絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #57
ギド一家との刹那的な共同生活は、アーカロトに奇妙な感慨を抱かせた。
この老婆の持つ、「誠実な邪悪さ」とでも言うべきものを前に、いったいどのような人生によって培われたものなのか、その過程を想像することができず、どこか途方に暮れたような気持になった。
子供たちを利用している悪党だが、「利用している」という事実を子供たちに対して隠したり誤魔化したりしていない。利用しているが、騙してはいない。
《オラ、ガキども。奴は振動でお前らの位置を探知している。うまく広場までおびき出しな。首尾よくいったら飴玉くれてやる》
そして子供を操る手腕に長ける。「この老婆に従わなければ生きる道がない」という事実は、子供たちを飴玉一個で命を懸ける兵隊アリに変えた。
だが、普段は子供たちに暴力を振るうようなことは特にない。別段可愛がっているわけではないが、賞罰の基準がブレることは決してなく、ゼグ以外の子供たちからは恐れられはすれど嫌われてはいない。
定期的にギドがどこからか仕入れてくる情報に基づいて繰り出し、〈原罪兵〉を狩って日々の稼ぎにする日々。
シアラはうまくこの生活に馴染めているようだ。最初はいじめられないかと心配だったが、むしろ子供たちの拠り所としての立ち位置に素早く収まった感がある。善良だが、愚かでも柔弱でもないのだ。
「はい、めしあがれなのですわ~!」
「んめぇ!!」
「こら、めーっ、なのですわっ。まずいただきますってゆわないといけないのですわっ」
「えぇー」
子供たちの胃袋を掴んだ点は大きいだろう。なんとなく全員シアラにうだつが上がらなくなっている。
狩りのない期間(当然ながらこの世界に「一日」などという概念はない)は、もっぱらシアラを中心にさまざまな遊びに興じていた。同年代の子供と比べても並外れた教養を持つ彼女は、失楽園前の子供たちの文化を伝承する存在でもあった。
「きょうはみんなで缶けりしてあそぶのですわっ!」
「よっしゃー!」「わーい!」
「ほら、ゼグさまもっ!」
「いや、俺は……」
「きょひけんはないのですわ♪」
いたずらげにゼグのうでを引っ張る朗らかな姿は、しかし就寝時間になると一変する。
皆がハンモックで寝静まった後、シアラは一人、泣く。
睡眠を必要としないアーカロトだけが、その事実を知っていた。
押し殺した嗚咽がかすかに漂ってくる。
アーカロトは、少しだけ目を開く。
明らかに口を手で塞いでいる声だった。意識して耳を澄ませないと聞こえないだろう。
だが、確実にシアラは泣いていた。
「……当然、か」
つい最近まで「おじいさま」の庇護下、何不自由ない暮らしを送ってきたお嬢様だ。急に保護者を喪い、逆に世話をする立場になって、知らない人間と共同生活を送る。楽しくはあったろうが、辛くないわけがないのだ。
小さく、おじいさま、と呼びかけるその声の弱弱しさに、アーカロトは無力を感じる。
世界を創り、世界を破壊する力を持っていても、女の子の涙ひとつ拭い去ることはできないのだ。
それを、痛感した。
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