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Led Zeppelin/Physical Graffitiについて②
前回に引き続きPhysical Graffitiについて、語ります。今回は少しばかり地味な2枚目。前回はこちら。
In the Light
In Through the Out Doorの1曲目にIn the Eveningという楽曲があって紛らわしいのだが、こちらはIn the Light(光の中)である。
Ten Years Goneと並んで2枚目の中核をなす楽曲でまたしても8分を超える大作。Kashmirの余韻を受け継ぐようにジョーンズによる中東風の濃厚なイントロが奏でられ、祈りをささげるようなプラントの声が重ねられる。再び砂漠の迷宮に迷い込んだような感覚に陥るのだが、歌い上げられた歌詞は意外なほどにストレートな励ましである。
「そして、もしも貴方がこれ以上は無理と
貴方の希望が深く沈んでいると感じるなら
どうか信じて、貴方は間違えてなんていない
光の中で、貴方は道を見つけるだろう」
この歌詞がまるで天の啓示だったかのように、リフが突然飛び込んできて、今度は説法のような調子でプラントが視聴者に向かって語りかけてくる。歌詞も分からずに聞くと少し不気味ささえ感じるのだが、歌が終わるとキーボードに導かれてギターが不思議に明るいメロディを奏でだす。かと思いきや、再び冒頭の中東っぽいフレーズに戻って同じ展開をもう一度繰り返すというふり幅の強い構成。プラントが「光の中へ」と叫ぶと、靄が晴れたように明るいギターソロが登場し、光の中でプラントがシャウトを繰り返す。
冒頭のフレーズを終えてギターが切り込んできた際にはここからバリバリのロックが始まるのかと思ったが、とっつきにくさの割に後味はすっきりしたポップな楽曲である。Aerosmithの大ヒットシングル、I Don't Want to Miss a Thingはもちろんご存知の方が多いと思うが、この曲は当初シングルか映画のサントラでしか聞くことができなかった(後にJust Push Playに収録され、当然ベスト盤の常連になる。自分が歯ぎしりしたのは言うまでもない)。サブスクもYouTubeもない時代なので渋々シングルを購入したのだが、そのカップリングにNine LivesからTaste of Indiaという曲が何故か選ばれている。文字通りインド風の味付けをした楽曲なのだが、やはり冒頭は紫煙が燻るような濃厚なインドの匂いがする。そこからは一転してキャッチ―なロックが姿を現す。In The Lightも冒頭のフレーズを聞いた際にそんな感じの楽曲を想像していたのかもしれない。
光の彼方へ中東の風も送り込んだのか、これ以降は英国の空気を取り戻し、英国の田舎風景が見えてくるようなサウンドが中心になる。
Bron-Yr-Aur
タイトルからも分かるがLed ZeppelinⅢからのアウトテイクである。Bron-Y-Aur Stompという歌ものの曲がLed ZeppelinⅢには収録されているので紛らわしいのだが、こちらはペイジによるインストゥルメンタル。アコギのみで奏でられる美しい小曲で、リフメイカー以外のペイジの顔を覗かせる。
Down by the Seaside
「海辺をボートが走るのが見える」なんていう暢気な歌詞から始まるカントリー風の楽曲。エリック・クラプトンのPilgrimというアルバムにMy Father's Eyeという曲があり、クラプトンのベストにも度々取り上げられているのだが、何となく同じような雰囲気を感じる楽曲である。
途中には珍しくThe Beatles風のコーラスも入っており、Led Zeppelinには似つかわしくないほど和やかな楽曲である。人によってはもういいかと冒頭のみ聞いて飛ばしてしまうかもしれないが、少しだけ踏ん張って聞いてみてほしい。プラントが「人々は去ってしまった」と繰り返し歌い「とても遠くへ」と呟くように歌うと、突如曲が雰囲気を変える。ギターが左右に交錯する緊迫感と不穏さのある演奏になるのだが、これが滅茶苦茶にかっこいい。歌メロもまるで別のものが登場して、さすがはLed Zeppelinだと感心している間に元の曲調にあっさりと戻ってしまう。なまじかっこいいパートだっただけに肩透かしをくらってしまう。
途中の「See how they run」というフレーズの連呼から「twisted」という単語が出てくるので、The Beatlesを思い出してしまうが、もちろん何の関係もない。
Ten Years Gone
10本以上のギターを重ねた2枚目の中核をなす楽曲だが、実はシンプルなラブソングである。ギターの重ね録りの比重が大きくペイジ主導の楽曲かと思うのだが、意外にも本曲はプラントがベースを作曲しているという。ペイジの楽曲には荒々しく男らしい歌詞をつけることが多いプラントだが、自身の色が濃くなると内省的な歌詞が多いような気がする。本曲も人との再会を以下のように静かに歌い上げている。
「そして、かつてそうで在ったように、再びそうなるだろう
たとえ時に筋が分かれたとしても
川は必ず海へと行きつく」
静けささえ感じる深いギターの音が印象的なイントロから始まり、リフで静寂が破られるのはIn the Lightと同じなのだが、個人的にはせっかくの雰囲気を台無しにしているようでやや不躾な感じがする。一方の中盤ギターソロでペイジのギターが甘いメロディを奏でるパートは秀逸。夕暮れを眺めるようなゆったりとしたソロから、ボーカルパートも転調し、少しばかりアップテンポな曲調に変わる。
それなりに凝ったサウンドの割にあんまり目立たないのは、本曲に限らずLed Zeppelinのバラードテイストの楽曲全般に言える(Since I've Been Loving Youに代表されるブルースベースの楽曲ではなぜか生き生きとする)。分かりやすいポップスのバラードを嫌ったのか、単純に苦手だったのか分からないが、歌メロが弱くてアレンジに曲がついていっていないように感じる。Stairway to Heavenが彼らのカタログの中で燦然と輝くのは、歌メロをしっかりと作りこんだ珍しい楽曲だからということもあるのかもしれない。
ライブではプラントのボーカルがより引き立つため、音源よりずっと聞きやすいしいい味を出している。もっとも、まずはジョーンズのギターに目を奪われると思うが。
Night Flight
星の王子さまでお馴染みのアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの1931年の作品に夜間飛行という作品がある。星の王子さまのふわふわとした世界観を想像して読んでみたら、まるで違うしっかりとした小説で挫折した記憶がある。本曲もタイトルを和訳すれば「夜間飛行」となるが、もちろん何の関連性もない。Led Zeppelin Ⅳからのアウトテイクである本曲は明るいポップナンバーである。
「海の向こうの兄貴から手紙を貰った」ので「友達皆に別れを告げてマッチボックスに希望を詰め込んだのさ。だって今こそ飛び立つときだからね」と明るい調子で旅立ちを歌う。
Led Zeppelinには珍しくイントロなしでいきなり歌から入る上に非常に親しみやすいメロディとなっている。Led Zeppelin Ⅳのクラシックな雰囲気には到底似つかわしくないので、アウトテイクとしたのは正解だろう。ライブでも演奏されたことがないそうだが、出だしのメロディの人懐っこさが妙に印象に残り、Physical Graffitiの中では比較的よく聞いた楽曲である。
キャッチ―なメロディなのだが、曲が進むにしたがってプラントがどんどん歌い崩していくのが面白い。また目立ちはしないがキーボードがずっと裏で鳴っており、曲の柔らかいイメージに一役買っているのではないかと思う。
The Wanton Song
少しテンポが遅めの2枚目の楽曲の中では異質ともいえる楽曲で、タイトルは直訳すれば「不道徳な歌」「ふしだらな歌」ということになる。ギターとベースがユニゾンするスピード感のあるリフをメインに据えた楽曲で、このリフを後にB'zやAerosmithも拝借している。リフのスピード感をそのまま曲に乗せた先の二組と違って、プラントは少しエコーのかかったボーカルでむしろゆったりと歌っている。頭のリフの強力さであればImmigrant Songにも匹敵するのではないかと思うが、残念ながらそこまでの存在感は出せなかった。ただ、Night FlightとBoogie with Stuという和やかな楽曲に挟まったことで、曲の存在感が高まったのもの確か。ボーカルパートが終わると一旦テンポを落として、またリフに戻す構成もスリリング。
次作、次々作ではこうした楽曲はほとんどないのだが、解散後に発表されたCodaではテイストの近い楽曲がいくつか収録されており、ブルース等の古典の再解釈による大作とはまた違うソリッドなロックの路線を模索していたことがうかがえる。多くのロックバンドが古典的なサウンドでは太刀打ちできずに存在感を消していった1980年代にLed Zeppelinがもしいたらどうなっていたかというのは愉快な想像だが、プラントの喉の調子やペイジの演奏力等を考えるとLed Zeppelinと言えども中々厳しいことになったのではないかと思う。
現役時代はもちろん、Page and Plantでも取り上げられた楽曲であり、どちらかと言えば民族風のアレンジに傾倒したプロジェクトにも関わらず、本曲は意外なほどに原曲ベースでテンション高く演奏している。
1970年代後半に空中崩壊し、オリジナルメンバーの再集合と外部ライターの導入で劇的な復活を遂げたAerosmithは言うまでもなくLed Zeppelinの強烈な影響のもとに育ったバンドである。2024年にスティーヴン・タイラーの喉の不調が完治しないとしてツアーを引退してしまった。音楽制作まで引退したのかについては明言がないが、2025年時点では2012年リリースのMusic from Another Dimension!を最後に作品をリリースしていない。そのMusic from Another Dimension!の先行シングルとなったLegendary Childを聞くと、The Wanton Songのリフが自然に登場している。リフにそのまま歌を乗せたLed Zeppelinに対して、Aerosmithは曲間のフレーズとして利用しているのも面白い比較。
Boogie with Stu
ややこしいのだが、本曲はカバー曲であり、リッチー・ヴァレンスのOoh, My Headのカバーである。事実上The Rolling Stonesのメンバーであったイアン・スチュアートとのセッション曲であるため、タイトルはBoogie with Stu(スチュアートとブギー)となっている。発売当時、ヴァレンスは個人だったので親族に印税が入るようにクレジットを入れたら、親族から著作権は親族側にあると言われたそうだ。今日の日本人的な感覚からすると、カバーして改題して、後付けで許諾を得るバンドにも問題があるように思えるが、昔のブルースやロックではこうしたことが当たり前だったのかもしれない。当然全てがなあなあで解決はしないので、Led Zeppelinも含め古くからのロックバンドは多くの訴訟も経験している。
The Rolling Stonesは当時トレーラーを改造して内部にスタジオを入れ込んでしまった移動式スタジオ、モービル・ユニットを所有していた。画期的なこのユニットはThe Rolling Stonesだけではなく多くのバンドに貸し出され、多くの名曲を生んでいるわけだが、イアン・スチュアートはこのユニットの管理人だった。Led ZeppelinⅢ、Led ZeppelinⅣのレコーディングでモービル・ユニットを借り受けたLed Zeppelinはイアン・スチュアートとセッションする機会を持ち、生まれた名曲がLed ZeppelinⅣに収録されたRock and Rollであり、楽しいセッションであったことを物語るのが本曲である。
元々は古き良きロックンロールだったが、ドラムの音で始まり、最後にドラムを残して曲が終わる独特の構成。ボーナムの大きなドラムの音(プレイ自体は素朴だが単純にボリュームがデカい)に始まり、スチュアートのピアノ、ペイジのアコギが絡んでいき喧しいカントリーのようなアレンジとなっている。レコーディング時期が少し前ということあり、プラントはかなり高めのトーンでこの曲を熱唱しているが、原曲も1950年代にしては高めのテンションで歌っている。ライブにおいてはしばしば古いロックンロールのカバーをしていたLed Zeppelin、この曲も彼らの好むレパートリーの一つなのだろう(ただし、ライブで演奏されたことはない)。
モービル・ユニットでレコーディングされた作品にThe Rolling StonesのSticky Fingers(1971年)とExile on Main St.(1972年)がある。Sticky Fingersの1曲目を飾るのがThe Rolling Stonesの代表曲の一つでもあるBrown Sugarなのだが、ここでもスチュアートの陽気なピアノを聞くことができる。
Black Country Woman
続く楽曲もアコースティックな味わいの楽曲で、タイトルは「田舎女」を意味する。
「やろうか、ジミー」
「飛行機の音が入っちゃったよ」
「ああ、気にしないでいいよ」
冒頭にはこんな会話が挟まれており、野外レコーディングらしい一面を覗かせている。気軽にセッションしている風の楽曲であることに加えて、素朴なアレンジの曲もいくつか聞いているので、若干ダレてしまっていることは否めない。とは言え、イギリスの田舎でメンバーが顔を突き合わせながらレコーディングしている風景は何となく思い浮かんでくるから不思議。このテイストはアメリカ人には不思議と出せなくて、大抵はもっとカラっとした仕上がりになる。
Physical Graffitiがリリースされた1975年に同じくリリースされたPink FloydのWish You Were Hereは名曲Shine on You Crazy Diamondにいくつかのアルバム曲が挟まれる構成だが、そのタイトル曲はアコースティックな仕上がりとなっており、やはり不思議と同じ英国の香りがする。
一方、英国出身ながらもアメリカのブルースに身も心も捧げたのがエリック・クラプトンだが、彼がコロナ禍に発表したライブアルバムLady in Balcony : Lockdown Sessionsはまさに英国の田舎の一軒家で録音された絵も音楽も非常にオシャレな作品である。この作品を聞いて、そういえばクラプトンは英国出身だったなと思い出した。
話をBlack Country Womanに戻すと、アコースティックなサウンドだが、途中から切れの良いボーナムのドラムが聞こえてくる。俺にも歌わせろと言わんばかりに小気味よく音を刻むドラムの音がとても気落ち良いので、どうか飽きたなどと思わずに最後まで聞いてみてほしい。
Sick Again
アルバムの最後は猥雑なリフから始まるロックナンバー。冒頭のCustard Pie同様にそこまでブルース色を感じさせず、後発のロックバンドに近いテイストのコンパクトな楽曲である。
「お前、俺の顔が何で好きなんだい?
俺はお前の名前さえ知らないんだけど」
こんな調子でグルーピーについて歌うのだが、少し下品な男を演出するためか、プラントはかなり聞き取りづらい酔っ払ったような調子で歌っている。グルーピーを指してSick Againとタイトルをつけるのはなかなかにセンスがあるというか皮肉がきいていると思う。
惜しむらくはサビの弱さで、スタンダードな歌物の構成であるがゆえにその弱さが目立っている。ボーナムのドラムに導かれて始まるギターソロの方がずっとキャッチーである。
比較的凡曲に聞こえるがライブになると途端に強力なロックナンバーに変わるのがLed Zeppelinの凄さで、ボーナムの暴れっぷりも含めてほとんど別物である。
Physical Graffitiについて
正直これを書き始めてから2週間くらい、人生で一番Physical Graffitiに向きあったと思うのだが、全然飽きの来ない不思議なアルバムである。これまでも十分に聞いてきたとは思うのだが、分量もあり曲展開が複雑な曲も多く、改めて聞き直しては発見の繰り返しだった。
全体で見ればやはり1枚目の華やかさ、面白さに比べると2枚目はいかにもアウトテイク集然としており、だいぶ好みが分かれるだろうなという気がする。ただ、1枚目だけでアルバムが成り立つかというと、そうでもない。肉の後には野菜を食べるように、1枚目の後には2枚目がないと味が濃すぎるような気がする。
いきなり聞いて良さがわかるようなアルバムではなかったかもしれないが、長く聞き続けていきたいと感じるアルバムであることは間違いないので、苦手な方も一度じっくりと向き合ってみていただけたら幸いである。