【人間は社会的動物である】理性が、ときどき邪魔になる。
スピノザ曰く。
「人間たちが理性の導きから生きるということは、稀にしか起こらず、むしろ彼らの多くはねたみ深く、互いに不快な存在となるようにできている。
にもかかわらず人間たちは孤独の生を貫くことはほとんどできず、その結果『人間は社会的動物である』というあの定義が多くの人々のお気に入りとなった。
そして実際に、人間の共同社会からは、害に比べてれば、はるかに多く利便が生じるようになっているのである。
だから人の世を風刺家は好きなだけ笑いものにし、神学者は好きなだけ忌み嫌うがよい。
また憂鬱家は未開で野蛮な生を力いっぱい賞賛し、人間を軽蔑して獣に感嘆するがよい。
それでもなお彼らは経験によって思い知るであろう。
人間たちは助け合うことではるかに容易に必要なものを手に入れることができ、また結合された力によらなければ、いたるところに迫る危険を避けることはできないということを。
獣の所業により人間の所業を観想するほうがはるかに価値があり、われわれの認識にふさわしいことはいまは言わないにしてもである。」
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確かに、理性に立ち返る事は大切。
但し、ゲーテ曰く。
「人をつくるのは理性であり、人を動かすのは感情である」
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だとしたら・・・
こわすこと。
つくること。
自分で選択すること。
運命に身を委ねること。
わたしであること。
あなたであること。
答えであること。
問いであること。
科学を信じること。
魔法を信じること。
理性に従うこと。
本能に従うこと。
天使であること。
悪魔であること。
一瞬であること。
永遠であること。
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いつだって。
世界をおもしろくするのは。
どこかの誰かじゃない!
あなただ!