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東京、三人姉妹、モスクワ

※2019年4月に書いたものを2020年4月に加筆して公開しています。


私はいわゆる上京組です。
故郷は仙台市。
よい街。
決してど田舎ではない街。
けれど東京出身者からは
何もない、と揶揄される街。

いま、この時期に(この時期だから)故郷へ帰ってきて、そろそろ3週間が経とうとしています。

ずっと、東京を離れたくないと思っていました。東京にはなんでもあると思っていた(実際ある)し、東京には私の生活の全て、関係性の全てがありました。

私は東京に住みながら、東京に憧れていました。東京に住みながら、東京の歌をよく聴きました。

思い出した
ここは東京
空を食うようにびっしりビルが湧く街
蔦が這うようにびっしり人が住む街
    ユリイカ/サカナクション

東京にいながら、東京を思い出していました。

東京への憧れ、を論じる時、私はいつもチェーホフの戯曲「三人姉妹」を思い出します。

私が書いた、ものすごーく雑な、あらすじ👇

三人姉妹は没落貴族。
みんな可愛いお嬢様育ち
父を亡くして田舎ぐらし
三人とも頭はヨシ、
外国語もペラペラ、
ピアノの腕前もピカイチ、
なのにその腕活かす場なし。
ああ、ちゃんとしたところで働きたい。
自分の能力を試したい!
なのにここでは何にもできない
「「「あーあ、モスクワへ帰りたい!!」」」

じゃあ帰れよ!
って、思いません?
私はこの時のロシアの歴史や情勢にはほとんど詳しくないです。
ただ、この三人姉妹は、帰ろうと思えば帰れたはずなんです、モスクワに。お金が無いとはいえ、元貴族だし。没落したとはいえ、後ろ盾が全くないわけではないし。
お金が無いなら、例えばお針子さんでもなんでも、短期間に働いてお金を稼けばいい。なのに、三人姉妹は「ここには自分の能力を活かせる仕事がないわ」と嘆いている。「モスクワ」という目標があるのだから、一旦働いてみればいいじゃない!そのあとモスクワで、自分の能力が正当に評価される職につけばいいじゃない。

では、何故そうしなかったのか。
それは、失敗した時が、怖いからです。
モスクワへ行って、もしも思い描く理想の暮らしができなかった時のショックに比べれば、「モスクワへいきたーい」と毎日愚痴をこぼしているほうが、心の平安を保てるというものです。

つまりは、モスクワ(=東京)には三人姉妹が憧れる「美しい生活」なんてものは存在しないし
存在したとしても、それは努力の末に勝ち取らなければいけないものなのです。
モスクワへ行った、というだけで、自動的に理想の生活が自分のものになるわけはないのです。

件の三人姉妹を見てみましょう。
ピアノが得意なマーシャはここ数年ピアノに触れていないし、
お嬢さんぐらしよりも一本立ちしたい!と意欲に燃えていたイリーナは、教師を始めるも「詩的じゃないわ」と飽きてしまう始末。
君たち本当にTHE没落貴族ジャン!!!

なぜこんな話をしようと思ったかというと、私も自分自身に「没落貴族み」があるなと思う節があったからです。手を伸ばして拒絶された時の恐怖より、何も行動しない、何も起こらない世界にいたほうが安全だと、思ってしまうからです。

形のない希望だけを携えて、東京の街へやってきました。いま、希望は形のないまま、絶望へと変わってゆくのです

私は、モスクワへ帰るのでしょうか

あなたは?



photo credit to Chiaki Hirakawa

使途不明金にします