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自死遺族のためにできること 存在価値とは
30年前の春、私の人生は警察からの一本の電話で大きく揺らいだ。
母が自死したと。
私の母は3歳の娘を交通事故で亡くしていた。その後母は私を児童養護施設から引き取り育てた。
私は母が常々「誰かの役に立ちたい」と言っていたのを聞いていた。母もまた苦しい人生を歩んでいた。
そんな母の自死に対して真っ先に感じたのは「見捨てられた」という気持ちだった。
今も決して消えてはいない。
私の受容過程はそこから約30年間否認を貫き通す事になる。
最底辺で常に否認を抱えながら、私は怒り、許し、悲しみ、降参しながら、
まるで「もう見捨てられたくない」とでも言うように自分の存在価値は何?と言う事にこだわり続けた。
ある時、私は看護師になる事を決めた。手っ取り早く人に喜んでもらえるから。人の役に立つ事を毎日実感して生きていけると思った。
私は医学的な事への学習意欲が盛んであった。看護学校に入学してからは勉強が楽しくて仕方なかった。そうして看護師になる事ができた。
看護師としてどんなふうに自分が活動していくのか未だに決意はできていない。
でも自分でなければ出来ない事がたった一つある事だけは知っている。
それが自死遺族のケア。
本来なら当然自死を防ぐ事が第一なのだが。
死ぬ人は何をやっても死ぬ、と、どこかで達観している私がいる。まして自分がそれを防げると思ってない。
私は母のやりたいようにやらせてあげたと思っているのでその点について熟慮するつもりはない。
それは私が生き抜く中で導き出した私の答えなので、これを読んでも看護師なのに、などと、批判はやめて頂きたい。
話が逸れてしまいました。
自死遺族がケアされない事の第一の問題点は医療者との繋がりが薄い事だと思っている。
ネットのない時代では完全に孤立していた。
警察で遺族会の案内をしてくれるわけでもなく。関わらないから助けようがない。それでも稀に自死の心肺停止案件として病院へ搬送されてくる事がある。
私はそのような人の遺族にはファーストタッチで「安全」「承認」「見通し」この3点だけは抑えておきたいと考えている。
そして今日初めて自死遺族の家族ケアについての学習会を部署で開く事ができた。
自死者が病院に搬送されたらそれは遺族をケアする最初で最後のチャンスである。
病院にいる短い時間で、遺族会のこと、エンバーミングのこと、検死の費用、手続きなど端的に説明してほしい。
辛い時、助けが欲しい時に遺族会が助けになる事を知ってもらい、遺族会の連絡先はパンフレットで渡してほしいことを伝えた。
途中グッとくる事が何度かあった。
でもまるでそんなことはなかったかのように涼しい顔をして学習会を終えた。
か弱い自分を引っ叩いて
なんとかここまで生きてきた。
「どうか私に使命をください」
「誰かの役に立つ自分になりたい」
心で叫んでいた。
母が私に言っていたように
「誰かの役にたちたい」と。
自分の苦しみの中だけで生きてきた私は
今日 きっと
苦しむ誰かを支える人生にシフトした。
嬉しくもあり
いよいよこれからだと身が引き締まる想いでいる。
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