みかた
「それ、見方が違うんじゃない?」
突き刺したケーキをこちらに向けながら、彼女は言った。
彼女の目の前には、色とりどりのケーキが所狭しと並んでいる。バイキングと名のつくものは何でも本気で挑む。それがこの友人のポリシーだ。
「見方って…。私には、それは4個目のチーズケーキに見えるけど。」
ケーキバイキングとは名ばかりの、6種類くらいしかケーキのない食べ放題だった。制限時間である90分間は文句も言われず居座ることができるが、ただ居座れるというだけで、別に90分間食べるのを楽しめるわけではない。ケーキがあまりに少ないので、私は早々に飽きて、紅茶を啜りながら最近の出来事や愚痴を喋っていた。バイキングに真剣な友人はというと、やはりここでも飽きもせずせっせとケーキを食べ続けていたのだが、一応私の話は聞いていたらしい。いきなりフォークを口に運ぶのを止めて、「見方が違うんじゃない?」と指摘したのだ。
「ケーキは何個目だってケーキでしょ。そうじゃなくて、あんたの物事の見方の話。」
彼女は4個目のチーズケーキを片付け、5個目のロールケーキをつつきながら言った。
「物事の見方?」
いきなり概念的な話が始まって、困惑する。
「そう。」
彼女はロールケーキを食べる手を動かし続けながら、淡々と話し始めた。
「あんたは、自分が嫌なこととか苦手なことを把握して、いかにそれを上手く避けて通るかってところに重きを置いてるわけ。だけどその後輩は、成果を上げるためには何でもチャレンジしますってタイプでしょ?だから反りが合わないし、リスクはあんたの方が少ないけど、リターンは後輩の方がでかいから、あんたが成果上げてないように見えるわけ。」
まあ、そこに気づけない上司もどうなのって感じだけどさあ、と彼女は言って、ガトーショコラへフォークを伸ばす。
「で、それってタイプの違いではあるんだけど、つまりはあんたと後輩とで物事の見方が違うんだろうなって思ったの。」
フォークを舐めながら、彼女はちらりと私の顔を見た。理解できてる?と聞いているかのようだ。
「たしかに、あの子とは価値観合わないっていうか、根本的な考え方が私と違うんだろうなって感じはする。」
彼女の言いたいことと合っているか分からないが、とりあえず私が常々感じていることを言ってみた。
「うん、だろうね。」
彼女はフォークを置いて、コーヒーを啜った。気がつけば皿の上は空になっている。またケーキを取りに行くだろうかと私も紅茶を啜って待ってみたが、彼女は立ち上がる素振りもなく、そのまま話を続けた。
「たぶんね、あんたは減点法で、後輩は加点法なんだよ。」
「げんてんほう?」
咄嗟に何のことか分からず、聞き返した。
「現状を起点に、マイナスとするかプラスとするかってこと。あんたはさ、今の自分が切り崩されなければ満足って考えてるんじゃない?だからいっつもリスク回避してて保守的だし、無駄なことはしないっていうか、必要最低限って感じじゃん。」
今日だってぜんぜんケーキ食べてないしさー、と大袈裟に眉をひそめて付け足す様子が、彼女らしく感じる。自分の言ったことで気を悪くさせたらまずいと思ったのだろう。自由奔放に見せて、その実、人の顔色を窺ってバランスをとるのが彼女の癖だった。
「必要最低限って言うほど倹約家じゃないけど、たしかに、現状のまま平和にいられればいっか、って思ってるかも。」
私が頷くと、彼女は、でしょ?と首を傾けて小さく笑った。
「でもさ、後輩は加点法なわけ。現状にプラスで、『あれをやりたい!』とか『これをしよう!』って思って、その成果を積み重ねたいと思ってるんだよね。だから、物事の見方が違うなって思ったの。」
そう締めくくった彼女を見て、私は新鮮な気持ちになった。まさか自分が減点法で生きていたとは。そして、世の中には加点法で生きている人もいたとは。驚きと、納得と、なんとなく焦りが生まれた。私は彼女にたずねた。
「同じフィールドで生きてるのに、減点法の人間と加点法の人間がいるのってまずくない?減点法の人、不利じゃない?」
彼女に聞いてもどうにかなるものではないとは、もちろん分かっている。でも、小さな不安に気づかされてしまった以上、何かフォローが欲しかった。
彼女は、うーん、と少し唸って、答えた。
「最終的に、目に見えるものでしか他人からは比較できないから、そしたら加点法の人の方がいろんなこと持ってて凄いねってなると思う。それは仕方ない。」
でもさ、と彼女は手元のコーヒーカップを見つめて続ける。
「それは減ったものが他人に見えないからってだけで、自分で満足できれば、他人が何を言おうが関係ないと思う。ていうか、減点法でいくなら、他人の評価を気にしちゃだめなんだと思う。自分でここより下にしないって線引きして、それを守るためにいろんなこと回避しようと頑張るんだから、だったら評価も自分でしなくちゃいけないんだと思う。」
だから、気にしなくていいよ、他人なんて。彼女はそう言って、私の顔色を窺った。
私は、悩んでいた。彼女の言葉はもっともだと思ったし、別に腹を立てたり悲しんだりしているわけではない。
ただ、あまりにも彼女が私のことを理解してくれているので、驚いていた。職場は違うし、定期的にご飯を一緒に食べて近況報告をし合っているだけなのに、私でも分かっていない私のことを、こんなにすらすらと話せるなんて。思ってもみなかった。
正直、彼女の言葉はフォローというよりやはり『指摘』で、私の不安を解消してくれるものではなかった。むしろ余計もやもやが生まれた。
けれど、なぜだかひどく安心した。こんなにも私のことを理解してくれる人がいるのだから、減点法だろうがなんだろうが、大丈夫かもな、と思った。誰が何を言おうが、彼女だけは、私のことを理解してくれる。所詮、人は自分の思うようにならないと満足できないのだ。そう思えば幾分か気が楽になるし、彼女という存在のありがたさを実感する。
感謝の気持ちを抱きながら彼女を見ると、いまだコーヒーカップを握って、こちらをじっと見つめていた。この友人は、本当に人の顔をよく見る。私は小さく笑って言った。
「じゃあ、とりあえず今は、あんたに全ケーキを食べられちゃうっていう悲劇を避けるために、もっと食べておこうかな。」
彼女と私は競うように立ち上がる。