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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #49

  目次

 少しやつれた母の指が、己の首に絡みついてきたとき、ゼグは後悔した。
 ――しくじった。
 力の限り、首を絞めてくる、その顔を、ゼグはぼんやりと見ていた。
 最初から、無理があったのだ。
 大部屋に監禁され、〈原罪兵〉の慰み者として生き続ける女たちの中に、子供が生きていける余地など本来はなかったのだ。
 いまはまだいい。だがゼグはこれからどんどん大きくなる。いつまでも隠しおおせるわけがない。
 母は、疲れたような顔で、静かに涙を流していた。
 脳に至る血流が不足し、視界が暗み始める。
 見つかれば、他の赤ん坊たちと同じく、手足を力ずくで引き千切られて殺されるだけなのだから。
 脱出が叶わぬのなら、せめてもう少し楽な終わりにしてあげなくては。
 そう考えているのが、ゼグにはわかった。
 ――しくじっちまった。
 いつかこうなることはわかっていたのに。
 自分は、母や他の女たちの負担にしかならない存在だということは前々から理解していたのに。
 なのに。
 どうして。
 どうしてこうなるまえに、自分で自分の始末をつけるってことができなかったのだろう。
 ――おれがびびって、ぐずぐずしていたせいで、かあちゃんはいま、ないている。
 生んでもらった。おっぱいと食い物をもらった。たくさん遊んでもらった。愛して、もらった。
 ――なのに。おれは。
 ゼグは目を閉ざし、
「かあちゃん、ごめん。ごめんな」
 そう言ったが、気管が塞がれ、声にならなかった。
 たくさんのものを貰ったのに、自分にできたのは、ただ母を泣かせることだけだった。そしてそのまま、終わる。
 それが無念で、自分が情けなくて、涙がひとすじ頬を伝った。

 銃声が、した。

 首に食い込む指から力が抜け、どさりと母はその場に倒れた。
 見ると、こめかみに黒々とした穴が開き、そこから血と脳みそが噴出していた。
 どこかで、獣の絶叫が響き渡った。
 それが自分の喉から迸っていることに、ゼグはしばらく気づかなかった。
「はッ、クズどもがメソメソと。あぁ、やだやだ、これだから被害者面が染みついた女未満どもは嫌いなんだよ。吐き気がするねぇ」
 老婆の声がした。
 錆びて軋んだ機械のように、ゼグはぎこちなくそちらを向いた。
 白んだ髪を後ろでまとめ、しなやかな長身を多機能戦闘服に包んでいる。眉間に×字の皺が寄った貌は、凶暴かつ野蛮な美しさを宿していた。
「てめぇ、よくも……!」
 目も眩むような怒りのままに掴みかかろうとしたゼグの顔面に、老婆の爪先がめり込んだ。乳歯が折れ砕け、飛び散る。
 吹っ飛ばされて起き上がる間もなく、胸を踏みつけられ、肋骨が軋んだ。
「ほろひてやる……! せったい、ほろひてやる……! よくも、よくも、かあひゃん……っ!」
「おいおい、命の恩人に向かってずいぶんな口のききようじゃないか。親の顔が見てみたいねぇ。あ、今しがた殺しちまったねぇ!」
 そして老婆はゼグから視線を外し、周囲を見渡す。
 監禁されていた女たちを、興味の薄そうな半眼でねめつける。
何もできなかったなんて・・・・・・・・・・・言わせないよ・・・・・・

【続く】

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