新・奴隷商人、Ⅱ 荘園
登場人物
アルファ :純粋知性体、Pure Intelligence、質量もエネルギーも持たないダークマターで構成された精神だけの思考システム。出自は酸素呼吸生物。
ムラー :フェニキア人奴隷商人、純粋知性体アルファのプローブユニット
森絵美 :純粋知性体アルファに連れられて紀元前世界に来た20世紀日本人女性、人類型知性体
アルテミス/絵美:知性体の絵美に憑依された合成人格、ヴィーナスの二卵性双生児の姉
ヴィーナス :黒海東岸、コーカサス地方のアディゲ人族長の娘、アルテミスの二卵性双生児の妹
ソフィア :ムラーのハレムの奴隷頭、漆黒のエチオピア人
ジュリア :ムラーのハレムの奴隷頭、赤銅のギリシャ人
ナルセス :ムラーのハレムの宦官長
アブドゥラ :ムラーのハレムの宦官長
パシレイオス :ムラーのハレムの宦官奴隷、漆黒のエチオピアの巨人
ヘラ :ディオニュソスのマイナス(巫女)、クレオパトラの悪霊に憑依されていた大女
アイリス :エジプト王家の娘、クレオパトラの異母妹、知性体ベータの断片を持つ
ペトラ :エジプト王家の娘、クレオパトラの異母妹、アイリスの姉、将来のペテロの妻、マリアの母
アルシノエ :アイリスたちの侍女頭
ピティアス :ムラーの手下の海賊の親玉
ムスカ :ムラーの手下、ベルベル人、アイリスに好意を持つ
ペテロ :ムラーの港の漁師
マンディーサ :アイリスの侍女
キキ :20才の年増の娼婦
ジャバリ :ピティアスの手下
シーザー :共和国ローマのプロコンスル(前執政官)
マークアントニー:シーザーの副官
ベータ :純粋知性体、Pure Intelligence、質量もエネルギーも持たない素粒子で構成された精神だけの思考システム。出自は塩素呼吸生物。
クレオパトラ7世:エジプト女王、純粋知性体ベータのプローブユニット
アヌビス :ジャッカル頭の半神半獣、クレオパトラの創造生物
トート :トキの頭の知恵の神の半神半獣、クレオパトラの創造生物
ホルス :隼の頭の守護神の半神半獣、クレオパトラの創造生物
イシス :エジプト王家の娘、クレオパトラの従姉妹
アルテミス号 :ムラーの指揮指揮するコルビタ船
ヴィーナス号 :ピティアスの指揮するコルビタ船
歴代クレオパトラの生没年、エジプト女王在位
クレオパトラ1世 生没年:紀元前204年頃 - 紀元前176年
在位:紀元前193年 - 紀元前176年
夫、プトレマイオス5世エピファネス
クレオパトラ2世 生没年:紀元前185年頃 - 紀元前116年
在位:紀元前173年 - 紀元前116年
夫、プトレマイオス6世フィロメトル
クレオパトラ3世 生没年:紀元前161年 - 紀元前101年
在位:紀元前142年 - 紀元前101年
夫、プトレマイオス8世フュスコン(3世は彼の姪)
クレオパトラ4世 生没年:不詳 - 紀元前112年
在位:紀元前116年 - 紀元前115年
夫、プトレマイオス9世ラテュロス(4世は彼の妹)
クレオパトラ5世 生没年:不詳 - 紀元前57年
在位:紀元前115年 - 紀元前57年
夫、プトレマイオス9世ラテュロス(5世は彼の妹)
クレオパトラ6世 生没年:不詳
在位:不詳
夫、不詳
クレオパトラ7世 生没年:紀元前69年 - 紀元前30年
在位:紀元前51年 - 紀元前30年8月1日
夫、プトレマイオス13世、プトレマイオス14世(7世は彼らの姉)
アルシノエ4世 生没年:紀元前67年 - 紀元前41年
クレオパトラ7世の妹、プトレマイオス13世、プトレマイオス14世は弟
ジュリアス・シーザー 生没年:紀元前100年 - 44年3月15日
マーク・アントニー 生没年:紀元前83年 - 30年8月1日
主要登場人物の年齢
Ⅰ 奴隷市場
Ⅱ 荘園
寄生虫
「さて、ついたぞ」とムラーが片手をあげて煌々とした明かりのついている丘陵地の斜面に建つ家を指した。かなり大きい6LDKくらいの一階屋の普通の家に見えた。「この家は俺の荘園の敷地の外だ。この家は荘園に入る人間の隔離棟みたいなものだ。まだお前らを荘園の中に入れるわけにはいかない。消毒をしないとな」と言う。
「消毒?」
「ああ、お前らの体の消毒だ。俺の荘園の人間に移されちゃあかなわないからな。アルテミス、体が痒いだろう?」
「猛烈に痒いわよ。なんなの?髪の毛がムズムズする、それに・・・あそこもムズムズする。何かが這い回っているみたいよ」
「そりゃ、シラミだ。アタマジラミ(頭髪)、ケジラミ(陰毛)、コロモジラミ(着衣)。ノミやダニもいるだろうな」
「ウソ!」
「ウソじゃない。紀元前の世界じゃあ、人間の九割は寄生虫に感染している。体外の寄生虫だけじゃない。消化器官にも寄生虫がうじゃうじゃいる。回虫、蟯虫にサナダムシ。そんなもんを飼っている人間を荘園の中に入れるわけにはいかない。俺の一家の人間に移っちまう」
「ゲェ~、早く消毒してよ」
「まあ、この隔離棟に一週間いてもらって体に巣食っている寄生虫を全部排除する」
隔離棟は地面よりも30センチほど床上げされていた。床は大理石貼りだ。壁はポンペイの遺跡みたいなブルーを基調としたタイルで装飾されている。籐の椅子やソファーが配置されている。二人の女性が待ち構えていた。
「アルテミス、ヴィーナス、彼女たちがお前らの消毒担当だ。俺の奴隷頭だ。彼女がソフィアだ。エチオピア人」と漆黒の肌の長身の女性を紹介した。奴隷頭って何の役目なんだろう?ソフィアがお辞儀をする。「こっちがジュリアだ。ギリシャ人」と赤銅色の肌の小柄な女性を紹介した。
「ソフィア、ジュリア、彼女たちは黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘だ。丁重に扱ってくれ。アルテミスとヴィーナスだ。いつもの通り、一週間、ここで消毒をする」
剃毛
「アルテミス、ヴィーナス、こっちよ」とソフィアが玄関前の部屋から奥の部屋に案内した。広い部屋だ。十メートル四方はあるだろう。タペストリーで仕切られた一画に私たちを連れて行く。そこは水場で、丈の高いベッドが四台並んで置いてあって、銭湯のような浴槽が三つ並んでいた。
「アルテミス、まず服を脱げ。服にもシラミやノミ、ダニがついているから、服は焼いちまう。それで、体中の毛を剃る。髪の毛も脇毛も下の毛もみんなだ。シラミは毛の根本にしがみついて動き回る。だから、まず体中の毛を剃るということだ」
先客がいた。ベッドには素っ裸のアフリカ系の少女が二人、仰向けになっていて、別の少女たちがベッドの彼女たちの脇毛や陰毛をよく研いだ鉄製らしいナイフで剃っている。紀元前のエステ?「ソフィアさん、あの子たちは髪の毛があるじゃない?」「彼女たちは消毒済みで、アタマジラミはいない。髪の毛以外の毛のお手入れをしている。自分でできる場所は自分で剃るけど、手が届かない場所もあるでしょう?一ヶ月に一回くらいはお手入れしにくるのよ」
私とヴィーナスはまず風呂に入らせられた。三つの浴槽は温度が違うのだそうだ。右が冷水槽、真ん中が35℃くらいの微温槽、左が42℃くらいの温水槽。入ったのは左の温水槽だった。こんな熱い風呂に入ったことがないヴィーナスは入るのをためらったが、ジュリアに手をつかまれて無理やり肩まで浴槽に入れられた。私は日本人(元?)なので慣れている。熱いお風呂が気持ちがいい。
お湯に浸かりながらベッドの方の少女を眺めた。仰向けに横たわっている少女に別の少女が熱いお湯に浸して絞った綿のタオルを下腹部に広げた。脚を広げさせられている。下腹部って言っても、そこ陰部よね?横たわっている少女は熱そうだ。「ナイフで毛を剃るのは前処理よ。あれだけじゃあ、毛穴のブツブツが残っちゃう」とジュリアが言う。「次に、熱いタオルで肌を蒸すの。毛穴が開くように。その次にワックス」と壁際のタイル貼りでできたかまどで沸いている青銅製の鍋を指差す。「あれが蜜蜂の巣で作ったエジプト製の蜜蝋ワックス」
ベッド脇で介添えをしている少女がアイランドスタイルのタイル張りのテーブルに幅広の包帯を広げた。ミイラに巻くようなヤツだ。そこに杓子でグツグツした蜜蝋を均等にたらしていく。フーフーと包帯を吹いて、半分固まるぐらいで、少女の陰部に包帯を貼る。少女はあまりの熱さに唇を噛み締めている。しばらくして、蜜蝋が固まったようで、少女が遠慮なく、包帯を引き剥がす。手伝っていた少女二人がその女の子の手足を押さえつけている。あまりの痛さに少女が背をそらすが、手足を掴まれていて、動けない。これは、脱毛法のブラジリアンワックスじゃないの!
「ほら、アルテミス、ヴィーナス、これがムダ毛処理よ」イヤだ!イヤ!「じゃあ、アルテミス、ヴィーナス、あなたたちも横になってね」風呂から出て、ベッドに寝かされた。ソフィアとジュリアが私たちの髪の毛をバッサバサと切る。「根本にシラミがいるから五分刈りまで切るわ」と言われる。ショートカットどころじゃない。甲子園の球児並だ。「お姉様、私の髪の毛が・・・」とヴィーナスが涙ぐむ。
介添の少女が即座に箒とちりとりで髪の毛を集めていく。「髪の毛も服と一緒に焼却処分にする。シラミとその卵が巣食っているから」とソフィア。
髪の毛がバッサリ切られた。次に腕を頭の上にあげさせられて脇毛を剃られる。ソフィアが「今まであまり脱毛してこなかったようね。でも、コーカサス人なのでムダ毛も薄い。全身くまなく脱毛しましょう。キレイにしておかないとシラミがわくから。アソコの毛もおケツの毛もキレイにしましょうね」とソフィアに全身くまなく剃毛された。うつ伏せにされて「お尻を自分で広げるの!」とお尻を広げさせられる。「切れ痔になりたくないんだったら動くんじゃないよ。ここは剃るのが難しいんだ」紀元前で羞恥プレイをさせられるとは思わなかった。
仰向けにされる。少女がやられていたように熱いタオルで肌を蒸された。そして、ワックス。すね毛はもちろんのこと、ひっくり返されたヒキガエルみたいに脚を開かされて、陰部に蜜蝋をたらした包帯が押し当てられた。熱いなんてもんじゃない!アソコがただれてしまう!そして、ベリベリっと包帯を剥がされる。
おケツの毛なんて、四つん這いにされ脚を広げさせられて、肛門から縦筋、あそこまで、ベリッとやられた。ベリッ!だ。全身が因幡の白うさぎになった。私、肛門なんて他人に見せたことないのよ!
「痛い!痛い!痛い!」と私もヴィーナスも悲鳴をあげた。でも、ソフィアは容赦なかった。「終わったわ。もう、全身、ツルッツルだわ」と嬉しそうに私の肌をなで上げた。痛い!
その後、香油を全身に塗られて、ギリシャ神話の女神のような服を着させられる。ソフィアが銅鏡を差し出して「さあ、アルテミス、見てご覧なさい。キレイよ」と言う。
鏡を見た。そうか、銀を蒸着した鏡なんてこの時代ないのね。銅をツルツルに磨いて鏡にしていたんだ。紀元前であることを実感した。
自分の顔をちゃんと見たことがなかったが、当たり前のことにヴィーナスと生き写しだ。クロエ・グレース・モレッツに似ているじゃない?と思った。ソフィアが「髪の毛が伸びたら、黒髪に染めようかね?」と言う。「金髪のままじゃダメなの?」「売春婦と間違われるからねえ」「?」
古代ローマ社会では、売春は合法であり、娼婦の多くは下層階級や奴隷の女性で、ローマ市民に見下される傾向にあった。一般民の女性たちが娼婦と間違われないように、娼婦は髪を金髪に染めることが義務付けられた。なぜ金髪かというと、初期のローマ(帝政ローマ以前)では、純粋なローマ人として生まれた女性は基本的に黒髪であり、金髪は未開な野蛮人(私たちのようなコーカサス人)とされた人々に特徴的な髪色だったからだそうだ。つまり、金髪で緑の眼の私やヴィーナスはこの時代では野蛮人で売春婦階層の部類と見られるのだ。
虫下し
ブラジリアンワックスが終わって、清潔な胸当て、腰布、チェニックを着せられた。別の部屋に連れていかれた。12畳くらいのダイニングルームだった。ムラーが着席していて、ムラーの横にヴィーナスと一緒に座らせられた。ムラーが酒瓶から緑色の酒をガラス製のゴブレットについで私たちに渡した。「これを飲め」と言われたが、匂いを嗅いだらかなり強い酒のようだ。「何も食べてないのよ。空きっ腹にこんな強いお酒は無理よ」
「空きっ腹に飲まないとダメなんだよ。これはお前の時代で言うアブサンという酒だ。ニガヨモギ、ウイキョウ、アニス、コリアンダー、ミント、ジュニパー、甘草の根、レモンバームが混ぜてあるリキュールだ。ニガヨモギは虫下しになる。入浴してムダ毛処理をしたんで、シラミなんかはいなくなるが、腹の中は別だ。回虫やサナダムシを追い出さないと不健康になるからな」と言われた。一気に飲めというので、私もヴィーナスも我慢して飲んだ。それから、パン、オートミール、卵、チーズの軽い食事を出された。ガツガツと食べた。
食事が終わって、ジュリアがねっとりした油のような液体をグラスで持ってきた。これも飲めと言われる。「変な匂いがする!これは何なの?」「ひまし油だ。アブサンを飲んで飯を食ったらひまし油で腹の中をすっからかんにするんだ。下剤だよ。クソと一緒に寄生虫も出てくる」
十数分するとお腹がゴロゴロしてきた。「トイレはこっちよ」とソフィアに連れて行ってもらった。ちゃんと個室のトイレブースだった。便器も21世紀の洋風トイレのようで、水タンクのついている水洗式だ。
便器に座ったがソフィアが出ていかない。「ソフィア!出てって!」と言うと「ダメよ。どの寄生虫が出たのか確認するの」と言う。モジモジしたが我慢できなかった。たくさん出た。肛門のあたりがモゾモゾする。ソフィアが壁付きのホースの蛇口を捻ってお尻を洗ってくれる。紀元前のウォシュレット?
ソフィアが便器を覗き込む。さっきはお尻の穴を見られて、今度は便器の中身を見られる。これって何なの?「ふ~ん、回虫はいるけど、サナダムシはいないようだけど、一週間様子をみないと。サナダムシは長いのは引っ張らないと出てこないし、節がお腹の中に残るとまた再生するからね」と言う。
私も便器を覗き込んだ。20センチくらいの白いミミズのような虫が十数匹、水の中でのたくっている。これが回虫?ゲェ~、これが私のお腹に!「朝昼晩の食事で、アブサンとひまし油でクソすれば、一週間でお腹の中がキレイになるよ」とソフィアが言う。私もこんなものをお腹の中に飼っておきたくない。なんて不潔な時代なんだろう。
トイレは一回で終わらなかった。何が何匹でたか報告するんだよ、と言われて、二回目からはソフィアはついてこなかった。良かった、良かった。いや、良くない。二回目、三回目は数十匹出た!一回目よりももっと出た!一回目は大腸に巣食っていた回虫で、二回目、三回目は小腸に巣食っていた回虫ということか。これは成虫だから、卵も出たということ?小さい頃の回虫検査を思い出した。粘着フィルムを肛門周りに貼り付けて保健の先生に提出した覚えがある。ソフィアの言うように一週間は虫下しをしないといけないようだ。
お腹の中のものが全部出たようだ。ゴロゴロが収まった。ソフィアがやってくれたように壁付きのホースの蛇口を捻ってお尻を洗った。21世紀の給水くらいの水圧があって、肛門周りをキレイに洗い流すことができる。紀元前にこんな給水システムがあるのか、と不思議になった。大便器も陶器でできていて、洗い落とし式(ポットン式)ではなく、下水管から臭気が漏れないようにトラップで封水ができる仕組みになっている。便座はプラスチックではなくニスを塗った白木づくりだ。さすがにトイレットペーパーはないが、水圧で洗い流せたので、自然に乾くのを待てば良いのか。紀元前の技術じゃないわね、と思った。
隣のブースからヴィーナスが声を上げる。「お姉様!このトイレの使い方わかりませんわ。お姉様はどうされているの?」確かにヴィーナスは初めて使うのだからわからないだろう。「今行くからブースの扉を開けて」と答えた。
ヴィーナスにお尻の洗い方、大便器のフラッシュの仕方を教えた。ヴィーナスも私と同じくらい寄生虫が出たようだ。「お姉様、覗き込まないでください」と言われた。「ヴィーナス、私も同じくらい虫が出たのよ」「気持ち悪いですわね」「あまりいい気分じゃないけど、一週間でお腹の中がキレイになるんだから我慢しないと」
正体
ダイニングルームに戻るとムラーが酒を飲みながら待っていた。「いっぱいでたか?」と私に聞く。「女性に向かってそんなことを聞くものじゃないわ!」「女性とか男性とかの概念がよくわからんが、男性はその手の恥ずかしい話を女性にしてはいけない、ということだな。まあ、いいや。今日はこれでお仕舞いだ。もう今日は眠れ」
ムラーは私とヴィーナスを寝室に案内してくれた。寝室は殺風景だった。床、壁、天井はすべて白いタイル張りだった。病院の手術室のようだ。寄生虫の卵を発見できてすぐ清掃ができるようにしてあるのだそうだ。だから、カーペットなどの内装はない。キングサイズのベッドがひとつだけ。硬くプレスしてある乾いた藁を麻布で包んである代物。煎餅布団みたいなものだった。それに薄いウールの掛け布団。木のテーブルと三脚の椅子。
「一週間の我慢だ。寝るだけなら問題はないだろう?」とムラー。
奴隷市場からここに来るまで、妹(?)のヴィーナスは口数が少なかった。海賊船から降ろされて奴隷商人に売られて、ムラーに買われるという出来事が次々と起こったのだ。アルファから事前にムラーのことを教えられた私とは違う。
「お姉様」ヴィーナスが私の顔をまじまじと見た。「お姉様はこのムラーさんという方と顔見知りなんですか?そんなことはありませんわね。私とお姉様はいつも一緒なのですから。では、なぜ、彼と顔見知りのような会話ができるのですか?お姉様は、お姉様に思えません。男性は嫌いじゃなかったんですか?男性とお話などしたことがなかったでしょう?まるで、人が違ってしまったようです」とアディゲ語で私に言う。ちなみに、ムラーやソフィア、ジュリアと私たちの会話はフェニキア語とギリシャ語だった。ラタキアにアディゲ語がわかる人間がいるとは思わなかったので、ヴィーナスは私たちの故郷の言葉を使ったのだ。
私はどう説明しようと悩んでムラーを見た。すると「アルテミスと一番近しいヴィーナスにはこれまでのことを全て知っておいて貰ったほうがいいだろう」と私とヴィーナスを見てアディゲ語で答えた。ヴィーナスは彼が故郷の言葉がわかるので驚いたが、知性体のプローブだ、なんでも知っているのだろう。
私がニューヨークのタイムズスクエアで射殺された場面から説明しようとしたがムラーに遮られた。「そんな面倒くさい話を言葉で説すると何時間かかるかわかんねえだろ。記憶域のデータ転送をすればいいんだよ」と言う。え?何?「アルテミス、ヴィーナスと額をつき合わせてみろ」とヴィーナスとおでこを合わせられた。「アルテミス、ヴィーナスに説明したいお前の記憶をイメージしてみろ。そうそう。それで、ヴィーナスの脳の長期記憶域にそれをコピーして転送するイメージをする」
ムラーの言う通りにしてみた。うまくいったのかわからない。だが、ヴィーナスの目が見開いて驚いている。
「え?え?え?何?何なの?二千年の未来?日本?ニューヨーク?ピンカートン法律事務所?暗殺?超新星爆発?純粋知性体?それのプローブ?着陸船?・・・わ、わからないわ・・・」
「ヴィーナス、少しずつ理解すれば良い。わからない単語や概念はアルテミスに聞けば良い」
「え~、つまり、ムラーさんとお姉様は神がかったということ?人間じゃなくなったの?」
「いや、ムラーもアルテミスもここに」と彼が額を指で叩いた。「いる。消えてなくなったわけじゃない。ムラーは俺と一緒にいる。アルテミスも同じだ。絵美と一緒にいる。そうだな、例えば、ヘラクレスを知っているな?半神半人だ。人間の体に神が宿っているが、神じゃない。人間の体の限界以上には能力は発揮できないが、普通の人間じゃない。それみたいなものだ。元は知性体というお前からすればバケモノだが、バケモノじゃなくなった人間ということだ。まあ、今日はゆっくり休め」
ムラーが寝室から出ていった。ヴィーナスが私に「お姉様・・・というべきか、お姉様はまだあなたの中にいるの?いなくなってしまったんじゃないの?信じられない・・・」
「そうよね。信じられないのも無理はないかも・・・う~ん、どう証明すれば良いかな?・・・あ!ヴィーナスとアルテミスだけが知っている秘密があるでしょう?アレよ、アレ。アレは恥ずかしい話だけど、それだけ秘密ということよね?
「アレってアレ?」とヴィーナスが顔を赤らめた。
「そうそう。海賊船に三週間も監禁されていたでしょう?あなたも私もかなり溜まってるわよね?だったら、今晩、アレをしない?」
「お姉様といつもしていたアレのこと?」
アディゲ族の族長家は、代々、娘を神殿に差し出していて、その娘は神殿巫女の長になった。その他の有力者の家の娘は長の侍女になり、下級の家の娘は神殿巫女となった。巫女の長と数人の侍女は生涯処女を守らなければならなかった。その他の巫女は、神殿の神託を受ける請願者に対して、宗教上の儀式として神聖なまぐわいの儀式を執り行った。彼女らは儀式の前にオピウム(阿片)を神官から処方された。神聖娼婦がまぐわいの果の悦楽の際に発する言葉を巫女の長が神託としてまぐわいの終わった請願者に下賜した。
アルテミスとヴィーナスは一卵性双生児であるため、族長はためらったが、二人共巫女の長として差し出した。彼女らの他に姉妹が五人いたのと、オリエント世界ではあまり双子が好まれなかったためだった。
彼女たちは、生涯処女を守り続け、神殿巫女と請願者のまぐわいを毎回見なければいけない。12歳で巫女の長となったあと、17歳までアルテミスとヴィーナスは男女のまぐわいを見続けた。だが、少女でも性欲はある。長の部屋で同衾していた二人は、抱き合って胸や腰を擦り付け合ったり互いを愛撫したりすると快感が得られることを発見した。
私とヴィーナスはチェニックを脱いでベッドに横になった。「以前のお姉様じゃなくなったのよね?」と言う。
「でも、あなたが私の妹なのに変わりはないわ」
「なんとなく違和感があるんだけど」
「そうかしら?でも、あなたの体のこんなところを知っているのよ、私は?」アルテミスの記憶をさぐった。私は腰布の脇からヴィーナスのあそこに触れた。ビクッとするヴィーナス。縦筋にそって指を上下させる。すぐ濡れるのはわかっている。中指をゆっくりとあそこに挿れた。指を曲げて粘膜を擦った。「あなたの好きなのはここでしょ?」
「あ!あ!お、お姉様!」
「ほぉら、あなたの身体のことを知っているのは、私、アルテミスだけでしょ?」
「そ、そうです。お姉様。そ、そこ、弱い・・・」
「もう私を疑わないわよね?」
「ハ、ハイ・・・ダメ、そこ!」
疑いは晴れたようだ。しかし、アルテミスの記憶をまだ全て探っていなかった。アルテミスのことをもっと知らないと。と、思っていると、ヴィーナスに攻められた。あ!ダメ、そこ!