都会の女子に名前を呼ばれただけで、山のピュア男児たちは、震え、舞い上がり、声が上ずり、

自分が想定していた会話などできなくとも心は十二分に満たされるのだ。

ただ、あまりにも『そこにいることが白々しくない』ことを意識しすぎて、スマホの画面ばかりを見ていたり、電話しているフリをしたり、双眼鏡で野鳥を見ていたりすると、

碧さんに『声を掛けたら申し訳ない』と思われ千載一遇のチャンスをスルーされ、心の底から『自分の戦略ミス』を悔やむ羽目になるのだ。

チャンスはバス停からほんの数百mで『アイドル様』が公民館に入ってしまうと、大勢で押し掛ける訳にもいかない。

多少、白々しくとも勇気をもって公民館に突入する勇者もいるのだが、館長の和美さんがあまりにも強敵なのだ。

「普段来ないくせに、碧が来るとノコノコ来て!何の用だか言ってみな!」

と、碧さんにも周りの人にも聞かれたくない、無神経な言葉を投げつけられてしまうので、とても公民館に居られずに、すぐに退散させられるのだ。

後は『お食事処 よし美』や『三好商店』で碧さん目撃情報があるので、各々の戦略で白々しくない感じで張っているしかない。

ラストチャンスの帰宅時は夕方のバスの時間が決まっているので、和美さんと一緒に公民館から出て来る。

和美さんが一緒と言うことは、ろくに話などできないことを意味する。

それでも山のピュア男児たちは碧さんを見たくて、あわよくば声をかけられたくて公民館の周りで日々、有りもしない用事をこなすのだ。

しかし、誰もが公民館に集える『地区評議会』『大かるた大会』という
ビッグイベントが控えている。

その日は恐らく碧さんも参加する。

その日を皆、心待ちにしながら、ろくに仕事もせずに、白々しく仔馬宿に通うのだ。

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