見出し画像

どんぐり農家を続けるべきか・・・#11 どんぐり農家の誇り

どんぐり農家を続けるべきか・・・。

どんぐり農家は少なくともこの地域では山主様の次に偉い存在で山のエリート層だと教えられてきた。

しかし先日、幸三が泣きじゃくりながら、山をもの凄い勢いで駆け上がってきて、皆が心配して集会所に集まった。

幸三は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、集会所の床をバンバンと叩くと

「三好商店で隣の九頭(くず)地区の山菜農家の六平とばったり会い、いがみ合いになったが六平は毎日沢山の山菜を三好商店に卸して儲けている。

小魚漁師も小魚や海老を売っといる。猟師どもも肉を売るし、皆それなりに儲けとる。どんぐり農家だけは山の穀潰しどと大笑いせりよった!」

幸三はしゃくりあげながら、時折「くぐっくあああああああああ」と嗚咽していた。

弟の悲しみに、たまらず兄の幸次が幸三の頭を強く抱きしめると、幸三の嗚咽が「うごうもおおおおおおおお」とくぐもった声に変わった。 

「なぜ、どんぐり農家が山菜農家風情に安く見られねばならないのだっ!」
幸次の顔が炎の様にみるみる赤くなり、
たった今事実を知ったばかりというのに、

「もうこれ以上は我慢がならん!」と言い出し、

「九頭に討ち入りに行こうぞ!」
幸次が集会所に反響するほどヒステリックに叫んだ。

一瞬、皆の間に"嫌だなぁ"という間があったが、
「戦国時代からどんぐりが一番偉いのだっ!仇を取ってくれっち!」
幸三がしゃくりあげながら甲高い泣き声を上げると、

幸次が何度も何度も頷き、
「皆が必ず幸三の仇を取っちくれる!どんぐりが一番偉いのだ!」
と叫び、皆も取り敢えず九頭地区へ行くことになってしまった。

六平の家に押しかける前に九頭衆に

「なんじゃ!どんぐりが揃いも揃っがって!やるなら皆集めてくるから集会所で待っちょれ!」

と言われ、九頭地区の集会所で話をすることになった。

昔であれば、どんぐり農家が「よーし、お前ら一列に正座しろぉ!」と言えば思い通りにもなっただろうが、今の山主様になってからは、その様なことをすれば、最低2時間は正座させられる。

その辺のことも六平はじめ九頭の連中は解っていて
「別に本当のことを言うただけのことよ。三好商店はどんぐりなんぞ買うてくれまい?ふんぞり返り、威張ってるだけでどんぐり農家なぞ居なくても誰も困らんですもん」

プライドの高いどんぐり農家にとって、あまりにも耐えがたい言葉に六平を怒鳴りつけてやろうと思った瞬間、幸次が飛びかかり六平に馬乗りになると、

「お前!これはなんじゃ!話し合い中にイヤホンでラジオを聞きよるんか!」

と白いイヤホンを六平の耳からむしり取ったが、幸次はじめ一同は固まってしまった。

白いイヤホンの様に見えたがコードがなかったのだ。
どんぐり農家は皆『マズイ幸次が先走りよった・・・』と言う表情を浮かべていた。

「ま、紛らわしい物を付けとるお前が悪いんじゃ!そんなのを耳に挿してたらラジオを聴いてると思うのが普通わい!」
幸次が明らかに動揺しながら、六平に白いイヤホンの様な物を投げつけた。

六平はゆっくりと立ち上がりながら、幸次を小ばかにした顔で言った。
「どんぐりは貧しいのー、これが何かも知らんのかいやー」

九頭衆がゲラゲラ笑ったため、白いイヤホンぽい物が何かは分からないが凄くバカにされている感じがして、まず幸次が続いて竜也が九頭衆に殴りかかってしまい乱闘が起こった。

咄嗟に九頭の女子が法螺貝サイレンを鳴らし山にサイレンが鳴り響いたため、乱闘はすぐに終わり大事には至らなかった。

しかし山にサイレンが響けば、当然争いが起こったことが各地域に知れ渡り
山主様のお呼び出しは免れなくなるのだ。

案の定、わずか2日後には山主様のいる椎山城と呼ばれるお屋敷に登城命令が回覧板で回ってきた。

酷い寝ぐせでTシャツ、トランクス姿の山主様は九頭衆と我々団栗衆を正座させ、それぞれ事情を話させると明らかに寝起きで機嫌の悪い山主は、一人一人2cmぐらいまで顔を近づけては頭突きをしていった。

「めんどくせんだけど?・・・お?面倒くせえんだけど!」
山主の語気が強まり九頭衆も団栗衆も恐れおののき「ハハーッ」と平伏した。

バカにされっぱなしの団栗衆の幸次、幸三、竜也は平伏しながら涙を流して悔しがっていた。

「山主様!面倒臭いでは納得がいきませぬ!」
突然大声を上げたのは男前の順也だった。他の者は呆けた顔で順也を見た。

山主様が順也の胸倉を掴み、ああ順也が殴られたら、きっと暴れてしまうだろう・・・と思わず、順也を背後から抱える様に押さえつけた時だった。

「何だこの野郎!うるせんだよっ!このうすらバカー!」
老人がスタスタスタと歩いて来ると、いきなり山主様の頭をスリッパでスパーンと叩き山主様の頭が傾いた。

「当代正座せい!このうすらバカー!」
言われ現山主様は気まずそうに正座した。

その御方は名君と誉高かった先代の山主様の樫椎 樹璃威(かしい じゅりい)様だった。

樹璃威様は皆を和室に通して下さり、改めて双方の話を聞くと、満面の笑顔でカラカラカラと高らかに笑い六平の肩に手を置いた。

「九頭はそんなに儲かっちょいるのか偉いぞよ!こりゃ世話代は2万は頂けよう。有難い有難い。」

九頭衆の顔色がみるみる青くなった。毎月の世話代(共済費)が2倍になるのだ一人月2万円、4人家族で8万円である。

「団栗は厳しいから現状維持の1万2千円でも仕方ないのー。団栗はこの山の誇りぞ!ゆめゆめどんぐり農業を絶やすではないぞ!」

と言われ、現状維持と言いながらちゃっかり世話代が2千円上がってしまった。

しかし、どんぐり農家の面々は誇りを取り戻せた気がして一同平伏し、
畳に額を擦り付けながら涙を流した。

幸三だけは樹璃威様も『えっ?・・・えぇぇ…』という表情になり引くほど
声を上げ、しゃくりあげて泣いていた。

流石に自分もこの時は熱い物がこみ上げそうになった。

椎山城からの帰り道、皆とぼとぼと歩いていたが六平がボソッと
「すまんかったな・・・」
と団栗地区を含む、その場の全員に詫びると、

「またジジイにまんまとやられたな・・・ウチは稼ぎをぶん取られ、団栗も値上げされ、逃げない様に縛られよった・・・また辛い世話代値下げ交渉の日々が始まってしまう・・・」

六平が言うと九頭衆の誰かが力なく
「言うな・・・」と諫めるのだった。

いいなと思ったら応援しよう!