絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #66
それは大樹のようであったし、蓮華のようであったし、地獄のようであったし、仏塔のようであった。
人間を模してはいなかった。
救いを模していた。
こここそが楽土なのだと。お前たちは祝福されているのだと。
そのような啓示と思想を帯びたそれは、宙に浮かぶあまりにも巨大な一輪の花に似ていた。
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甲零式機動牢獄は、着装者の罪業計測から心理/行動特性を記述し、その情報をクオンタム・マインドのレベルまで解析した結果、機体のフレーム構造が決定される。そこには着装者の世界観・人生観・自己定義のすべてが体現される。多くの場合、人間の形をしていない。甲零式着装者の奇形化した精神構造は、生まれつき人間の肉体を動かすことに最適化されていないのだ。彼らは人型の機体よりも遥かに精緻かつ強力に自らの異形を操縦できる。甲零式を動かしている間だけ、彼らは本当の自分に立ち戻れるのだ。人体という窮屈で思うままにならない檻から、解放されるのだ。
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全長が五百メートルを超える、長大な剣が切っ先を地面に向けている。刀身には謎めいた印章や文字が刻まれ、紅い光を湛えていた。
それはグラビトンを選択的に拒絶する規格化罪業場の作用によって、音もなく宙に静止している。
剣の柄にあたる部分からは数百本におよぶ人間のそれを模した腕が全方位に伸びている。あるものは罪業駆動車を鷲掴みにする程度に小さく、またあるものは高層ビルよりも雄大だ。それら大小さまざまな大きさの手が、それぞれ自分と同じサイズの相方と出会い、合掌している。
異形の花の中央に、九つの相輪塔に囲まれた円形の台座があった。
戯画化された蓮華座がそこで浮遊し、一人の娘を乗せている。
煌びやかな裸身を瓔珞で飾り立て、両肩に浮遊する法輪から半透明の沙幕が垂れ下がっている。
血のような夕闇色の髪を宝珠で纏め、すべてに赦しを与える無限の深みを秘めた微笑みを慈雨のごとく下界に降り注がせている。
距離的に、その顔は点にしか見えないはずだというのに、はっきりと視認することができた。
――アメリ。
袂を分かった、ギドの娘。その荘厳に咲き誇る美貌は、距離などものともせずに霊威を放射する。
隣でデイルが唸った。
「相変わらずおっぱいでけーな」
そこか。
「ともかく隠れるぜ、アーカロト。あれは甲零式の中でも最悪の代物だ。おっちゃんとお前さんがいても太刀打ちなんざ無理だ。〈帰天派〉の連中はもう皆殺し確定だぜ」
「だが……」
一瞬の逡巡。
その間に、無数の合掌が解かれ、腕が複雑に組まれ、一斉に日輪印を形作った。それだけで、甲零式機動牢獄から受ける印象ががらりと変化する。千変万化する曼荼羅めいたパターンが浮かび上がる。
すべての掌には、艶めいた質感の唇が備わっていた。
《おかあさんの、においがするの……》
幾重にも、幾千重にも交響する、伸びやかなソプラノ。
無数の手の、無数の唇が、まったく同時に同じ声を発している。
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