第十回:GOMA Exhibition 「ひかりの地図」
堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text & Photo (Left): Mayumi Horiguchi
脳と意識とワタシの関係
「我思う故に我あり」というデカルトの言葉や、士郎政宗の漫画『攻殻機動隊』について思いを馳せると、「脳」について考えさせられる。『攻殻機動隊』は生身の人間、電脳化した人間、サイボーグ、アンドロイドが混在している未来の日本が舞台となっているが、読後に「自分を自分たらしめているのは『脳』なのか?」と、いつも思う。例えば主人公の草薙素子は、幼少時に脳と脊髄の一部を除く全身を義体化した女性型サイボーグだが、彼女を彼女(それこそジェンダーを含めて)たらしめているのは「脳」だから、身体はいくらでも、いかようにでも義体化できるんだろう、とか考える。そう思うと、脳ってすごいなぁと思わざるを得ない。
そんな「脳」について、さらなる思考を巡らせてくれるキッカケになるのが、この〈GOMA Exhibition「ひかりの地図」〉だ。本展は、2009年の交通事故により高次脳機能障害と記憶喪失を患うことになった、世界屈指のディジュリドゥ奏者であるGOMAの作品展だ。
内覧会でご本人にお会いし、貴重なお話を聞く機会を得たのだが、「自分が絵を描くようになるとは思っていなかった」そうだ。それが今では一転し、「一日中絵を描いています。リハビリのようなものなので」と仰っていた。
GOMAは、事故の2日後から緻密な点描画を描き始めたという。2018年、NHK ETVのドキュメンタリー番組でアメリカの研究所を訪れた際に、脳に傷を負ったことで突如特異な能力が開花する「後天性サヴァン症候群」と診断された。そしてそれ以来、医師や科学者、同症状を持つ人々との対話を通して、自身の創作行為に一種の普遍性を見出すようになったという。
そんな彼が描き出すのは「意識を消失したあとに見た景色」。事故から10年以上経ったいまでも、意識を失った昏睡状態に陥ることがあるというGOMAだが、本展では、GOMAが意識を喪失してから回復するまでの景色を段階ごとに構成し、ある規則を持った「地図」として鑑賞者に追体験してもらうという初の試みに挑戦している。つまり鑑賞者は、GOMAが脳内で見た風景を、彼の作品群を通じて追体験することができるというわけだ。ミュージシャンである彼が奏でるディジュリドゥのサウンドと共に。
ディジュリドゥは、オーストラリア大陸の先住民アボリジニの金管楽器だ。アボリジニは1000年以上前にこの楽器を作り、精霊と交信するための祭儀やヒーリングのために演奏していたそうだが、そのサウンドと共にGOMAが描いた作品群を見ていると、脳の構造が可視化され、具象化されたものを見ているかのようだ。実に神聖かつ深淵な気分になってくる。
GOMAが「ひかり」と呼ぶ自身の作品はどれも、現実の意識から遠く離れたところで出会った景色を描いているそうだ。本作は東京・渋谷で開催されているので、それを鑑賞する私たちは現実の渋谷という場所に、現実の肉体を用いて訪れるというわけだ。そしてその肉体には「脳」も入っているのだが、果たして私の「意識」は、ここ以外のどこかにも、簡単に浮遊可能なのではないか?!
作品を鑑賞した後、ゲリラ豪雨に襲われつつあった渋谷の街を後にしつつ、そんなことをふと考えた内覧会の1日であった。
【展覧会開催概要】
●会期:2022年9月2日(金)〜9月12日(月)
●会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)東京都渋谷区宇田川町15-1
●入場料:一般500円(税込)
※小学生以下無料 ※入場は閉場の30分前まで ※最終日は18時閉場
●主催:PARCO 協力:Jungle Music 展覧会公式HP:art.parco.jp
※感染症拡大防止等の観点から営業日時の変更、入場者数の制限及び休業となる場合がございます。ご来場の際は各店の営業日時をご確認ください。
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