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CMF Watch Pro 2のある憂鬱

 昔はエロ動画を集めるのが趣味だったのだが、さすがに最近は控えている。性欲が衰えたせいではなく、キリがないからだ。今の時代、いくらでもノーカットのエロ動画がタダで手に入る。必然的にエロ動画の収集熱は冷めるというわけだ。
 ああ、モザイク入りの範田紗々の動画に心をときめかせていた頃が懐かしい。いや、河原に落ちているエロ本を拾っていたあの時代に戻りたい。
 で、今は何を集めているかというと、スマートウォッチである。金を稼いでいた頃は、車だバイクだと騒いでいたのだが、今は底辺を四つん這いで生きる貧乏人である。安物系のガジェット収集がせいぜいなのだ。
 一番最近買ったのは、CMF Watch Pro 2である。これで夫婦関係が壊れかけた。今も壊れかけたままだ。
「あなた、Amazonから何か届いてるわよ」とクレオパトラ似の妻が段ボール箱を抱えて書斎に入ってきたのである。怪訝な顔をしている。「何か買ったの? なにも聞いてないんだけど」
「ああ、非常にコスパにすぐれていると全世界で話題になっているスマートウォッチを買ったのだ。これを買わないのは馬鹿だと有名なYouTuberが37人も言っていたのだ。私は馬鹿ではない。ゆえに、ついポチってしまったのだ」
「えっ、スマートウォッチなら、三ヶ月くらい前に買ったじゃない。今もそれを付けてるでしょ」
「ああ、これはシャオミのRedmi Watch 3 Activeと言って、中華製なのだ。こんなのを付けていると情報が共産党に筒抜けになって命の危険にさらされるのだ。私は以前、習近平をプー近平とからかう動画をアップしたことがあるから特に危険なのだ。今度買ったCMFは、一応イギリスのメーカーだから大丈夫。いやあ、良かった良かった。命拾いしたなあ」
 一気に不機嫌な顔になった妻を書斎から追い出し、さっそく開封して製品を取り出す。丸型でなかなか格好がいい。さらに文字盤が独特でデザイン性にすぐれている。アップルウォッチに似たデザインがいくつか見られるのはご愛敬である。
 中華製のRedmi Watch 3 Activeは、確か3,900円ほどで買った。今度のCMF Watch Pro 2は、11,000円である。どのYouTuberたちも「コスパにすぐれている」「この値段なら買いだ」「安すぎて怖いっ」と口を揃えるのだが、私にとっては一万円超えのスマートウォッチは、十分に高価である。なにしろ最初に買ったのは、2,980円のスマートバンド5だった。11,000円を安いという感覚に対し、私は怒りに震える。ああ、貧乏が憎いっ。熱力学第二法則も憎いが、貧乏はもっと憎いっ。
 しかし、あなた。
 単なるオモチャだろうなと最初は馬鹿にしていたスマートウォッチだが、意外なほど使えるガジェットだった。白く光るだけの懐中電灯も深夜の家の中なら十分に役立つし、振動だけのアラームでもきちんと目が覚める。
 歩数計やらランニングなどのワークアウト機能がメインなのだろうが、私はこの手の記録的な機能は注目していない。何キロ歩いただとか消費カロリーはいくらだとか、そんなものがわかって記録できても、私にはあまり意味がないように思えるのだ。
 私がスマートウォッチを付けている理由は、やはりその未来的な感覚だろう。いや、SF的な感覚といった方が正確か。もっと具体的に言うと、ウルトラ警備隊が手首に付けていたビデオシーバーである。
 ご存知か!?
 日本SFドラマの最高峰と断言できる「ウルトラセブン」に出てきた心躍るガジェットだ。小さな箱形の腕時計で、「アンヌ隊員!」と呼びかけるとアンヌ隊員が小さな画面の中にあらわれ、「あら、ダンじゃないの」などと会話をすることができるのだ。子供だった私は、未来になれば必ずやビデオシーバーが誕生するであろうと出来の悪いクラスメートたちに予言したものだった。
 そして、今回購入したCMF Watch Pro 2は、ビデオシーバーには一歩及ばないが、十分にそのSF心を満足させることのできる製品だった。デザインは先進的で美しく、Bluetoothにより会話も単体でできる。また、腕を振るだけで電卓画面も出てくるのだ。いつでもどこでも計算し放題である。算数の苦手だった丸山君も、さぞや喜んでいることだろうなどと、過去の思い出にしばし浸ったのである。
 そんなわけで新しいスマートウォッチは、十分に私の満足を引き上げたのだが、相対的に妻の満足は引き下げられた。妻から笑顔が消え、かつてはクレオパトラ似だった私の妻は、今では蓮舫似の妻であるに過ぎない。眉間のしわが消えないのだ。
 正直に言うと、アプリも含めた総合的な使い勝手で言えば、シャオミのRedmi Watch 3 Activeの方が上なのである。質感とデザイン性のみがCMF Watch Pro 2の利点なのだ。もちろんそれこそが身につけたいと思わせる一番のモチベーションなのだが……。
 妻の眉間のしわが思い出され、なぜ、こんなのを買ってしまったのだ、と自分を殴りたくなってくる。どうせ回りの者に見せびらかしても「あら、スマートウォッチだけは格好いいわね」と笑われるのがオチなのだ。
 後悔の念がふくれあがろうとするのを、私は懸命に押さえ込んだ。
 何を弱気になっている。後悔先に立たず、覆水盆に返らず、英語で言えばWhat’s done is done(すんだことは仕方がない)である。そもそも中華製を使うのをやめたのは大いなる利点ではないか。共産党に情報が漏れないだけでも、CMF Watch Pro 2を買った意味はある、と私は何度も自分に言い聞かせた。
 今も言い聞かせ続けている。


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