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どんぐり農家を続けるべきか・・・#20 お前はロンリーワイルド

どんぐり農家を続けるべきか・・・。

こんな陰湿な地区に暮らしたくなどない。

自分を除け者にして一部の地区民だけで、美豚で公民館に降臨した
『アイドル様』中台 碧さんと合コンパーティーを開催していたのだ。(#19)

1つ、憧れの合コンに出れなかったこと
2つ、碧さんに会えなかったこと
3つ、同じ地区内で除け者にされたこと

この3つが激しい怒りと悲しみとなり、それが不安と屈辱となって、メンタルに襲い掛かって来た。


それなのに3つ上の面倒臭い先輩の保ときたら、昨日から訪問3回、電話8回、ショートメール13回

怒り狂ったり、下手に出たり、泣き落としに来たりと手変え品を変え、

「俺を陰で『山一番のアホ』と言ったのは誰か教えてくれ!」

とつきまとってくるのだ。

つい先ほどまで家に上がり込まれて、一応は先輩であるし礼儀などにも細かい人なので、グラスでどんぐり茶を出すと

「このコップは洗っちいるのか?」

「最後に洗っちのはいつだ?」

グラスを嘗め回す様に見やがって、頭にきてどんぐり茶を捨てて、グラスをジャージャー洗って、そのまま水を入れて出してやった。

「何故、どんぐり茶ではないのだ?お前は『山一番のアホと言われちょる』と俺を不安にさせておいて、その態度はなんだっち!いい加減にしろっ!」

保は分厚い平手で、怒りのまま力任せに

"バーーーンッ"

と、空気まで震えるほどテーブルを叩くと、
少し目を潤ませてテーブルをジッと見つめ押し黙ってしまった。

「・・・・・」

「コップ置いて乾いた跡が残っちょる!この机は一体いつから拭いてないのだ!」

携帯スプレーで手を消毒する保を見ているうちに、もう何で怒られているか分からない事への怒りが込み上げ、とにかく帰らせようと保をイスから立たせた。

「何度も言っちます通り、ガキの時分に俺や竜也やらの世代で相手をからかうのに『お前は陰で山一番のアホと言われちょる!』と言うのが流行ってたのですわい。竜也めと間違えて保さんにそれを言っちしまったのです!」

何度も何度もした説明を、もう一度丁寧に繰り返したのだが、

「火の無い所に煙は立たんち!俺は陰で『山一番のアホ』と言われているのであろう!教えろ!誰が言ったっち!」

食い下がりながら迫ってくる保と掴み合いになった。

保は髪が薄めだからか、こちらの髪を鷲掴みにするとイナバウアーするぐらい後ろに引っ張りやがって、怒りがこみ上げて保を力づくで外に追い出した。

「二度と来るなっち!もう二度と来るなっち!もう来るなぁっ!」

心の底から叫び、玄関の塩置き場の塩を保に投げつけると、何やら喚きながら帰っていく保が見えなくなるまで塩を投げ続けてやった。


面倒くさかった保とのやり取りで一つ分かったことがある。

碧さんとの合コンパーティーは三好商店の富彦と地区長代理の実良が企てた会合であること。

地区からは保と実良の他に幸次と幸三のアホ兄弟やナマズ面の長太郎、草食系の博文まで呼ばれたのだと言うことだった。

何故、自分は呼ばれんのだ・・・。
悔しくていくらでも涙が溢れてきた。


自分は生まれはこの山ではない。
幼い頃は転勤族の父についてあちこちに引っ越した。

全然物心つかなかったのか記憶も曖昧だが、小学校三年生の時に母の実家で祖父母のいたこの樫椎の団栗地区に引っ越してきた。

しかし、当時の思い出は、小学校三年生から五年生になるまで学校でも外でも、誰も一言も喋ってくれなかったということだけだ。

皆からしたら『都会から来た気に喰わないよそ者』だったのだと思う。

転校も2回経験していたし、除け者にされるのは慣れていると思っていたが、とても悔しく淋しかった。

何が悪いのか分からないが「ごめんね」と謝ってみたりもしたが、それでも返事は一言も貰えなかった。

こういう経験をしたことのある人は同じ思いを持つかも知れないが、
どんなに「相談すればよい、相談しなければならない」と言われても、家族にも誰にも言えないものだ。

子供時代は学校含めた近所が世界の全てなのだ。

そこで自分が受け入れられず、否定されている立場だという『現実』を、

「頑張って」「気を付けて」と弁当を持たせて毎日優しく送り出してくれる家族に話すにはあまりに惨めで、あまりに申し訳なく感じて、とても話せなかった。

だから、5年生で"あるキッカケ"で無視が終わるまで誰とも話せず、独りぼっちで必死に耐え抜いた。

でも皆に受け入れられて以降は、自分はもっと都会で暮らしたいとも思うし、地区の一人一人、山の一人一人、心底腹が立つヤツだと思うことも多々あるが、それでも仲間だと思っている。

もし全員で都会へ行けば、都会者に対して山の全員が仲間だと寄り添うはずだ。

それなのに碧さんの合コンパーティーに自分を呼ばないのはむご過ぎる。

自分は仲間だと思われていなかったのか・・・

しかし泣き言ばかり言ってはいられない。
明日は『アイドル様』の碧さんも来る『地区評議会』だ。

身だしなみも整えねばならず、感傷的な気持ちに浸りながら
北部山道を降り三好商店へと向かった。


三好商店に入ると富彦がガマガエルみたいな顔で脂汗を流してペットボトルの入った段ボールを不細工に体を揺らしながら運んでいた。

「どうした富彦!品出しダイエット法でも始めたっちか?」

合コンパーティーに誘われなかった怒りもあり、
富彦が10年以上も勤めていた社員に逃げられたことを知りながら言ってやった。

「新太の奴めが生意気にも転職しますとなぞ、人差し指立てながら『インディード!』などとほざいて辞めやがったっち!
拾ってやった恩も忘れて、あんな者どこへ行ったとても通用するまいぞ!」

富彦は怒りに任せ乱暴にペットボトルの入った段ボールを床に投げる様に置くと、

「これでは飼い犬に手を噛まれたみっともない太郎め(#12)と同じわい!
もう2カ月も明け方の仕入れ搬入から閉店作業まで、社長兼CEOの俺っちがやっちょるのだぞ!」

ヒーヒーと肩で息をしながら意地汚いガマガエルが言った。

いい気味だ。

新太は元々はどこかの町の不良少年だったらしいが関谷学園高校を卒業し、三好商店で身元を引き取ってもらってからは、本当に気持ちいいぐらい、いつでも笑顔で、客に深々と頭を下げ、早朝から閉店までテキパキ働いていた。

給料は手取りで12万円で三好寮の寮費が8万円と噂で聞いたことがあるが、10年以上に渡り、考えられないほど三好商店に貢献していたと思う。

たしか辺泥地区の美和子とずっと恋仲で収入が月4万円ではこの先の人生どうにもならなかったのだろう。

「天罰じゃ!お前は新太の偉さが分からんちか!朝から晩まで段ボール運んで新太の偉さを思い知るっちな!」

新太を軽く扱ってきた富彦が、脂汗を流す姿に溜飲を下げる思いだった。

「まてまて、日給4500円もくれてやるっち!明日からうちでバイトせい!」

富彦が腕を掴んでヘッドハンティングしてきたが、その腕を振り払うと、
ギャッツビーのフレグランスと明日の碧さん参加の『地区評議会』の勝利を願い、セコい富彦が20%しか値引きしていないとんかつ弁当を買って店を出た所で、再び富彦が追いすがってきた。

「待て!日給4700円出そうぞ!廃棄弁当も食い放題で良かろう!」

弁当食べ放題に一瞬、本日二度目のイナバウアーをしそうになるほど後ろ髪を引かれたが、新太の扱いを考えればこんな『社長兼CEO』の手下になりたいはずもなく富彦を振りほどき帰路に着いた。



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