見出し画像

連載 第二十三回:もう一度会いたい÷世界

最果タヒ『MANGA ÷ POEM』
Text:Tahi Saihate / Illustration:Haruna Kawai

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY でも大好評だった詩人・最果タヒの新連載が登場。好きな「漫画」を、詩人の言葉で見渡すエッセイ


 世界は、終わる時だって私たちとは関係のないままなのだ。どんなときも、消えていくときも、私たちがその真ん中にいると思うことなんてなくて、世界は勝手に終わっていく。わかり合えない他者と言葉を交わすときの遠さ。話しても伝わらないことが多くて、たまに諦めたり、諦められたりしながら、それでも本当はこの「同じにはなれない」距離にホッとしている。人はいつも孤独でその孤独をただ守りたいのかもしれない。そして、世界だって、そんな一つの「他者」なんだと感じる。終わっていくときでさえ私たちがその関係者になることはないのだという切なさが、むしろ安心を生む。孤独が守られる。終わっていくなら終わればいいよ、どこか遠くで。巻き込まれていくはずなのに、いつも遠い話のままで。遠いからこそ、日常がギリギリまで続いていくのかもしれない。そんな世界の終わり方が、『ヨコハマ買い出し紀行』にはある。ロボットであるアルファさんが、人類がだいぶ少なくなってしまった地上で、それでもおだやかに暮らす物語。彼女はコーヒーショップを営みながら、突然いなくなったオーナーの帰りを待っている。

 この物語には近づくことはないまま「他者」としての距離をずっと守っていく関係が無数にある。ロボットと人。子供と、子供の前にしか姿を現さない「ミサゴ」。アルファさんを大切に思いながら、そこに登場する人たちが彼女にむやみに踏み込んでいこうとしないのは、彼女がロボットだからなのだろうか。というより、彼女自身が「ロボットであること」を受け入れているからなのだろうか。「人らしく振る舞う」ことに執着せずに「私」として存在するアルファさんには、冷たさはない。けれど、人とは全く違う時間が流れている。その姿はこの世界から消えていこうとする人々にとって、「終わり」の気配を少しだけ忘れさせてくれるものでもあるのかもしれない。多くの人と出会い、そして彼らが老いて、自分から去っていく姿を見つめるしかないアルファさんには、静かな寂しさがずっと流れているけれど、でもアルファさんを置いていくしかない人々にとって、彼女は「寂しさ」を忘れさせる存在なんだろう。深入りをしないことを選択できる存在、というのは、友達や親友という言葉では決して言い表せないけれど、その存在をポジティブで特別なものとして見つめることができるのがこの物語の美しいところだ。

 世界が終わっていく、自分はいつか寿命が尽きて死んでしまう。アルファさんと「私たち」は同じ時間を共有するけれどでも確かに全く異なる存在で、だから特別にはなれない。幻の存在「ミサゴ」にもう一度会いたいと待ち続けるうちに、子供から大人になってしまうタカヒロ。ここにあるのはいつも「もう一度会いたい」なのだ、「ずっと一緒にいたい」でも、「わかりあいたい」でも、「この人の唯一の存在になりたい」でもなくて。これからの二人の時間が完全に平行線にならないことだけを、せめてと願っている。また会えますように。そんなささやかな気持ちだけでつなぐ関係を、アルファさんは多くの人と結んでいる。

 人にとって「世界の終わり」はいつも、どんな時もとても遠いものなのではないかと思う。この物語に描かれているくらい、明らかにおしまいであることがわかっていても。世界が終わることより「私の死」「あなたの死」が人の近くにあり、そのことのほうがずっと人々には大問題だから。世界が終わっていくことを本当の意味で見つめられるのは、アルファさんのようなロボットだけかもしれない。そして、「もう一度会いたい」という儚くて、控えめにしか見えない人の願いや祈りが、本当はとても大きくて、強くて、高望みでもあって、叶わないことだって多々ある祈りであることを、アルファさんやミサゴは知っているのだろう。人はあっという間に老いて、そしていなくなる。もう一度会いたい、ということを「せめてもの願い」だと思えるのは、あっという間にこの世から消えていく儚い存在だからこそなんだ。アルファさんのような存在が、人を思い、人に「もう一度会いたい」と願うことはとても難しい。もうその頃にはその人はいなくなっているかもしれないし、成長し、旅立ってしまうかもしれないし。今も近くにいること、会えるかもしれない可能性があること、それだけで奇跡なんだ。
 もう一度なんて簡単には願うことができないアルファさん。アルファさんはそれでも、マスターの帰りを待ち、そしてコーヒーショップにやってくるお客さんを待っている。世界ができるだけ長く続きますように、と願う方が、彼女にとってはささやかな願いなのだろうと読んでいると思う。

・『ヨコハマ買い出し紀行』(芦奈野ひとし・著)
https://afternoon.kodansha.co.jp/c/yokohamakaidashikikou.html



最果タヒ
さいはてたひ。詩人。詩やエッセイや小説を書いています。
はじめて買ってもらった漫画は『らんま1/2』。
はじめて自分で買った漫画は『トーマの心臓』。


いいなと思ったら応援しよう!