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消えたい気持ちと消失の不安

もう消えたい、消えたい、消えたい…暗い夜の闇にすーっととけて消えてしまいたい…

死ぬのはめんどう、どうやって死ねば苦痛が少ないか、どうやって死ねば家族に迷惑がかからないか、考えるのがめんどう…

家族が悲しむ?…初めは悲しんでくれるかもしれない。でも、時間が経てばそれを乗り越えて強く生きてくれる。私の家族はそういう強い人たちだ。
弱いのは私だけ…

消えたい消えたい消えたい消えてなくなりたい…

それをしばらく繰り返した後、本当に自分が周りの空気にとけて消えてしまっているのでは、と不安になり、手のひらを自分の目の前で広げる。
右手で左手を、左手で右手をなぞって確認する。
握って…開いて…
頭、顔、足…身体の輪郭を手でなぞって確認する。

まだ消えてなかったと安堵…

久々に出た精神状態。きっかけも原因もわからないのがやっかい。


中学生の頃から、リストカットを繰り返した。
勇気がないので、傷は浅い。
でも、たくさん増えた。周りに勘付かれてからは、足を切った。
1本だけ、いまだにうっすら見える傷跡がある。
今は、その時の心の痛みを愛おしく感じるようになった。

勉強しか取り柄がなかったので、勉強でつまづくと、シャーペンで左手の甲を思いっきりぶっ刺した。

大人になってからは、形が変わった。

結婚して、子どもを産んで…
自分にとって大切な存在が増えたから、消えたくなることも減った。
痛みに鈍感になってきたのもあるかも。
でも、たまにものすごい大きさの消えたい衝動が押し寄せてくる。
自分にとって大切な存在は増えたけど、その中に自分がどうしても入らないから、こうなるのかもしれない…


子どもを育てる中、思い出す幼少期の記憶がある。

「私のことは叩いてもいいけど、妹のことは叩かないで!」

母に対しては、感謝の気持ちはあれど、責める気持ちや恨む気持ちはない。
3人姉妹を必死で育ててくれた。

この記憶は、幼少期から自分の存在を無価値としていたことを意味しているように思う。

自分の存在を無価値ととらえる考え方は、考えも及ばないほど深く深く根を張っている。

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