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【短編小説】彼女とSuicaと三角屋根【的なもの】

気がつくと目的の駅が近づいてきていた。胸ポケットにSuicaとPASMOが入っていることを確認する。出し入れが面倒なので、外出時には交通系カードはケースに戻さず胸ポケットに入れている。普段はPASMOを使っているのだが、今日はSuicaを利用した。両方とも最終使用日から10年が使用期限と聞いている。そろそろSuicaも使ってやらないと、このSuicaのペンギン(名前は無いそうである)は、ただのペンギンになってしまう。

駅から南方には道路が放射状かつ対称に伸びている。中央の太い道路には少し離れたところに歩道橋が架かっていて、その上から駅を眺めると三角屋根の駅舎が小さく見える。可愛らしく、そして美しい。古来より碁盤目状に都市開発されることが多い日本には珍しく、欧州の都市を思わせる構造である。と、かつて彼女に自慢された事を思い出す。

オレンジ色の電車が駅に滑り込む。既に夕刻である。少し疲れた感のある人々の後についてホームに降り立つ。

今日は大学生から大学院の頃に付き合っていた彼女の自宅に招かれている。少し前に偶然再会し、なんとなくそんな流れになった。共に子なしバツ1なのが、何とも複雑な気持ちにさせる共通点か。彼女は学生の時にくらべると年月を経た落ち着きのようなものを漂わせていた。でも、個性的なところが魅力だった君だもの、上手に隠しているだけだよね。そう思うと、微笑ましい気持ちにさせられる。

今は初めて付き合い始めた頃と同様、メガネを掛けている。当時は付き合い始めるとすぐにコンタクトレンズにしてしまったのだが、実はメガネ姿の彼女が好きだったのだ。今ほどコンタクトレンズの性能が高くなく、手入れも面倒だったから、それに託けて「メガネでも良いのに」と言ったら怒られた。本当はメガネが良いのに。コンタクトレンズにした彼女は華やかに見えたけれど、同時に今にもどこかへ飛び去ってしまうのではないか、と不安にさせられた。

誰からともなく、彼女は僕と別れたあとすぐに結婚したと聞いた。当時、家族が辛い事件に巻き込まれて彼女は傷ついていたし、一方その頃の僕は自分の研究のことだけで精一杯で、支えてあげる余裕がなかった。可能な限り時間を割いて寄り添っていたつもりではあったが、彼女の求めていたものとは違っていたのだと思う。

何年かして僕も結婚し、僅か2年で離婚した。機能不全家族に生まれ育った僕にはもともと結婚願望は皆無だったのだから、うまくいかなくても当然なのだと思う。
対照的に夫婦仲の良い両親の元に育ち、結婚願望も人一倍強かった彼女が離婚したのは意外でもあったが、まぁ一緒に住んでみないと色々と分からないこともありますよね。

ふと駅の近くの花屋で花束でも買って行こうと思いつく。そんな事をして遊び育った年代なのだ。

駅の自動改札を出ようとすると、エラー音に阻まれた。念のため、もう一度同じことをくり返してみるが、結果は同じ。しばらく待って乗降客が捌けてから、駅員に尋ねてみる。陽気な若い駅員は嫌な顔もせず、慣れた手つきでSuicaを機械に掛けて調べてくれた。

「このSuica、使用期限が切れてますね。長いこと使ってなかったんじゃ無いですか?」
「いや、さっきこれ使って入場したんだけど」
「確かに、古い入場記録が残ってるんだけど……。10年以上前だしな。あと、出場
記録が無いんですよね。出場記録が無いと、次に入場する時にエラーが出るはずなんですけど……おかしいなぁ」
Suicaを出すときに一緒に出したPASMOを目敏く見ていた駅員は、
「一応、そっちのPASMOも調べてみましょうか?」
と言ってくれる。今日、こっちは使ってないはずなんだけどな、と思いつつ手渡すと、やはり
「こちらは問題ありませんね」
との台詞と共に、あっさり返してくれた。

雲行きが怪しくなってきたので、運賃を再度払うことにする。入場した駅は証明できないが、僕の職場の最寄駅は始発駅にとても近いので信用してもらえたようだ。手間を掛けさせた礼を言って改札を出る。やっと解放された。

改めて周囲を見渡す。こんな駅だっただろうか?振り返ると確かに三角屋根はあるが、真新しい。いやいや、よく見ると駅本体とは繋がっていない。ホームは高架になっている。あんな所から降りてきた記憶はないのだが。

ぐらりと意識が揺らぐ。
今はいつなんだ。
どこまでが現実なんだ。

流石におかしいと気づく。
目が覚めた。




一昨日くらいにみた夢です。まさかの夢オチです。と言うか、本当に夢です。目が覚めた後でも、いつまでも忘れずに残っているので文字に起こしてみました。少し盛った部分はありますが、ほぼオリジナル(?)通りです。
彼女が出てくる夢はあと数バージョンあって、何回かずつ見ています。これは最新版です。

「なんて粘着質な人なの! 気持ち悪い!」

と思われるかもしれませんが、夢なので自分では制御できません。

「じゃあ、根っからの粘着質なのね!! 嗚呼、気持ち悪い!!」

と思われるかもしれませんが、ある意味、悪夢でもあるわけで、

「元カノを悪夢と呼ぶのね!!! ますます気持ち悪い!!!」

かつての自分の無力さを強制的に思い起こされる辛さは、彼女と会える喜びとセットになることで、より強調されています。
でも、きっとまた同じ夢を見ます。そして傷付きます。ずっと続きます。

最後にですが、交通系カードの記録方式、駅の構造については専門ではないので、不正確な記述もあるかもしれません。必要な場合は、ご自分でご確認ください。

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