私のザネリ<1>
高校2年のころ。季節は憶えていません。でも、爽やかな早朝だった、ような気がします。
私は日課の犬の散歩に出かけました。
3代目ペペ(うちの犬は代々ペペと名付けられました。オスでもメスでも。母が頑として譲らなかったのです)と田んぼの畔をとてとてと歩いていたら、丁字路が見えてきました。いつものコースでした。
私たちから見て左側から自転車の二人乗りがやって来ました。
チリチリのパーマで膨らませた前髪をニワトリのトサカのように逆立てたリーゼントの、青年がママチャリを漕いでいました。作業用のジャンパーに、やたら膨らませたニッカボッカ…昔のアラブの王様か?かえって動きづらくないか?…はショッキングピンクで、ペダルを踏んでたのは地下足袋でした。
後ろの荷台に座ってた少女を一目見て、はっとしました。
Bさんでした。
中学まで同じ学校でした。
Bさんは私に気づかなかった。いかにも職人(見習い?)風の青年の方はこっちを見て、針のように細い眉をゆるめて「おっ。わんこ」という顔をしましたが。
「こんな朝っぱらからどこへ行くんや?」と思いました。でも、自転車の進行方向にBさんの家があるのを思い出して「そうか。送ってるんやな」と気づきました。
荷台に『女の子座り』したBさんは、青年の背中に体をもたせかけていました。その目は長い睫毛がやや伏せられて、うっとりとまるで何か夢でも見てるようでした。私のことなんぞ目に入らないのでしょう。
「よくそこまでわかったな」と思われたかた。私は無駄に視力が良かったのです。
二人がどういうなかで、それまで、おそらくゆうべからどんなふうに過ごしたのか、察しました。
『朝帰り』というものです。
きこきこ鳴る年季が入ったママチャリの白馬。ヤンキーの王子様…。
自転車が通り過ぎても、私はぼーっとたたずんでいたようです。
くっと三代目ぺぺがリードを引っ張りました。ペペは「行かんの?」と見上げていました。
「ははは…」
ペペを撫ぜてやりながら…この子は本当にいい子でした。(ペペはみんなはいい子でしたが)優しくておっとりして、思春期の私はずいぶん救われました。…自分が笑いを漏らしてるのに気づいたのです。
…あー…清々しい。
朝の新鮮な空気や陽光のことではありません。
もう、Bさんと私は何の関係もない。いや。とうに全然まったくかかわりがなかったのだ。
かつて、私が嫌な気分だとBさんにとってここちよく、私が辛いとBさんが楽しく、私の不幸がBさんの幸せだとさえ思っていたのに。「ちがう。そんなことない」と自分に言い聞かせてやらなきゃならなかったのに。
Bさんはとても幸せそうでした。だけど、私は…幸せでも不幸せでもなかったのです。
私はこれから学校へ行って、退屈な授業を聴き流して、母が作ってくれた多分今日も赤いソーセージが入ってるお弁当を食べて…。つまんない一日を送るのでしょう。昨日と同じような…。彼氏はもちろん、友だちもほぼいないし。取るに足らないでしょう。恋に夢中なBさんから見たら。
でも、私はもうBさんからひどいことをされない。
だから、いい。
「…無縁…すごいなあ。無縁やん…」
と、ひとりごちながら、歩きました。
かつて私はBさんを『ザネリ』と呼んでいました。心の中で。
『私のザネリ<2>』に続く、かもしれません。
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