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ネガティブなことはあまり吐露しないほうがいいと思って普段は取り繕っているのだけれど、人生一寸先は闇なので他山の石としてください 夫婦の話で、私がとても傷ついたできごとがありました 我が家では、夫婦して家計に無頓着で、お金に困らないほどの収入があるわけではないんだけれど、お互い普段からあまり浪費をしない生活をしているため、節約という考えも、貯蓄という考えもなく、それに関連してか、通帳残高とかクレジットカードの利用明細を見る習慣もありませんでした(それが良くないことは今は学んで
ネガティブなことはあまり吐露しないほうがいいと思って普段は取り繕っているのだけれど、人生一寸先は闇なので他山の石としてください 妻との一日の会話の量がTwitterの制限程度になり数ヶ月がたった たまには会話をすることもあるが、中央値でいえば140文字がいいところで「おはよう」とか「いってきます」の挨拶しか交わさない日も珍しくなく、そういった日常の挨拶もいつも私からであり、妻から先に声を掛けられるということはまずない 子供たちは妻にべったりなので、いつもわちゃわちゃと会話
現在の私の生活において、最も改善すべきは睡眠問題である。 人生を好転させる云々の前に、まずもって睡眠をしっかり取らないことには始まらないであろう事は気がついていたが、その見直しを行うことを宣言をすることに二の足を踏んでいた。(誰に約束するわけでもないのだけど) 直近一ヶ月の睡眠状況は以下の通りである。睡眠の質には問題がなさそうだが、就寝時間が遅いがために、睡眠時間が明らかに不足している。 大体こんな生活がすでに2年間以上続いていて、それは人生がクソだと思うようになった時期
以下の記事の続報 今からおよそ一か月半前に以下の目標を掲げた。目標期間のおよそ半分が経過したので、振り返りと新たな目標を設定することにする。 振り返り 体重に関する経過は以下の通り。 体重はまぁまぁ減ったようだ。でも、体脂肪に関しては変化がなく、実を言うと、むしろ微増している。総合してこれまでを振り返って点数をつけるとすると70点くらいだろうか。なお、この約一か月半の過ごし方は以下の通りである。 夜中の0時過ぎのお菓子やコーラの飲食を意識的に減らした 晩御飯(いつ
以下の記事の続報 そんなわけで、以下の本を読んだ。その上でこの1年の身の振り方を考えてみる。なお、読むところが少ない本なので1時間程度で読めた。 まず本の内容について、六星占術の説明のほかは、大きく以下の2つの内容が書いてあった。 1.大殺界である天王星人の今年の運勢 2.運気のあげ方 天王星人である私の今年の運勢は、とにかく最悪。12年の1度の何をやっても最悪な年であることが書いてあった。とにかく何もかも最悪なので内容はシンプルだ。 「何もかもが最悪であること」を、
相変わらずクソみたいな人生を送っている。 家族と一緒にいる時が、最も孤独を感じる時間だ。 もっとましな人生にするためには、自分が変わらなければならない。 正しい行いを続けていれば、正しい方向に何かが変化するかもしれない。 いつか人生がクソではなくなると信じて、自分が変わり続けたいと思う。 私にとって、何かのきっかけを作るのに、このnoteが合っているのかもしれない。まだ数日とはいえ、本当に記事を投稿し続けられるとは思っていなかったから。だからnoteを書き続けることをこれ
子供のころ、細木数子に人生相談をするテレビ番組が流行っていた。 それには六星占術というものが使われていたが、私には興味はなく、私の周りにも興味を持っている人がいなかったため、詳しいことは知らなかった。 六星占術に限ったことではなく、これまでの人生であらゆる占いに興味を持ったことがなく、手相を見てもらったことも一度もない。だからと言って、占いに対してネガティブな印象を持っているわけでもなく、娯楽の一つなのかなと考えている。 ちなみに、神社へ参拝に行くことは好きだ。 お祈りする
noteを続けること。 1年間で365種類の記事を書くこと。 文章を書くこと。 考えたこと、感じたことを文字にすること。それを習慣にすること。 書くために、たくさんのことを思い出し、たくさんの新しいことを見聞すること。 書くことを楽しむこと。 考えることを楽しむこと。 感じることを楽しむこと。 世の中にもっと興味を持つこと。 よく観察し、比較し、違いを感じること。 他人に興味を持つこと。自分のことを好きになること。 最後まで読んでくれてありがとう。 リアクションをして
これまでの人生で今が一番面白くない。 すごく充実した過去を過ごしてきたわけではないし、現状に絶望しているわけではないけど、これまでの人生で今が一番面白くない、なんてことを考えるようになったのは最近のことだ。 つらいこともあるけど、楽しいこともある。 いつだってそうだし、今だってそう。むしろ若い時のほうが、ほんの些細なことで、世界が終わるような絶望を感じていた。授業中の便意だとか、手に負えない寝ぐせとか、空白だらけの答案用紙だとか。 別に楽をしたいわけではない。すこしくらい
初老を過ぎて、さらに数年が経過した クソみたいな日々を過ごしている 情けないとは思っているが、人生がつまらないのは自分のせいだ 家族との時間を一番に考えてきたのに、気がついたら子供は大きくなり、だんだんと距離が出来てしまった。そしてどういうわけか、それに比例して夫婦の距離も離れてしまった。キャンプ道具は行方知らずとなり、本棚に新しい「るるぶ」が増えることもなくなった。家族との関係に綻びが生じ始めたことに気が付いた時にはすでにその溝は深くなっていた。現実にもネットにも友達はい