ゼロ金利解除で新たな金融不安!? -預金金利が低い銀行は淘汰されていく?-
長過ぎたゼロ金利時代
日銀は約25年間続いたゼロ金利政策を終了し、金利上昇局面に差し掛かっている。若い世代にとっては、預金金利はほぼゼロなことが当たり前で、預金先の銀行を選択する際に、預金金利が比較要素に入っていない人も多いことだろう。大手都市銀行では、普通預金金利年0.001%程度だったので、100万円を1年間預けても10円(税引前、以下同様)しか利子がつかない。年に1回でも、ATM利用手数料を支払ったり、ナビダイヤルのコールセンターに問い合わせると赤字というありさまだ。仮に金利が10倍の年0.01%だとしても、10円の利子が100円になるだけで、この程度の金利差では「金利の高い別の銀行に預金を移そう」という動機にはならない。ゼロ金利政策下では、金利で他行と差別化するのは難しかった。
長く続いたゼロ金利政策下で、次のようなさまざまな変化が起きた。
店舗を全く、あるいはほとんど持たないネットバンクが台頭した
インターネットバンキング(モバイルバンキングを含む)が普及した
新型コロナの感染拡大に伴い、銀行が支店やATMを削減した一方、コンビニのATMの利用機会が増えた
新型コロナの感染拡大やマイナンバーカードの導入などもあり、ネットや郵送で銀行口座開設できるようになった
一定の条件を満たすことで、他行への振込手数料を月何回か無料にする銀行が増えた
クレジットカード、電子マネー、QRコード決済などの電子決済が増え、現金の利用機会が減った
比較サイトやSNS(ソーシャルネットワークサービス)の利用が一般的になった
上記の変化は、「どの銀行の金利が高いか容易に調べることができ、その銀行の口座を作り、そこに送金するのも簡単」という状況を作り出している。これらの変化を経た今、金利が上がり、預金者にとって再び預金金利が意味を持つ時代に移ると、ゼロ金利政策導入以前とは別の金融リスクが見えてくる。
銀行の利上げ競争スタート!
ここでは特に言及しない限り普通円預金金利(年率)に絞って話を進める。ゼロ金利解除以前から、一部の銀行は大手都市銀行の数百倍の金利だった。例えば、2023年時点で、イオン銀行(プラチナステージ)、UI銀行、楽天銀行(マネーブリッジ利用者300万円まで)、SBI新生銀行(ダイヤモンドステージ)は、0.1%だった。SBI新生銀行は、約半年間0.1%上乗せキャンペーン(既に終了)を実施しており、その間は年率換算で0.2%の金利だった。SBI新生銀行は、2024年3月29日からは0.05%利上げして、0.15%(ダイヤモンドステージ)となっている。2022年9月に新設された島根銀行スマートフォン支店「しまホ!」に至っては、新設当初から年率0.25%と、普通預金としては群を抜いて高金利だ。年率0.25%だと、100万円を1年間預けて2,500円の利子がつく。このくらいの利子がつくなら、「預金先を変えようかな」と考える人もぼちぼち出てくるだろう。
一方、大手都市銀行や多くの地方銀行は、ゼロ金利解除を受けて0.001%から0.02%に利上げはしたものの、前述の高預金金利の銀行と比べると見劣りする。現金を取り扱う機会が減り、銀行と預金者の関係が希薄化した現在、昔のような「現金を引き出しに支店のATMに来た顧客に声をかけ、定期預金や保険などを勧めて、成約したら粗品をプレゼント」のようなアプローチには限界があるだろう。預金金利の利上げに慎重なこれらの銀行も、顧客が預金金利に敏感になり始めると、いずれ利上げ競争に参加せざるを得ない。ゼロ金利政策によって預金金利差での競争が事実上ない間に、銀行間の競争は全国規模に広がっていたのである。
私たち預金者どう動く?
物価上昇が続き、生活が苦しくなっている今、少しでも多く利子がつく銀行にお金を預けたい。ゼロ金利政策が終了して、預ける銀行によって、年間数千円、預金額によっては数万円から数十万円の差がつくならばなおさらだ。
政策金利の上昇局面では、より高い金利を打ち出してくる銀行や金融商品が次々と現れるだろう。あまり長期の定期預金をすると、後悔することになるかもしれない。金利のいい普通預金や1〜3ヶ月定期預金のある銀行を見つけては、資金をそこに移していくのが得策だ。それを可能にする環境は、前述のようにこの25年間に整っている。
賢い銀行活用法
とは言っても、給与や年金の振込先口座や公共料金やクレジットカードの引き落とし口座などを変更するのは面倒だ。こうした日常の取引に使用する銀行口座(ここでは「日常取引用口座」と呼ぶことにする)はそのままに、当面使う予定のない預金を、高金利の銀行口座(ここでは「貯蓄用口座」と呼ぶことにする)に移すのが賢い銀行活用方法だろう。
もちろん、資金移動に振り込み手数料がかかってはもったいないので、両口座とも、月に何回かは他行へ無料で振り込める銀行を選択する。
政策金利の利上げは銀行にとって好材料だが…
銀行の本業は、預金という形で資金を集め、それを法人や個人に貸し付け、貸付金利と預金金利の差(貸付金利 > 預金金利)で儲けることだ。ゼロ金利あるいはマイナス金利政策下では、貸付金利が極端に低いので、預金金利との利ざやも必然的に小さく、銀行は収益を出しにくい状況だった(これは、ATM利用手数料や硬貨取扱手数料が導入された一因でもある)。政策金利の上昇は、利ざやの拡大につながり銀行の業績を押し上げる。
しかし、前述の「どの銀行の金利が高いか容易に調べることができ、その銀行の口座を作り、そこに送金するのも簡単」という環境下では、政策金利の利上げを諸手を挙げて喜ぶことはできない。預金の流動性が25年前よりかなり高くなっているので、取り付け騒ぎに似た現象が起こる可能性があるからだ。
現代版取り付け騒ぎ?
取り付け騒ぎ(bank run)とは、銀行の業績不振やデマ、噂話などによって、特定の銀行の信用が低下し、預金者がその銀行からこぞって預金を引き出そうとした結果、資金不足に陥り、引き出しに応じられなくなることだ。預金保険制度によって、普通預金や定期預金は1,000万円まで、利息のつかない当座預金等は全額保護されるので、昔ほど大きな混乱は起きにくくなっている。原因がデマや風評被害などの場合は、騒ぎが収まるまで銀行が短期借入することで、預金の引き出しに応じることも可能だ。
預金の高流動性に起因する預金額の急減少リスク
取り付け騒ぎは、銀行の業績不振やデマ、噂話などに起因するのに対し、本記事で私が懸念しているリスクは、「この銀行は金利が高いので、ここに預けるのがお得」といった(デマや憶測ではない)適正な情報が拡散することで、その他の(特に金利が低い銀行から)預金が急激に流出するリスクだ。両者で理由は異なるが、預金流出という現象はどちらも同じだ。しかし、次のような違いもある。
取り付け騒ぎは、不安に駆られて我先と、渦中の銀行から預金が引き出されるのに対し、預金の高流動性による預金移動は、多数の(低金利の)銀行から、少数の(金利の高い)銀行へ、それほどの切迫感なく、預金が移動する。そのため、取り付け騒ぎと比べると、銀行の経営への影響はマイルドである。
取り付け騒ぎは、デマの解消や経営再建の目処が立つなどで、比較的短期間に預金流出の原因が解消される。一方、預金金利差を縮めるのは簡単ではない(経営の効率化や規模の拡大、優良な貸付先の開拓などが必要)ため、預金流出が長期化する。
取り付け騒ぎは、預金保険制度で保護されるので、1,000万円未満の預金者にとっては預金を引き出す動機はあまりない。しかし、預金金利差が理由の場合は、1,000万円未満の預金者も預金を金利の高い他行へ移そうとする。
預金の流動性が高い環境下での銀行間の金利差は、取り付け騒ぎと比べると、預金金利が低い銀行から、相対的に緩やかではあるが、長期的に預金が流出していくリスクがある。
小規模小売店の衰退と似た構図
少し見方を変えてみよう。「各地域の商圏でそこそこ安い」価格で販売していれば商売を続けることができていた小売店は、ネットショッピングと宅配サービスの普及によって、いきなり全国展開しているネット通販会社と価格競争しなければならなくなった。その結果、厳しい経営状況や廃業に追い込まれる小売店も少なくない。
同様に、マイナンバーカードとスマートフォンがあれば全国どこに住んでいても口座開設でき、振込手数料も一定回数まで無料となる銀行が増えたため、今後は、地方銀行や信用金庫、信用組合も、全国の銀行を相手に預金金利を競わざるを得なくなる。特に、営業地区外から預金を集めることができない信用金庫、信用組合は、厳しい競争を強いられるかもしれない。
グローバル化が進むと少数の勝者と多数の敗者が生まれるという典型的な現象が、ゼロ金利政策の終了で今後の日本の金融機関でも見られるようになるだろう。
預金流出リスクの大きさは?
企業などの法人はメインバンクに預金することが多く、メインバンクを変更するのはそう容易ではないので、預金金利差で流動性が増すのは、主に個人の預金となるだろう。日銀が公表している預金者別預金の2023年3月末のデータを元に、どのくらいのインパクトがあるか推測してみよう。国内銀行の預金者の構成比率は下記のグラフのようになっている。預金全体(957兆円)の58%に当たる約554兆円が個人預金である。1億円未満の個人の普通預金残高に限っても、預金全体の38%(362兆円)を占める。1億円以上の預金者は、金利も気になるだろうが、ペイオフで預金保護されない金額が大きいので、金利よりも銀行の信用を重視し流動性が低いと仮定し、ここでは除外する。
手間を厭わず、預金金利の高い銀行を探して、必要なら口座を開設し、送金するという人が、どのくらいいるか推測するのは難しい。ここでは、ふるさと納税の利用率で代用することにする。幾らまでなら自分がふるさと納税で得をするか調べ、返礼品を選び申し込む人は、金利差が広がれば預金を移す可能性が高いと思われるからだ。ふるさと納税の利用率の全国平均は約15%なので、これを1億円未満の個人の普通預金残高に掛けると、預金全体の5.7%(約55兆円)が預金金利に敏感に反応して流動的となりそうな預金となる。
一方、銀行の預貸率(貸出残高/預金残高で割ったもの)は、日銀の貸出・預金動向速報(2024年4月)によると、都市銀行が52%、地方銀行が71%、第二地方銀行が74%となっている。預貸率見ると、預金が5.7%程度他行に流れたとしても、直ちに経営難に陥ったり、貸し剥がしが行われるような状況ではなさそうだ。しかし、上記の試算より預金の流動化が激しかった場合や、企業の資金需要が拡大した際に思うように預金を集めることができない銀行では、徐々に経営が苦しくなる。今後、銀行の経営破綻とまではいかないものの、生き残りをかけて金融機関の再編の動きが活発になるかもしれない。
一番怖いのは、高金利に惹かれて集まった預金は、より高金利の銀行が現れた際、一気にそちらに流れてしまう可能性が高いことだ。もちろん銀行側は、キャンペーンや定期預金、一定額まで、あるいは一定額以上の預金に対する優遇金利など、様々な施策で、必要な預金残高を確保するだろう。我々は、それらをうまく活用することで、少しでもインフレに対抗したいものだ。
まとめ
金利が上昇し、預金金利で銀行を選ぶ時代がやってくる
預金保険制度(ペイオフ)で保護される1,000万円までなら、金利の高い銀行を積極的に探して、預金を移すとお得
それを超えて預金する際は、銀行の経営状況を定期的にチェックする
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