【俺の俳句大会(かっちー編)俺杯】勝手に審査員賞:ルピナス賞「重力の精魂果てて軒氷柱」
俺杯🌏みんなの俳句大賞が、同数票で、下記の2句に決定しましたね、かっちーさん、おめでとうございます(^^)
「渡り鳥イデオロギーを越える頃」
「重力の精魂果てて軒氷柱」
みなさんのやさしさの風が、かっちーさんに届いたかな?
さて、
結果がどうであろうと、
俺の推し俺句は、
これ!⇒「重力の精魂果てて軒氷柱」
かっちーさんと推し句の主題歌(テーマ:かっちーさんの帰還)/
Enya「May It Be」(映画「ロード・オブ・ザ・リング」より)
そして、かっちーさんの新天地でのご活躍を祈念することも兼ねて、勝手に審査員賞として、ルピナス賞を贈らせて頂きますね(^^)
【BGM】
ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」
ルピナスの花言葉:想像力
黄色のルピナスの花言葉:多くの仲間
ルピナスの名前の由来:
ラテン語でオオカミを意味する「ルプス」が語源。
荒れた土地でもたくましく育つ様子をオオカミと重ね、ルプス⇒ルピナスと名づけられた。
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さあ~俺的に解釈のバリエーションが広いと推定されるこの俳句を、壮大な宇宙の物語だと仮定して、俺が俺なりに俺の思うように勝手に解釈(構造分析)してみたい(^^)
そして、この俺句の素晴らしさを、先行して評価して推すことで、少なからず大賞へと導いたであろう、お二人(すうぷさん&花風さん)に続きたいと思います!
それでは、早速、初めてみると、物語には始まりがあって終わりがあります。
それじゃ、始まりと終わりの間には、一体何があるのか?
それは、物語について、少なくとも構造と言う観点で考えた場合、ご存じの通り、決まった型があります。
それは、例えるなら、洋服の型とか数学の計算式ぐらいの明快なルールや条件、作法が定められています。
俳句にも、季語の用い方、定型におさめるための言葉選び等の型がありますよね。
たぶん、ストーリーを考えたことがある方(私はないけど^^;)なら、構造を考えずに物語を作るのは、かなり難しいことなんじゃないでしょうか。
小説や詩歌等においても同様と思いますが、考えないで物語等の構造を構築するには、経験やセンスが必要になるからです。
型紙も無く服を作ろうとしたりする。
複雑な計算に必要な公式を無視して答えを導いてみる。
これらは、かなり高度なセンスを要求されます。
物語とは、明快なルールの基で作られる事で機能する高度な構造物(【参考図書】を参照ください。)なんですね。
ここでは、各物語論の詳細は割愛させて頂きます。
物語の構造をシンプルに理解するには、これらの物語論に共通する考え方として、パーツで分けるのが有効な手段の一つです。
かっちーさんの俺句「重力の精魂果てて軒氷柱」をパーツで分けてみると以下の通りです。
・重力(起)
・精魂(承)
・果て(転)
・軒氷柱(結)
この物語の初めから終わりまでを機能毎に分けた一覧は、ストーリーパラダイムと呼ばれています。
物語の規範として、昨今のストーリーテリングの現場では、常識として扱われているそうです。
パラダイム自体は、様々な表現が昔からされていて、日本人に馴染み深い「起承転結」もパラダイムの一種です。
パラダイムとは、例えば、物語の進行段階を、機能の別れた部屋に分けた物と言えます。
つまり、部屋毎の配置と機能の法則が分かれば、構造的な理解は、ぐっと深まると言う訳です。
但し、この物語論の問題点として、以下が上げられることを考慮しておくと共に、
①最終的には個人のセンスにかかっている点
②構造のみしか分析できない点
③物語の筋しか追うことが出来ない点
物語は、最終的に、人間心理の自己投影が重要なファクターになります。
そのため物語の構造分析にも、また、主観性が含まれてしまう点に注意が必要です。
また、人間の心理は、とても複雑なものです^^;
それが存分に投影されている物語の性質上、物語論だけで、それを分析するには、やはり無理があります^^;
そこで、以下のパターンでかっちーさんの俺句について、物語を含んだ俳句であると仮定することで、ちょっと?(いや、かなり)強引に構造的に分析してみますね(^^)
パターン:
詩歌の言葉が、その詩想にふさわしい表現をもたらすものとして選ばれてくるような作品から類推してみる。
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1.「この星の重力美しく青々と梅の葉かげに球体実る」
(「美」に「は」のルビ)「は」のルビ)
「白線のカモメ」清水あかね(著)
・葉影:
樹木の葉が日光を遮ってできる日陰の場所。
・青々と梅の葉:
梅には、ほかの木と同じように、さまざまな害虫がやってきます。
そのため、「桜切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿」ということわざでも言い表されているとおり、梅の剪定は、非常に重要です。
枝を減らして日当たりをよくし、風が通るようにしておかないと、虫が蔓延して病気や枯れの原因になってしまうのです。
・球体:
手入れの行き届いた梅の木の葉陰には、スクスク育つ梅の実たち。
ダニや毛虫たちに食べられて、穴ボコだらけの姿になっても、照りつける強い陽射しや、時折吹く激しい風から、梅の実たちを、やさしく守ります。
私たちもエールを送らずにはいられません(^^)
・この星の重力:
【参考文献①】
梅の葉かげに守られて、小さいながらも青々と実った球体達のひとつひとつに対して、地球の重力の影響で落下しないように、ちょうど良いバランスでいるからこそ、今ここに実っている梅の実。
植物が陸上に進出する時、重力に対抗して自らの体を支えられるため、植物は、細胞壁を発達させることで解決して来たそうです。
このプロセスの中で、植物が自らの姿勢を正常に維持するための情報源として利用して来たのが「重力(※1)」でした。
※1:
植物は重力方向を感知して成長方向を調節する性質(重力屈性)により、根を水や栄養分が豊富な地中へ、茎を光合成や生殖に有利な上方へ向かわせます。
重力屈性を行う植物の器官には、重力方向に沈降する粒(アミロプラストと呼ばれるデンプンを蓄積して高い比重を持つ細胞内小器官)を含む細胞が観察されます。
【参考記事①】
その重力を「この星の重力美しく」と感じて表現してみせた感性が素敵だなと感じます(^^)
同じ球体として、青い地球と梅の木に実った青梅とが、サイズを超えた物語として、重力を通じて支え合っている自然の摂理に感謝したくなりますね。
この感性は、「重力の精魂果てて軒氷柱」の感性と通じるところがある様に感じます。
なお、前述の短歌以外だと、この短歌も、
「水際に夕日を引き込む重力が遠いわたしに服を脱がせる」平岡直子(同人誌「町」4号)
物理学的な見地からは、大変無理のある描写なんだけど。
想像力を存分に発揮した迫力があり、惻隠の情や傍観者のセンチメンタリズムを描いた大沢在昌氏のハードボイルドの感覚に近い印象が感じられて、かっちーさんの「俺について来いという男気」に通じるところがある様に感じます。
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2.「重力の精魂果てて軒氷柱」かっちーさん(作)
・重力:
重力がなぜここまで弱いのかは、現在の物理学でも分かっていません。
「重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る」(幻冬舎新書)大栗博司(著)
但し、重力は、非常に弱いのですが、引力としてしか働かないので、スケールが大きくなるほど力は大きくなります。
【参考記事②】
【宇宙】重力ってなに? 宇宙に存在する”最も弱い力”重力の7ふしぎ
重力⇒万有引力と同じ、4つの力の中で最弱。
【強さ:1倍】届く範囲=∞だが、距離の2乗に反比例して弱まる。
また、重力は、アインシュタインによって、時空間の歪みなのだと説明されましたが、これを2次平面に置き換えて解説しようとすると、2次平面を歪ませるために、3次元空間に働く重力の存在が必要になってしまいます。
こう考えると、確かに、重力という力は、この世界で発生しているのではなく、もっと上の次元から漏れ出てきている力なのではないか、という考え方も登場しています。
重力には、力を伝える素粒子がまだ見つかっていないという謎も残っており、「重力とはなんだ?」については、「わからない」というのが現代の科学による結論です。
この重力は、もしかしたら、この映画の逆パターンの様に、次元の異なる世界から間違って地球に来てしまい、
映画『アンチグラビティ』の概要:
ロシア発SFアクション。
交通事故に遭った男が目覚めると、建物が浮遊する異様な光景が広がっていた。
さらに黒い死神が襲いかかる。
ここは昏睡状態の人々が記憶を共有する「昏睡の世界」であった。
更に、出現した場所が、重力的には厳しい西日本(重力の強さは、緯度によって決まるので、東日本より西日本が低め。)の真冬だったのではないかと推測できそうです。
そうそう、体組成計で住んでいる地域を設定するのは、重力の影響により、赤道に近づくほど、体重が軽く表示(北(南)極と赤道では、およそ0.5%の差があります。)されるからです。
・精魂:
精魂は、精神、魂のことで、ある物事に打ちこむ精神力をいいます。
・果てて:
「尽きる」「果てる」のは精根。
「傾ける」「こめる」のは精魂ですから、これは「精魂込める」「精魂を傾ける」のように使って、一心に打ち込むさまを表すのに使います。
そこで「精根尽きる」とは、「物事を成し遂げる精力と根気がなくなる、気力も体力もなくなる」という意味になります。
心身ともに疲れ果てた状態ですね。
「精も根も尽き果てる」とも言いますが、「精も魂も尽き果てる」とは言わない・・・・・・
ん?(@@)
ナゾだらけの重力に加えて、新たなナゾが登場することに!
「精魂果てて」とは間違い?
レトリック?(ことばを巧みに用いて美しく効果的に表現すること。)
そこで、極秘裏に添付資料「コーパスを利用した複合動詞「V1-果てる」の意味分析」を入手(ニヤリ)
【参考文献②】
コーパスを利用した複合動詞「V1-果てる」の意味分析
結論から述べると、この資料においては、「果てる」とは、マイナス方向の極限という意味を持ち、以下の意味を成すそうです。
「V1-果てる」
①V1:
「疲れる、変わる、荒れる、成る、忘れる、呆れる、尽きる、朽ちる、枯れる、絶える、消える」など変化の結果を表す非対格自動詞
意味:元々主体の持っていた生命力、活気、気力、記憶、能力などがしだいに消え去っていき、これ以上消えることができない所まで行きついたという極限状態に達していることを表す
②V1:
「見る」(「見果てぬ(夢)」のように否定形で使われる)
意味:主体の見たかった夢や願望が最後まで見られずに終わることを表す
①または②のどれで、どの変化の結果と意味なんだよ(@@)
ほ?!
悩むなあ~これ^^;
・軒氷柱
直感だけど、この句の解釈として「精魂果てて」とは、主体(重力)の見たかった夢(軒下の氷柱が美しく成長する様)や願望(自然が織りなす芸術作品の様な軒下の氷柱)が、
解釈1:
弱々な重力が精魂込めた(または傾けた)にも関わらず、力及ばず最後まで見届けられずに終わってしまったことを嘆いている。
または、
解釈2:
「果てた」には、肯定表現に用いて、結果が予期した通り(思っていたごとく)であることを強調する時にも使うから、弱々な重力が精魂込め(または傾け)れば、軒下の氷柱も、ここまで立派に成長できるんだと、結果より過程を重視していて、この短歌の感性に近い気がします(^^)
「逃げる!」花鳥佰(著)
「生と死のうづうづまきてをりにけむ丸縁眼鏡の志功のなかに」
重力と軒下の氷柱との真剣勝負。
重力が全てを賭けて、重力がなし得る限りのことをする。
これで死んでもいい、というくらいの凄まじいまでの重力の生き様。
一瞬一瞬、実に、濃い密度の時間を生きていたんだろうね。
の何れかかなって、感じます。
どちらかを選ばなければならないなのら、俺的な句に相応しい後者ですかね(^^)
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参考までに、こんな解釈もあるのかなって、ちょっと思い立ったんだけど、これはこれで、面白いかなって、そう感じます(^^)
解釈3:
そもそも重力って、どんな感じで軒氷柱を見ていたのか?
重力が擬人化ではないという前提条件とすれば不明だよね(^^;
そこで、身近な動物を参考にして「もしもあなたが猫だったら?」という仮説を立てて、帰納法的に解釈してみると。
【参考記事③】
【参考動画】
いろんな動物になって視野を体験! (355°の世界)
猫は、人間のように、三原色じゃなくって二原色の世界に生きています。
人間は、赤、緑、青の光の波長に反応し、その組み合わせによって色を識別しています。
猫には、この錐体細胞が2つ。
従って認識できる色がはるかに少い。
猫は、その分、人間より、視野が広く、暗い場所でもよく見え、動体視力もかなり優秀です。
夜も行動し、動く獲物を捕らえることが可能です。
もしも、私たちが、この猫の目で世の中を眺めたら、どうなるのか?(@@)
つまり、私たちが普段見ている世界は、絶対的にこういう姿をしているわけではなく、人間の目を通して見るからそう映っているだけです。
鳥には、遠赤外線が見えるから4原色が見えます。
ゴキブリにだって、それぞれの世界がある筈です。
これは、何も視覚に限った話ではありません。
聴覚、嗅覚、味覚、触覚を含め、知覚システムの全てにいえます。
こう考えると、同じ人間同士でも、世界を同じように知覚しているとは限らないかもしれないと思えてきます。
ひとつのモノに対し、それを好む人と嫌う人がいる事実。
これが単なる感性の差異ではなく、まったく別のモノに見えている結果だとしたら?
これって、ありうる仮説なんだよね(^^)
私たちは、自分たちが暮らす世界は縦、横、高さの3次元空間だと思っています。
しかし、超ひも理論によると、空間が9次元でなければ数学的に矛盾が生じるのです。
では、なぜ私たちが見ている空間は3次元しかないのか。
これを解決するアイデアとして、人間は9次元の世界にいるのに、9次元の内、6次元は小さく縮んでいて、私たちには、3次元にしか見えないと考える物理学者もいます。
としたら、この9次元からきた重力と軒氷柱の関係性は、こんな感じかもよ( 一一)
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解釈4:
もしも、この重力が、マイナス方向の極限を通り越して「無重力」になってしまったら(@@)
かっちーさんが、この俳句のテーマを思考実験と(想像力を発揮)して、突飛な仮説「もしも~だったら?」で詠ったのではないか?と推定してみると。
一見突飛な仮説も、ひとつずつ思考のプロセスを重ねることによって、思いもよらなかったような考えに行き着く場合があります。
エキサイティングな思考実験として、もしも重力がちょっぴりだけ強かったら、もしくは弱かったら?
この宇宙では、重力は距離の2乗に反比例しています。
もし、重力がもう少し弱かったり、もう少し強かったら、地球は固まらない^^;
あるいは、地球は固定されてしまう^^;
1年に氷河期と灼熱地獄が何回も繰り返されることになるかもしれない^^;
そんな事態に陥る前に、この重力が無重力になる前に助けないと!
果敢な勇者求む!
Aerosmith「I Don't Wanna Miss a Thing」
そう、宇宙を作っている物理的な数字が、きわめて狭い範囲で微調整されているからこそ、生命は誕生しました。
この俺句の別な視点からのメッセージは、もしかしたら「世の中は、微調整されたバランスの中に成り立っていて、それが、そうでなくなると、まったく別物になる」のだから、愛、平和、調和という時代を超えたメッセージが込められている様にも感じられます(^^)
この俺句のメッセージを通してインスピレーションを与え続けていることって、それは、可能性の物語なのかもしれませんね。
それは、ルイ・アームストロングが「What A Wonderful World」の歌にこめた意味と通じるかなって、ちょっと思ったり。
そう思ったのは、彼が1970年のバージョンの曲のイントロで、こんなことを言っていたからです。
最近若いやつがよく俺にこう言ってくるんだ
「“この素晴らしき世界”ってどういう意味なんですか?」
「世界中で戦争が行われていますよね?」
「それも素晴らしいっていうんですか?」
「飢饉や環境汚染の問題もありますよね?」
「全然すばらしくなんてないですよ」
落ち着いてこのじいさんの言うことに耳を貸してくれ
俺には世界がそんなに悪いって思えない
人間が世界にしていることが悪いんだ
俺が言いたいのは、世界にもう少しチャンスを与えれば、
みんなその素晴らしさがわかるってことさ
愛だよ愛。それが秘訣なんだよ
もしもっとみんながお互いを愛しあったら
沢山の問題なんて解決される
そして世界はとびきり面白くなる
だからこのおいぼれは言い続けるのさ
Louis Armstrong「What A Wonderful World」
【参考記事④】
この様に、仮説を証明してゆくプロセスには、もちろん思考の材料となるもの、すなわち知識や教養も必要だけど、この俺句を素直に読んでみると、あまりそれを重要視していない。
むしろ、「科学は難しい知識がないと理解できない」という思いこみを払拭しようとすらしている様です。
たとえ現実の自分が社会的な立場や人間関係に束縛されていたとしても、せめて頭のなかだけは自由でいたいものですね(^^)
誤解を恐れずにいえば、人間は何を考えたっていい(想像力が大事な)のだあああ!
ここで、1曲歌いまぁ~す!(*´○`)♀~♪UVERworld「ナノ・セカンド」♪
想像した幻以上の今日を、そして明日を!!!
ガチガチの論理で成立しているように見える科学でさえ、足場を掘り起こしてみれば仮説だらけで、そのプロセスも、空想や想像でまかなっている部分が多いのだから、(⁎•ᴗ‹。)ネッ*
【参考図書】
参考までに、物語の構造を分析し、解き明かそうとした人物(その主著)として、以下の方々が上げられます。
「昔話の形態学」(叢書 記号学的実践)ウラジミール・Я. プロップ(著)北岡誠司/福田美智代(訳)
「「赤ずきん」の秘密―民俗学的アプローチ」アラン ダンダス(著)池上嘉彦/三宮郁子/山崎和恕(訳)
「物語のメッセージ」(審美文庫)クロード・ブレモン(著)阪上脩(訳)
「物語の構造分析」ロラン・バルト(著)花輪光(訳)
現代における物語の構造分析において、最も使用されているのがジェラール・ジュネットの理論です。
「物語のディスクール―方法論の試み」(叢書記号学的実践)ジェラール・ジュネット(著)花輪光/和泉涼一(訳)
「物語の詩学 ─続・物語のディスクール」(叢書記号学的実践)ジェラール・ジュネット(著)神郡悦子/和泉涼一(訳)
「フィクションとディクション―ジャンル・物語論・文体」(叢書 記号学的実践)ジェラール ジュネット(著)和泉涼一/尾河直哉(訳)
【関連図書】
「ナラトロジー入門―プロップからジュネットまでの物語論」(水声文庫)橋本陽介(著)
「物語論 基礎と応用」(講談社選書メチエ)橋本陽介(著)
「アスディワル武勲詩」(現代思想叢書)C.レヴィ=ストロース(著)西沢文昭/内堀基光(訳)
【参考資料】
そもそも重力は、「地球質量が物体に及ぼす万有引力」と「地球回転に伴う遠心力」のベクトル和です。
この万有引力と遠心力には、以下のような特徴があります。
地球形状がわずかに扁平であるため、地球重心から地表面までの距離は極で近く、赤道で遠くなっています。
この影響で、万有引力は極で大きく、赤道で小さくなります。
遠心力は、自転軸から遠いほど大きくなります。
すなわち、遠心力は極でゼロで、赤道で最も大きくなります。
また、重力は、場所ごとに異なる値を持っており、重力の空間的な違いを調べることで地下の密度構造を知ることができます。
そして、重力は、時間的にも変化し、潮汐変動・地震火山活動・氷河融解・陸水変動など、地球表層における様々な物理現象を把握することができます。
1.重力の強さは何によって決まる?
地球上での引力は地球の中心からの距離の2乗に反比例する。
その距離は、地球の形(回転だ円体としての形)がわかっていれば、緯度によって決まる。
また、自転軸からの距離も、緯度によって決まる。
つまり、引力も遠心力も緯度によって決まるので、重力も緯度によって決まることになる。
2.地球上で重力が一番強い場所は?
遠心力は回転の中心軸(地球の場合は北極と南極を結ぶ線)から距離が遠くなるにつれて大きくなります。
遠心力は地球の引力を打ち消す方向にはたらくので、遠心力が大きくはたらいているところほど、差し引き地球に引っ張られる力が小さくなります。
そのため、重力は北極と南極が最大で、赤道上が最小になります。
3.重力は場所によって違うのか?
重力の大きさは時間や場所によって異なります。
例えば、遠心力は自転軸からの距離が遠くなるほど大きくなることから、赤道上の重力は北極や南極よりも約0.5%小さくなります。
また、地下の密度構造の違いでも変わります。
さらに、同じ場所であっても、月や太陽の引力(潮汐)、地殻変動等により時間的にも変化します。
4.重力が場所によって異なるのはなぜか?
重力は、引力と遠心力の合力であるため、北極では引力が大きく遠心力がないので重力は大きく、赤道では引力は小さく遠心力が大きいので重力は小さくなります。
このことから、南北に長い弧状列島日本でも北と南では、わずかに重力が異なり物の重さも変化します。
5.重力は地球上どこでも同じか?
高校の物理の教科書では、重力は地球上どこでも同じと習いますが、実はそうではありません。
地球の自転による遠心力は、自転軸からの距離によって変わるので、緯度によってその値が変わります。
赤道では、回転半径が赤道半径と等しいため、遠心力が最も大きく、その大きさは、引力の1/300程度となります。
【おまけ】
2CELLOS「May It Be」
HAUSER「May It Be」