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どんぐり農家を続けるべきか・・・#1 どんぐりと備長炭

どんぐり農家を続けるべきか・・・ずっと考えている。20年毎日毎日ずっと考えている。

うちのどんぐりはアクが強いので食用には適していない。リスも投げ出す渋いどんぐりだ。

炒ってナッツの様に食べられるシイ属のアクの無いどんぐりを生産すればよいのだが、この辺りはアクが強く青臭いと大不評なウバメガシのどんぐりなのだ。

木をすべて植え替えることなど不可能なのでこのアクが強く青臭いどんぐり作りを生業とするか、辞めるかの選択肢しかないから悩んでいるのだ。

高校を卒業してこの土臭い山を降りて都会で一旗揚げて故郷に錦を飾ってやるのだと地元を飛び出した。

しかし、アスファルトのジャングルで擦り切れて泣きながら逃げ出して山へ帰って来た自分がいまさら他のことなどできるものだろうか。

やはり自分はどんぐり農家を続けるしかないのだろうという結論にたどり着く頃に眠りに落ちる日々だ。

「一度きりの人生いろいろなことにチャレンジするべきだ」というのはチャレンジして成功したごく一握りの人の言うことで、都会でチャレンジしてみたが挫折した後はどんぐり農家一筋で生きて来た自分にとっては切ない言葉だ。

椎の実どんぐりは美味しく、美しい、それでもウバメガシのどんぐりを拾い生きてゆく・・・
どれだけ欲しい物が欠けていても自分として生きていくしかない人生の縮図の様に感じる

もっと若いうちにシイの木に植え替えておけば、どんな人生だっただろうかとも考えてしまう夜もある。

ウバメガシは味も悪いがどんぐりの帽子も取れやすく観賞用としても今一つのどんぐりだ。

しかし、どんぐりはダメだがウバメガシは「備長炭」としても使われる立派な木だ。

昔、都会から来たスーツを着た男に

「今時代は備長炭っしょ?どんぐり農家なんてとっとと辞めちゃってさー、備長炭農家になったらベンツに乗れちゃうわけ」

と凄い誘惑を受けた。

「いいじゃん!いいじゃん!押しちゃおうよ!ノリで」

と肩を抱かれて印鑑を押そうかとも思ったが、どんぐり農家を辞めるべきか悩み先送りしているうちに地蔵下の富樫の竜也が青い顔でフラフラとやって来た。

「備長炭農家になったらウバメガシ全部伐られて、もう備長炭もどんぐりも取れねえから小作人として使ってくれ」
と言ってきた。

本当に危なかった。
先送り人生万歳だ!本当に良かった。
都会者に騙されて備長炭農家になっていたらウバメガシを全部伐られて捨てられるところだった。

竜也は「備長炭で儲けたらお前を毎日100円で朝から晩までベンツを洗車させてやる」と言っていた生意気な奴だから

「うちは小作人なんて持てねーぞ!バカー!」

と竜也を塩を撒いて追い返したのだが、秋になり事件が起きた。

三井商事 第六営業部 備長炭開発営業課 課長 栗林と名乗っていた男。竜也の地所のウバメガシを全て伐採してしまった後、連絡が付かなくなり、竜也が三井商事所在地の東京の瑞穂町とかいう場所に乗り込みに行ったが、そこは絶対に東京じゃない感じで、完全に騙されたと竜也は言っていた。


その年は天候も悪くはなかったし原因が分からないのだが、どんぐりがほとんど落ちていない。

稀にみる大凶作で皆天を見上げ途方に暮れていた。

そんな時、寄合の時に坂の上の吉野の幸次が

「地蔵下の富樫の竜也が夜中にうちのどんぐり拾いやがった!」

と顔を真っ赤にして癇癪を起していた。

元々癇癪持ちで夏休みに都会のクワガタをとりに来た子供に顔を真っ赤にして

「オレのだぞ!」
と子供の胸倉まで掴む幸次だ。

しかし、さすがにどんぐりを盗まれたら癇癪を起すのも当然だ。どんぐり農家にとって死活問題なのだ。

「かっくらかしたる!」

「竜也をつねっちゃる!」

「スネ蹴っちゃる!」

みんなが怒り出して、みんなで地蔵下に押しかけると癇癪のままに幸次が顔を真っ赤にして竜也の胸倉を掴み
「このどんぐり泥棒が!」
と声を荒げた。

竜也は宙に浮き足をバタつかせながらすっかり青褪めた顔でみんなを見ていたが、地面に足が着いた瞬間にゴンと音がして幸次の頭に頭突きを入れると

「今年はリスが多かろうが!リスが悪さするの見とろうが!俺がやった証拠なかろうが!」

と喚き散らした。

可愛いとは言ってられない、どんぐり農家にとってリスは害獣なのだ、小枝を振り回し
「あっちの家に行けー!」と追い回す男衆がこの団栗地区の秋の風物詩である

幸次も竜也も双方頭を押さえ跪いたまま

「証拠並べんとどうにも許せんからな!」

と竜也が怒鳴り、気圧された一同は気まずそうに下を向いてしまった。

竜也は昔から手癖の悪い男で、街に行った時にスーパーマーケットに行き

「俺はビニール袋を30枚巻き取って来たぞ!」

「コーヒーフレッシュを1年で80個溜めたぞ!」

「割りばしを沢山持ち帰ってきたから売ってやろうぞ!」

とを手癖自慢するような男なので、みんなが疑うのは仕方ないことだったが
今回ばかりはどんぐりを拾った証拠はない。

幸次は幸次で
「都会の奴らがウチの家のクワガタを狙ってるから自警団を組んで夜通し見張ろうぞ!」

「隣の村の奴らが夜中にうちの村にリスを放しているに違いねえ!」

などと被害妄想の強い男なので、みんな竜也も幸次も信用しきれなかったのだ。

あの大事件をきっかけに村はぎくしゃくしてしまった。

こんな地区いつもなことなのでぎくしゃくしようがどうでもよいのだが、自分はまだ、都会でもう一花咲かせられぬものだろうか…


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