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一生一緒。

 「 ねえ、本当に行っちゃうの? 」

もう一度確かめるように彼女の服の裾を掴み、問い掛ける。

「 当然でしょ?いつから言ってると思ってるのw 」

海岸沿いのザラザラとした石の橋の上に座り、暗くなった世界を小さなランタンだけが光を放つ。
風が吹く度香る塩らしい匂い。
その風に靡く彼女の長い髪。
 “  綺麗だ  ” と咄嗟に思ってしまう。
私の蝶の髪飾りも共感したかのようにカチャリと音を立てた。
私は彼女のことが大好きだ。
綺麗で、可愛くて、大人びていて、少しお茶目な所もあって。そして何より、凛々しい。
少し身を乗り出せば海水につま先が着いてしまいそうな今、私達は夜の危険な海を見に来ていた。

「 そっか、そうだよね… 」

彼女とは今日でさよならだ。
最後に私たちの思い出の場所へ行こうと話し、家を飛び出した。
6月の中旬。
生暖かい陽気が続く日が多いこの時期でも夜はまだ肌寒い。
海の近くとなると、余計に。
かれこれ1、2時間はこの場に居座っているだろう。
スマホのロック画面を見ると時刻は1時11分。
だいぶ夜は更けていた。
波が静かに押し寄せる音が心地良い。
その音に集中していると彼女が突然言葉を発した。

「 …あたし、ね、夢があるの。 」

どうしたのだろうかと思い彼女の顔をじっとみる。
“ 聞いてくれる? ” と首を傾げる彼女の声に、こくりと頷いた。
この子が自分から自身の事や未来を語ることは、滅多になかったから。
ちゃんと聞こう。と思った。
“ ありがとう ” と言ってから一呼吸置き、再び口を開いた。

「 この後、君と別れるけどさ。そのあとは、あっちで大好きな華に囲まれて、暖かい日差し浴びて、綺麗な海を見て。夜には沢山のお星様と綺麗なお月様を見て静かに過ごしたいんだ。
…けど、それが叶ってしまったら、君とはもう一生会えなくなるわけでしょ?
何よりも大好きな君を見れなくなるのは、正直、怖いし寂しいんだ。 」

言い切ってから苦しそうに微笑む。
普段からあまり長く言葉を繋げない彼女がこんなにも長く語ってくれたのは何時振りだろうか。
それも、自分自身のことを。これからの事を。
“ そうね ” と軽く返すと不安そうに瞳を揺らし、肩をくすめてから言葉を続けた。

「 …怒らないで聞いてよ?
一瞬ね、君の事も “ みちずれ ” にしちゃおっかなあ…って思ったんだけど。
それは君の本望ではないでしょ?
あたしの勝手な感情ひとつで、君のこれからの長い未来を潰す訳には行かないし。君には “ 夢 ” があるんだから、尚更。 」

なんてことを言い出すんだと溜息を吐く。
“ ごめんってー ” と気まずそうにする彼女の顔をこちらに向かせ、目を真っ直ぐに見つめる。

「 私だって貴方と別れるのは寂しいよ。
けど道ずれにする気なら何も言わず道ずれにしてよ。 私、本望がどうかなんて語ってないし。
決めつけないで。夢がどうとかもどうでもいい。 」

最後くらい優しい言葉を掛けたかった。
けれど私のこの口は優しい言葉なんて吐けなくて。
またいつも通り、毒を吐いてしまった。
言ってから後悔し、そっぽを向いているとふはっと笑う彼女の顔が視界の片隅に映った。

「 あはははははっ!ほんっっっと優しいよなw 」

想定外の言葉が降ってきてぽかんとする私に優しく抱きついた。

「 じゃあ、そうさせてもらおっかな…! 」

そう言った直後、にやりと笑って抱きついたまま身体を横に傾けた。
そこからは本当に一瞬の出来事で。
ちゃぽん、と小さな音を立てたと思った途端、身体のあちこちにある傷口が染みた。
そして先程まで見上げていた空に輝く数多の星がぐわりと歪んでいた。
鱗を光らせるアンチョビのような魚が私の目の前を遮って、即座に理解した。

 ( ああ、海に落ち…
      違う。
      あっちの世界への入口に近付いたんだ。 )

魚と歪んた星空を見て確信した。海の中だ、と。
隣からごぼっと苦しそうな音が聞こえ水圧に負けそうになりながらも見ると、ゆらゆらと長い髪と短いスカートを揺らし、潤んだ瞳で微笑みを向けた彼女の姿が私の目にはっきり映った。
にこっと笑みを返し、口パクで伝える。

“ わたしはあなたといるからね ”


一瞬とても驚いたような表情を作り、数秒後にくしゃっと笑って彼女はこう言った気がした。

“ うれしいよ  ありがとう ”

よかった、と安堵を覚える。
幸せなのに、なんだか苦しくて。
でも、嬉しくて。
この先もずっと一緒に居れるんだと思うと、泣いてしまいそうになる。

“ さよなら ” をしたのは私達2人じゃなくて、“ この世 ” だった。
ゆっくりと、確かに遠退いていく意識。
残った力でぎゅうっと抱き締め合う。
これが私が、私達が選んだ最期。
私にとっては大満足だ。
大好きなこの子と、誰よりも愛しているこの子と。
大嫌いなこの世界に別れを告げられたのだから。

大嫌いなこの “ 人生 ” を、終わらせられるのだから。

瞳を閉じると同時に、青色の蝶が水中を舞った。
私達の魂を蝶の形をした死神様があっちの世界へ連れて行ってくれるかのように。
私達2人と無数の魚達しかいないこの冷たい水の世界で、私達は灯火を消した。


水中に浮かび遺るのは青色の蝶の髪飾り。
コンクリートの上で光を消したランタン。
静かに光を放つ2つのスマートフォン。
時刻は1:24。
空の星は今日も輝きを絶やさなかった。

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