夜天を引き裂く #14
「黒澱さん、僕はね、何もしないうちから負けを認めて中身のないプライドを守ることに汲々としているだけの人間を心の底から憎んでいますし、そういう連中の「僕ちゃん賢いから自分の痛さをちゃんと客観視できてますよ」アピールにもうんざりしているんです」
絶無は、自らの中に仕舞っておいた野望を熱く語った。
「自らの弱さを正当化した先に待っているのは、際限のない妥協と不幸の連続です。それは人間の生き方ではない」
ゆえに、生じた。
生まれたときから感じてきた苛立ちと、ここ数日の経験から醸成された、極めて個人的な野望。
それを実現させるための具体的なプランが。
言葉は滔々と続き、語り終えたときにはすでに三十分の時間が経っていた。
「……と、そんなことを画策しているのですが、いかがでしょうか」
黒澱さんは、最初は面喰っていたものの、詳しく聞くうちにこくこくと頷き、賛意を示してくれた。
『久我さんらしいテーマだと思います。全力で応援します。』
「ありがとうございます。光栄の至りです」
そして、今現在直面している問題についての対策に入る。
『お恥ずかしい話ですが、わたしは今のところ久我さんの弱点でしかありません。骸装中、わたしと久我さんの心は、互いの影響を受け合う形になります。わたしが感じる苦痛や恐怖やパニックが、久我さんにも自分のことのように感じられてしまうのです。いかに自らの心を鍛えていようと、わたしという弱点がある限り、まともに自分の身を守ることもできないでしょう』
橘静夜に真っ二つにされ、界斑璃杏に叩き潰されたとき、克服したはずの痛みや死への恐怖が、絶無をかんじがらめに縛っていた。
確かに、負傷するたびにあの様子では、戦闘面でかなりのハンデを負うことになるだろう。
「僕が何一つ攻撃を食らわぬよう立ちまわればいいだけの話です。もう二度とあのような失態は繰り返しません」
『確かにそれが一番なのですが、ハンデには変わりありません。わたしたちはすでに運命共同体のはず。一方が奉仕するだけの関係なんて長続きしないと思います。わたしも久我さんの理想のためにできることはしたいんです。』
――ふむ。
絶無は彼女の言の正しさを認める。
『夜の公園での戦いを見たときから思っていたんですが、久我さんはどうやって痛みをガマンしているんですか?』
その問いに答えるには、かなりの時間がかかる。
が、一文に集約するなら――
「普段の積み重ねですね。本能を凌駕する精神は、一朝一夕に得るのは難しいでしょう」
そして首をかしげる。
「ただ……『痛みに慣れる』程度ならば、方法はないでもない」
『それは一体』
絶無は、ふ、と微笑む。
「黒澱さん。僕は父より、さまざまな絞め技、極め技、関節技を伝授してもらいました。その中には、この世の地獄かと思えるほど痛いものも含まれます」
ビクッ、と肩を震わせ、彼女はかすかに身を引いた。
その様を見て、絶無は苦笑する。
「冗談ですよ。神となる御方の玉体にそんなことは……」
『おねがいします』
絶無は、黙った。
黒澱さんは唇をかみしめてノートを捧げ持っている。
「……本気ですか」
さらにずい、と『おねがいします』の文字が前に押し出される。
いや、さすがにそれは……という思いと、危機管理の観点から出来ることはしておくべきだ、という思いが、複雑な弧を描いて回っていた。
が、その逡巡は一瞬のことだった。
「まぁ、加減はできますし、何が危険な技なのかも熟知していますから、安全は保証します。やれるだけやってみましょう」
絶無は立ち上がった。
「とりあえず、うちの姉にジャージでも借りてきます。さすがにスカート姿では問題がありますから」
黒澱さんはやや頬を染めて、制服のスカートに包まれたふとももを抑えた。
『お手数をおかけします』
「いえいえ」
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