行き着く場所が見えてなくても(5)

自室の寝床で見慣れた天井の節の多い木目の模様を目で追いながら、少しずつ自分の考えをロジカルに整理した


やっぱり大学には行きたい

でも親は金を出してくれない

だとしたら自力で金をためてから自力で大学に行こう

よし、さくらに勤めよう

実家からさくらに2年か3年通って働いてカネをためて、そのカネで家を出て大学を出よう

そこから先のことはまたしばらくしてから真剣に検討すればいい


久しぶりにスッキリした気分で寝た



翌日


文系クラスの幼なじみから、恭子ちゃんが今日転校することになった、と、突然情報が回ってきた


慌てて恭子ちゃんのクラスに行ったがもう既に手続きは終わっていて、辛うじて東京に引っ越すことになったと知った


その半月後、さくらの工場が年内で閉鎖になるという噂が飛び込んできた


さくらの工場の代表電話に公衆電話から電話して確認したが、年内で閉鎖となっております、地元の皆様には本当にお世話になりました、心から感謝申し上げます、と通り一遍の挨拶をされた


恭子ちゃんは多分親の転勤について行ったのだろう

それで、最終日であるあの日、恭子ちゃんなりに私を気にかけてくれての一連の行動だったのだろう



親に、さくらが無くなったから進学したい、と告げた

自宅から通えて学費は年50万までしか出せないと言われた


サボりにサボって赤点スレスレの今の学力から考えて、普通の大学は無理だ

私は、いままでなんの興味もなかった方面の専門学校を福岡の田舎町で見つけ、なんとか合格し、そこに通うことにした

学費の半分は自力で稼がなければならないが仕方あるまい


たいして興味のなかった分野の勉強はとても苦痛で、留年を2回やって、元同級生を卒業生として送り出したときにドロップアウトし、これも興味のなかった自衛隊に入ることになった


父親が今までの人生で見たことがないぐらいテンションを上げてわざわざ入隊式の日に隣の県の教育隊にまでやってきて、これは班長には隠しておけと5万円を渡した


大学にやるカネはなくても自衛官にやる金はあるんだな


憮然と受け取った

何に使ったかは全く覚えていない

多分とてもくだらないことに浪費したはずだ


正直、自衛官もアホばかりだった

同期に国立大学を卒業しているのがいて、いつまでもこんな下っ端でぼやぼやしていられないから、と幹部候補生を目指すといい、特別の配慮をもらって夜10時の消灯時間後に班長たちの部屋で遅くまで勉強させてもらっていた


試験日程を見てみると、一次試験の日は一日中戦闘訓練が計画されていた

体力を消耗する、できればやりたくない訓練だ

候補生試験を受ければ、受かる受からないは別としてその日の戦闘訓練はしなくて済む


私も受けます、と申し出て鼻で笑われたが、出された申し出は受けなければならないので少し離れた大きな駐屯地に大卒のやつと出向き、試験を受けた


大学卒業程度のレベルの知識試験が専門学校中退の自分に解けるわけがない


選択式だということは過去問を見て知っていたので、前日、PXで鉛筆を一本買って、尻の部分を削り、

1,2,3,4,5,もう一回

と即席のサイコロを作った

わからない問題はころころと鉛筆を転がして答えた


帰り、教育隊のある駐屯地のすぐ近くの小さな定食屋に私達とドライバー役を買って出てくれた大卒のやつの班長とで入り、晩飯を食った

たしかトルコライスを注文した覚えがある


班長は大卒の彼に向かって、自衛官の幹部の心得を滔々と説いていたが私の方は向いていなかったので正直どんな話がされていたのか全く覚えていない


結果、国立大卒の彼は不合格、鉛筆を転がした私は合格だった


教育隊はざわついた

幹部候補生に合格するというのは、事の重大さが全くわかっていなかった私からしてみたら大した話ではなかったのだが、区隊長に何らかの賞詞が与えられるレベルの名誉なことであったらしい


当時、自衛隊に入隊する事自体は、入隊したいという意識があれば誰でも入れた

一応は高卒レベルの常識試験があるのだが、わからない問題が出ても見回りをしている役職者が解答用紙の正解の部分をとんとんと叩いてここに丸をつけろというサジェッションがあって、文字通り名前が書ければ合格できる世界だった


そういうレベルの低い同期の連中は、大卒の彼が合格するのだろうから幹部になったらオレを部下にしてくれとかそういう話をずっとしていて、ついでに受けるような格好になっていた私にはどうせ不合格なのだから時間を無駄にせず草むしりでもしてろクズが、という扱いだった


しかしいざ実際の結果が予想に反してしまうと、なんで勉強もしていないお前が合格するのか、そういう不正をしたのか、などと毎夜殴られる始末だった

多分こいつらもつい先日の入隊試験で答えを教えてもらって入隊したのだろうから普通に不正だと思われたのだろう


新入隊した自衛官は、普通、将来どの方面に進むにせよ基本的に知っていなければならない事柄について3ヶ月間の教育を受ける

その後、歩兵なり戦車なり衛生なりに進路が決定したらそれぞれの職種での新隊員教育が行われる

これらを前期教育、後期教育と言った


2次試験は後期教育の真っ只中に、ここからは少し遠い場所で行われる


私は部内者なので、部内の車両で送ってもらい、部内の宿舎に宿泊した


試験は論述試験と面接だった


論述試験は、一応は専門学校は理系だったので理系の解けそうなものを見つけそれで行を埋めるだけ埋めた


面接は、今にして考えるととてもじゃないがまだ後期教育中のぺーぺーが話ができる相手ではない階級章がついている面接官が相手だったのだが、私はここで合格はできないだろう、いくらなんでも高卒が大卒の試験をくぐり抜けようとしてももうそんなに綻びはないと思っていたので、だったら好きなだけ本音をくっちゃべってスッキリしよう、ととても気楽な気持ちでいた


面接官が、キミは制服を着て面接に来ているが、どうして自衛官になろうと思ったのかね?とお決まりの質問をしてきた


私は、採用担当者に騙されました、と答えた


(自衛隊の組織内容に詳しい方、ご拝察の通りわたしが答えた正式な発言は「地連のおっちゃんに騙されました」だ)


面接官は3人いたのだが、3人が3人共目を点にしてわたしをまじまじと見つめてきた


そもそもが幹部自衛官なんぞになるつもりはまったくなかった

新入隊の場合、入隊してから2年、あるいは4年で一旦の定年がありそこで退職金をもらってドロップアウトするか、そのまま本当の定年まで自衛官として勤務し続けるかを選択できる


私は自衛官である親の姿を嫌というほど見てきたので、あんなにはなりたくないと思っていた

進学も就職もうまくいかず父親はとにかく私を自衛官にしたいと思っていたようなので、とりあえず2年か4年か在職して成果だけ作ればもう面倒なことをネチネチ言われることもないだろうと考えていた


なので、幹部候補生試験に合格するわけにはいかないのだ


まぁ落ちるだろうと思っていたので好き勝手なことをべらべら喋った


最後のあたりで面接官は呆れた表情をしていたので、これで計画通り落ちることができる、と思っていた


後期教育が終了し、一般の部隊に配属になってしばらく経ち、もうそろそろ冬の便りが聞こえてくる頃、分厚い入学案内とともに合格通知が送付されてきた


(続く)

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